第10話 チャラ男風後輩とのドキドキ夏祭り①
――ねぇ、花火、綺麗だね。
――うん。
どおん、どおん、と花火の音がする。
それはどこか遠くから聞こえているような、近くから響いているような、不思議な感覚だった。
花火の衝撃に体を揺すられながら、僕と、僕を手を繋いでいる小さな少女が語らう。
――ここの花火を一緒に見た好きな人同士は、ずーっと仲良しでいられるってジンクスがあるんだって。素敵だと思わない?
――へぇ〜、そんなおまじないみたいなの信じてるんだ。意外。
――ロマンチックだからね。ワタシもそういうのに憧れるお年頃なんだよ。
――それ、自分で言う?
――別に悪いことじゃないもん! ところで、なんだけど……シュンはワタシのこと、好きでしょ。
――…………好きだよ。
――じゃあ、ワタシたち、大きくなったらさ。
少女はキラキラと目を輝かせながら、小さく囁くように何かを言って。
そこで、目が覚めた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
蝉の声がうるさい。じりじりとした夏真っ盛り特有の暑さが肌を焼き、不快感にベッドの上で悶えた。
起きて早々だが気分は最悪である。
夏は嫌いだ。でも、夏祭りはもっと嫌いだ。
厭な夢を見た。忘れたくても忘れられなくて、切なさに胸が締め付けられるような思いがする、そんな夢。
今日が夏祭りの日の朝だからだろうか。
「ごめんな」
裏切り続けている彼女に、届くわけもないのに小さく謝罪する。それでも許されることではないだろうけれど。
僕が綾小路と知り合うずっと前、友人だった少女がいた。
けれど彼女とはただの友達ではなくなっていき、夏祭りの時に、約束をしたのだ。
約束をしていたのに。
少女の声も表情も、今となっては朧げになってしまった。
「……そんなことは、今はいい」
問題は今日のことだ。
夏の定番スポットである海も川も山にすら近づきたくない。それが、よりによって夏祭りに行くだなんて。しかも相手が綾小路だなんて、目を背けたくなるような現実だ。
メッセージを送って何度も何度も「別の場所に行かないか」と言ってみた。でも、「絶対楽しいから」と押し切られて、当日に至ってしまった。
僕の気も知らないで。
そもそも、男二人だけで夏祭りに行こうだなんて変じゃないだろうか。さすがに偏見だろうか。
例え可愛い女の子に誘われたとしても断っていただろう。なのにどうして綾小路なんかと行かなければならないのか。
そんな風にぐるぐる思い悩むうち、朝が終わり、昼が過ぎて、刻々とその時が迫ってくる。――そして。
ピンポーン。
高らかに鳴るドアチャイム。
今日の綾小路は正面から来たようだ。
綾小路のように窓から出入りするなどという芸当は僕にはできないので、逃げ場はない。覚悟を決めるしかなかった。
Tシャツの裾を直し、恐る恐るドアを開ける。
扉の向こうにはバッチリ着物を着込んだ上で、いつも通りの茶髪と緑のカラコンというチャラ男風を崩さない綾小路が立っていた。
「それじゃ行こっか……って、駿先輩、なんでTシャツ?」
「着物なんて買ってないし、わざわざ着る必要もないかと思って。というかお前の着物が可愛過ぎて僕は怖い」
「お祭りってのは雰囲気が大事でしょ。着物くらい用意してくれてると思ったのに、駿先輩のおめかし姿を見られなくて残念だなぁ。まあいいけど」
「お前が気合い入れ過ぎなんだよ」
花柄の着物は、一見すると女物と見間違えてしまいそうなほど鮮やかな彩りをしている。ただ、袖の部分や肩幅を見るに、ちゃんと男物を着ているのだとは思うが。
これほど着物姿が様になっている男を他に見たことがない。こんな男にナンパされてしまったら、女の子はひょいひょいついて行ってしまうのではなかろうか。
「ふふっ、もしかして先輩、オレに見惚れちゃってる?」
「見惚れてなんかないに決まってるだろ。誰が見惚れるか馬鹿」
「冗談だよ。……さぁ、早く行こう」
夏祭り、楽しみだね。
そう言ってにっこり笑いかけながら、僕の肩を抱き寄せる綾小路。
されるがままになって、七年ぶりの夏祭りへと繰り出すことになった。
抗えなかったのは「仕方ないな」という諦めと、彼の力が強過ぎたせいだ。
じっとりとした汗混じりの体温を感じて不覚にもドキドキしてしまったからとか、そういうのではない。決して。