第13話 文化祭に向けて①
二学期は大きなイベントが二つある。
一つは体育祭。そして文化祭だ。
体育祭は強豪である運動部に敵うわけがないので最初から諦めている。せいぜい全力は出し切るつもりではあるが。
演劇部である僕たちにとって重要なのは文化祭の方。
文化祭では体育館で劇を行うのが毎年恒例となっている。そこが演劇部の最大の活躍の場となるのだ。
僕は二年生なので当然、昨年度も参加した。
モブB役というとんでもなく味気ない役柄ではあったけれど。
「これより、脚本作成を行う部員を募る。希望者は前へ」
二学期初めての演劇部の活動となる月曜日のこと。
部室にて、顧問の先生が声を響かせる。
直後、体育座りしていた生徒たちが一気に立ち上がる音が部室を揺らした。
前に出たのは五人。
部長、副部長、その他の三年生の先輩二人、そして僕。
背後で綾小路が驚きの目で僕を見つめていた。
せっかくの文化祭、綾小路の前でモブB役しかこなせないのはダサい。だが演技の練習をしても彼ほど上手くなれる可能性など見出せなかった。
だから僕は考えたのだ。文化祭に少しでも貢献するなら脚本を担当すればいいのではないか、と。
国語は得意な方だ。文才があるかは自分ではよくわからないが、どうにかなるだろう。
「……五名か。じゃあ、お前たちには各々来週の月曜までに脚本の初稿を書いてきてもらうことにしよう。ジャンルは現代ラブコメディー。その中で最も優れている物を採用する」
監督の言葉に部長含む四人と共に頷いて、僕は席へ向かって踵を返した。
さて、どんな脚本を書いてやろうか。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――翌日、僕はひどく後悔していた。
どうにかなるだろう、なんて曖昧な考えをするべきではなかった。
脚本を書くと名乗り上げてから、帰宅すぐに自室の机に向かい、紙にアイデアを書き殴ってみた。
しかしろくな話が浮かんでこない。テーマはラブコメ。ラブコメだ。恋愛ものは嫌いではないから、たくさんそういう話を観てきたが、いざ自分が考える側に立ってみると、どう構成していいものかわからないのである。
ネットで書き方を調べ、それでもわからないので図書館に行ってみて、演劇の脚本というのを改めて学んではみたけれど、一朝一夕で書けるほど簡単ではないようだった。
頭を悩ませている間に寝落ちしてしまって、朝を迎えていた。
脚本の進捗は現在ゼロである。
「駿先輩、難しい顔して何してるの?」
「うるさい。今考えてるんだ」
「あー、脚本のこと。何か手伝えることなら言ってよ」
「別にいい」
ぶっきらぼうな返答をして、ぷいと顔を背ける。
いつも通り昼休みに綾小路に絡まれたが、いちいち相手をしてやる余裕がないのだ。
「ラブコメなんて単純に考えればいいんじゃない? 主人公と相手の出会いを描いてから関係を深めていって、事件が起こって、それからラストは想いを伝え合ったらエンド。劇の尺はそんなに長くないだろうし」
「……詳しいんだな」
「そう?」
何が面白いのかくすくすと笑いながら、「楽しみにしてるよ」と綾小路が僕の背を押した。
彼の手つきはあまりに優しくて、その応援に嘘偽りがないことが伝わってくる。
だから僕は、無理でも脚本を仕上げなければならない。
昼休み終わりのチャイムが鳴ったあと、午後の授業なんてほとんど聞いていなかった。考えるのは、新たなネタについてだけだ。
綾小路が言っていた通りの展開で、しかしそこに一捻りを加えるのはどうだろう。尺はコンパクトに、しかし完成度と満足度は高くなるように。
アイデアを練って練って固めていき、ようやっと筆を取り、そして――。
数週間後。
配役決めのオーディションが行われた。
メインキャラの大半は演技力が高い部員――主に三年生たち。
しかしその中で一際輝き、主枠の座を得たのは一年生の男子。すなわち、綾小路である。
「だって、オレのために駿先輩が用意してくれた役だからね」
僕は採用されなかった。卒業目前で引退となる三年生に花を持たせる意味もあったのだろう。それを押し除けるほどの実力などあるはずもなかった。
だが、キャラクター同士の関係性を評価され、採用された部長の脚本と一部合体することに。顧問の指導の下、大幅に加筆された原稿は、ストーリーはそのままに複数のキャラクターが差し替えられた。
その中の一人が綾小路が演じることになる、劇の主人公なのである。
軽薄な態度でありながら、ミステリアスな笑顔で惑わせるそのキャラは、綾小路をモデルとしていた。