第七話
本作品は「龍の生き血」の後日譚にあたる連載小説です。
あらすじ
「青峰の民」の宿営地では、病気で倒れた人々が局部的、と知りマティアスは疑いを抱く。吐き気に苦しむ彼は、幻覚幻聴にも悩まされる。
ミロが行方不明になり、人々は浮足立つ。
スレイヤーズの砦にララバイが仲間を招き入れ、砦の建設が急ピッチで進む。ガスパルへの愛を自覚したフレイヤは砦に向かう。
7
これは夢だ、、。
夢の中で、マティアスは夢を見ていると知っている。
今となっては見慣れた夢、楽しいような怖いような奇妙な夢。
上も下もない空間に浮いている。なにかうねりのようなものが押し寄せ通り過ぎて行く。押しのけられ、引き寄せられる。
誰かが見ている。誰もいないのに何かが見ているのを、今度ははっきりと感じた。
何なのだ?見極めなければ、、。
その時、ドンドンと世界が揺れるほど大きな音がしてマティアスは目を覚ました。
起きてみるとそれは小さなノックの音でしかなかった。
「ミロが行方不明だ」
モロウの言葉に、マティアスは愕然とした。
ああ、、次から次へと問題が、、
「何があったんだ?」
「親と喧嘩したらしい。毒キノコのことで言い争いになって飛び出していったそうだ。もうすぐ陽が沈む。皆、心配して探している」
マティアスはよろよろと立ち上がった。
「ミロの両親に話を聞く」
まだ無理だよ、というモロウを押し切って下に降りた。
足の悪いミロの祖母が、他の皆は捜索隊に加わっている、と言って喧嘩の内容を教えてくれた。
ミロが自分たちのせいじゃない、と言うばかりで謝らないので、父親が思わずひっぱたいてしまったと言うことだった。
モロウに支えられるようにして表に出て、ミロの父親を探しているうちに皆が戻ってきた。
暗くなって子供たちには危険なので戻ってきた、捜索隊を再編成してまた探しに行く、と言う。
「子供を持ったことも育てたこともない僕が何を言っても、親の気持ちはわからない、と言われるだけかもしれないから、子供の身になって言うとしよう。
見つけても、無理に引き戻すべきではない。誰かがミロを見つけたら、どこか安全な場所、、岩穴の保存庫とか、、あの辺りに連れて行って暫くそっと見守った方がいい。気が静まれば戻って来る。
、、僕も家族のそばに居づらくなって旅に出た。もし止められていたら、嫌な思いばかりが積ったと思う。
今、僕は家族にとても会いたいと思うよ。どんなに僕のことを考えていてくれていたか、それがわかるようになったから。
ミロはあの頃の僕よりずっと小さいけど、それでも一人になりたい時はあると思うよ」
皆はマティアスの言葉をブツブツ言いながら聞いていたが、表立った意見があるようではなかった。
それとね、とマティアスはミロの父親を見て言った。
「顔をひっぱたくのはやめた方がいい。頭への衝撃は脳の発達に悪影響を与えるっていうから」
人々に相変わらずカビが生えているように見えて、うなだれる父親をあとにマティアスはモロウに付き添われて部屋に戻った。
モロウは明かりを消していったが、彼が出ていってからまた明かりをつけ直した。
気づいたことがあったのだ。
鏡を見た。鏡の中では自分は一人しかいない。カビも生えていない。
直接、手を見るとやはり二重だ。
集中して、二つある左手をこれまた二つある右手で触れてみた。触れたときの感じ方が違う。そう思った瞬間、見え方が変わった。一つは見慣れた自分の手、、いや、、カビが生えてる、、もう一つは白っぽくなんとなく光っている。
これは他の人々にはない。、、僕はもしかして精神エネルギーを見ているのか?カビのようなモヤモヤは体温が見えているのかもしれない。
もしかして、、僕にもサイキック能力がある!
そう考えると、なんとも言えず嬉しくなった。その時、またキノコが周りに浮かんできてマティアスの喜びを打ち砕いた。
やっぱり幻覚、、。ああ、もう嫌。いい加減にしてくれ、、。
横になっていると窓を叩く音が聞こえた。ここは二階だ。不思議に思って窓を開けた。
ベンだった。ツタを伝って登ってきたようだ。マティアスがなにか言う前に、小声で話せ、とベン。
「ミロは無事だ。でもなんかすごく怯えてるんだ」
「父親に殴られたって?」
「そんなことじゃないみたいだ。でも怖がって話してくれない。俺は時間をかけて聞き出すしかないと思う」
「わかった。君に任せる。皆にはミロは無事だと言っておく」
それと、とベンは言った。
「あの娘っ子、変だよ。大人の俺が聞きたくないような話を平気でする。子供たち怖がってもう、彼女のお話は聞きたくない、と言ってる。今でも聞いてる連中って、頭がおかしいのではないかと疑う。まるでなにかに取り憑かれたみたいだ」
そう言って蔓につかまり、スルスルと下りていった。
娘っ子ってナディ?
ふとなにか感じて振り向くと、考え込んでいるような白っぽい自分が後ろに立っていた。
「うわ~!」
こ、これは不気味だ。不気味すぎる!
勢いよく階段を駆け登る音がして、モロウが入ってきた。
「どうした?叫び声が聞こえた」
「なんでもない、、」
「なんでもないっていう顔じゃないよ」
「、、幻覚に驚かされただけだ。僕の後ろに僕が立っていた」
「君の後ろに君がいる?なんか歌の文句みたいだね」
なんとも呑気なモロウの言葉に気が抜けた。
「それを言うなら君の後ろに僕がいる、だ」
あれ?それもなんか変かな?悪霊みたいだ。
「、、なにか欲しいもの、あるか?」
モロウが心配そうに聞く。
「ない。、、ああ、そうだ、、ベンがミロを見つけた。皆に捜索はもう必要ない、と伝えてくれ。ベンの名前は出さないほうがいいな。ミロの居場所を知りたくて、しつこく迫るヤツもいるかもしれない」
わかった、と言ってモロウは部屋を出ていった。
翌朝、マティアスは起き上がって服を着替えた。
回復した訳ではないが、吐き気などの体の症状は収まった。いつまでも横になってばかりはいられない。
メリッサも同じ、ということだったが幻覚や幻聴はマティアスより酷いようで、怯えて眠れない様子だと聞かされた。
ベンに案内されて、こっそりミロのいるほら穴を訪れた。
ミロは膝を抱え、胎児のように体を丸めていた。ぶたれたから逃げたんじゃない、と言った。しかし逃げた理由は言いそうになかった。
「キノコのスープ、残りはあったのか?」
マティアスは話題を変えた。ミロは首を横に振った。
「スープは大鍋と小鍋で作られた。僕、なんでもなかったんだ。毒キノコが入っていた、と聞いてから気持ち悪くなった、、僕の周りの人も同じだったと思う、、だって朝ご飯、普通に食べてたもの」
マティアスは、ガラス瓶からスープ鍋に飛び込んだ干キノコを思い出した。小さな鍋だった?はっきりしない。
それとね、と小さい声でミロ。
「食事の前は皆、ちゃんと覚えてなくてよくわからなかったけど、夕食は全員、同じものを食べた。その後、症状のひどいマティアスとメリッサが共通して飲んだのはホットミルクだ」
マティアスの背筋はゾッとした。
「誰が作ったかわかるか?」
「おばちゃんたち、、でも、、」
と、口を濁した。
「ナディが何か入れた?」
とカマをかけた。ミロはマティアスを見つめた。それから目を逸らして聞こえないくらい小さい声で言った。
「蜂蜜加えてコップに入れたのはナディだ」
ミロを見守ってやってくれ、とほら穴の入口でボケっと空を見ているベンに声をかけた。他にも色々と言い付けて、わかったと頷く彼をあとに宿営地に帰った。
マティアスは自分の部屋には戻らず、ナディが外で皆とヤギの世話をしているのを確認してから、彼女がまだ使っている物置き部屋にそっと入った。
枕と枕の下を探ったが何も無い。しかし力を込めてベッドを押してみると硬いものがあった。藁の中に手を突っ込んで探るとガラスの小瓶があった。空だったが、洗ったように濡れていた。オレンジ色の雫が残っている。その中に何かが見えた気がした。吐き気がこみ上げてきたが、見直した時にはもう何も見えなかった。
ガラス瓶を元の場所に戻した。
自分の部屋に戻って鏡の中の自分を、再びじっと見つめた。
カビは生えていない。白っぽいもう一人の自分もいない。
服を脱いで自分を観察した。ふと刺青を見た。
刺青の色が変わった?
フレイヤのものとはもちろん違うデザインで、三つの巴だ。
気のせいではない。刺青の一つが薄くなり、もう一つが濃くなっている。薄くなっているのは地龍の、濃くなっているのは翼龍の鱗を煎じて作った染料で入れてあるハズ。
あっ、と思って酒蔵のそばの地龍の穴に意識を集中させた。いない。
地龍たちがいない!なぜだ!? なぜなんだ?
考えようとしても集中できない。階下から聞こえてくる人の声はもちろん、外の風の音さえうるさい。
音がうるさい、などというのは集中できていない証拠だ。
集中しろ!
赤ん坊が見えた。プラチナブロンドの髪の女性が、その子を抱きかかえている。他にも、二人、、いや三人の大人がいる。刺青を入れている二人の男ともう一人。
「地龍との契約の刺青ね、子々孫々まで続くというのは本当なの?」
「セリーナ、君は未来が見えるのだろう?わからないかのか?」
一人の男がニッと笑いながら言った。
セリーナ!? 母方の祖母!?
しかし赤ん坊を抱いている女性は若すぎて、マティアスの記憶にある彼女ではない。他の三人の大人は皆、知っているようで知らない人たちだった。
セリーナは男の言葉は無視して、赤ん坊をあやしながらつぶやいた。
「でも、後で入れる水龍や大翼龍の刺青は、一人ひとりが結ばなければならない契約なのね」
「彼らの信頼を得て契約が成立すれば、刺青の色が変わる。あるいは、、それは、口には出すまい。そんなことは、あってはならないことだ」
「私には子供たちが大翼龍と契約を結ぶことすら、考えられないわ」
もう一人の女が小さい声で言った。
「俺は子供の頃、人食いでない大翼龍を見た。今、探している」
二人の男はエダーとハンスではないか、と見当をつけた。
もう一人はマクシー?幻覚でなければ、僕は過去を見ているのか?未来が見えた、というセリーナ、僕には過去が見える?
人々が、ぼやけだした。
なぜ、ずっと続くはずの地龍との契約の印が消えそうなんだ?そして、大翼龍?僕は大翼龍なんて知らない!
集中しろ、集中、、。だめだ。
気が散ってどうしようもない。
しっかりしろ、マティアス。
自分に言い聞かせた。
僕だってスレイヤーズの教育を受けてきた。それどころか他のスレイヤーズ以上の努力をした。それでもだめだった、、精神集中を続けることができなかった、、。どうしても出来なかった、、。
だめだ、、。やっぱりダメ。
「ダメなんて思うな、前回はダメだったかもしれないけど今回もそうとは限らない」
フレイヤは言った。まるで直ぐそばにでもいるかのようなフレイヤの声。
「瞑想の前に、呼吸を整えなくちゃダメだって言っているのに、、」
ああ、そうだ、呼吸が肝心。
瞑想の目的は自分を知ること。自分と他の関係を知ること。他と自分が違うことを知ること、自分と他が同じだと知ること。
色即是空、空即是色、色不異空、空不異色。
無は無であり、全てである。
変化だけが唯一、恒久なものである。*
「そんなはずないよ!」
「そんなハズもあり、そんなハズもない」
としたり顔でフレイヤ。
「マティアスの問題はね、出来ないという観念の囚になっているということだよ」
「そんなことない!」
「では、出来ると信じろ。出来ると信じている自分を信じろ」
あのガラス瓶の雫の中に見えたものが浮かんできた。おぼろげな龍の形のものがうごめいている。
なんであんなものがガラス瓶に?、、あのオレンジの雫は、、ああ!!
そうなのか?
目を開けた。そうしてからまぶたなどはないのだ、と気がついた。
ナディは何をしている?彼女が見たい。
彼女が見えた。
部屋でベッドに寄りかかっている。くつろいでいるようなので、ガラス瓶を動かしたことに気づいてない、と判断した。それでも、しばらく彼女を観察したが動かない。異様なほど動かない。彼女の中に集中しようとしたが、何かがやめろ、と警告した。直感。
やめたほうがいい、、。離れたほうがいい、、。
代わりにメリッサを見た。
メリッサはベッドの中にいた。呼吸は粗く、目は開けたまま天井を不安そうに見ていた。彼女の体に、白っぽいもう一人の彼女がへばりついて震えていた。
メリッサはマティアスの存在に気づいたようだ。目を大きく開いて凍りついたように彼を見返した。
_怖がらなくていい。僕はマティアス。君が見ているのは僕の精神エネルギーが作るヒトガタだ。僕がスレイヤーだということを思い出して、落ち着いて、これから言う事を聞いて欲しい。
マティアスが話す間、二人のメリッサは硬直したままだったが聞いているのはわかった。しばらくしてから彼女は言った。
「これは幻覚ではないの?」
_幻覚でも幻聴でもない。僕たちはドラゴンの生き血を飲まされた。薄められたもので良かったよ。僕はともかく、君には耐えられなかったろう。
メリッサの目がさらに大きくなり凍りついた。
_心配しなくていいと言ったろう?
知識は武器なんだ。理解が恐怖を鎮め、身を守る力に変わる。君は理性で恐怖をコントロール出来る。
メリッサの体を縛っていた恐怖が少しだけ抜けていくのがみえた。もう一人の彼女も動き出した。
_出来る、と信じろ。
メリッサは少しづつ落ち着いていった。
「眠りたい。でも眠ると恐ろしいものが見えるの」
_、、困ったね。心の障壁は訓練しなければ作れないし、、一朝一夕でできるものではない、、そうだ、呼吸法を教えてあげる。そうして、、モロウの事を考えて眠るといい。
「彼が私を守ってくれるの?」
_君を守れるのは君だけだ、、だがモロウが支えとなってくれるだろう。二人でお気に入りの場所に行って休むといい。どこがいい?
メリッサは考えている。
_その場所を思い浮かべたら、僕の言うように呼吸して、、腹式呼吸する、、横隔膜が動くように、、。
「横隔膜ってなに?腹式呼吸?」
_、、わかるように教えるのって大変なんだね。
メリッサは弱々しく微笑んだ。それを見てマティアスはホッとした。笑いは、、たとえそれが微かなものでも、、良い傾向、心がほぐれた証なのだ。
なんとかメリッサを寝かしつけて、自分の身体に戻った。
目を開けた。今度はまぶたがあった。鏡の中の自分は変わっていない。地龍の刺青の色は相変わらず薄いが、安定してきたようだ。
安定?なぜそのように思うかもわからない。あの小瓶の血と関係ある、と心の中の何かがささやく。直感。
直感力はともかくとして、精神が体を離れて移動したのは恐ろしくもあり興味深くもあった。
サイキックって、こんな事ができるのか?聞いたことない。
父のしてくれたおとぎ話のようだった。
危険が迫っていることをひしひしと感じる。わけのわからないことを考えるより、対策を考えなければならない。
地龍を食ったナディ、地龍たちは逃げてしまった。彼女のせいか?それとも大翼龍、、いや、ドラゴンの血を飲んだ僕のせいか?
危険なものを迎え入れてしまったのは確かなのだ。皆を守らなければならない。リーダーとして、スレイヤーとして、責任を果たさなければ。
それは誰に対するものではない、自分自身への宣言、決意。スレイヤーの意地。
さて、どうする?
龍ひすいに集中する。異常はなかった。地龍たちのひすいに変わらぬ守りの力を感じた。
ありがたい、、。見捨てられたわけではない。
ドラゴンクリスタルは?、、異常はない。
だが、今まで以上にフレイヤを感じた。
いつも手を差し伸べてくれた彼女の思いやり、彼女の強さ、、マティアスが愛してやまない、光り輝く太陽のような生命力、、。その彼女の力が宿営地を見守っている。
ありがとう、フレイヤ。僕と一緒にこの宿営地を守ってくれ。
_よう、フレイヤ。寂しがっているようだから来てやった。
ララバイがフレイヤの直ぐ側に降り立って言った。
_ああ、ララバイ!来てくれて嬉しい!皆、元気?
フレイヤはララバイの首に跳びついた。
_ガスパルが元気かと聞きたいのだろう?元気だよ。ルシアに夢中になってる。
_ルシア?誰?それ?
_美しくて力に溢れ魅力的で、、。
冷水を頭から被せられたような気がした。背筋がゾッとして心臓が破裂しそうなほどドキドキし始めた。
な、何なの?なんでこんなに心が乱れる?ガスパルが誰かに会ったからって、、その人に夢中だからって、、。
_砦に連れて行ってやろうか?
ああ、、どうしよう、、。落ち着け、落ち着け、、。ガスパルを好きなわけじゃない。落ち着け、、。
_お前はガスパルが好きなんだよ。同志という以上に、心から好きなんだよ。
そう言われてフレイヤは凍りついた。
彼が好き?そんなことない。恋ってドキドキ、ワクワクするもんだ。
_私、恋なんてしてないよ、、。
弱々しく抵抗した。
_恋愛はしようと思ってするものではない。会えないと寂しい、、居ても立っても居られない。そうじゃないのか?
_好き?私がガスパルを愛している?そうなの?
そうだ、彼を愛している、そう認めた途端、心が落ち着き何もかもが明白になった。ララバイを睨みつけた。
_ルシアって何!? 人間とは思えない。
ララバイが、魅力的といったことが心に引っかかった。
_やはりサイキックか。カンが働く。
_そいつ誰だよ!?
_俺の知り合い。
_大翼龍?
_彼女だけではない。他にもいる。砦の建設は彼らの協力で順調どころか完成も間近い。それにつれてトレーニングも今まで以上に進んでいる。
スレイヤーズは皆、大翼龍に乗って飛びたいのさ。ドラゴンとの戦いがどれだけ有利になるかわかるか?
ガスパルもお前に会いたくて身悶えしていたが、競争率が高くって砦から離れられない。龍に乗って、お前と並んで戦いたいんだよ。
そんな必要ないのに、、来てくれればいいのに、、とフレイヤは思う。
だが、ガスパルにはガスパルのやりたいことがあるのだ。それをやめて自分の都合に合わせてくれなんて言えない。
彼の飽くなき向上心。それはフレイヤが彼を好きな理由の一つでもある。
_全てが上手く行っている、と考えていいんだね、、。ところでルシアってララバイの彼女?
すっかりいつものフレイヤに戻って、いたずらっぽく聞いた。
_そのような概念は翼龍にはない。
_え?そうなの?だったら求愛期には、毎回、一からやり直し?
ララバイの心がブレたのを感じた。
_ねえ、ねえ、、。
大翼龍の恋愛感情ってどんなものかと好奇心が湧いた。
_うるさい!もっと真剣な問題がある!すべてが上手く行っているわけではない。
_えっ?モンダイ?何が問題なの?
瞬時に心が引き締まり、体も緊張した。
_新しく来た大翼龍たち、、。仲間に入りたいというが、信じていいかわからない。真の名を差し出す、と言っているが、それでも皆、迷っている。
_ララバイの知り合いじゃないってこと?でも自分をコントロールする名前を差し出すと言うのだろう?
知らないやつが不安なのはわかるけど、、大翼龍同士でもそうなの?
_心に踏み込んでも、まだ隠している何かがあるようで不安が残る。大丈夫だという確信が持てない、、俺たちよりずっと強いアイツラは、ドラゴンの二世代目なのだ。
少し考えてようやくフレイヤはその意味を理解した。
ドラゴンの二世代目とは人食い大翼龍の子供たちなのだ、と。
「俺がお前の真の名を貰う。ネメシス、異存はあるか」
ガスパルは言った。
_ありません。
「お前の動機は?」
_私の名前を食べれば、それは自ずと現れるでしょう。
ガスパルはネメシスのすぐ前に立った。
ドラゴンの二世代目の大翼龍の真の名を食らう、そうすれば彼らの目的がわかるはずだ。
皆で集まって何度も協議した。
スレイヤーズが躊躇する理由は、彼らはスレイヤーズの弱点を知りたいので名前を差し出すと言っているが、それは罠かもしれない、ということだ。
ガスパルはスレイヤーでもサイキックでもない。彼らの秘密など話そうにも話せない。
だが、龍の心に閉じ込められて抜けられなくなったらどうする?
そんな俺をスレイヤーズは救い出せるか?
危険はかなりあるが、もし彼らをコントロールできたら、、それは有利、なんてものではない。強力な武器となる。
既にフレイヤがララバイの名前を食べている。結果は大吉。
だがララバイは大きいだけの翼龍、、人食い大翼龍の子孫ではない。
賛成、反対の意見は五分五分だった。
砦にはガスパルの他にもノンサイキックは沢山いたが、彼のように丁寧にララバイやフレイヤからサイキック能力についての手ほどきを受けたものはいない。しかもガスパルは既に大翼龍に乗って自由に飛べるのだ。もし、罠でないならこれも利点となる。
やるのなら彼ほどの適任者はいない。
さて、どうやって大翼龍の心に入る?
幽体などないガスパルだ。どうするのか全く不明。協議したときはその心配はない、と言われたのだが。
_私があなたの精神エネルギーを集めて分離させます。肉体には必要最小限を残します。入れるところまで案内しましょう。
ルシアが言った。
_俺も行くよ。
そう言ってシャロンとルシアはガスパルを挟んで両隣に立ち、体を接触させた。
_ネメシスに触れなさい。肉体が接触していれば精神エネルギーが届きやすくなる。それと私たちを信頼し不安を持たないことが鍵です。
_俺をフレイヤだと思うといい。
とシャロン。
それは無理だ、とガスパルは顔をしかめた。
「せめてひげ剃ってから言ってくれないか?」
フッとシャロンは笑った。
「お前のそういう超深刻なところが好きだよ」
_準備できました。行きましょう!
大翼龍はせっかちだ、とシャロンは文句を言ったが、早くしなければならない理由もわかった。
_疑いを持つな!入る!
あたりがぱっと白っぽく変わった。隣を見ると白いのに赤い炎のような形の定まらないものがあった。
_さっきよりフレイヤに似てる。
と言ってから気がついた。
_俺は心話してる?
_お前の精神エネルギーが増強された。ネメシスの心の中だ。彼女の望むようになった。
反対側の隣を見るとやはり白っぽく光る龍の形のものがいて、それが言った。
_ネメシスの真の名を探すのです。
_わかっている。
フレイヤがララバイの真の名を探し当てたときのことを話してくれたが、見ると聞くとでは大違い。どうも勝手がわからない。
_暫くは慣れないだろうし、せかすつもりはないが、なるべく早くしろ。お前は幽体があるわけではない。体を離れられる時間は俺たちより短いと思う。
_短いのです。
わかった、と言ったもののどうしていいかはあい変わらず不明だ。
_ネメシス、協力はしてくれないのか?
_私の名前を探すのはあなたの役目です。それはあなたから隠されてはいない。
隠れていない名前を探す?ということはどこにでもある、ということかな?
あ、そうそう、瞑想して探すんだ。
まず雑念をはらう、、。自分の心の奥底まで入り、全ての雑念をはらう!
「あなた、大丈夫?」
「たいして飲んだわけではないけど、、疲れかな?」
男は言った。女は彼が外套を脱ぐのを手伝った。
「悪いけど、、横になる」
「お水、飲む?」
「ああ、ありがとう」
そう言って彼は粗末なベッドに横になった。
「お父さん、帰ってきたの?」
ガスパルは自分の寝床から起き上がって聞いた。
「お父さんは疲れているから眠らせてあげてね」
うん、と言ってガスパルは横たわった父を抱きしめて、お休みなさい、お父さん、と言った。彼は何も言わず、ガスパルの頭をなでた。
夜中に、ガスパルは悲鳴のような声に目が醒めた。
「あなた! どうしたの!? しっかりして!!」
咳き込み喘ぐような音が聞こえた。
母親は外に走り出て、そしてすぐに戻ってきた。
そのうち人が集まってきた。ガスパルは寝床の上に起き上がって、ただ皆の動きを見守った。
大変なことが起きている気がしたが、怖くて動けなかったのだ。暫く混乱が続き、それから突然、静かになった。
その沈黙を破って母の悲鳴が聞こえ、ガスパルはようやくベッドから出た。彼女のそばにそうっと近づいた。母親は彼を抱きしめ叫びだした。
「何故、この人がこんな目に遭うの!? 何もしてない私たちが、どうしてこんな酷いことをされる!? 」
「誰かが、なにかしたわけでは、、」
「それを信じるほど私はバカではない!! 子供たちも死んだ、、あの時は流行り病と言われ、そう信じようとした、でも、違う!今、はっきりわかった!彼らも殺されたのよ!一生懸命働いて正直に生きてきた私たちが!どうしてこんな目に遭う!?」
誰も何も言わなかった。
父の葬儀が終わり、月日が経った。
ある日、涙も枯れ果てた母はガスパルを呼んで言った。
「ガスパル、これから私の言うことをよく聞いて覚えておきなさい。
小さなあなたには理解はできないでしょうから、ただ覚えておくだけでいい。いつかわかる時が来る」
「うん?」
「私は明日、旅に出ます。三角の山の彼方に住んでいるというスレイヤーズを探しに行きます。泣き言を繰り返しても何も変わらない。皆、怖がって話を聞こうとすらしない。
だから私は行きます。暫く帰れないかもしれないから、叔父さん叔母さんに、あなたのことは頼んでおきました」
「三角の山のスレイヤーズ?」
「理由は言いません。私の憎しみであなたを染めたくない。でも口さがない人々が噂を流すでしょう。
だから言っておきます。噂などを鵜呑みにしてはいけません。あなたの母は真実を探しに行ったのだ、と覚えておきなさい。正義をなす術を探しに行った、と」
「うわさはウノミにしない。しんじつを探し正義をナス」
「そしてガスパル、あなたもいつか、あなたの真を見つけ、それを貫けるような強い人になりなさい」
「僕、お父さんみたいに強くなるよ」
母親は微笑んだ。
「あなただけが正しいわけではない、と知りなさい。そう考えるのは傲慢です」
「、、ゴーマンって何?」
彼女はそれには答えず続けた。
「沢山の人々の数ある意見に耳を傾け、考えて、考え続ければ決して揺るがぬ真が見つかるでしょう。それを見い出したとき、私がなぜ、この世で一番大切なあなたを残してでも、行かなければならなかった理由もわかるでしょう」
「いつ帰って来るの?」
「わからない、、でも私がいない間、叔父さん叔母さんの言う事をよく聞いて、自分を守るのですよ。なるべく早くここを出て、あなたが安心して暮らせる場所を見つけなさい」
「僕は自分を守る。お母さんも守るよ」
母親はまた微笑み、そして彼を強く抱きしめた。
翌日、起きたときには母親はすでに出かけたあとだった。 叔父が怖い顔をして言った。
「人から貰ったものは必ず持って帰れ。特に食べ物を独り占めにするな!わかったな!」
「、、うん、わかった」
何ヶ月経っても母親は帰ってこなかった。ガスパルはもう母に会うことはないのだ、となんとなくわかった。
ガスパルの母は追い剥ぎに殺された、と人々は噂した。
その噂が消える頃、横柄で傲慢で、ただ強いだけだったリーダーが突然、死んだ。いとこのセカンドリーダーも苦しみもがいて死んだ。
人々はガスパルの母の呪いだ、と噂した。
死んだリーダーの弟が次のリーダーになったが、彼も重い病気になった。
ガスパルの母はスレイヤーズを見つけて、自分の命と引換えに呪いをかけてもらったのだ、と皆は囁いた。
リーダーの息子は恐ろしがってその座を継がず、彼より公平な男がリーダーとなった。彼が選んだセカンドも、忌まわしい人々、と皆が噂するようになった旧勢力を優遇するようなことはなかった。
数年経っても特に何かが変わったわけではなかったが、ガスパルが次のセカンドになるのではないか、と噂されること自体が変化であった。
だがその公平なリーダーもセカンドも大翼龍の攻撃で死に、昔の勢力が鎌首を持ち上げて狙っているのをガスパルは感じた。
_、、俺は俺の真を見つけ、それを貫く。俺は母に正義をなした、といつか伝える。
正義とは心を持つものの夢想。
声にならない声がガスパルを包んだ。
雨は等しく全ての上に注ぎ、大風は等しく全てをなぎ倒す。雷は落ちるところに落ち、陽の光は旱の大地にも春を待つ草の上にも同様に降り注ぐ。
正義とは心を持つものの希望。
心持つもののみが不正をなし、心持つもののみが不正を正す。
_、、ネメシス、お前の真の名を見つけた。
_それではそれを食べなさい。
言われるままにガスパルはその名を食べた。
_食べたのなら帰るぞ!お前が体を離れていられるのはもう限界だ。
どこからかシャロンの叫ぶような声が聞こえた。
ガスパルは自分の身体に戻った。頬が涙に濡れている。実体を実感した。
「大丈夫か?」
「テアヒがヒヒれてウ」
思うように喋れない。舌がしびれているのだ。出てきたのは無意味な音だった。
_手足がしびれてる。頭は普通と思う、と言っています。
とネメシスが伝えてくれた。
「数日、観察させてもらう。心も体も、だ」
シャロンは心配そうにガスパルを見て言った。
_異存は?
ネメシスに聞いたのだ。ガスパルには選択権はないようだった。
_ありません。
「ガスパルには錠前付きの部屋を一室あてがう」
「アーヨー、ヒウーウイ?」
_三食昼寝付きか、と聞いています。
「呑気なやつだな」
「ハア、エッア」」
「腹、減った?お茶にしよう」
シャロンに支えられ、引きずられるように部屋に向かった。
誰かが美味しそうなサンドイッチを作ってくれたが、味がよくわからない。それどころか、口の中を何度も噛んだことに気づいて食べるのをやめた。
大きなカップの香草茶はすべて飲んでおかわりもした。蜂蜜の甘さは感じられて、それが心の慰めとなったが、このままだったらどうしよう、と不安にもなった。
うまいものもっと食っておくんだった、、。
死ぬとか殺されるかもしれないというのは覚悟していたが、こんな中途半端な状態になるとは考えていなかったのだ。
休め、と言われガスパルは大人しく横になった。
ネメシスは名前をくれた理由はすぐわかる、と言ったな、、。
横になりながらガスパルが自問すると、即座に答えがわかった。
隠すような理由でもない、と思ったが、それでも言いたくなかったわけもわかる気がした。
ガスパルはネメシスを信じた。
スレイヤーズも納得してくれるといいな、、。
ネメシスの心が寄り添っているような気がして、なんとなく心地よかった。俺は大丈夫だ、と確信し、いつの間にか眠った。
翌朝には体のしびれはなくなり話せるようになった。色々、夢を見た気がしたが覚えてはいなかった。
朝食にはスクランブルエッグやベーコンの他、サラダや果物の盛り合わせもあった。こんなきれいな食事は見たことない、と思った。
口の中が痛かったが、かまわず食べた。何もかもが美味かった。
外に出られる時間はあった。ただ声を上げるだけで鍵を開けてくれた。監禁ではなく軟禁に近い。
ガスパルは部屋でじっとしてられるタイプではなかったのだ。
ネメシスと一緒に飛んだ。暑すぎも寒すぎもしない晴天の日差しの中を思う存分飛んだ。見張られているのはわかったが、それ以上ではなかった。
不思議なほど早くネメシスと飛ぶことに慣れた。そして、そろそろ部屋に帰れ、と言われる頃には、ララバイとした以上の曲乗りが自由に出来るようになっていた。
いろいろな検査を受けて、数日経った。
ネメシスの上からクロスボウを使って標的を打っていると、シャロンが現れた。彼はルシアに乗っている。
_調子は良さそうだな。
シャロンの言葉をネメシスが伝えてくれた。飛行中に会話をするのは大変だ。叫ばなければ聞こえない。それに比べ心話は便利だった。
「ああ、ルシアには慣れたようだな」
_お前ほどではない。コツを教わりに来た。パブロもプリマベラに慣れるのに苦労している。
ところで、お前はもう自由だ。皆もお前にあやかろうと、ネメシスの仲間を受け入れた。競争率は百倍で、皆、心身ともに鍛え上げなければ、と特訓中だ。特にアロンはギンギンに燃えている。
そうか、俺は運が良かったのかな?これからも仲間に入る大翼龍は増えるだろうか、とガスパルは考えた。
飛龍部隊ができる。そうすれば、ドラゴンだけでなく王族貴族に対しても、大きな抑制力となる。
ガスパルは完成したばかりの外壁の上を歩いていた。見晴らしはいいし日差しも心地良い。
堀はまだ作っていない。飛ぶ敵に対しては無力だからだ。
しかし、スレイヤーズだけでなく圧政に抵抗する人々が集まり砦を建設している、と言う噂が王族貴族にまで届いた、とシャロンが言っていた。
大翼龍を追いかけて悦に入る野蛮人、と見下していたスレイヤーズが彼らの権力を脅かし始めたのを知ったということだ。
人間の敵が相手なら、やはり水堀はあったほうがいい。
ドラゴンも同じだったのかもしれない、とガスパルはふと思った。
初代スレイヤーズが簡単にドラゴンたちの動向をつかめたのは、ドラゴンが現れたばかりの敵、スレイヤーズを見下していたせいかもしれない。
お互いが変わっているのか?
スレイヤーズがドラゴンにとって危険な生き物になった、と気がついたとしたら、第二世代のドラゴンが加わった勢力を野放しにせず、潰しに出るかもしれない。
抑制力どころか、敵を引き付けることになるのだろうか?
ガスパルは自分の考えの重みをずっしりと心に感じた。
フレイヤがドラゴンとの戦いに出陣するなら、自分をもっと鍛えなければならない。もっと強くならなければならない、、。
だが彼女のことを考え始めると、他のことはどうでもよくなった。
フレイヤ、フレイヤ、、俺はお前のことばかり考えている。お前は俺のこと、少しは考えてくれているか?
「ガスパル!」
誰かが後ろから叫んだ。聞き慣れた声に驚いて振り向くと、フレイヤが走ってくる。
「ど、どうしてここに!? いつ来た!?」
「会いたかったよ!」
フレイヤは持っていた包を放り投げ、ガスパルの胸に飛び込んだ。
「無茶しているとシャロンが言った!ドラゴンの心に入ったって!」
「ネメシスはドラゴンじゃないよ」
彼女を強く抱き返した。フレイヤが顔を上げたので思わずキスした。
彼女の目に涙が浮かんだのを見て、何か悪いことをしてしまったような気がして戸惑った。
だがフレイヤはキスを返した。見つめあいキスしあい、言葉もなく二人、抱き合った。
暖かい日差しが二人に注ぐ。外壁の上を渡る風が、火照った頬に心地良い。
「どうしてネメシスたちは真の名前を差し出してまで、仲間に入りたいの?聞いてみた?」
ガスパルに身をもたせかけたまま、フレイヤは聞いた。彼女に触れたりキスするのに忙しいガスパルは、上の空で答えた。
「、、人間は禁断の獲物、なのだそうだ」
「禁断の獲物?」
「本能に刻み込まれた禁断の果実。なのに惹きつけられる魅惑の獲物。そんな生き物に囲まれて、自分が誘惑に耐えられるかわからなくて怖いのさ。真の名前を差し出しても防ぎたい」
「名前の保持者、、人間が抑止力になるってことかな?それを知られたくないの?そんなこと、隠すようなことではないよね?」
ガスパルは肩をすくめた。
「誰でも自分の弱みは知られたくないと思うよ」
ふ~ん、とフレイヤは体を少し起こした。大翼龍が自分の弱みを人間に知られたくないのは不思議ではないかな?
「お母さんが砦を見たい、アロンたちにも会いたいというから一緒に来たんだ。ガスパルにプレゼント、持ってきたよ」
「そんなモノ、必要ない」
「必要なものだ」
そう言って彼女が抱擁から離れるのを、ガスパルはいやいや許した。
フレイヤは大きな布の包みを拾い上げ、差し出した。
「開けてみて」
言われるままに包みを開いた。
防具一式。大翼龍の鱗で作られた防具だった。指や手首の部分には処理するのが大変だ、と言っていた水龍の鱗が使われていた。小さい鱗が関節の動きにしっくり馴染むからだ。
「お母さんやミューズだけでなく、他の皆も手伝ってくれた。着てみてよ。調整する必要があるかもしれない」
身につけてみると、持ったときよりずっと軽く感じた。
「これなら紐で調整するだけでいいかな?どう?着心地は?」
あちこちの紐を引っ張ったり緩めたりしながらフレイヤが聞く。
「とてもいい。こんなに軽いなんて、驚きだ」
甲冑という感じは全くしない。自分の身体の一部のようだ。
フレイヤは柔らかく微笑んだ。
「いつまでいられるんだ?ずっといてくれるのか?」
フレイヤの顔から微笑みが消えた。
「いつ帰る?」
帰らなくてはならない理由があるのだあろう。会ったばかりなのに、、。しかし何か巨大なものが迫ってきているのが、ガスパルにもわかった。
「三角山の館には帰らない。青峰の民のところに戻る。ララバイに、マティアスと会って貰う。彼の力の謎を解かなくてはならないんだ」
翌朝、フレイヤは出発の準備を終え、家族に別れを告げた。そして最後にガスパルを抱きしめた。彼はただ彼女を抱き返した。
言いたいことが山程ありすぎて、何も言えなかった。
最愛の人が自分を愛してくれている、と知るのは底しれぬ喜びであると同時に、別れを一層辛くした。
ララバイと共に朝日の中に消えて行くフレイヤを見送りながら、互いに無事ですぐまた会えるように、と祈ることしかガスパルにはできなかった。
続く
*変化だけが、唯一、恒久なものである。
_ヘラクレイトス
本作品は龍の生き血 ドラゴンスレイヤー族誕生秘話 (syosetu.com) の後日譚であり、全国書店とネット上で発売中の「龍のささやき」の前身でもある物語です。
「龍のささやき」については下記のリンクをご利用下さい。
https://www.bungeisha.co.jp/bookinfo/detail/978-4-286-24840-0.jsp