第14話 文化祭に向けて②
一年生が主役を務めるというのはあり得ないに等しい。文化祭は演劇部の活動の集大成にあたるものであり、メインの登場人物の役は毎年三年生が抜擢されるのが普通だ。
今年もたった一人を除く一年生は全員が脇役だった。
その中で主人公の役を掴み取った綾小路は、オーディションでそれだけ力強く完璧な演技を見せた。
当然である。彼のために僕が考えた役柄なのだから。
僕は綾小路が受かるのはオーディション前というか脚本作成前からわかり切っていた。
オーディションは、台本にある特定のシーンを読み上げ、それを聞いて部員による選考が行われる。
下手くそな僕ですら嫉妬してしまいそうになるほどの圧倒的な実力。三年生と比較したって見劣りしないのだ。綾小路なら主人公として輝ける。
なら、最高の舞台を用意してやるのが先輩兼友人の務めというもの。夏祭りで楽しませてもらったお礼でもあった。
せっかく考えたストーリーが採用されなかったのは本当に残念だ。
でも、「オレのことを駿先輩が思ってくれてるっていう事実を実感できて嬉しい」と綾小路は喜んでくれたのでそれでいい。
それはさておき、脚本と配役が決まれば、次は舞台稽古だ。
台本を把握しつつそれぞれのキャラクター同士の絡みを演じ、劇を作り上げていく大切な作業となる。
どうせモブB役にしかなれない。だが脚本担当と言えるほどの仕事もできていない。
そんな僕は自ら裏方――小道具を動かす等の役目を志望したので舞台稽古に関わることはなかったが、遠くから稽古風景を眺め続けた。
一年生でありながら主人公役となった綾小路に対して不満を抱く部員も少数ながらいるのだろう。少なからずギスギスした雰囲気はありつつも、皆それぞれに努力し、舞台は確実に上等なものへとなっていく。
特に、メインヒロインである三年生の先輩と綾小路が二人揃って登場する場面の演技は良かった。
部長が考案し、採用された脚本では、青春ラブコメものの定番ながら複数のヒロイン――主人公に恋慕する女子がいる。
どれも魅力的なのだが、メインヒロインは比にならなかった。
想いを通わせていくシーン、ちょっかいをかけられる主人公を見てメインヒロインが他のヒロインたちに嫉妬するシーン、強気に迫ろうとするのにドキドキして何も言い出せないメインヒロインの表情。観ているこちらがもどかしくなるようなじれじれ感の演出が上手い。
さらにラスト付近のキスシーンの情熱的なことと言ったら!
綾小路が相変わらずヒロインではなく僕に目を向けていることを除けば、何も文句はない。
僕はただの裏方に過ぎないので気にしないでほしい。
「入部当初からずっと思っていましたが、やはり綾小路くんには才能がありますね。三年生と並んで対等にやれているなんてさすがです」とは、綾小路が入部した当初から目をつけていた面食いの美人部長の言だ。
ヒロイン役の女子たちも概ね同意見だった。
そして僕も、綾小路に主人公を任せて正解だったと心から思う。
文化祭本番が十一月。まだしばらく時間はある。
幕開けから幕引きまでの通しでの稽古が終わったので、あとは細部を詰めるだけ。神は細部に宿るというので決して手は抜けないが、このメンバーなら大丈夫だろうという安心感があった。
稽古は順調に進んでいる――そのはずだった。
綾小路の相手役であり、主人公と同等かそれ以上に大事な役柄を担っていたメインヒロインの先輩が、舞台に立つことができなくなるまでは。