第18話 ロッカーの中で②
また、昔の夢を見た。
にこにこと笑う金髪の少女。
僕の友人だった彼女――ルイと遊び回った記憶が、目の前に次々と浮かんでは消えていく。
彼女と初めて顔を合わせたのがいつだったか、僕には思い出せない。
幼い頃は毎年夏になると父方の祖父の家に帰省していた。知り合いがいないその土地で、僕が見つけた遊び相手がルイだ。
苗字は知らない。どこに住んでいるのかもわからない。ただ、一番の仲良しだったことだけは確かだ。
ハーフなのだろう。ルイは色素が薄く、色白で、まるで綺麗な人形のよう。
Tシャツと半ズボンではなくドレスを着ていたらきっと似合う、そんな女の子だった。
そのくせ元気いっぱいで、僕はいつも奔放な彼女に振り回されていたっけ。
『シュン、早く早く!』
キラキラと目を輝かせながら、ルイはいつも僕を手招きしていた気がする。
僕は彼女のその顔が好きだった。
海へ行き、山へ行き、森で走って、川で溺れかけ、近所の墓地の裏の葬儀屋でかくれんぼをした。隠れた棺から出られなくて危うく死にかけた。
一緒にいるのは一年の中で夏だけ。それなのに、僕と彼女は互いを好き合うようにまでなって。
小五の夏祭りの日、僕らは僕らの大事な未来を誓った。
その翌日に祖父が死んで、まもなく家が取り壊され、僕が田舎に帰る理由がなくなるとは思わなかったからだ。
父方の祖母はとっくに死んでいて、同居する家族はおらず、家を残しておく理由がなかったとか。
おまけに祖父の遺骨は全く別の場所にある墓に収めるというのだから、ルイに会える機会なんてもうなかった。
どうしようもないことだったが、これは彼女への裏切りに等しいことだった。
なんとか会って一言謝りたい。
その思いから、小学校を卒業して中学になってから、どうしても気になって一人電車旅で向かってみようと思っていたりした。
けれどその時には田舎は廃村になっていた。人口減少が理由ではどうしようもない。
これでほとんどルイとの繋がりは途絶えた。
それでも、たった一つだけ残されているもの――約束があって。
『大きくなったら、結婚してください』
ルイに告げられた言葉を何度も何度も思い返した。
僕らの誓い。無邪気な子供の無邪気な誓い。それを忘れた日はない。
ルイの顔が夢の中でしか思い出せないくらいにおぼろげになっても、なお。
本当はとっくに綾小路に絆されていたのだと思う。男同士でこんな気持ちになるのは僕の趣味ではない。なのに、嫌悪感やら禁忌感がどうでも良くなるくらい、彼は魅力的だった。
なんだかんだと言い訳をして綾小路を拒み続けた理由は、ルイをもう裏切りたくなかったからだ。
ルイの笑顔が脳裏でゆっくりと、綾小路と重なる。
二つの顔の輪郭がぼやけて溶けてわからなくなった頃――僕は今更思い出した。
そういえば、ルイはエメラルド色の瞳をしていたのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「起きた?」
意識が浮上した途端、耳元で囁かれて、僕はビクッと身を震わせた。
想像してみてほしい。子供のように頭を撫でられながら、甘やかな声と共に迎える目覚めを。恥ずかしいどころの話ではない。
しかも相変わらず真っ暗なロッカーの中である。どういう状況だ。
そもそも。
「僕、なんで寝てた……?」
「多分だけど睡眠薬だろうね。ここに君を閉じ込めた犯人に何か飲まされたでしょ」
「あー」
出海の渡してきたペットボトルか。納得した。
「まだ舞台は始まってないと思うから大丈夫だよ」
「そうか……良かった」
「本当は劇の終わりまで寝かしておくつもりが、分量を間違えて中途半端な効果になってしまったってとこだろうね。まあ、もし寝過ごしてもオレが起こしてあげたけど」
「完全にお前がいたのは計算外だったろうからな。――って、そんなことよりお前」
襟元を掴む勢いで綾小路に詰め寄った。
「何?」ととぼける彼を前に、何度か大きな深呼吸を繰り返す。
それから、静かに静かに確かめる。
「お前、下の名前は?」
「ルイ。オレは綾小路ルイだけど」
初耳だった。
こんなに一緒に過ごして、友人にもなって、夏祭りにも行ったのに。いくらでも話す機会はあったはずなのに。
へらへらした笑みを浮かべているであろう口へと、躊躇なく握り拳を押し込んでやる。
ぐげ、と変な声がしたが気にしない。気にならない。
呻きをかき消すようにして僕は叫んだ。
「なんで黙ってたんだよ、この馬鹿がぁぁぁぁぁ!!!」
僕がずっと恋していた人は、未来を誓ったはずの少女は、男だったらしい。