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第17話 ロッカーの中で①

 閉ざされたロッカーの中には僕以外にもう一人の姿があった。

 綾小路である。僕が着る予定の舞台衣装が積まれた奥、そこに彼はいた。長身の彼はロッカーの天井に頭がついてしまうのか、若干屈むような姿勢だ。


 ロッカーを覗いた瞬間、僕が驚いた理由は彼である。


 まさか他人のロッカーに忍び込む奴がいようとは思いも寄らなかった。

 ましてや、二人きりで閉じ込められるなんて。


「なんでここにいるんだよ」


「午前中は特に出し物はなかったし、女子から集られるだけだったから逃げてきたんだよ。どうせ暇だからついでに駿先輩を驚かせたら面白いかなと思って、入ってみたらこうなった」


「小学生か、お前は」


「あははっ」


 全然笑っている場合ではない。


 僕がいなければ劇は破綻する。しかも綾小路も一緒なのだから、主人公とヒロインを欠いたラブコメなど成立させられるはずもない。


 それを承知の上で、ロッカー閉じ込め事件を企てた犯人――出海は行動したのだろう。僕がヒロインを演じるくらいならめちゃくちゃにしてやろう、と。


 そこまで思われていたことがショックだ。その上、脚本から手がけてきた今回の舞台をひどく侮辱されたような気がして、たまらなく腹立たしかった。


「あいつ絶対退部にしてやる」


 それにしても。

 仮にこのまま出られなかったらどうしよう?


 共に閉じ込められ中の綾小路と互いの下半身が密着して、ほぼ抱き合うような形になっている。どれだけこの体勢で耐えなければならないのか、考えると気が遠くなった。

 出海を退部にする前に死んでしまいそうだ。


 酸欠と、うるさいくらいに鳴り響く心臓の爆発で。


「もしかして、ドキドキしてる?」


「そんなことあるわけっ」


 ないだろ、と続けようとするが、上手く言葉にできない。


「誤魔化されてもわかるよ。だって鼓動がオレまで伝わってくるから」


 暗くて表情は見えないが、おそらく綾小路は意地悪に笑っている。

 好きで好きでたまらないという目を僕に向けているのが容易に想像できた。


 意識しまいとすればするほど、彼の存在を嫌でも強く感じずにはいられない。

 触れ合う体温はとても心地よくて全てを委ねたくなるのに、『ロッカーに二人きり』という今の状況がどうしようもなく気恥ずかしかった。


 ――こんなの、おかしい。


 ただの友人とロッカーに閉じ込められたとしよう。そんなことは滅多にないと思うが、あくまで仮定だ。

 その場合、こんな気持ちになるものだろうか。それはもはや友人ではない何かに抱く感情ではないだろうか。


「…………くっつき過ぎだ、狭いとはいえもう少し奥に行けるだろ。離れてくれよ」


 これ以上密着を続けていたら、ますますどうにかなってしまいそうだから。


 呼吸が苦しいからか頭がふわふわとして、声を出すのすら億劫になってくる。

 これは本格的にまずいと感じ始めていた。


「どうしてさ? 昔はこれくらいの距離、なんでもなかったじゃない」


「昔、って……」


「昔は昔。君は忘れたかも知れないけど、抱きしめ合ったこともあった」


 覚えがない。

 思考が鈍っているから思い出せないわけではないはずだ。だって、彼との出会いは一学期なわけで、昔と呼べるほどの月日は経っていないのだ。

 なのにどうして泣きたくなるくらいに懐かしいのだろう。


「手を繋いで、どこまでも走って。たまにかくれんぼをして、今みたいに出られなくなった君を笑ったっけ」


 そうだ。そうだった。

 僕は確かに、誰かと当たり前のように抱き合っていた。手を繋いだ。かくれんぼの末に出られなくなったこともある。


 でも、それは綾小路との思い出ではなくて。


 ああ、ダメだ。

 瞼が重くて、意識が遠くて、何も考えられない。


 すとんと眠りに落ちる際、かつての友人の笑顔が見えた、気がした。

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