第19話 綾小路ルイ
今回だけ綾小路視点です。
――気づくのが遅過ぎるよ。
口の中にグリグリと拳を突っ込まれながら、オレは笑った。
純粋な幼馴染を弄んだ罰として甘んじて痛い思いをするとして、それにしたって駿先輩は……シュンは鈍い。そこが可愛いのだが。
舞台に立つ前にネタバラシができたのはちょうど良かった。シュンに危害を加えようとした女は憎いが、少し情けをかけてやってもいいかも知れない。
彼女のおかげでシュンの寝姿を見られたし、いいことづくめだ。
シュンと離れ離れになってから、数年。ここまで長かった。本当に長かった。
母親が他国の人間で、五歳まで海外で暮らしていたオレ。
日本に移住したものの言葉は拙く、ただ遊び回っていた最中に、どこかの山でシュンとバッタリ出会したのを覚えている。
それがオレたちの始まりだった。
シュンに恋した瞬間は、いつだっただろう。
オレにされるがままになる姿が可愛かった。夏だけでは足りない、ずっと隣でいたいと、そう思っていた。
男が男を好きになるのは変なのかも知れない。通っていた学校でシュンの話をすると決まって気味悪がられた。
しかし構わなかった。オレは男が好きなんじゃない。シュンが好きなのだから。
小五の夏祭りの夜、堪えてきた言葉をやっと口に出せたのは、祭りの雰囲気に浮かされたのが大きい。ジンクスなんてあまり信じていなかったし。
でも絶対に嘘でも冗談でもない。本気で結婚してほしいと言って、頷いてもらえた。泣きそうなくらい嬉しかった。
どうやらシュンはずっと、オレを女と思っていたようだけど。
シュンとなぜか会えなくなってから、オレはシュンを探しまくった。
SNSで、人伝で、公的機関で。田舎を引っ越しても、諦めようとは微塵も思わなかった。
オレは多分、結構愛が重たい。
だからとことん探せた。シュンに飽きることはきっと永遠にない。
そうして数年が経ち――昨年の暮れになってやっと、通っている高校を特定できたのだ。
学年はオレより一つ上。部活動は演劇を選んでいると知ったので、オレも同じ部活に入れるように努力した。半年弱もあればなんとかなった。
入学して、入部して。
五年ぶりの再会を果たしたシュンが全くオレに反応を示さないのは不思議だったが、忘れているのだろうと判断して、せっかくなのでとことん遊ぶことにした。
すでに友人なのに友人から始めてみたり、シュンの赤面が見たくて告白してみたり。
間違いなくシュンを困らせまくったことだろう。
あとで聞いたところ、オレをシュンが嫌おうとしていたのは昔のオレのためだったらしい。
健気で可愛過ぎる。ああ、今すぐにでも押し倒したい。
シュンの怒声のおかげでロッカールームに来ていたらしい部員がオレたちの存在に気づき、開けてくれなかったら、欲望に歯止めがきかなかったと思う。
「大丈夫だった!?」
「どこにいるのかと思ったら……」
「怪我はありませんか?」
ロッカーから出されたオレたちを取り囲み、やいのやいのと騒ぐ部員たち。うるさい。
これで舞台は無事にやれるだろう。正直オレはどうでもいいが、頑張ったシュンのためにきっちりと舞台をやり切らなければならない。
「舞台上で伝えることもあることだしね」
睡眠薬の後遺症でふらふらになりつつも、着替えとメイクをしてメインヒロイン役の姿になっていくシュンの後ろ姿を見つめて、オレはボソリと呟いた。