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第四話

本作品は「ドラゴンの生き血  ドラゴンスレイヤー族誕生秘話  (syosetu.com) 」

の後日譚にあたる連載小説です。


第四話 あらすじ


「真の名」について知りたいフレイヤだが、ララバイは答えない。代わりに人食い大翼龍の力の変化への危惧を語るのだった。

 スレイヤーズの本拠地では家長、サシャが自分が家長に選ばれた本当の理由に苦悩していた。しかし、フレイヤたちの到着に一筋の光明を見出す。

 「青峰の民」の宿営地に住み始めたナディの言動に翻弄されるマティアスだが、彼女の言う「檻に入れられていた龍の仔」への疑問が膨らんでいく。

                

                  4



 フレイヤとガスパルは「黄土の民」を襲った大翼龍が気になって、かなり遠くまで時間をかけて調査した。行った先のどこにもその気配は感じられなかったが、仲間を襲うような凶暴な大翼龍、残してきたマティアスのことを考えるとフレイヤは不安を抑えきれなかった。

「宿営地に戻るか?」

 ガスパルは聞いた。

「マティアスは新しい武器を開発していた。武器の取り扱いに慣れた連中も加わったし、彼がスレイヤーとして一流なのは分かっているんだ。私が口出すのを嫌がっていたし、潮時だよ。彼を信頼して任せる」

 そう口では言い切ったフレイヤだが、心配な様子は隠せない。

「モロウもいる。彼は結構、大局的な考え方ができるし、セカンドリーダーとしての責任を真剣に受け止めている。お前の言う通り、彼らに任せて大丈夫だよ」

 失敗してもいい、とは言えない。大翼龍の攻撃は生死の問題、命あっての物種なのだ。

 フレイヤはできる事は全てした、と自分に言い聞かせた。

子供たちにも最低限の身を守る方法は教えた。彼女の残した地龍ひすいやクリスタルの、大翼龍に対する効果は実証済みだ。

少なくとも逃げるヒマはある。

 いつまでもマティアスを子供扱いしてはならない。何よりララバイを、サシャに引き会わせることをこれ以上延ばすべきでない。

 直感だった。


 野原を歩いていた。暖かい日差し、花の香がそこここに漂っている。子守唄のようなささやきが聞こえる。足取りも軽くウキウキと歩いていると、突然、冷たい何かが肩に突き刺さった。あっと思って振り返ったところで目が覚めた。フレイヤは夢を見ていたのだ。

 空がしらじらと明けていく。

 肩の後ろが痛む。頭を回しても見えないので手で触れてみた。腫れているわけではないが、ズキズキ痛む。

彼女のごそごそ動き回る音に、ガスパルも気づいて起きた。

「どうした?」

「わからない。急に痛みだした。虫にでも刺されたのかな?」

 そう言われて、ガスパルも起きて彼女の肩を見た。三つの楕円が重なった六弁の花のような小さな刺青があるが、それ以外には別に何の跡もない。

「夢の中で刺された感じがして、目が覚めたら本当に痛かった。まだ痛いよ」

「触っていいか?」

 ガスパルは答えも待たずに触れたが、すぐ手を引っ込めた。

「なんか、すごく冷たい」

 ひんやりした肌、という心地よいものではない。肩甲骨のあたりだけが異常に冷たいのだ。

集中して肌を見つめた。きめ細かいきれいな肌、、しかし、、何だろう、なにかおかしい、考えて思い当たるものがあった。

「エネルギーの一つが滞っているんじゃないか?」

 ララバイに習った生き物が持つエネルギーの概念、それがまだ記憶に新しい。

フレイヤはそれを聞いて自分に意識を集中した。滞っているのは幽体の持つ幽体エネルギー。しかしそれは、、。

「私じゃないんだ!」

 そう気づいた途端、痛みはなくなった。が、彼女はララバイに駆けより、彼の肩の後ろを調べ始めた。

 「ちょっと待っててね」

 と言って荷物の中から色々引っ張り出して探し始めた。ようやく探しものが見つかった。

「言ってくれればよかったのに。痛いものを痛いともいえないような下手なプライドは持つもんじゃない」

 ララバイの体は鱗で覆われているので、ちょっと見ただけでは別に異常はなかった。しかし鱗を持ち上げるとその下が赤く膿んでいるのがわかった。フレイヤは化膿止めを塗った。

_化膿している原因は俺を襲ったドラゴンのつけた傷だ。ヤツは、、自分の血に載せて幽体エネルギーを俺に仕込んだんだ。

「翼龍の血に幽体エネルギーがあるのはわかったけど、怪我したのはずっと前じゃないか」

_ヤツはまだ生きてるんだ。ヤツの幽体エネルギーも生きている。

「そ、そんな、、」

 つまり血の持ち主である大翼龍が死ぬまで、つき纏われる?

まるで呪いだ。フレイヤは、そのようなことは考えたこともなかった。

_俺にとっても新しい概念だ。

「それって、大翼龍には出来ない、でもドラゴンには出来るということ?」

_わからない。予期していなかった。そのうち治ると思っているうちに膿んでしまった。

 フレイヤはふと気づいて今度はポシェットを探り、ドラゴンクリスタルを取り出した。

それを傷の上にかざす。クリスタルの力でララバイの傷につきまとう異様なエネルギーを取り除くのだ。

 目に見える効果があった。しかし充分な手当ができる前にクリスタルの力が底をついた。

 これ以上するとクリスタル自体が霧散してしまう。

「故郷に帰ればもっとクリスタルがある。それまで保つかな?」

_声を出さずに聞け。お前だけに伝えている。ガスパルには聞かせない。きっとお前を利用した、とか言って怒る。

_大翼龍と内緒話だね。

 他のサイキックの前で心話の内緒話をするのは結構難しい。何を言っているかはわからなくとも、内緒話しているのはわかってしまう。普通の内緒話と同じだ。そう考えると何か可笑しい。ガスパルがサイキックでないのは幸いだった。

_お前に俺の痛みがわかるのは俺の真の名を持っている事による、、まあ副作用だ、、二次的現象。そんなつもりで名前をやったわけではない。自分の傷ではない、と自覚することで痛みは消えるはずだが、もし酷くなるようだったら名前を返せ。

_名前を返す?どうやって?

_食ったんだから吐き出せばいい。

_え?噛んじゃったよ。飲み込めばよかった。

今、どういう状態でどこにあるのかもわからない。

_バカな想像をするな。真剣な話だ、真剣に聞け。

_緊急時の冗談は心の余裕だ。パニくっていない証、覚えておけ。それと真の名前をくれた理由を聞いてない。

_教えるつもりはまだない。

まだない、ということは気が変わる事がある、ということかな?

 ララバイが痛みはなくなった、というので支度を終えて皆で飛び立った。


「川がある」

 ガスパルが下を見ながら言った。どうやら彼は高所飛行恐怖症を克服したようだ。自分の弱点を放っておかないガスパル。大人ぶっているように思えて、フレイヤには癪の種だ。

 ララバイはすでに高度を落とし始めていた。水筒はカラに近く、旅の埃も洗い流したかった。


 ああ、気持ちいい、、

フレイヤは川の中で手足を伸ばし、ほっと一息ついた。心配ごとが水に溶けて消えていくようだ。

 フレイヤは腰骨のあたりにあるもう一つの刺青を見た。肩のものと同じデザインの小さな刺青は、スレイヤーが自分の子や孫に入れるもの。家族によって違うデザインのそれは、早い話が遺体の確認のためだった。

 いずれは戦士となる子供たち、死体の確認が難しいこともあるドラゴン戦。どんな想いで親たちは刺青を入れるのだろうか?

 あれ?なんか色が変わっている?

楕円の一つの色が変わっているような気がする。光線の加減だろうか?

 その時、なにか小さな音を聞いた。音というより、体に伝わってくる振動か?見回したが何もいない。

ガスパルたちは岩の向こうで、子供のように水のかけ合いをしている。

不思議に思ってフレイヤは、今度は注意深く水の中を見た。

水の中に虹色に光る塊があった。手を伸ばすとそれが動いた。あっと思って手早く服を身に着け、ガスパルの名を呼んだ。

「覗いてなんてない!」

 と声が戻ってきた。

「そんなこと言ってない。ちょっと来てよ。ララバイも」

 フレイヤに言われてやって来たガスパルたちが見ると、虹色のものが水の中でもがいていた。

「水龍か?仔龍だな。こんな近くで見るのは初めてだ。なんか様子が変だ」

_下手に手を出すと噛みつかれるぞ。

ララバイが近づくとそれはますます暴れ出した。

「お前が怖いんだよ」

 あっと思う間もなく、数匹の水龍に周りを囲まれた。彼らの出す警戒音が響く。

 水龍がいるとフレイヤは全く気が付かなかった。存在自体が水のような水龍たち。もっともララバイが知らなかった、とは思えない。彼にとっては気に留めるほどの存在ではない、というところだろうか?

_ここから離れよう。そいつは放っておけ。そのうち溺れる。

「水龍が溺れるのか?」

_水龍は肺呼吸する。

「放っておけって、、同じ龍族なのに、同情心はないの?」

_助けを望んでいない連中に手を貸したってなんの意味もない。下手すれば恨まれる。余計なお世話、というんだ。

「怯えているだけだ。助けてやろうよ。ララバイ、そいつ等が近づかないようにしてね」

 周りの水龍の数が増えてきた。彼らが鱗を振動せて作る音が、水自体をざわめかせている。威嚇するような音だ。

 フレイヤとガスパルは噛みつかれないように注意しながら、もがく水龍を引き上げた。暴れるので厄介で、注意していても引っかかかれた。威嚇音が激しくなった。ララバイは今にも攻撃を仕掛けてきそうな水龍たちに睨みを効かせている。

彼がいなければ、彼らはとっくに攻撃をしかけてきただろう。

 引き上げた仔龍を見ると、水の中ではわからなかった細い糸が絡みついていた。

「釣り糸にこんがらがっちゃったんだな」

_早くしろ。攻撃されれば俺も攻撃を返す。この数では手加減なんて出来ない。こんなバカな生き物を殺してもなんの自慢にもならない。

不満気なララバイだが、同時に彼の緊張感も伝わって来る。

_落ち着け、動くな。助けてやろうと言うんだ、、

フレイヤは仔龍にささやきかけた。

_そいつ等にわかるものか。

_気は心だ。落ち着かせることができれば、敵意がないことくらいわかるだろう?

ガスパルはナイフを出して手早く糸を切っていくが、少し自由になるとますます暴れるので、体に糸が食い込んで鱗が飛び散った。

_ぶん殴って気絶させろ。

「そんな可哀想なこと言うなよ」

_バカにかける情はない。

フレイヤは少し眉をひそめたが、自分の服の飾り紐を取って水龍の口や手を縛った。それで仕事がし易くなった。

なんとか絡みついていた釣り糸を取り除いて紐を緩めると、龍はすぐに水に飛び込んだ。紐も一緒に水に消えた。

「私の紐、返せ!」

 他の水龍たちも水の中に潜って行ってしまった。

川は何事もなかったように静まり、せせらぎの音だけが聞こえる。

「私の飾り紐、持ってっちゃった。お母さんが作ってくれたんだ。気に入っていたのに」

 と口惜しそうにフレイヤ。

_鶴だって恩返しするのに、感謝の気持ちもない。骨折り損のくたびれ儲けと言うんだ。

「そんなふうに考えるな。私たちは一つの命を助けた。私は嬉しい。満足だ。幸せな気分になる」

_幸福とは自己満足、か。ヒトもたまには奥深いことを言う。

 何が人もたまには、だ、と思いながらガスパルはフレイヤを見た。

陽に透けて後光のように輝くフレイヤの髪、しかしいつも以上に光っている。

近づいて手に取ってみると光っているのは水龍の鱗だった。

 ガスパルにもついているよ、とフレイヤが言うので、二人で集めてみると、かなりの量になった。

「この鱗にも力はあるのか?」

「武具に使うには大翼龍の鱗を処理するよりずっと手間がかかるから、私たちは装飾に使う」

 ふ~ん、とガスパル。

「お前の額当てに使えるかな?」

 ガスパルは自分で作った額当てをしているが、それは実用的でありながらとても美しい。

 実用一辺倒で、装飾などに気を回すことのなかった自分の物がつまらなく思えて、フレイヤは彼に教わりながら新しい額当てを作っていた。

ガスパルは作ってくれると言ったが、それは断った。

 一方、プレゼントにしよう、と張り切ったのにその気持を手折られて当初は落胆したガスパルだが、結果的には逆に良かったのだ。

フレイヤと話をする機会が増え、感心され褒められながら教える。

額当てづくりの時間は彼女と過ごせる幸せなひとときとなった。だが、旅に出てからは当然、それは中断されていた。

 フレイヤの家に着いたら、そんな時間がまたできるだろうか?それを考えると心が弾んだ。彼女の髪が頬に触れる、くすぐったいような感覚さえ蘇ってきた。

 幸福とは自己満足、か、、。

「私の飾り紐、持ってっちゃったから物々交換、といったところかな?

飾りに使わせて貰う」

「お前の家、あと、どのくらいで着くんだ?」

 ガスパルの頭の中は既に、フレイヤの手を取って飾りの付け方のコツを教えている自分の姿で一杯だ。

「行きたいところは二箇所ある。どちらに先に行くか、ガスパルに聞こうと思っていた」

 と、探るように彼を見た。

「兄たちは仲間を集めることに集中していた。サイキックでなくてもいい、一緒に戦える同志を探し、新しい砦を作ると言ってたんだよ。

彼らがよりすぐった精鋭部隊、ガスパルにはそっちの方が居心地いいかもしれない。でも私は、やっぱり初めに実家の方に顔を出したい。ララバイだけでなくガスパルにも、まずスレイヤーズの家長に会ってもらいたい」

 と超真剣に言った。 サイキックの中に突然、ノンサイキックを放り込むようなことはしたくないのだが、やむを得ない。

「わかった、俺もそれが当然と思う」

 彼女の家族や家長についての話は色々聞いて備えたつもりだが、もうすぐ会うのだ、と思うと滅茶苦茶、緊張した。


 フレイヤの家にはあと一山越えれば到着する。遠くに三角の山が見える場所に着地した。

「お前の家はまだ先だよな。どうしてここで降りるんだ?」

 ガスパルはフレイヤに聞いた。

「いきなりララバイを連れて館には乗り込めない。この先には地龍たちの住処もあるから、彼らに騒がれるのも困る。ララバイ、彼らにお前が危険でないことをわからせることはできるの?」

_俺はドラゴンじゃない。普通の翼龍を彼らが警戒することはない。

「じゃあ、もう少し飛んで行けるね。ともかくララバイには、館から少し離れたところで待っていて貰うよ。ガスパルと私は皆が寝静まる頃に到着するようにしよう。寝ている間は皆、館にいる地龍の警告を頼りにしてるから、夜番がいるわけじゃない」

 フレイヤとしては、こっそりサシャだけに知らせたい。もう少し近づいたら、彼に心話で呼びかけるつもりだ。

「地龍の警告って?彼らとは話せないんじゃないのか」

「話はしないけど、わかるんだ。地龍たちは耳や体に感じる警戒音も出すんだよ。

 地龍同士は離れていても情報を交換できるみたいだ。どうやるのかは、わからない。同じ穴の龍でなくても情報は伝わるみたいだ。

 旅先でもたまに彼らが、私たちの通るのを興味深そうに穴から顔を出して見ていたもんだ」

 ふ~ん、とガスパル。ララバイは何も言わなかった。

 彼にとっては地龍もバカな龍なのかな、とフレイヤは思った。

フレイヤにとってはお話の中の同志というだけでなく、親しみ深いお隣さんだった。地龍と実際に心話した、という者はいなかったが、龍ひすいの取引だってするし、彼らだって何の考えもないわけではない。


 人々の寝静まったあと、サシャは書庫で本に埋もれてため息をついた。本は好きだが義務や責任で読むとなると苦痛にもなった。

妻、ミューズが淹れてくれたお茶を飲みほしてから、これは安眠茶だったと気がついた。何日も夜ふかしをしている彼を気遣ってくれているのはわかっていたが、兎にも角にも探しものを見つけなければ、どんなお茶も効果はなかった。

 大切なことが書かれている、あの記録を見つけなければ、、。

最近とみに逼迫した思いに囚われている、、何故かははっきりわからないが想像はついた。

 マティアス、、。

 サシャがいつだったか目にした本。なぜか興味を惹かれたが、探し物の途中だったので、あとで読もうと思った。しかし忙しさにかまかけているうちに、その本の存在すら忘れてしまった。

 先代の家長、オディロンが自分宛てに残した遺書を読んだとき思い出したが、それも何故かわからない、、直感。

 ああ、情けない、、。

 自分が家長に選ばれたのは、オディロンの長男、アロンがまだ小さかったからだと思った。なぜ彼を家長にして、自分を後見人にしなかったのかと疑問にも思った。その理由がわかってからは、あの、ずっと昔に目にした話、、多分、何かの記録、、を探している。

 誰に聞いても知らない、という。どんな本だかちゃんと説明できないのだから仕方ないのだが、ただのヒントでもいいから欲しい。そう思って子供たちにも聞いたが誰も知らない、と言う。

 自分が子供の頃はずいぶん読んだのに、最近は誰も本を読まない。


 オディロンが彼に家長の座を譲ったのは血筋だけではない、別の理由があった。それは息子、マティアスに関するものだった。

 サイキックではない、と皆が考えていたマティアス。当然、父親であるサシャは彼の精神エネルギーの不安定さに気づいていた。だが、それはマティアスの自分自身への不安から生まれるもの、と思っていた。

だがオディロンは、その不安定さはある種の力の現れだ、と考えていたのだ。

 彼を実家にとどめておくべきだ、という直感を無視してでもマティアスが望むなら旅立つことを許せ、と書き残したオディロン。家長としての判断、一族のためにするべき判断より、甥であるマティアス一人のためのものようにサシャには思えた。

 家長となったサシャの、自分の息子に対する甘い判断がスレイヤーズ全てを脅かすことになったらどうする?それを敢えてしろ、と言うのか?

 確かに、マティアスを手元に置けば見張ることはできても、彼自身が不幸になるのは火を見るより明らかだった。彼が不幸になれば、彼の中の不安定な力は更に不安定なものになるだろう。

 それに対し、彼が広い世界に出て成長し、自分の力を制御できるようになる可能性は全くの未知。ならばその未知にかけるべきだ。

そしてもし、この判断がいずれ災いとなって戻って来るなら、自分たちが彼以上に強くなればいい。

 自分の息子、責任を取れ、というのではない。自分の息子のために最善を尽くせ、という意図のもと、サシャを家長の座につかせたのだった。 

 大多数がノンサイキックである人々が住む世界で、ほんの一握りしかいないサイキック。

自分がまず強くなる。ならなければ互いを守ることができない、できなければ自分たちの存在が脅かされる。

 オディロンはマティアスの特殊な力を、一族、皆が支えなければならない、と考えたのだ。その力が何なのかはわからないにしても、全力を尽くすしかないのだ。できなければ自分たち、スレイヤーズは滅びる。つまり大翼龍に対抗できる血統が消えてなくなる。

豊かで安定した生活の支えとなる、その能力が失われる。


 オディロンが解けなかったマティアスの力の謎、まずそれを知ることから始めなければならなかった。

 ああ、兄さん。私には荷がかち過ぎるよ、、。

サシャは拳を噛んだ。

 その時、何かが心に触れた。柔らかい朝陽が突然さしてきたような気がした。暫く遠のいていた誰かが戻ってきた、、。

サシャは寝着の上にハウスコートを羽織り、表へ一気に走った。


「お帰り、フレイヤ」

 走っている間、ああ言おう、こう言おうと考えていた言葉はフレイヤの顔を見た途端、サシャの頭から消えてしまった。ようやく出てきた言葉はありきたりの挨拶だった。

一方フレイヤは何も言わずに彼に抱きつき、暫くしてからようやく、ただいま、と囁いた。

 よく帰ってきた、無事に帰ってきた、、、スレイヤーズの若者で武者修行に出かけた者の中には、帰ってこない者もいたのだ。

 まだ抱きついているフレイヤをそっと押しやった。

「顔を見せてくれ。、、オディロンにますます似てきたな」

 男親に似てきた、と言われて喜ぶべきなのかよくわからない、とフレイヤは思った。彼の顔立ちは、ハンサムというよりは勇ましさや気の強さが表に出ていた。

 気が強そうだ、とよく言われるからそういうことなのかな?ますます気が強くなったんだろうか?

_一緒の男は恋人か?

心話で聞いてきた。

_違うよ。私の仲間。信頼できる同志だ。

_恋人より貴重な存在、というわけだ。

そうフレイヤに言って、サシャはガスパルに微笑みかけた。右手を自分の胸に当て、かすかに会釈する。目はガスパルから離さない。

「スレイヤーズの本拠地へようこそ。私が家長のサシャだ。君は心の障壁を築けるのか、、フレイヤに教わったのか?」

 そうと言うべきか、違うと言うべきか?フレイヤだけでなくララバイからも教わったのだ。

「はじめまして。俺は遊牧民族、青峰の民の一員で名前はガスパル。そのことについては、フレイヤから話があると思う」

 フレイヤに教わった通り、サシャと同じように手を胸に当て、彼より深く会釈し目も伏せた。

サシャは前より親しみ深い微笑みを浮かべた。

「スレイヤーズ流の挨拶も心得ている、、フレイヤ、母親にもわからないように私だけに呼びかけた理由は何だ?紹介したいのはガスパルだけではないな」

 流石に家長に選ばれたスレイヤー、直感力も秀でている。話し方まで変わって、家長としての風格もしっとりと身についてきた様子だ。

「会ってもらいたい仲間がいるの。少し先で待ってるよ」 

 そうフレイヤは言ってサシャを促し、もと来た道を戻り始めた。少し歩いてからララバイを呼んだ。


 サシャは暫く口を利かなかった。ようやく、ようこそ、とは言ったもののララバイを見つめてじっと考え込んでいた。が、ふと気づいたように、

「ミューズが目を覚ました。カミーユ、、お前の母親も感じているようだ。行ってやれ。顔を見せて安心させてやれ。ガスパルにはもう暫く付き合ってもらう」と言った。

 フレイヤには彼の意図がわかった。母親たちには、サシャはガスパルと話をしている、と言えばいいのだ。ララバイのことは皆にはもう少し伏せておきたい。


 フレイヤは屋敷に向かってゆっくり歩き出したが、その足取りはすぐ小走りに変わり、そして全速力になった。しばらくすると息が切れてきたが、構わず走り続けた。

「お母さん!」

 館の入口に立つ人影に向かって叫んだ。その影の一つがフレイヤに向かって走り出した。二人は抱き合った。

「また背が伸びたのね」

 出発したときは同じくらいだった背丈だが、今はフレイヤの方が高い。

「マティアスも元気だよ。遊牧民のリーダーに収まって忙しく過ごしている」

 母親から体は離さず顔だけ上げて、遠慮するように近づいてきたミューズに言った。

ミューズもカミーユも驚いたようだった。

 マティアスがリーダーになる、というのは家族には意外に思えるだろうが、スレイヤーとしては一人前、若くても遊牧民には強い男に見える。

おしゃべりでない分、思慮深くも見えた。

「旅先ではあちこちで秋波を送られていたのに、クール、装って知らん顔してたよ。彼ももう子供じゃない。心配することなんてない」

 最後の部分は自分にも言い聞かせるように言った。それから、たいしたことではないけど、というように付け加えた。

「サシャは私の友人と話している。ガスパルは私たちが加わった遊牧民、青峰の民のひとりでスレイヤーズに好意的なんだ」

「それってあなたに好意的、ってこと?」

 ミューズはいたずらっぽく言った。

「そういうわけじゃあ、、」

 ないといえば嘘になる。自分に対する彼の好意ははっきり知っている。

「友人だ。頼りになる同志だよ」

「信頼できる同志は恋人より貴重よ」

 さすが夫婦、同じようなことを言う。

「ともかく中に入りましょう。温かい飲みのもを用意するわ。お腹すいてる?」

 特にお腹が空いていたわけではないのだが、家に帰ってきた、という安心感のせいか、母親たちがよく作ってくれた香草入りのクッキーや木苺のパイが頭に浮かんでフレイヤは思わず微笑んだ。

 台所に入ってお茶の支度を手伝った。

隣の食料保存室をを覗くとハムや燻製肉、蜂蜜もスパイスも山ほどあった。泉から引く水道もあり、地熱を利用した温水が館中を回る暖房もある。

水汲みや薪割りに追われる宿営地での生活より、ずっと豊かでゆとりがあった。


 分厚いハムとチーズの焼きサンドを食べながら、目はすでにブルベリーのソフトクッキーを見ている。マフィンも美味しそうだ。

 カミーユもミューズも、フレイヤが食べている間はあまり話さないようにと自分たちを抑えていたが、話を聞きたくてウズウズしている。

そうするうちに他にも数人、起きてきた。

 フレイヤはサンドイッチの最後のかけらを飲み込んで、マティアスについて話だした。当然、皆の興味は彼にある。特にミューズは一言も聞き逃すまい、と耳を傾けていた。誰もあまり口を挟まなかったが、話が大翼龍戦になると、事情は変わった。

「二人だけでドラゴンを倒したの?すごいわ、、」

 夫の死後は、大翼龍の話となると席を立ってしまうようなカミーユも娘の話には耳を傾けている。

「二人だけだった、とは言わない。青峰の民も戦った。遊牧民でも、ある程度はドラゴンに備えている。最近のやつらの攻撃は無差別みたいだ。家畜を狙って来て、それを守る人間を襲った昔とは違うんだ。ガスパルはクロスボウの扱いに慣れてて、すごく勇敢なんだよ」

「そいつか?今、サシャと話しているのは?」

 フレイヤの兄、シャロンが言った。

「彼をいじめないでよね」

 フレイヤの頭にガスパルの生い立ちが浮んできて同情心から言ったのだが、シャロンは彼女の気持ちを勘ぐりすぎたようだ。不機嫌な顔になった。

「苦労しているんだ、彼。今でもよそ者扱いされて、、」

 言わずもがなのことを言ってしまった、と気がついた。皆が意味ありげにニマニマしている。

 こういったことになると、事実を事実として受け止めない風潮はスレイヤーズでも同じのようだ。否定すればますますからかわれそうだし、かと言って他の話題に変えてもなにか言われそうだし、、、。どうしよかと思っていると、

「疲れたでしょう?ベッドを用意するわ」

 さすが、お母さま、いいタイミング。

ありがたかった。

「うん、私も手伝う」

 と言って立ち上がった。

二人が台所から出ていくのをシャロンは恨めしそうに見送った。


「友人でもなんでも、大切にしなさいね、その人」

 ベッドの準備をしながらカミーユは言った。

「サイキックを心から受け入れられるノンサイキックは少ないのよ。アロンもバイロンも仲間を集めるのに苦労してるわ。利用しようとか、秘密を盗もうとか、そんな考えの人間にばかりに接して、、うんざりしてたわ。でも、たま~にいるのよ、そんな貴重な人々が。

百人に一人、千人に一人かもしれない。でもいるのよ。探し続ければ必ず現れる」

 それとね、と母親は秘密を打ち明けるように言った。

「シャロンはミラルダっていう女性にプロポーズする機会を狙っているの。あんまりガスパルのことをとやかく言うようだったら、彼女のことを持ち出せば大人しくなるわ」

 カミーユがお休みのキスをして出ていくと、フレイヤの心は暫くはサシャたちのことを考えてさまよった。

だが母親の言う通りとても疲れてもいたので、いつの間にか眠っていた。


「龍の仔」

 ナディの言葉にマティアスは驚愕した。モロウは口をぽっかり開けて信じられない、といった面持ちだ。

「青峰の民」の宿営地に戻って、ナディに食料庫の奥の檻について聞いてみた。その答えは、まさか、というものだった。

「龍の仔って大翼龍の!?」

「そこまではわからいよ。見てないんだもの。アタシを世話していた人たちが、アタシが寝てると思って喋ってたんだ。内緒みたいだった」

 大翼龍のはずがない。いくら仔龍だって無理だ。親が黙っていない

 スレイヤーズですら成功したことはない大翼龍の捕獲に「黄土の民」が成功するはずがない。

 可能性のあるのは地龍?狙いは地龍ひすい?誰かが地龍ひすいの力に気づいたのだろうか?

 疑問ばかりがマティアスの頭に浮かんだが、詳しいことは知らないとナディは繰り返すばかりだ。

「アタシ、疲れた。休んでいいでしょう?話すことなんてもうないよ」

 マティアスととモロウは頷いて、部屋の外に出た。

 ナディの体は、包帯や湿布薬で覆われている。大ババ様たちによると、骨は折れていないし大きな傷もないが、大アザがあちこちにあり、小さな傷は古いものも、新しいものも数限りない。建物の下敷きになったのなら、見えない内出血もありそうだし、暫くは安静にしていたほうがいい、と言うのだった。

「嘘をついているとも思えないが、なんとなく引っかかる」

 フレイヤがいないのが惜しまれた。

「引っかかる、って何が?嘘つく理由なんてないだろうし、、まあよそ者は心配なのはわかる。しばらく注意して様子を見ていようよ。皆にも言っておく。痩せすぎだけど、なかなか可愛い娘じゃないか?」

 からかうように言った。

しかしマティアスの頭にはそういう事はなかった。怪しいところがあるというわけではない。ただ、、何か、彼女の言う事を鵜呑みに出来ない。ナディの仕草の端々、言葉の端々になんとなくしっくりしないものを感じる。

 サイキックのような直感力のない僕の直感、、気に留めるなべきでない、とマティアスは自分の考えを振り払った。


「そのスカーフ、返せ!」

「いいじゃない、誰も使ってないんでしょ?それにアタシ、寒いんだ」

「だったら他の布を探してやる。それは僕のものだ、返せ!」

 少し大声を出してしまったのがまずかった。皆が振り返った。年下の女の子に振り回されているとは思われたくない、マティアスは下唇を噛み、ゆっくりと深く呼吸した。

その様子を見て、ナディはそばに寄って囁いた。

「マティアスのもののはずないよ。きれいな花模様。これ、もしかしてフレイヤっていう人のモノ?いとこなんだって?」

 マティアスは言葉に詰まった。誰から聞いたのだろう?


 元気になったと思ったらあちこちに現れて、色々なことに首を突っ込む。皆には暫くは少し距離をおいて見守るように言っておいたのだが、あれこれ手伝おうとしている女の子、そんな疑い深い目で見るものではない、と逆に諭された。

 そんなある日、突然、マティアスの部屋に入ってきて、目ざとくスカーフに目を留めると、ちょっと貸してね、と言ってそのまま行ってしまった。止める暇もなかった。

「ともかく、別のスカーフを見つけてやる。そしたら、それは返してもらう」

 と言い捨てて、貯蔵庫に向かった。


「手を焼いてるね」

 貯蔵庫に置いてある沢山の箱を引っ掻き回すマティアスに、モロウは笑いながら言った。

「全く、勝手に人のもの持って行って、悪びれもしない!」

 他のものならともかく、フレイヤの残していったスカーフ、勝手に使ってほしくなかった。

「第一、ノックもせずに男の部屋に入るってどういう神経をしているんだ!?」

「まあ、まだ小さいし、、」

「彼女は十四歳だ。子供じゃない!僕は十三でドラゴン戦に参加した!」

 そういえばそうだ、とモロウも思った。遊牧民族も結婚は早い。ナディは年の割にずっと小さく振る舞いも子供っぽいので、つい実際の歳より幼く思ってしまっていた。

 生まれたときから一緒にいたわけではない、最近加わったナディ。よくわからないので、つい見た目のままに扱ってしまう。

「マティアスの言う通りかもしれない。病気や怪我でずっと寝てたっていうし、何も知らないみたいだ。でも何でも興味を持って一生懸命だ、と皆、言っている。話し上手で子供たちには人気の的だ」

「まだ、足を引きずっているな」

「あれは家の下敷きになったときの傷じゃないみたいだ、と大ババ様が言っていた。古傷だって」

「そのせいかな?もといた部族から置き去りにされたのは」

 ナディに聞いても口を濁してうつむいてしまう。怪我人にあまり、なんやかんや言うのも可哀想に思えて突っ込んだ話を聞いていない。

「そういえば、なんか変な傷がある、と言ってた」

 とモロウは眉をひそめた。

「話してみるか、大ババ様と。彼女が傷の手当をしたのだし、僕たちより詳しい話を聞いているかもしれない、、あ、これはどうだ?」

 スカーフを見つけてモロウに見せた。ピンクの水玉模様だ。

「悪くはないけど、、フレイヤのスカーフより品が落ちるな」

「文句は言わせない」

 ぶっきら棒にマティアスは言って、箱の蓋をバタンと締めた。


「え!? 燃やした!?」

「燃やしたんじゃない、燃えちゃったんだ。スープかき回すの手伝ってたら、火が移って燃えちゃった」

 ナディは済まなさそうに答えたが、マティアスが差し出していた水玉のスカーフは素早く取った。

 嘘ではないようだった。誰かが水を頭からかぶせて火は消えた、ナディは指に火傷をしたが大やけどにならなくてよかった、と皆が言って燃え残ったスカーフを見せられた。

大きくため息をついてマティアスはその燃え残りを手にした。

不注意なナディを怒鳴る気力もない。泣きたくなった。でも泣けない。人前でなんて泣けない。


 自分の部屋に戻ってじっとその燃え滓を見つめた。そうしてみると涙などは出てこなかった。それどころか心に浮かぶのは、フレイヤとの楽しい思い出ばかりだった。心を照らす光のフレイヤ、、。

 メソメソなんてしてられない。

フレイヤがこのスカーフをおいていったのは、別に気に入っていたものではなかったからだろう。

 きれいなのでつい買ってしまったが、自分の髪には色が合わないと言っていたのだ。マティアスは、ただフレイヤのものだ、というだけで別の人間が触るのが嫌だっただけ。

 バカバカしい、、こんなもののために心を乱して、、これはただのモノだ。

 フレイヤが自分に残してくれたものは、もっと貴重で壊れたり失くなったりしない。

クリスタルや地龍のひすいだって所詮はただのモノ、それに込められた力すらいずれ消える、、だが、その時、フレイヤがどんな想いで力を込めてくれていたのか、それこそが重要で大切なことなのだ。

 今度、会うときは立派になった宿営地を案内して驚かせてやる、、

そう心に誓った。

スカーフの燃え残りに火をつけて暖炉に放り込んだ。それはパッと一瞬燃え上がり、すぐ灰になった。


                         

                                         続く


 本作品は「ドラゴンの生き血」の後日譚であり、全国書店とネット上で発売中の「ドラゴンのささやき」の前身でもある物語です。

「龍の生き血」に登場したドラゴンスレイヤー族が、後に名門と呼ばれる「ソラリス家」と「クレセント家」として血統を確立して行く過程を描いた愛と憎しみの冒険ファンタジー。

連載形式で月に1-2回、新しいストーリーを追加する予定です。

ドラゴンのささやき」については下記のリンクをご利用下さい。

https://www.bungeisha.co.jp/bookinfo/detail/978-4-286-24840-0.jsp


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