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第8話 + 終章

 本作品は「ドラゴンの生き血 ドラゴンスレイヤー族誕生秘話  (syosetu.com)」 、の後日譚にあたる連載小説で今回が最終回です!


              第八話 あらすじ


 スレイヤーズの砦がドラゴンの大群に襲われ、三角山の館にも危機が訪れる。

「青峰の民」の宿営地にドラゴン、ズィロスが現れ、ナディの本性が暴かれる。


 いかに生き、いかに死ぬかの選択を迫られるフレイヤ、マティアスそしてガスパル。彼らの周りの人々もそれぞれの選択をし、その道の是非を問う間もなく、ただ突き進む。


          

                     8



_巨大な力が宿営地の方向にある。あの力は知っている、、ずっと前、俺を襲ったドラゴン、だが前より強く大きい、、巨大だ。

 ララバイが考え深気に言った。

 えっ?フレイヤは寒気を感じた。

_加えて、もう一つの力が宿営地の中にある、、。その幽体エネルギーはフレイヤ、お前に似ている。あれがマティアスか?

_まさかマティアスの力は、、もう目覚めたの!?

_目覚めたばかりの小さな力、、だが、、あれは、、あのままではいない。呼びかけてみろ。俺がやると、、仰天するだろうから。

_こんな遠くから無理だよ。

_お前なら出来る。お前とマティアスの力は似ている、と言ったばかりだろう?幽体同士の距離は物理的距離とは違う、と教えただろうが。

_わかった。やってみる。

 マティアスが力に目覚めた。それはマズいんじゃないだろうか?独りで、何の助けもなく力が目覚めてしまった!?

フレイヤは緊張してマティアスを呼んだ。

 すぐに、興奮しウキウキとした彼の心話が戻ってきた。


 ガスパルは龍やスレイヤーズの緊張感が、日増しに高まっていくのを感じていた。誰も何も言わないが、あまりにも落ち着かないので、巨大な岩山を背に建っている砦の屋上に登った。

 外壁のバリスタの数が増えている。外壁とほとんど同じ高さの屋上には、バリスタの他に真上を守るモリの発射台が数基、絶壁を掘って作った中央塔の前に設置されている。左右の塔は計画当初より太く短くなり、その上には巨大バリスタが鎮座していた。

 ガスパルは見晴らしのよい中央塔に登った。


 塔の一室では、数人が机に向かって何やらしていた。

机に白い紙を広げ、髪をひと束切り落としている者がいた。それはシャロンだった。彼は顔を上げ、こっちへ来い、というように顎をしゃくった。ガスパルがそばに行くと、

「お前、遺言状はあるか?」

 と小声で聞いた。

「いや、、俺には財産も家族もないから、、必要ないと思う」

 そうか、とシャロン。

「でもな、遺書ぐらいは書いておいた方がいい。お前も龍や俺たちの緊張を感じているだろう?こんな感覚は今までなかった。なにか巨大な力が集まっている。多分、、大きな戦闘が近いんだ。

俺たちは戦闘前に遺言を更新したり、遺書を書いたりするんだよ」

 やはりそうか、戦いが近いのか、、。

「俺はミラルダにプロポーズした。俺が死んだら、、この髪を燃やして貰う、、死体も残らないかもしれないからな。お前も、なにか書いておいたほうがいい。参戦するならさ」

「もちろん、参戦する!」

 聞かれること自体が意外だった。今までしてきたことは全てスレイヤーズの一員として出撃するためだ。

「ありがとう。そう言うとは思っていたが、お前の口から聞けて良かった」

 そう言ってシャロンは自分の髪と手紙を封筒に入れ、蝋印を押した。

 何も持っていない、、とは言ってもやはり髪を一束残しておくか、、フレイヤに燃やしてもらえるように、、ガスパルは思った。

すぐ隣で戦いたかったが、彼女は今、遠い場所にいる。ここよりは多分、安全なところにいる。そう考えると心が落ち着いた。

 残した髪をいつまでも持っていて欲しいのは山々だが、フレイヤに自分のことを一生思って、生きてほしいとも思わない。プロポーズだってしてないのだ、燃やしてもらったほうがいい。

 そう決めて机に向かった。 


「名工がいない!一緒に雇った武器の達人もだ、、おまけに龍の歯の矢がない!!」

 息を切らせたモロウが、扉を押し倒すような勢いで駆け込んできた。

「ナディもいないんだろう?」

 マティアスは香草茶を飲みほした。

「よ、よくそんな落ち着いていられるね!?」

「裏切り者や浮足立っているやつらなど、いないほうがいい」

「だ、だって!」

「矢のことはベンに言ってくれ。本物は隠してある。君に言わなかったのは、メリッサのことで頭がいっぱいだろうと思ったからだ。彼女は回復したか?」

 ああ、とモロウ。混乱しているようだ。

「彼女は貴重な戦力となる。悪いが訓練させてもらう。君も同席するといい」

「戦力?」

「彼女と僕は龍の生き血を飲まされたんだ。薄められたものだったので効果が劇的でなかったのかもしれない。だがそれはどうでもいい」

「な、なんでメリッサが!?」

「君が飲む、とナディは思ったんじゃないかな。貴重な薬草や蜂蜜を入れた滋養のあるミルク。君に飲ませ、殺すか起き上がれないようにしたかった。でも優しい君は、具合の悪いメリッサに飲ませた。」

「ナディがそんなことを!? ど、どうして!? 」

 モロウはナディからミルクを渡され、マティアスと二人で飲みなよ、と言われたのを思い出した。

「血を提供したドラゴンに言われてやったんだろうな。でもそいつは計算違いした。ナディが血を二人分に分けるとは思っていなかった、と僕は思う」

「ど、ドラゴン!? な、なんで!? 」

「今、言ったことは僕の直感の混ざった憶測だ。事実は本人に聞かないとわからない」

 ああっ、とモロウは声を上げた。すぐに階下に走っていった。

 ナディは当然いないだろう、とマティアスは思った。近くに彼女の存在を感じられない。

 さて、メリッサをどう訓練する?短い間に出来ることは限られている。なにかが迫っている。大きな危険が近づいてはくる。

フレイヤとララバイが大急ぎで教えてくれた数々のこと、、試している暇はない。時間がない、ということはわかったが、いつどうなるかはさすがの直感も教えてくれなかった。


「雇った連中どころか旧リーダーの親族もいない!それどころか家畜もほとんどいない!」

 モロウが駆け戻ってきた。

「でも、ナディを見つけた。武器庫の片隅で固まってた。引きずり出そうとしたけど悲鳴を上げて抵抗する。君に会いたいと言ってる」

 まだナディが宿営地にいる、という事実はマティアスを驚かせた。危険が近づいていると知っているハズ。どうして逃げなかった?しかも武器庫にいるとは?


 マティアスが武器庫に入るとナディは叫んだ。

「助けて!マティアス!アタシを助けてよ!」

「君を助ける!ふざけんじゃない!」

 珍しくモロウが怒鳴った。

 しっ、とマティアス。

「どうしてこんな事をした?ドラゴンに何を吹き込まれた?」

 マティアスがかなりのことをすでに知っている、と気づいたのかナディは声を震わせながも話し始めた。


 「黄土の民」を襲ったのはズィロスというドラゴンだった。彼はスレイヤーを食いたいと言って、ナディに取引を持ちかけた。

「初めはフレイヤを取って食おうとしたけど、彼女のそばには大翼龍がいて簡単には食えない、と思ったんだ。だから青峰の民の宿営地のもう一人のスレイヤーを食うことにした」

 つまりマティアスだ。 

「でも宿営地にも地龍の守りがある。宿営地内部に味方が必要だと気がついた。それで黄土の民の檻の中にいたアタシを助け出してくれた」

「君はなんでドラゴンの味方なんてしたんだ!?」

 モロウは叫んだ。

「取引しただけだ。アタシが協力すれば、その代わりにアタシの願いを叶えてくれるって」

「君の願い?」

「お父さんとお母さんを殺したヤツラに復讐してやるんだ。奴隷にして檻に閉じ込めてやる!」

「君はバカか!? そんな約束、ドラゴンが守るものか!」

「龍は嘘はつかないよ」

「龍は嘘はつかない?」

 モロウはマティアスを見た。マティアスは肩をすくめた。

地龍は直情的でバカ正直な行動をとる。故郷の館ではペットのような存在だった。しかし大翼龍の、ましてやドラゴンの本心など、わかるわけがない。

「ズィロスは約束の証に自分の血をやる、と言った。それをマティアスに飲ませろって。そしてアタシの真の名前をくれ、と言った。名前なんてそんなモノ好きにすればいい、と言ったら、、」

 真の名!? 自分の本質を示す大切な名前を、意味も知りもせずに!?

「言ったら?」

「わからない。すごく変な感じがしたんだ。でも別にどうでも良かった、その時は、、アタシはお父さんとお母さんの復讐をしたかった!」

「その時は?いつ、どうでも良くなくなったんだ?」

 ナディは言葉に詰まった。暫く黙っていたが、結局は続けた。

「、、彼の血をミルクに入れたあと、、勝手なことをしたと彼はすごく怒って、、その後、、わからない、、。もう自分が何をしているか、していたかわからないことが多くなった、、怖いよ!とっても怖い!助けてよ!マティアス!!」

「勝手なこと言うな!!」

 モロウは怒りのあまり、殴りかかりそうな勢いだ。

「落ち着け、モロウ。聞きたいことが山ほどあるんだ」

 マティアスは、怒りに燃えるモロウの腕を掴んでナディを見た。

「地龍ひすいに守られているここなら、大丈夫と思ったんだね」

 ナディは弱々しく頷いた。

「君は血を薄めたら、その効果も弱くなるとは考えなかったのか?」

「ズィロスは血を飲めばマティアスはしばらくは動けない、と言った。それを皆に言ったら、ついでにモロウも動けなくなれば、戦う必要もなくなると言ったんだ。、、毒キノコはアタシのせいじゃないよ!リーダーとセカンドだけ病気になったら変だからって、皆が、、でも思う通りにならなくて、、アイツら、逃げちゃった」

「皆って?雇った連中か?」

「マティアスがリーダーになったのを怒っていた人たち、、。でもズィロスはそれを知って、ヒトの浅知恵と怒り狂った。でも、、その後、なんか急に嬉しそうになった」

「嬉しそう?」

「力が目覚める、と言った。考えもしなかった力が目を覚ますって」

 力が目覚める?僕の力は確かに目覚めた、、。

マティアスは考えた。

 だが、考えてもしなかった力?

フレイヤもララバイも僕の力は謎だ、と言った。だが、それはドラゴンが喜ぶような力なのか?

 ナディは、ズィロスのことはそれ以上は知らない、と言った。

マティアスとモロウは、なおも話しかけようとする彼女を無視して武器を集めた。

「君の処分は後で考える」

 ナディを残し鍵をかけ、武器庫をあとにした。


 ついに来たな、、。 

砦の外壁に立っているガスパルになにかが見えた。遠い空に鳥の群れのような影、大翼龍の群れだ。何頭いる?

「群れをなすことなどない大翼龍、、ドラゴンがあんなに沢山集まっているのは初めて見る」

 隣でシャロンが言った。

「ネメシスたちに気づいたんだ。俺たちの味方についたのがわかったんだろう」

 やはり彼らが呼び水となったか、、。

「動きが止まった。あれ以上は近づいてこないかもしれない。さすがにバリスタが怖いんだな」

 砦は、多くの飛び道具で守られている。だが彼らもただの睨み合いに来たわけではあるまい。

 そのうち数頭が砦に近づき、バリスタの射程圏内に入る直前で横にそれて離れていった。まるで見せつけているようだ。

どこに行くつもりだ?囮だろうか?

「ま、まさかあいつら、、」

_三角山に向かっている!!

 アロンの心話の叫びがシャロンに伝わってきた。

_三角山はここより守りが弱い。味方の大翼龍はいないし、戦士も少ない!

_どうする?

_行くしかない!子供たちは皆、あそこにいる!

 パブロの子供だけではない。アロンもバイロンも、砦の戦士は小さな子供たちを皆、三角山近くの館に残してきている。そしてその母親たちも。

_シャロン、お前たちは俺とここに残れ。バイロンは他の二人とアイツラを追いかけろ。

_飛龍部隊を二手に分けたら、敵の思う壺だ!

_館の子供たちを逃がすだけでいい。なるべく戦わずに済ませろ。お前たちが戻ってくるまで、ここは必ず保たせる!

 そう言ってアロンは、バイロンたちを送り出した。


_一案あるのです。

 ネメシスが言った。自分だけに話しかけている、とガスパルは感じた。

「何だ?」

_連中の後方にいるのはドラゴンではない。私と同じ二世代目。ヒトの血の味をまだ知らない。

「?」

_もしかすると、、味方にはならないまでも、戦列を離れさせることが出来るかもしれない。

「どうやって?」

_簡単ではありません。大翼龍と人間が共存できることを示さなければならない。私にあなたの真の名前をくれませんか?

 ガスパルは言葉に詰まった。

 どうなるのだ?もし俺の真の名を龍にやったら?コントロールしコントロールされる、、その意味は何だ?

_それが意味するものは誓いであり約束、、契約です。

「、、アロンに伝える」


 アロンはもちろん反対した。ドラゴンの二世代目をコントロールする利点がなくなるのだから当然だ。それどころかコントロールされてしまったら?

「俺がおかしくなったら俺を殺せ。あの数のドラゴンが攻めてきたらこの砦といえども何時間保つかわからない。ネメシスは俺を信じて名前をくれた。俺も一か八か賭ける。フレイヤに、、俺は勇敢に死んだ、と伝えてくれ」

 アロンはしばらく考えていたが、最後には承諾した。いつ敵が攻撃してくるかわからないのだ。やるなら今しかない。


_あなたの名前を見つけました。

「食べるといい」

_私の血を飲みなさい。私を信じるあなたへのプレゼントです。 

 二世代目のドラゴンの血を飲む?アロンの言う通り二世代目大翼龍には彼らの目的があり、その計略にまんまと引っかかったのか?

_私にはあなたに対する憎悪や恨みはありません。

 つまり彼女の血は、俺にとって毒ではない?

ええい!毒を喰らわば皿まで!

ガスパルはネメシス首の鱗の下にナイフを差し入れ、滴った血を飲んだ。


 体が熱い。そして軽い!細胞の一つ一つが活性化されていくようだ。力が湧き上がる。経験したことのない力が体の隅々まで行き渡り、、体を覆う!

「うわあ!」

_あなたが見ているのはあなたの幽体です。

「のっぺらぼうだぜ!」

 幽体を見るのは初めてだった。

_それはあなたの、、貧困な想像力のせいです。

「俺の想像力は貧困なんかじゃない!」

 といったものの、もしかするとそうなのかな、とも思った。

 想像?想像通りになるのか?、、目鼻はあったほうがいいよな、口も、、あ、実物よりハンサムに出来るのかな?あんまり変えると誰かわからなくなってしまうかな?

_、、あなたが見ているものが他の人にもそう見える、というわけではありません。

_なんだ。つまらん。

_あなたは、、浅はかです。見たくないなら見えなくなります。

_俺は浅はかじゃない!知らないだけだ!

_常識です。ヒトというのは奇妙な生き物だとつくづく思います。

_人間の常識ではない!それに名前を食うお前らはもっと奇妙だ!

 ネメシスは言葉に詰まったようだった。これが種属の壁というものだろうか?

_、、出撃しましょう!名前を重ねます。目的はドラゴン打倒です!

 押し問答になる、と思ったのかネメシスは手短に言った。

_名前を重ねる?ドラゴン打倒!!

 そう意識すると、ネメシスの言った意味が明白になった。二つの真の名前が重なり、新しい名を成した。それは眩しい光を一瞬放ち、心に溶け込んでいった。

 承知、と言ってからガスパルはもう言う必要もないことなのだ、と気がついた。ネメシスに乗って飛びたち、外壁のバリスタを背に空中停止した。


 二頭の龍が近づいて来る。

 偵察飛行?

一頭がやや前を飛んでいた。間違えようもなくドラゴン、恐ろしい気迫だ。後ろは多分、二世代目。見習い、といったところか?バリスタの射程距離外、ギリギリで止まった。

_俺たち/私たちの戦いぶりを二世代目に見せつけてやる!/見せつけてやりましょう。人と龍が共存できる事を示す!/のです!

二つの思考が重なり、ガスパルは少し戸惑った。

 戸惑う暇などない!

二世代目たちに問いかける。

_人間は禁断の獲物!それを忘れたか!?/ドラゴンがなぜ、ヒトをあなた方に食べさせようとしているか理由を考えなさい。

 後ろの大翼龍は、ネメシスとドラゴンを交互に見た。なんと考えていいのか迷っているようだ。

しかしそれは短い間で、いきなり横手にそれて飛び去った。

 ずっと後方でも同じことが起こった。ガスパル/ネメシスの心話はすべての大翼龍に届いた。

数頭が戦列を離れる。それをドラゴンが追う。

しかし近くにいたドラゴンは、ガスパルたちに襲いかかってきた。

 ネメシスは急上昇し体を傾ける。ガスパルは彼女の翼を滑って敵に飛び移り、クロスボウで矢を打ち込む。矢は跳ね返り、翼に突き刺さった。ドラゴンが彼を振り落とそうと宙返りした。ガスパルは打ち込んだばかりの矢に飛びつき、体重を使って傷口を広げる。

 翼が裂ければ飛べないハズ、、。

案の定、翼は裂け始めたが矢はすぐ抜けて、ガスパルは落下した。だが、ネメシスは既に下で待っていた。ガスパルを確実に受け止める。

言葉は必要ない。心話さえも必要なかった。

 これは契約。死ぬまで、、続かない?

 私が死に直面したら、私の名前を返すのです。私もそうする。

 返さない!

 あなたが私の死を経験する必要はないのですよ。

 わかっている!返さない!


 裂けたばかりの翼が、みるみるうちに再生していく。

ネメシスが体を翻した。彼女の後ろからバリスタの矢が突然現れドラゴンを貫く。ネメシスは体を使って直前まで矢を隠したのだ。いつの間にかバリスタの届く距離に近づいていた。

 反対の翼を撃ち抜かれドラゴンは激しく羽ばたいた。同じことは繰り返させないとばかりにネメシスは近づきガスパルは敵に飛び移り剣でその裂け目を広げにかかった。

砦から次々と矢が飛んでくる。ガスパルがネメシスに飛び移ると彼女はすぐ急上昇して矢を避けたが、ドラゴンはもう自由には飛べなかった。 

 ドラゴンといえども限界があるのだ。翼が前のように再生されない。矢を受けて少しづつ落ちて行く。

 砦からスレイヤーズが出撃した。

落ちてくる龍をクロスボウで迎撃し、力尽きた龍に槍をつきたてる。動かなくなると心臓を剣で貫いた。


 アロンは二世代目のフェンリルと共に戦っていた。契約を結んだに違いない。動きが違う。

ネメシスとの連携プレイで、二組の戦士たちは鬼神のように敵を落とす。ドラゴンの翼に攻撃を集中する。剣で翼を引き裂く直接攻撃が効率が良い、とわかったのだ。

 ルシアが戦闘に加わった。シャロンは乗っていない。一頭のドラゴンめがけ、バリスタの矢が数本同時に別方向から飛んで行く。

塔の上から合図しているのはシャロンだ。彼らも契約を交わしたのだ。ルシアが敵を引き付け、シャロンがバリスタの発射を合図する。地上に落ちた龍をスレイヤーズが仕留めていく。どこからか地龍たちが現れ、地上の戦士たちに加勢した。

ドラゴン軍の乱れは大きくなった。向かってくるものと、逃げるものに分かれた。

 この分なら、、勝てる!

早計だった。

 砦の真上に点が現れた。それはどんどん大きくなっていきなり火を吐いた。大翼龍が真上から攻撃してきたのだ。はるか遠距離から上昇し近づいたのだろう。全く気づかれずに接近した。モリを発射したがドラゴンはその身を翻し、モリは外れた。

 バリスタに火がついた。だがそれでも二本の矢が放たれた。バリスタを扱っていた戦士たちは、なんとか盾で身を守ったのだ。龍はそれらをかわした。しかし高台からも矢が放たれドラゴンを貫く。砦の真ん中に龍は落ちていく。砦を揺るがす激しい墜落音!

バリスタが数台、破壊された。今度は犠牲者がでたのは間違いない。

だがドラゴンは生きている。激しい戦闘が砦の屋上でも始まった。

 また一頭、上から来た。

_シャロン!

 ルシアが砦に向かったが遅すぎた。ドラゴンが火を吹きながら急降下し炎はシャロンごと塔の先端を包んだ。ドラゴンはそれだけでは満足せず塔を尾で薙ぎ払った。炎をあげたまま塔が崩れ落ちる。火矢用の油に火がついたのか砦の上は炎の海になった。ルシアは敵に飛びかかり一緒に砦に落下した。やがて二頭は戦いながら炎の中に消えていった。


 砦の遠距離攻撃の武器が少なくなったのを見越して、敵が押し寄せてきた。砦を出た戦士たちを狙って火を吐く。炎が地上を舐める。

その時、大翼龍が数頭、低空飛行で近づき大きく翼を広げて火を遮った。さっき逃げて行った二世代目たちが戻ってきた。

 味方についてくれたか、、。ありがたい、、。

フェンリルとアロンのコンビは無敵のように見えた。だが空を飛ぶ敵はまだまだ多い。空中でも地上でも戦闘が続く。


 戦いが永遠に終わらないかのように感じられ始めた頃、フェンリルの翼がいきなり裂けた。力が尽きたのだ。落ちる前に砦に戻ろうと、もがくように飛んでいる。ネメシスも似たようなものだった。

 戦って落ちるか?戻るか?

_ロングボウを使う!砦に戻れ!

 旧式、と言って使わなかったロングボウまで使用する羽目になった。ネメシスがドラゴンに追われるように砦に戻る前に、一斉に矢が放たれた。雨のように火矢が降る。体に火がつき、敵が面白いように落ちていく。彼らに残っている力も少ないのだ。

 火を避けて地面に潜っていた地龍たちが、落ちてきたドラゴンに情け容赦なくとびかかる。

 ドラゴンとスレイヤーズ、どちらが優勢なのかは、もう誰にもわからなかった。


_このままでは距離を離されるだけだ!俺は先に行く!

バイロンの大翼龍は二世代目のユピテル。他の大翼龍より速いのだ。

_そんなことしたら、お前はいいカモになるだけだ!

 と、プリマベラに乗ったパブロが心話で叫び返した。

_構わない。子供らの避難が優先だ。俺は敵を引き付けて戦う。お前らは館に向かえ!

 ユピテルは全速力で仲間をあとにした。


 危ない!

ユピテルの回避飛行は間に合わなかった。待ち伏せされたのだ。敵は二頭。一頭はかわしたものの、次の龍が待ち受けていた。

兜から出ていた顔をざっくりやられ、血が目に入り見えなくなった。ユピテルも首をやられた。自分の痛みの上に彼の痛みが重なり、バイロンの体を走る。が、それはすぐに消えた。ユピテルの鱗は敵の攻撃をなんとか受け止めたようだ。

_このままでは戦う前にやられる。お前の真の名を俺によこせ。

 ユピテルが叫んだ。

_勝手なことを!

_俺の真の名を食らっても、まだ俺を信じられないと云うならそれはそれ。俺たちは確実に死ぬ。お前がそれでいいと言うなら、それもそれ。 

 うう、、やっぱり大翼龍などを信用するべきではなかった。

 だがそれは俺自身の決断!今更、悔やんでも始まらない。

_コイツラを倒せるなら、魂もくれてやる!

_そんなものはない!ないものなどいらん!

_お前になくても、俺たちにはあるんだ!

_ないものをある、と言い張るか?面白い!戦いのあと、その証拠を見せてもらおう!

お前の真の名は貰った!名前を重ねる。目的はドラゴン打倒!


 バイロンは血を拭い、あたりを見回そうとしてやめた。必要がないのだ。大翼龍の視覚、、死角がない、、。前はもちろん後ろも上下左右すべてが見渡せる。ユピテルは、、自分である。

ユピテルの背に仰向けになった。真上から敵が襲ってくる。素早く矢を打ち込む。何の支えもなくとも全く不安がない。ユピテルがバランスを保ってくれる。

 心配はない!

その自信が、持っている力を倍増させる。

だが、ドラゴンは全ての矢を避けた。

 バイロンはすぐに起き上がって、ユピテルの頭に向かって走った。急降下する敵にもう一発矢を放つ。今度は、はねのけられ何の効果もない。だがユピテルが相手の尾に噛みついた。もがく敵をユピテルは離さない。

 永遠すら見渡せそうな視界を何かが遮った。敵の幽体、、襲ってくる。ユピテルが自分の幽体を飛ばす。幽体同士がぶつかり合う。敵はその戦いに気を取られている、、。

バイロンは龍の身体めがけて再び矢を続けざまに放った。

幽体を離脱させていたドラゴンは、全ての矢を避けられなかった。注意力が二分され散漫になるのだ。鱗の護りも弱い。敵の幽体もユピテルに食いちぎられ霧散し、ドラゴンは落下していった。

高みの見物をしていたもう一頭が逃げ出した。

 二世代目か、、情けない。

心話でもないただの思いに引っ張られたかのように、二世代目の大翼龍が止まった。

_余計なことを考えるな!

 ユピテルが腹立たし気に言った。

二世代目は暫く空中停止してバイロンたちを見ていたが、結局飛び去った。

 やれやれ、、。

一息つく間はなかった。遠くに火の手が上がっている。三角山の館に火がかけられた。ふたりは再び全速力で館に向かって飛んだ。


 館はすでに炎におおわれていた。

_非戦闘員は皆、避難した。だが、バリスタを焼かれ武器も尽きた。戦士たちも避難を始めたが、サシャが本を守ろうとして逃げない。俺は書庫で本詰め作業中だ。

 先に到着していたパブロの途方に暮れた心話が届いた。

_バカな!お前の父親だろうが!なんとかしろ!

_彼は結構一本気なのだ。

_呑気なこと云うな!綱つけて引っ張り出してやる!

 バイロンは炎の中を書庫まで走った。館は崩れ落ちそうだ。


「サシャ!本は諦めろ!」

「初代たちの記録を私の代で失うわけにいかない!」

 彼は、パブロを指示して何冊もの本を大風呂敷に包んでいた。

「バカ言え! 家長の責任はそんなもんじゃない!砦も危ない!死ぬならドラゴンと戦って死ね!俺たちはドラゴンスレイヤーズだ!!」

 うう、、。大切な大切な本が、、記録が、、焼かれてしまう。

「歴史は俺たちが作る!サシャの好きなように書き直せ!」

「冗談じゃない!」 

 どうやらサシャは他の者たちに任せたらスレイヤーズの歴史は改ざんされる、と気づいたようだ。運べるだけの本をまとめて大人しくバイロンに従った。パブロも重い包を背負って走った。途中で壁が崩れ屋根が落ちてきたが、ユピテルとプリマベラがかばってくれた。

ようやく表に出ると、

_新手が来る!!

 三角山の上方に大翼龍が現れた。多数の影が霞のように山を覆っている。

 ああ、もう武器がない、、。

 その時、地面が激しく揺れ三角山が爆発した。火柱が天に向けて立ち昇った。次の瞬間には山が裂け、炎が壁のように広がった。大翼龍たちがその中に飲み込まれる。

 偶然にしては出来すぎている、、。

噴火の巻き添えにならなかった数頭の敵も飛んでくる岩石にやられて、落ちたり逃げたり大混乱の様相。 

バイロンとパブロはサシャを残して三角山に向かった。


 噴煙で近づけない。溶岩流がゆっくりと川のように流れていく。離れていてもその熱さで焼かれそうだ。

赤黒い流れに大翼龍たちが、もがきながら流されていく。よく見ると、その中に小さな龍たちが浮き沈みしていた。たが、彼らは動かなかった。ただ溶けていく。

_地龍があんなに、、。ああ、、。

 自分たちを犠牲にして山を噴火させ地面を裂いた。地龍たちは契約を守った!

_子供たちの避難先は、、。

_皆、無事だ。館の地龍がトンネルを開いてくれた。

 地上からの心話が届いた。

 避難した戦士たちが落ちてきたドラゴンと戦っている、と言ったが緊張感はなく、優勢なのだとわかった。

_サシャを迎えに行ってくれ。彼はやけどを負っている。本に取り憑かれて身動きできない。俺たちは砦に戻る。向こうも激戦中だ。

_ドラゴン共の脅威は去った、と今、砦から連絡が入った。逃げたヤツラも多数いるようだが、戦士たちはもちろん、翼龍部隊は傷つき、もうバリスタの矢がないそうだ。しかも近隣の王族たちが兵を送ってきたと言う。

 怪我人の手当に追われている上、武器も少なく、砦は半壊状態で兵隊に囲まれているのだ。

 まるで大翼龍と示し合わせたような攻撃だが、そうではあるまい。

王族たちは砦を見張っていたのだろう。絶好のチャンスとみて兵隊を送ってきただけだ。

バイロンたちは、今度は砦を目指して全速力で飛んだ。


 砦ではカミーユが非戦闘員の女性たちを集結させていた。非戦闘員と言っても、子供が出来るまでは戦場で活躍していた女戦士たちだ。

「たかが人間の兵士などに、やられる私たちではない!」

 彼女らの出撃の準備はできている。剣だけでなくダガーや吹き矢で武装している。だが、外壁は半壊状態。守備が第一なのだ。

打って出るには敵の投石機をなんとかしなければならないが、遠距離を攻撃できる武器は尽きていた。

_俺はメネシスの手当が終わったらすぐに飛ぶ。

 そう言うガスパルにアロンは一瞬、沈黙した。フェンリルは翼が破れてもう飛べる状態ではない。心身ともにエネルギーを消耗して、回復には時間がかかりそうだ。

_マティアスが力に目覚めたようだ。お前はフレイヤと合流してくれ。

_ここは!

_バイロンたちが戻ってくる。子育てで引退していたとはいえ、女性元戦士たちはほぼ無傷。彼らもドラゴンスレイヤーズだ。ここは心配するな、、ララバイは「青峰の民」の宿営地の方に巨大な力が渦巻いている、と言っている。

 青峰の民!ああ!フレイヤ!

_置き土産に、上空から油を撒いて投石機に火をつける!


 ガスパルが投石機に近づく頃、奇妙な音が聞こえてきた。地下から聞こえる轟きのような音。

_水龍たちです。地下水脈を通ってやって来る。

_何をするつもりだ?

_彼らの考えなどは私にはわかりません。水龍に考えがあると考えるのすら、不可能です。

 ガスパルはフッと笑った。

_ララバイに教えてやろう。水龍も恩返しするってな。


 油を撒きながら、アロンに状況を伝えた。

ネメシスが火を吹いた。投石機が燃え上がり兵士たちが逃げ惑う。敵の矢を避けながら同じことを繰り返した。投石機は全滅だ。

すると、それを見越したかのように砦の前の地面のあちこちに穴があき、重装甲部隊を飲み込んだ。水龍は敵の下に穴を掘ったのだ。

さらに地面が揺れ、未完成だった堀に水が流れ込んできた。水は生き物のように土を掘り起こしながら進む。

 水は本当に生きていた。水龍が水を導いているのだ。時々、跳び上がりそばにいる兵たちを引きずり込む。

水龍の鱗が輝き、彼らから滴り落ちる水滴が虹を作る。水に引き込まれた重い甲冑をつけた敵の兵士が溺れていく。美しくもあり恐ろしくもある光景だった。

 あれよあれよいう間に堀は完成し水掘となった。しばらくは茶色の水がどよめいていたが、やがて静かになった。

 敵の兵はただ呆然と立ち尽くしていた。いつどこに穴が現れ飲み込まれてしまうかと、恐ろしくて動けないのだ。

 壊れた外壁に女戦士たちが立っただけで、残りの敵は膝を折った。

「捕獲する!」

 カミーユが叫ぶ。

 砦は大丈夫だ、ガスパルは「青峰の民」の宿営地に全速力で飛んだ。


 攻撃が近い、「青峰の民」の宿営地にいるマティアスは感じた。

「非常事態を宣言する。防衛隊は武器の準備。非戦闘民は避難しろ。逃げたいものは今、出ていけ!」

 残っていた人々は互いに顔を見合わせた。


「防衛隊に欠員はないな。皆、残った」

「どこにも行くアテがないのさ。連れて行ける家畜もいないし、苦労するのは目に見えている。途中で襲われる可能性も高い。女子供は特に、地龍の守りのあるほら穴で隠れていたほうが安全だ」

 誰が出ていったかは問題ではなかった。どこへ行ったのかも関係ない。残ったものが、今いる。

 マティアスはナディがいる武器庫に向かった。甘いのかもしれないが、閉じ込めたまま死なすわけにはいかない。モロウもついてきた。ナディに言ってやりたいことが山ほどあるようだ。


 貯蔵庫の隅でうずくまっていたナディが、待ってました、とばかりに跳び起きた。

「ズィロスがもうすぐ来るよ。一緒に逃げよう。マティアスはこんな遊牧民族を助ける義理なんてないじゃないか!? 」

「こんな遊牧民族だって!? 君を助けた僕たちを何だと思っているんだ!?」

 モロウの声は怒りを飛び越して悲痛に響いた。

「アタシがなにかを知らなかったから匿ったんだ。知っていたら、どうせ檻に閉じ込めただろうよ!アタシの生き血吸って、今頃はいい気になっていただろう!」

「その話は聞き飽きた!! 自分だけが酷い目にあっているなどと勘違いするな!ガスパルの父親は奴隷のように扱われても正直に生きた!」

「そして野良犬のように殺された!知っているよ!母親も同じ運命さ!」

「な、なんだって!? なんでそんな事、知っているんだ!? 」

 モロウの声はひっくり返った。

「酒がはいると、口が軽くなるって知らないの?特に酷いことしても罰を逃れた連中は、それを言いふらしたいのさ。アタシも恐ろしい話を聞かせてやった。皆、夢中になっていたよ。アタシは、ガスパルの両親のような負け犬にはならない!」

「負け犬にはならない!? その君が行き着いた先は、ドラゴンの操り人形か!?」

 しかしナディはひるまずマティアスを見て続けた。

「ねえ、マティアス、取引しようよ。ガスパルの母親の残骸がどこにあるか教えてあげる。私を守ってくれたら連れて行ってあげるよ」

「必要はない」

 彼にはナディの心象が既に伝わっていた。残骸、、人の遺体をそのように呼ぶ彼女が情けない。

 丘の向こう側、、ああ、こんな近くで殺されたのか、、春には白い小さな花が群れをなして咲く丘の斜面。

 あの真珠のように白い花はガスパルの母の涙か?

いや、、その身を毒で覆い自分を守る小さな草。真っ白な花は真実を見極めようとする揺るぎのないを信念。そして邪な者たちに向けて真っ赤な血のような実を結ぶ。

 私は真実を知った!そして殺された!お前らが流させた私の血を見ろ!

 マティアスの頬を涙が伝わった。拭おうとは思わなかった。人に見られても恥ずかしいとも思わなかった。

 これは怒りの涙、、。

「彼女は知っていた。もし彼女がスレイヤーズを見つけて協力を得たら、事の真相が暴かれ困る人々がいることを。

彼女は彼らが必ず現れる、と知っていた。多分殺されることも知っていたよ。それでも子供たちや夫を殺した犯人を知りたかったんだ」

 丘の斜面に花が咲く。私は知っていると花が咲く。誰が知らなくとも、私とあなた自身が知っている、と。

「これも僕の憶測だけど、彼女を殺した連中は、あの花を根こそぎにしようとして毒にやられたんだろうな。罪をあばかれる恐怖が彼らを殺した」

「で、でも幼いガスパル残して、、。そ、そんなの、、」

「彼女は自分自身の憎しみからもガスパルを守りたかったんだよ」

「人を殺めるのをなんとも思わない人々の間に、小さい子供が独りで、、それに耐えろ、だなんて、、酷いよ!!」

 モロウはガスパルがどんなふうに生きてきたか知っている。せめて母親がそばにいたら、と思わずにはいられなかった。

「ガスパルは立派に育った!」

 フレイヤが頼れる男と公言する、強く優しい男になった。

「僕は彼を育てた人たちを知らないけど、彼らもきっとしっかりとした決意を持ってガスパルを育てた、と思うよ」

 何か更に言おうとするモロウを遮って、マティアスは静かに言った。

「ナディ、君の人生だ。好きに生きるといい。でも僕を巻き込めるなんて思うな。

 行く先々で哀れな身の上話をして、同情されて愉しめばいい。君をかくまってくれる人々を死に至らしめ、生きていくのがそんなに楽しい事だというなら、それはそれ。言い訳を並べ続けるといい。

 君が嫌々食ったという地龍たちの守りの中で、頭抱えて震えていろ。真実と正義を求めて死んでいく者たちを嘲笑え!だが、一つだけ覚えておけ。人はいつか必ず死ぬ!! 」

_ドラゴンが来るわ!

 メリッサの心話がマティアスの中に弾けた。ドラゴンクリスタルのざわめきが聞こえると言う。

 しまった、ついナディのことに夢中になってクリスタルの警告に気づかなかった。メリッサが気づいてくれて良かった。

_メリッサ、皆を配置につかせろ!非戦闘員の避難は終わったか?僕たちもすぐ行く! 

「ナディ、この中にずっと閉じこもっていることなどできやしない。壁の隅を押せば地龍の穴に続くトンネルへの入口が開く。今のうちに逃げろ」

 そう言い残し、二人は武器庫をあとにした。


 残されたナディは震えた。外に出たらおしまいだ。こまい神様のひすいの守りだけが頼りだ。

 アタシが食ったこまい神様。今でもアタシを守るのか、、。

ナディは鼻で笑った。

 負け犬、負け龍、、。アタシはお前らのようにはならない、、。

ピンクのスカーフがほどけて首から落ちた。それを拾い上げた。

 初めて貰ったスカーフ、、。

今まで何かを貰ったことなどなかった。奪われたものだけが心の中で大きく育っていった。憎しみで心を満たし強くなった。、、そう思った。

 アタシの生命を惜しむのはアタシだけ、、。アタシの安っぽい生命が安っぽく生きて、最期はきっと安っぽく死ぬ。

、、自分ですらなくなって?

恐怖が体を走った。

 地龍の穴になど行ったら八つ裂きにされてしまう。地龍は信頼を裏切ったものを許しはしないのだ。地龍の行動に嘘はない、、だが大翼龍は違うのだ、、ようやくわかった、、遅すぎた。

 アタシなど、もとから存在しなかったのかもしれない、、。

ナディは武器庫を出て、スカーフを風に流した。

 自由でいろ。私の代わりに遠い故郷まで飛んで行け、、。

すぐに何かを感じた。ズィロスが心に入ってくる、、広がっていく。

 アタシは彼の一部となる。

力があふれる、、。確固たる目的を持った力があふれ出した。ナディの小さな体を破って巨大に膨れ上がった。

 アタシは彼の一部となった、、強い!強い!アタシは強い!

 ズィロスの幽体エネルギーは小さなナディの体だけでは足りなかった。彼女の細胞が活性化され分裂し、瘤のようにボコボコと膨らんだ。彼女は人間のような龍のような、中途半端な肉の塊となった。

 これがアタシの真の姿か!

薄れていく意識の中でナディは最後にそう思った。


「近づいてこないな。何を待っているのだろう?」

 マティアスは不思議に思った。

「バリスタが怖いのかな?」

 後方から大きな音が聞こえてきた。振動が伝わってくる。肉色の塊が転がってきた。

「な、なんだ?あれは!?」

 モロウが叫んだ。マティアスは肉塊にナディの痕跡を感じた。

「あれは、、多分、ナディの成れの果て、、ナディはズィロスに乗っ取られたんだ」

 予測もしなかったナディの行動。

 ヒトの心など、わかるはずもないが、、マティアスは唇を噛んだ。

「大切な名前は誰にでも教えるものじゃないと聞いた。あんなふうになるとは、僕も知らなかったけど」

「僕だって知らないよ!そんなこと!? 知らない人に自己紹介できなかったら、一生知らない人のままじゃないか!?」

 モロウの言葉にマティアスは微笑んだ。

 ああ、モロウ、君の真の名が僕にはわかる気がする。移ろいやすい人の心が、求めてやまない不変の真。僕が守りたいのはそんなものかもしれないな、、。

「ズィロスは真の名でナディを操れるだけじゃない。見ろ、あの醜くく膨らんだ体を!ヤツは多分、幽体エネルギーを注ぎ込んでいるんだ」

「だから?」

「だからそれは、ヤツの実体に残っているエネルギーは分割されたものだということだ。防御力は減り、注意力も弱くなっている、、多分。僕はズィロスを倒しに行く!」

「なんか多分、ばかりだね」

 モロウは不安そうに言った。

「ズィロスがどれほどのエネルギーを抱え込んでいるかがわからない。でも今やらなければチャンスはない」

「、、じゃあ、僕は、、あの化け物を釘付けにすればいいんだね。今は化け物でも、、ナディを、、元人間を殺すのは、、ちょっと、、」

「人間と思うな!翼が生えてくる!」

「翼が生える!?」

「あの三角の出てくる部分だ。あれを狙え。飛び回られると厄介なことになる。今のうちにバリスタで攻撃しろ」

 そう言ってマティアスは武器を取って跳び出して行った。

モロウはバリスタを動かして元ナディだった塊に向けようとした。誰かが走り寄って手を貸した。

「ミロ!なんでお前がここにいるんだ!? 避難は!」

「避難なんかするもんか!このくらいは出来る!武器の補充だって!」

「僕たちはベンに知らせに行く!」

 ダリはエルと一緒に矢を抱え、高台のベンの方に走っていった。


 走りながらマティアスは考えた。

ズィロスの力は未知だ。ララバイは想像もできない、と言った。

しかしナディをはじめからコントロールしなかったのは、エネルギーの出し惜しみだろう。無限に力があるわけではない。あるはずがない。

_フレイヤ! どこにいる!?

_もうすぐ到着する。先走るな!


 地上にうずくまるズィロスの姿が見えた、と思った途端、彼は上昇した。注意力散漫、というわけではなさそうだ。

 どこへ行くんだ?と自問して気がついた。フレイヤを狙っているのだ。

 うぅ、、飛べない僕は不利だ。幽体を離脱させるか?

だがララバイは、幽体の概念すら知らない人間には、そのエネルギーをコントロールするなど無理だ、と言った。ララバイは、それをマティアスに教える暇がなかったのだ。

 自分が持つ精神エネルギー、肉体に残さねばならない必要最低限のエネルギー、幽体として肉体を離れられるエネルギーの分量、飛ばす距離、時間、知らねばならないことは無限にあるのだ。

 僕にはどのくらいの力があるのだろう?

しかし何かしなければ、、。何か出来るはず、、。

 僕はただのサイキックではないハズだ。ドラゴンが喜ぶような奇異な力を持つ。だがそれがなにかは未だにわからない。

 わからないことだらけだった。危険は冒すのは仕方ないこと、しかし無謀なことはしたくない。 

、、岩山を登ればヤツに近づけるかもしれない。フレイヤにおびき寄せてもらおう、、。


_アイツがズィロス?本当に前に見たやつと同じなの?なんかでかいよ。

 フレイヤは驚いた。

_前よりずっと大きい。増強した幽体エネルギーが身体に影響したんだ。

_数ヶ月のうちにこの変貌か?

 こんな生き物が増えたら人間などひとたまりもない。勝ち目はあるのだろうか?

 だが!! 私たちもふたり!

 

 ズィロスが襲いかかってきた。速い。ララバイは急上昇急降下を繰り返し攻撃を避ける。しかし逃げ続けるのも不可能に思えた。

 その時、地上からバリスタの矢が放たれた。

打っているのはベンだ。

ズィロスはバリスタめがけて火を吹いた。突然、盾が広がりバリスタを守った。ベンが盾で炎を防いだのだ。大翼龍の鱗で作った、スレイヤーズ特製の蛇腹式の盾だ。

到着したばかりのマティアスがクロスボウで矢を放ったが、何の効果もなかった。

「ベン!僕は幽体を分離させる。体は無防備になる。面倒見てくれ!」

 ベンが返事をする間もなく、マティアスは体を離れた。緊急時だ。あれこれ考えすぎては何もできない。

 たとえ微力でもなにかの助けになるハズ、、。

_マティアス!スゴイ!

 現れたマティアスの幽体を見てフレイヤは叫んだ。

_教師がいいのさ。注意しろ、下手すると取り込まれるぞ。

 とララバイ。

_こいつは今、エネルギーを分割しているんだ。今やらなければ不利になるだけだ。

_わかった。俺も離脱する。マティアス、幽体エネルギーを俺と重ねろ。俺を感じてそこから学べ!一つだけ言っておく!俺はお前を取り込むつもりはないが、溶け込まないように注意しろ。フレイヤは!

_私は実体を攻撃すればいいんだね。ちゃんと飛んでよね。

_なんのための真の名前だ!?

 なるほど、こういうときにも使うのか、、。フレイヤは思った。

龍を自分の手足、そして翼にする?前に言ってくれれば訓練できたのに、、。

_ケチ!

_俺はケチではない!お前が知らないなんて知らなかっただけだ。

 龍には龍の言い分があるのだ。

ララバイが幽体を離脱させると、マティアスは彼に自分を重ねた。凄まじい龍の活力を感じた。

 これがただの大翼龍の力なら、ドラゴンの力は想像もできない、、。

マティアスの心に不安が広がった。不安が恐怖に変わる。

_一本の矢は折れても三本の矢は折れない!必ず勝てる!俺は人間の可能性に賭けたのだ!俺が正しいことをお前らが証明しろ!

 ララバイの叱咤にマティアスは我に返った。

ズィロスも幽体を分離させた。フレイヤは彼の肉体に攻撃をかける。

 飛び移る。剣で翼を切り裂き飛び降りる。ララバイが待っている、、。傷が見る間に塞がっていく。彼女が離れた隙を狙ってベンがバリスタを使う。

フレイヤは再びズィロスに飛び移ろうとしたが、敵はそれを許さず逃げ出した。それを追いかけるフレイヤが、マティアスにははっきり見えた。そうして彼女を取り巻く炎のような幽体も!

 ララバイ・マティアスの幽体とズィロスの幽体がぶつかり合う。衝突の衝撃は肉体が感じる衝撃とは違うようで似ていた。ぶつかり合うたびに心が揺れる。

勝つことに疑いを持ったらおしまいだ。

 勝つ!勝つと知っている自分を信じる!

ズィロスの体に矢が刺さり始めた。幽体エネルギーが減少している証拠。ズィロスが再び火を吐いた。今度は武器を運んでくる子供たちを狙った。しかしベンの方が早かった。盾で彼らを庇う。


_あれ、何?

 なにか奇妙なものが宿営地から現れた。翼に矢の突き刺さった肉塊が飛んでくる。

_翼が、、沢山あるよ、、。

 フレイヤの驚愕が伝わってくる。

 確かに翼が、、四枚、、いや五枚ある。ナディの成れの果てか!?

_ごめんなさい!引き止められなかった!バリスタも綱を燃やされてしまった!皆、援護に向かってる!

 メリッサの心話が届いた。

離れてはいられなくなった、ということだ。状況が悪化したわけでもない。

ここからが正念場。


 ベンは五枚羽の化け物に向けて矢を発射する。しかしボヨボヨとした肉の塊には、矢の効果は不明だ。

 やがて宿営地からの救援も加わったが、彼らの武器はクロスボウ。質より量で勝負だ。

しかしその間にフレイヤはズィロスに追いついた。彼との戦いに集中できる。そしてララバイとマティアスは彼の幽体を追う。


 時空を駆け抜けている、とマティアスが意識した途端、あたりは馴染みの場所に変わった。三角山、、。

 小さなフレイヤのそばに自分や他の兄弟たちがいる。三日月の下で父のするおとぎ話を聞いている。

 ああ、フレイヤ、フレイヤ。あの頃に戻れたら、、。

マティアスの心の底にある抑えても抑えきれない願望、、それをズィロスは見た。

_あの頃に戻りたいか、マティアス。フレイヤのそばに?

 えっ?

_あの女が欲しいのだろう?手に入るのだよ、お前が望めば。

 マティアスはその言葉に戸惑った。戦いに勝つ、という目的がブレた。

_、、何を言っている?

_お前と俺の力でそれが出来るのだよ。

 そんなこと、、出来ない、、。

_見ての通り、時を遡ることなど幽体には容易いこと。特にお前には特殊な力がある、、。好きな時を選べる、、今やったように、、。

_見るのと干渉するのは全く別だ!そんなことしてはいけない!

_誰が決めた?俺たちのこの世界は、すでに破壊され再生されたものだ。その力は目覚めた。お前の稀有な力を感じて目を覚ました。

_何だって!?

 僕の力が何かを目覚めさせた!? 

_お前は感じないか?あの力?

 あぁ、、知っている、、夢の中で僕を見ていた、、僕の力が危険なものなのではなかった。僕が呼び起こす力が危険なのだ!

言葉では表現できない、世界のあちこちに見え隠れする力。未来も過去もない全てに潜む力。

 僕は知っていたんじゃないか?、、心の奥の奥で知っていた。それが僕が精神集中できなかった理由だ。幽体ができる前に僕自身がそれを消していた、、。

、、フレイヤ、君でも間違えることがあるんだね。僕はできない、と思ったんじゃない。出来ることが危険すぎると知っていたんだ。ああ、、せっかく目覚めた僕の力は、この世界には無用の長物なのか?

_お前はこの世には無用の長物!だが奇異な力が存在するのにも理由がある。作るのだよ、お前の世界を。お前とフレイヤが幸せに生きる世界を。

_僕のいとこではないフレイヤがいる世界?一緒にそこで幸せに暮らせる?

_出来る。出来る。それほど難しいことではない。

 難しくない?世界は破壊され、再生する?思い通りに、、?

 その可能性が甘い芳香を漂わせる。罠とわかっていても、その中に心地よく酔いしれ溶けていく、、。

 それはいけないことなのか?理想の両親、理想の家族、、いや、戦いもなくスレイヤーズもいない。王族貴族もいない公平で、平和で豊かな理想の世界!? そこで、フレイヤと暮らす?

 ズィロスは待つべきだった、もう少しだけマティアスに時間を与えるべきだった。そうすればマティアスは自分自身を罠にかけ、そのいましめから抜け出せなくなっただろう。

だがズィロスはそうしなかった。何でも思いどおりにしてきた人食い龍。待つことなど知らなかった。

_フレイヤを、お前の思い通りになる女に仕立てることもできるぞ。

 ズィロスは致命的な間違いを犯した。

ニンゲン、いやマティアスをよく知らない証拠。ズィロスの言葉に、心地よく酔っていたマティアスは我に返った。

_黙れ!僕は、僕の思い通りになるフレイヤなんかいらない!そんなのフレイヤじゃない!そんな物が欲しいのだったら、僕は家で大人しく人形遊びをしてた!

 自分のエネルギーが形を変えるのが見える。マティアスの幽体エネルギーは鉾先のような鋭利な刃となりズィロスの口を貫いた。それは彼の幽体だけではなく、肉体にも影響があった。ズィロスの体が大きくおののいた。

_マティアス、よく踏みとどまった。ズィロスの甘言からよく自分を取り戻した!

 ララバイの声はずっと聞こえていたのに、耳を傾けられなかったのだ。

_僕は、、それほど身勝手じゃないよ。

 とは言ったものの危なかった、というのが事実。

_マティアス! まずい!! 肉塊がズィロスと合体する!

 フレイヤが叫んだ。

 そうはさせまい、とフレイヤは塊の行く手を遮った。

間違いだった。ボヨボヨの肉塊から触手が伸びる。ララバイを取り囲んで、覆いかぶさるように迫ってくる。

 ズィロスは肉塊と合体しようと直ぐそばまで来ていた。

 合体させられない!

しかし、フレイヤもララバイも、もう肉塊の中から抜け出せない。

バキバキという嫌な音がした。ララバイの翼が折れていく。激痛がフレイヤの体を走った。

_お前の痛みではない!

 フレイヤを守ろうとララバイの幽体は自分の体に戻った。

_逃げろ!フレイヤ!

 フレイヤはそれには答えず、剣であたりを滅茶苦茶に叩き切る。

_俺の名前を返せ!

_私はもらったものは返さないことにしてんだ!

 激しい痛みに目が眩みそうだが、これは自分の痛みではない。ララバイの痛み、、。

地上から放たれた矢が肉塊の翼に絡みついた。縄がついている。

 「引っ張れ!」

 モロウの叫びが聞こえる。綱引きが始まった。


 ズィロスの幽体は肉体に戻りマティアスも自分の体に戻った。戻ると同時に剣を抜きベンの肩を踏み台に綱を伝って肉塊に乗り移った。そのままズィロスに飛び乗る。

_フレイヤ!ララバイ!これが最後だ!手を貸してくれ!力を振り絞れ!

 最後のチャンス!

肉体を捕らえられたフレイヤとララバイが幽体エネルギーを集結させる。

ズィロスと肉塊が合体してしまう。彼らの幽体が合体してしまう!

_させたらおしまいだ!

_遅い!

 その時、ズィロスの目に何かが映った。水玉の布が風に乗って飛んでいく。

 あ、アタシのスカーフ、、。

それはズィロスにとっては記憶ですらなかったが、にも拘らず彼の目を、、心を一瞬横切り、遮った。それで充分だった。

 マティアスが力を込めて剣をつきたてる。大きな鱗に守られたズィロスの心臓を全身全霊を込めて突き通す。同時にフレイヤとララバイが、生命を振り絞って集めた幽体エネルギーが刃となってズィロスの幽体を引き裂いた。

 ズィロスが落ちて地面に激突した。もう動かなかった。

だが、彼が落ちた瞬間、マティアスの肉体は激痛にのたうった。

飛び降りようとしていたマティアスの足に何かが絡みついて、ズィロスと共に落ちたのだ。

 アタシは自由、、。

戦場には不釣り合いのピンクの水玉のスカーフが、風に乗って飛んでいく。

 地響きを立てて肉塊も落ちた。衝撃で岩が飛び散り降り注ぐ。自分の激痛に加えてララバイの激痛、フレイヤの苦痛、下にいた人々の恐怖が、マティアスの幽体を震撼させた。

「ま、マティアス!」

 ズィロスの下敷きになったマティアスの体に気付いたメリッサが、悲鳴を上げた。


_、、僕の体、、滅茶苦茶だ。

 痛みでマティアスの体は失神したようだ。肉体の痛みが遠のく。

_俺の、、翼が肉塊に取り込まれちまった。、、もう飛べない。

 マティアスとララバイの幽体は呆然として言った。

_ああ、、フレイヤが!!

 彼女の体が、ララバイごと押しつぶされていく。

 あ、そうだ!とマティアスが思ったのとララバイが、俺の幽体に乗れ!と言ったのはほぼ同時だった。

 マティアスは再びララバイの幽体に自分を重ねた。ふたりは心身の力を振り絞ってララバイの翼を肉塊から引っ張き出し、ボロボロの翼でフレイヤを包んだ。だが、それが限界だった。

_取り込まれないように、、。

_わかった、わかった!それよりフレイヤを!

 フレイヤが弱っていく。あれほど眩しかった彼女の幽体が輝きを失っていく。

_フレイヤ!

 岩に埋もれた肉塊からフレイヤとララバイを助け出そうと、人々は必死だ。しかし道具もなく手で岩一つ一つ取り除いていた。誰かがシャベルを持って走ってくる。

_あれでは間に合わない、、。

 モロウとメリッサたちはズィロスの体を動かして、マティアスの体をなんとか救おうとしている。

_メリッサ、僕はもうダメだ。フレイヤを頼む。早くしないとフレイヤ、圧死してしまう、、。

_でも、、。

_いいから、そうしてくれ。クリスタルが役に立つはずだ。

 メリッサはモロウにマティアスの言葉を伝えた。モロウはただ彼女を見返した。エルがクリスタルを取りに走る。

 マティアスは自分の肉体を、これが最後というように見つめた。体に残っていたわずかな精神エネルギーが消えていく。

 僕の肉体は土に還り、植物に取り込まれ、いつかフレイヤが走る野原の草になる。彼女が愛でる花になる。虫になり、鳥になり彼女の住む世界の一部であり続ける、、それがいい。


_フレイヤ、フレイヤ、、

 マティアスは呼びかけた。フレイヤのおぼろげな意識を感じた。

_君は生きなきゃダメだ。今の状態で幽体が離れたら君は死んでしまう。

 痛い、、苦しい、、彼女の幽体は肉体を離れて彷徨いだしていた。

_もう少しの辛抱だ。諦めるな。君は生きろ!

_私はって?マティアスは?

_、、僕はいかなくちゃならない。僕が呼び起こしてしまった力を眠らせに。ララバイ、来てくれるね?

_俺、もう飛べない。飛べない翼龍など翼龍ではない。ルシアも死んじまったし、一緒に行ってやるよ。

_ありがとう、ララバイ。君の唄であの力を再び眠りに誘い込もう。世界のあちらこちら、時のそこここに漂う力、、あれを眠らせよう。

_時間がかかりそうだ、と言いたいところだが、そんなものは幽体にはないのかもしれない。

 だが俺にはまだ肉体がある。肉体が死ねば幽体も消える、、フレイヤ、お前は生きて、俺の体の面倒見てくれ。

_だって、、マティアス、、ララバイ、、。

 弱々しいフレイヤの返事。

_僕は死んだ、でも僕の幽体はララバイと共に存在するよ。

_そんな、、だって、、だったら私も一緒に行く。 

 小さい頃からずっと一緒だったマティアス。いとこというより弟のようなマティアス、、。弱っていく私の身体。助けは間に合わない。

_私も、もうダメだよ。ふたりと一緒に行く。

_バカ言え!三人旅の独り乞食と言うんだ!

_フレイヤ!もう少し我慢しろ!ガスパルはすぐそこだ!

_えっ?ガスパル?

 ガスパル!!

その名前がフレイヤの心で弾け、きらめいた。

そうして、それと同時に強い意志が蘇った。その意志が、霧散する幽体を集め引き戻す。

星が生まれる瞬間の如く、彼女の心にともった小さな灯が連鎖反応を起こし、フレイヤの幽体エネルギーが再び太陽のように輝き出す!

 フレイヤの心にガスパルとネメシスの姿が映った。

彼女の目が開き、龍上のガスパルに焦点が定まった。


 ガスパルが来る!

 私は!生きる!

 


           終章~言わずもがなのエピローグ



「本当にいいの?」

「ああ」

 そう言ってガスパルは、「青峰の民」の共同墓地にある父親の墓から持ってきた一握りの土を丘の斜面に撒いた。今はただ雑草に覆われた斜面だが、春になれば白い花が咲き乱れる。

「母の信念が草になって蘇った、と信じたい。今更、遺体を探してこの土地を穴だらけにしたくないよ」

 そうだね、とフレイヤ。

死体を隠せそうな岩穴を探したが何も見つからなかった。

「でも一株だけ持って帰らない?砦にできた戦士たちの碑の花壇に植えようよ。ガスパルのお母さんも不正を正すために戦った戦士だよ」

 そこにはシャロンとルシアも、他の戦士たちと共に眠っている。

寄り添うフレイヤの肩を、ガスパルはしっかり抱いた。


「ララバイ、目を覚ましそうだってフレイヤが言ってるよ」

 ダリ、ミロそしてエルの三人の少年は、ベンに報告した。

「今度は長かったな。牛の一頭も食うかな?酒につまみ、、。ミューズはマティアスがだんだん人間離れしていく、と不安そうだが、やはり知らせるべきだろうな」

「ララバイと一緒に、時空を越えるなんて夢のような話だよね」

「彼が夢の国の住人になっても不思議じゃない。人間の体がないんだ、考えも変わる」

 人はもちろん家畜もほとんどいなくなった「青峰の民」は、もう遊牧民として独立していられなくなった。

モロウは残った人々を集め、フレイヤとガスパルを仲介人にスレイヤーズと交渉した。その結果、スレイヤーズだけではなく大翼龍たちの食料確保を任され、砦のそばに住居を持つことも許可された。スレイヤーズお墨付きの草原への通行も自由だ。


 サシャは燃えてしまった記録を再現しようと夜も徹して本を書いているが、彼の創作癖のおかげでどのくらい正確な再現ができるかは不明だ。パブロがサシャの書くことにちょっかいを出すので、これもまた心配の種。

「スレイヤーズ記録保存検査委員会」を発足させたほうがいい、とミューズは本気で考えている。


 記録などというものは、次の世代の考え方でいくらでも改ざんされてきたのだ。石に彫れば文字を削られ、紙に書けば火を放たれる。

考えすらも規制される時代を経て、おぼろな記憶の中から蘇るそれらの話は、事実とおとぎ話が入り交ざった、ただの歴史の戯言だ。

 事実は忘れ去られ、ヒトは問うことさえしなくなる。

今後もそれがずっと続くのだろうが、それはそれ。

 変化だけが不変だ、と賢人も言っている。


 そんなふうに移ろいやすい人の世を、いや、だからこそ、揺らぐことない真を求めてスレイヤーズは生きる。

ドラゴンとの大決戦の後、スレイヤーズと大翼龍の契約は慣習となり、そのため彼らはますます強くなっていく。

大陸にある国々の中で、支配階級となるのもそう先のことではない。

そして、その頃までにはパブロたちの子孫、フォン・クレセントとガスパルとフレイヤの子孫のフォン・ソラリス、この二つの家系がスレイヤーズの二大勢力となる。

 だがそれも永遠には続かない。世代が下りドラゴンを絶滅寸前に追い詰めた彼らは、その成功の故に無用の長物となるのだ。

 彼らにさんざん世話になったはずの民衆からも、過去の遺物と呼ばれるようになるが、それもそれ。

龍の血族は生き続ける。


 大翼龍の憎悪の血を被っても生き延びた強固な意志。社会の底辺からのし上がってきた意地と誇り。同じ人間からも差別され、それでも歯を食いしばり、不正を正そうと戦った。

 祖先たちの生き様、死に様を血に刻み込み受け継いでいく、ドラゴンスレイヤーズと呼ばれる一族。

 新しい生き方を探し、いつか必ずそれを見つける。


                それが龍の血族だ!




                     完



 「ドラゴンの血族」無事終了しました。

最初から最後まで読んでいただいた方々!ありがとうございました❣


龍の血族 外伝、「鋼」を発表しましたので、それも併せてお読みください!


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