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第三話

本作品は「ドラゴンの生き血」の後日譚にあたる連載小説です。


            今までのお話


 遊牧民族「青峰の民」を大翼龍の攻撃から救ったドラゴンスレイヤーズ、フレイヤとマティアスは彼らの宿営地にとどまり、新しい仲間とともに大翼龍打倒を念頭に自衛手段を講じていた。

 そんな彼らの前に三頭の大翼龍が現れた。逃走した二頭の龍の行方を追ってフレイヤとガスパルは、彼らが助けた翼龍、ララバイと共に宿営地を離れる。

スレイヤーズの持つサイキック能力の謎の解明にはララバイの協力が欠かせない事に気づいたフレイヤは、スレイヤーズの本拠地に向かう事を決める。

 一方、宿営地に残ったマティアスは、日々、彼のリーダーシップが試される事態に手を焼く。



                       3



 マティアスはおかしな夢を見た。夢というものは辻褄の合わないものが多い。だから、おかしな夢ということ自体は特別なことではない。

楽しいような怖いような奇妙なものだった。

 上も下もない空間に浮いていた気がする。なにかうねりのようなものが押し寄せ過ぎていった感覚が、目覚めた直後には残っていたのだが身支度を整えて下に降りる頃にはすべて忘れた。


「これは酷い」

 目を背けたくなる光景、腐敗臭もひどかった。鼻がひん曲がりそうだ、とララバイは文字通り飛んで逃げた。風上に立って遠くから眺めている。

春の暖かな日が続いていた。

「埋めよう」

 ガスパルも鼻を覆って言った。

「黄土の民」の宿営地は大翼龍に襲われ廃墟と化していた。

 生き残った者はいないのだろうか?

倒壊していない建物は燃えていた。大翼龍が火をかけたのだ。生きている者はもちろん、家畜の気配もない。

 全滅したのだろうか?

フレイヤたちは道中、誰にも会わなかった。


 累々と横たわる死体、あちこちに残る龍の爪痕。人も家畜も区別なしで襲われたようだ。食い荒らされた跡がある。首のないものまであった。

 個々の判別は殆どできなかったが、それでも一人二人は誰かわかる、とガスパルは肩を落とした。

違う部族とは言っても、近隣の遊牧民の仲間だった。ゆく先々で出会い、酒を酌み交わす事もあった。


 ララバイが深い溝のような穴を二つ掘った。その間にフレイヤとガスパルは倉庫に使っていたらしい岩穴から布を探し出してきて、人々の身体を包んだ。

一つの穴には遺体を安置し、もう一つには動物の死骸を投げ込んだ。それが終わるとララバイが火をかけた。土を戻し木の碑を立て、皆で祈りを捧げた。

「あのドラゴンがしたんじゃないのか?」

 腹いせにやったのではないか、とフレイヤも思った。ララバイは何も言わなかったが同意しているようだ。

 「黄土の民の宿営地はもっと遠くにあったんじゃないの?なぜ、移動したのだろう?」

 ガスパルには思い当たる節があった。

「彼らは俺たちがドラゴンの大攻撃で人も家畜も激減した、と知っていた。それどころか仲間に加わらないか、という話もあった。まだ生きていたセカンドリーダーの猛反対で話はお流れになったのを、お前たちは知っていたか?」

 フレイヤたちがドラゴンスレイヤーズである、という事実をセカンドは他部族には隠した。彼らがいれば自分たちが大翼龍どころか他の部族に対しても優位に立てる、と死の直前まで希望を持っていた。

 だが、「黄土の民」もそれを知ったのではないか?大翼龍を倒した二人のよそ者、彼らが何者なのかは容易に想像できる。

「俺たちの宿営地の近くが安全に思えたのではないかな?」

 スレイヤーズが加わった「青峰の民」、そのあたりを縄張りとしていた大翼龍を殺した。自分たちもその御利益にあやかろうとしたのではないか?だとしたら、それはカンペキに裏目に出た。

「ただの腹いせでここまでやるかな?何か別に目的があるんじゃないの?」

_憎しみ、憎悪、、。人食い大翼龍、、お前らの言うドラゴンたちには人間に対する深い怨念がある。

「なぜなの?」

_それは、、俺にはわからない。

「縄張りや食べ物を奪い合う競争相手、というだけではない憎しみを私も感じる。私の家族もその理由を知ろうと考え続けてきた。でも未だにわからない。ララバイ、本当に何も知らないの?」

_俺の憶測。言うつもりはない。

しかし彼は言葉を切ってから続けた。

_特訓してやると約束した。それを今からやってやる。ドラゴンと戦えるものは一人でも多いほうがいい。

「その前に聞きたいことがあるんだ」

 フレイヤが口を挟んだ。

「私のいとこ、マティアスはスレイヤーズの血を引いているのにサイキックではない。精神エネルギーを集中させてサイキックと同じような事ができるのに、何かが違って集中できる時間も、できることもは限られている。でも、ノンサイキックでもない、と私は思うんだ。どうしてなのか知りたい」

 ララバイは少し考えてから言った。

_俺はそいつを知らない。一般的なことしか言えない。精神エネルギーは知っているようだが理解しているのか?幽体を知っているか?

「幽体?知らない、教えてくれる?」

 そのようなものは聞いたこともなかった。

ララバイはやれやれ、というふうにため息をついた。 

 人間が理解できるように説明するのは難しいかもしれない、と言って話を進めた。

_生き物であればどれもが持っている精神エネルギー。それは肉体と重なって存在する。通常は肉眼では見えず、自分以外に影響を与えることは少ない。

 しかし、精神エネルギーが大きく強くなると、密集して形を形成する。それを幽体と呼び、マレにだが肉眼でも見える。

幽体は肉体から離れ、ある程度の時間は自由に動くことができる。

 お前たちが言うサイキックは、精神エネルギーが幽体を形成できるほど強い者たちだ。お前の幽体が俺には見える、、というか俺の幽体が感じる、、幽体には目も口もないが、、視覚化、感覚化すればそういうことだ。

「つまり、精神エネルギーが幽体を形成するほど強くないから、マティアスはサイキックではないってこと?」

_そいつを知らない、と言ったばかりだ。憶測を口にすることはしない。

 龍が憶測を口にすることは絶対ないのかな?とフレイヤは考えた。

 マティアスに感じる力の不安定さ。それが「精神エネルギーの強弱によるもの」では納得できない。集中の仕方に問題があるのかな?

「マティアスには精神集中が必要なことも、幽体がある私は集中しなくていい。なぜなら精神エネルギーが集中した状態が幽体だから、だね」

_そういう考え方もできるな。理解する方法は一つではない。どれが正しい、というのでもない。

 スレイヤーズは幽体を無意識に使用しているようだが、翼龍は意識的に利用する。幽体エネルギーを使い、相手の幽体を抑圧することもできる。

 必要なときに、物質的な力の上に幽体エネルギーを集中させて体の一部を強化させる。たとえば攻撃されれば鱗を強化させ身を守る。しかも、ドラゴンの幽体エネルギーは格が違うのだ。

「それがドラゴンたちの鱗の秘密か。人間の武器が発達すれば、それに合わせて幽体エネルギーを結集させるのかな」

_そう考えてもいいだろう。翼龍にとってもドラゴンにとっても、幽体エネルギーの限界が鱗の強さの限界だ。

「つまり限度はある?」

_限度は個体によって違う。一部のドラゴンは幽体で直接、物理的影響も与えることができるようだ。なぜかは、、俺の憶測に過ぎない、、。

ララバイは物思いに沈んだように、少しの間、言葉をと切らせた。

_ともかく、ドラゴンの生き血を被るということは、ニンゲンを殺す憎悪を載せた、このエネルギーを被る、ということだ。それに耐えられないものは死ぬ。

「耐えられるものだけが生き延びて、その力を手にするんだね」

_力が移行するのではない。ニンゲンの精神エネルギーが触発され、独自の力を得るのだ。

 う~ん、これは奥深い。

長い講義になりそうだった。

 しかしスレイヤーズ自身が知らなかった、サイキック能力の謎がわかってきた。初代のスレイヤーズはその力の利用法を考えるのに必死だった。力そのものを研究する余裕ができたのは最近だ。

 ララバイがその答えを教えてくれる!

フレイヤもガスパルも姿勢を正した。


 ダリたちはきのこ狩りから戻る途中で、叢に置きざりにされたような塊に気付いた。近づいて棒で突くと、

 み、水、、と黒い塊が呻いた。

 うわっと子供らが跳びのく。

「人間だ。怪我しているよ」

 血の他に、すえたような嫌な臭いがした。

ミロが水筒を差し出すと、その黒い塊のような人間は奪うように水筒を取って飲みだしたが、すぐにむせてしまった。

苦しそうに腹ばいになり、もう水を飲む力も残っていないようにうずくまった。

「オトナたちに知らせようよ。このままじゃ死んじゃう」

子供だけでは運べそうになかった。

 エルが大人たちを呼びに行っている間、他の二人が怪我人のそばで獣が近づかないように見張ることにした。


「ナディっていうんだ」

 担架を持ってやって来た大人たちに向かって、ダリとミロは自慢げに言った。

「ドラゴンに襲われて逃げてきたんだ。怪我で長いこと寝てた上に、何日も食べてないって、、それでこんなに痩せてるんだ」

 子供たちは「人を助けた上にじょーほーしゅーしゅー、立派なものだ」と自画自賛だ。

 エルがいない間にナディは水を飲んで少し話もしたらしかったが、大人たちが担架に乗せた時は、青息吐息で話す気力など残っていなかった。


 三人の子供はマティアスとモロウの前で説明を繰り返した。

「おばちゃんたちがナディを洗って傷の手当してる。洗ったら女の子になった。十四歳、お姉ちゃんだよ」

「黄土の民の宿営地には最近、加わった。怪我して行倒れたのを助けてもらったんだって」

 洗ったから女の子になったわけじゃなかろうに、とモロウは可笑しく思ったがマティアスは真剣な顔つきを崩さなかった。

「それなら、その前はどこにいたんだ?」

 遊牧民は、怪我や病気の者を見捨てるような真似は普通はしないはずだ。

「そこまで聞いてない。食事させようとしても途中で気絶しちゃうんだ。皆、大騒ぎだよ。可哀想、とか言ってごちそう作ってる」

「ごちそうなんて食わせるな!絶食状態のところにいきなり普通の食べ物を食わせたら腹を壊しちまうじゃないか!」

 子供たちはキョトンとしてモロウを見た。

「まあ、よくそこまで聞き出したよ。人の命も救ったことだし、今日は酒蔵当番はしなくていい」

 マティアスが言うと、

 やった~!外で遊んでもいいの!? と子供らは大喜び。外に跳び出す子供たちに、

 おばさんたちには、ナディの食事は大ババ様の指示を仰いでからにしろと言え、と叫んでからモロウを振り返った。

「どう思う?」

「元々は遊牧民族じゃなかったのかな。北方の狩猟民族はかなりシビアみたいだ。ついていけなければ置いていかれる」

「ともかく少し回復しないと話もろくに聞けないな。暫くは大ババ様たちに任せるか」


 数日が経過した。 

マティアスが外を見ると陽はすでに落ちていた。今日中にやろう、と思っていたことは全て終わったので、彼はほっと一息ついた。

「ナディはだいぶ元気になったようだ。もう話をしても大丈夫、と大ババ様が言っている」

 モロウが机の上を片付けながら言った。

「だったら、夕食が終わったら話を聞きに行くか?」


 賑やかな笑い声が扉の外まで漏れていた。

 ぱーん、

何も無い空間で何かが弾けた。

突然、襲ったおかしな感覚にマティアスは固く目をつむった。

波動が広がる。その波で身体が押され、また引き付けられるような奇妙な感じを覚えた。それは数日前に見た夢を思い起こさせた。

 遠くどこまでも広がる空間、水の中のような圧迫感はあるのに何も無い。何も無いのに何かが現れる予感がした。

「どうした?」

「いや、何でもない」

 言葉を濁して扉を開けると、思いの外、人が集まっていた。子供が多いが大人もいた。

「あ、マティアス、モロウ。面白いんだよ。ナディの話」

 ねぇ、もっとお話してよ、という子供たちの声を遮った。

「悪いが、ナディに聞きたいことがあるんだ。真剣な話だ」

 マティアスが言うと子供ばかりかオトナたちも不満の声を漏らした。

モロウに睨まれて渋々、人々は外に出た。彼はダリを引き止めて聞いた。

「何の話してたんだ?」

「狩猟民族の英雄談!ドキドキしちゃった」

 やはりナディは狩猟民族の出身か?とマティアスとモロウは顔を見合わせた。

 ナディにまず自己紹介をしてから、彼女の横たわっているベッドのそばに座った。干し草を積み上げて作ったベッド、怪我人用に特別、厚めに作ったようだ。

「僕の父もお話が上手だ」

 マティアスはナディの心をほぐそうとして言ったのだが、久しぶりに口にした父、という言葉とともに彼の記憶が大きく心に広がった。

 学者肌の父。頭はいつも雲の上、夢の中を彷徨っているようだった。

皆に吟遊詩人になれる、と言われていた。言葉や文字の遊びに長けていてが、創作意欲が湧くと部屋にこもりきりになる、ということも度々あった。そんな彼をフレイヤの父は寛容に見守っていた。

 その温厚な家長が死に、自分が家長として人々の先頭に立たなければならなくなった父の心労を思って、今更ながらに同情した。

「マティアスのお父さん?会ってみたい」

 ナディの声に我に返った。

「ここにはいないよ。遠い故郷での話だ、、それより君のことを知りたい。話してもらえるね?」

 ナディは緊張した様子で頷いた。


「明日の朝、調べに行く」

 大翼龍に襲われ宿営地を焼かれた、というナディの話は信じたくはなくとも荒唐無稽ではなかった。モロウたち自身が経験した大翼龍の無差別攻撃。同じことがまた起こった?

ガスパルとフレイヤが言ったことが裏付けともなる。

二人はその大翼龍の調査に行ったのだ。だとしたら彼らが既に大翼龍に遭遇した事は十分考えられる。

 フレイヤは大丈夫のだろうか?

マティアスの心は乱れた。もし殺されてしまっていたら、、?

 いや、そんなことはない。だったら自分にはわかるはずだ。大切ないとこの身に、生死に関わる重大なことが起こったなら、サイキックでなくもわからないはずがない。僕だってスレイヤーだ、、。

「危険だよ。フレイヤがいないんじゃ、どこから大翼龍が現われるかわからない」

「ドラゴンクリスタルも龍ひすいもあるから、わかるよ。とはいっても大人数では行けない。僕、一人で行く」

「冗談じゃない!僕も行くよ」

「リーダーとセカンドが、危険とわかっていて一緒に行動するのは問題だ。僕一人では頼りない、と言うならベンと行く」

「あんな呑助!」

「呑助だろうがなんだろうが彼は腕力はあるし肝っ玉も座っている」

 確かにそうだが、、。フレイヤやガスパルがいないのが、今更ながらに悔やまれた。

「無茶はしない」

 モロウがなにか言う前にマティアスは遮った。


 日の出とともに「黄土の民」の宿営地へと出発した。ベンはその所在地を知っている、と言っていたのだが途中で方向を変えた。沢山の家畜や牛車が移動した形跡を見つけたからだった。

彼らの宿営地は思ったより近くにあった。

フレイヤたちが持ったのと同じ疑問がマティアスの頭に浮かんだ。出した答えも同じだった。

 特別に調査をしなくともフレイヤとガスパルはここにいた、とわかった。ナディの言う通りのことが起こったなら、沢山の人や家畜が死んだはずだ。だが死体はない。そのかわりに塚が二つあった。高く土が盛られている。人や家畜を埋めたに違いない。

一つの塚には「黄土の民の墓」と書かれた簡単な墓碑があり、日付と青峰の民のマークも記されていた。

 しかしこれだけの穴を二人で掘ったとしたら、どれほどの時間がかかっただろうか?ナディだけではなく、他にも生存者がいたのだろうか?いたとしたら、彼らは今どこにいる?

次々と疑問が湧いた。

 宿営地は廃墟と化していたが、野営をしたあとが残っていた。

 二人はここで一夜を過ごしたのだろうか。大翼龍がそばにいるかも知れないのに、岩穴に隠れもせず野外にいたのか?

しかも龍の残したと思われる形跡が、まだ柔らかい土の上に残っていた。

 入れ違った?

フレイヤは近くに大翼龍がいれば気づくだろうが、それにしてもマティアスは納得できない。人の足跡と大翼龍の跡が混ざり合っているところさえある。

 気のせいだろうか?

日が経ちすぎているのか、はっきりとした結論は出せなかった。


 ナディは、

「どう始まったのかわからない。夜中、ものすごい音や悲鳴が聞こえて、怖くて与えられた寝床で縮こまっていた。ドラゴンが来たかとは思ったが、どうしていいのかわからなかった。

そのうち屋根が落ちてきて気を失った。気がついたら静かになっていて夜が明けていた。

瓦礫の山から這い出したら人や動物の死体があちこちにあって、ドラゴンは見当たらなかったが怖くて逃げ出した」と言っていた。


「お~い、こっち来てくれ~」

 岩穴の中から、ベンのいつもの間の抜けた声が聞こえた。入り口付近は崩れていて、扉も滅茶苦茶になっている。大翼龍が火をかけたのか岩は黒焦げてもろくなり、もっと崩れてきそうだった。

 一体何を考えて入り込んだものか、、酒でも探していたのではないか、と苦笑した。

 こんなヤツでもフレイヤは信頼していた、とマティアスは自分に言い聞かせた。裏表がない、というのがその理由で、酒飲んで口が軽くなる欠点は知っておくべきだが心配するほどのことではない、と言うのだ。度胸があり仲間思いだ、とガスパルも言っていた。


 瓦礫をかき分け中に入ると、案の定、食料保存庫があった。燃えたあとはあったが、壺などが残っている。隣に続く扉があった。それも壊れて開いていたが焼けてはいなかった。

部屋の隅に檻がある。ひしゃげて空っぽだったが、足枷や、水や食べ物を入れるような器が転がっていた。つい最近まで使われていたようだ。

「この辺の熊はドラゴンどもが食っちまったよなあ。狼かな?」

 子熊か、ちょうどそのくらいの獣を入れられる大きさだ。 

「狼や熊を生きたまま食料庫に入れるわけ無いだろう?」

 何が入れられていたんだろうか、血の跡がある。

 怪我した獣がまだ、そばにいるのではないか?

緊張してあたりを見回したが、生き物の気配はなかった。龍ひすいもクリスタルも、なんの反応もしない。

 なにはともあれ「黄土の民」が、大翼龍に襲われて人も家畜もほぼ全滅した、というナディの話は事実らしかった。


「お前の故郷の人について話してくれるか?」

 ガスパルは乾いた木の枝を焚き火に放り込みながら聞いた。

これからスレイヤーズの本拠地に行ってフレイヤの家族に会うのだから、できる限りの情報収集をしておいたほうが賢明だ。

「何から聞きたい?スレイヤーズの家長のこと?それとも私の母や兄のこと?」

 家長というのはマティアスの父親だ。なんとなく想像はつくが当然、聞いておいたほうがいい。だが、、

「まずはお前の家族についてだな。それから家長のこと」

「兄たちはぁ、滅茶苦茶、厳格でぇ~、すっご~く妹思いでぇ、、」

「嘘つくな」

 フレイヤはうふふ、、と笑った。

「一概には言えないよ。一番上の兄の名はアロン、彼は結構シビアだ。自分が次の家長になる可能性が大きいと知ってるから、何事にも真剣だ。二番目はバイロン、目立ちがりやで面白いヤツだよ。ちょっとガスパルに似てる」

「俺は、目立ちがりやじゃない」

 ましてや彼を面白い、という者は今までいなかった。もっともフレイヤの「面白い」の意味は不明だ。目立ちたがり屋というのは全然、当たってない、とガスパルは思う。

だが、姿かたちだけの美しさではない、いつも眩しいほど輝いているフレイヤ。彼女に自分を見て欲しくて、つい、そんな振る舞いをしたかもしれない、、。

 考え込むガスパルを見てフレイヤはまた、くすっと笑ったが、そのまま言葉を続けた。

「三番目のシャロンは優しくて、ちょっと単純だ。ちっちゃなときは私をかばってくれた。マティアスがそばに来ると、よく睨んでたな。マティアスは彼は恐い、と言ってたよ」

 う~ん、一番妹思いなのかな?シスコンだと厄介だ。

「お母さんカミーユっていうんだ、とても沈んでる。お父さんが死んでから滅多に笑わなくなった。

、、スレイヤーズの夫婦は結婚するとき血の契を結ぶんだ。傷と傷を血で繋ぐと新しい力が二人の間に生まれるから。でも、お母さんはおばあちゃんから、そんなことしなくていい、と言われたんだって。

 愛する人と身も心も一つになる、と思うとお母さんは素晴らしいことだと思って、おばあちゃんのいった言葉の意味をよく考えなかった。それどころか、年取っておじいちゃんへの愛情が薄れたのかな、と可哀想に思ったんだって。

でも違った。お父さんを失ったときわかったんだ。

 大切な、大切な人を失うのは、それだけで辛くて悲しいことなのに、血の契りを結んだ相手を失うのは、自分の半身を失い、残った半身が心の傷から毎日、血をしたたらせながら生きるようなものなのだってことが。

お母さんが今、生きているのは、きっとお父さんの最期の想いをできるだけ長く生かしたいからなんだ、と思う。

、、だから、私が結婚するときはそのことについても十分考えるように、と言われた。ドラゴンと戦って生きているんだもの、いつどうなるかわからない。

 私は迷っている。そんな痛みに耐えながら生きるなんて考えるだけで恐ろしい。ゾッとする。それに」

 とフレイヤは、沈んだ想いを振り切るように頭を振ってから口調を変えていたずらっぽく言った。

「夫婦といえども知られたくないことや知りたくないことってあるよね?どう思う?ガスパル」

 ガスパルの彼女への想いは知っているはずなのに、無邪気な子どものように聞いてくる。

 確かにあんまりサイキックとツーカーというのはモンダイかも。

ガスパルはララバイを横目で見たが彼は眠ったふりをしていた。フリだということが、何故かわかった。

「ガスパルの家族の話もしてよ」

「皆、死んだ」

「ドラゴンの攻撃で死んだの?」

 いいや、とガスパルはため息をついた。普通、死んだ、といえばそれまでだ。それ以上突っ込んで聞いて来る者はいなかった。

 だがフレイヤの周りでは大翼龍との戦いで死ぬ人々は多く、そういったことを話題にするのも遠慮がなかった。

亡き人の思い出を皆で語るのは、生き残った家族にとって心の安らぎとなりうる、というのだ。

「俺の父親はよそ者だった。昔の話だ。俺は話し上手じゃないし、お前の家族のように勇敢に戦って死んだわけじゃないから、すぐ飽きるよ」

「飽きたらそう言う。話してよ。私の家族の話もしたじゃないか」

 フレイヤの断固とした口調に、ガスパルも話は逸らせない、とわかって覚悟を決めた。

 父の若い頃の話は母から聞いたものだ、と前置きしてからガスパルは始めた。

「俺の父は賠償金というか慰謝料というか、、取引されて遊牧民に、、「青峰の民」に加わったんだ。

どこかの中継地の酒場で、狩猟民と「青峰の民」の間にいざこざが生じて人が殺された。

 金だけでは済まない、働き手を失った、と言われそのカタに家族から引き離され馴染のない人々の間に放り込まれたのが父だ。十四かそこらだったそうだ。

死んだやつの子供らが大きくなるまで奴隷のようにこき使われた。敵意に満ちた人々の間で長い事、働いた」

 そんなこと、あるのか、とフレイヤは驚いた。通常、そんなときに渡されるのは金や家畜だ。

「彼の子供らが成人しても元の部族には戻ることはできなかった。「青峰の民」の女と結婚するように定められていた。

よそ者で地位もない男と結婚したがる女なんていない、と父は思っていたようだ。

 でも母は違った。父は辛い暮らしの中でも誇りを失わず懸命に生きている、とても強い立派な男だと思ったんだとさ。彼は狩猟民族出身のせいか、本当に強かったよ。よく覚えてないが、勇敢で働き者だった。俺には木片や角で牛とか羊とか作ってくれたな」

 ガスパルはうつむいて、皮のサッシュベルトの飾りに触れながら懐かしそうに言った。

 なにかの角だろうか?彫られているのは雄牛の頭、太陽のコロナのようなもので囲まれている。

「どうして死んじゃったの?」

「仲間の誰かに毒殺された、と母は信じていた」

「そ、そんな、、」

 ガスパルの答えはフレイヤの全く予期しないものだった。

「俺の二人の兄も子どものうちに死んだ。皆は病死だと言ったが、母は毒で体が弱っていたからだ、と言いはった。その母も死んだよ。人の心がわかれば真偽のほどもわかるんじゃないか、と思ったものだ」

 それが、ガスパルがサイキックびいきになる理由かな、とフレイヤは思った。

 ガスパルはただ話し続けた。今まで人に言えなかったことを口にして、一気に話てしまいたくなったのかもしれない。

「母方の親戚も、もういない。先の戦いで随分と人を失ったが、それでも俺に敵意を持っているヤツはまだいる。つまりあの喧嘩で死んだやつの親族がまだいるってこと」

「そんな昔の話、ガスパルには何の関係もないことじゃないか」

「俺が酒を断ると、自分たちの酒が飲みたくないからだ、という連中がいるのに気づいていただろう?お高く止まってるとか、さ」

 もちろん、フレイヤは気づいていたが、それはリーダー争いか何かのせいかな、と思っていた。

ガスパルは、次期セカンドリーダー、と目されていたのだ。その彼がセカンドを辞退してモロウを推薦した理由は、そんなところにあったのかもしれない、とフレイヤは気づいた。

「、、そんな悪意に満ちたことを繰り返し言われているうちに、他の連中にも、付き合いが悪くなった、と言われるようになった。

 俺、あんまり酒に強くない。それにあの戦いで大怪我した。そんなすぐ治るものではない、酒飲むより早く休みたい、ということがわからないのかと癪に障った。でもそんな言い訳してたら、また愚痴の多いやつだ、と言われるに違いないんだよ。俺には、俺を弁護してくれる家族がいないのさ」

 ガスパルはまた、ベルトの飾りに触れた。

「モロウは、あんな能無したちの話、気に留めるな、殆どの連中はそんなふうに思ってないよ、と言うが、俺は嘘も百ペん繰り返せば皆も信じる、というのが正しいと思うようになった」

 ガスパルの本音を初めて聞いた気がした。

 自分の父は少なくとも皆を愛し、そして愛されているのを知りながら死んだ。悲劇的な最期ということだけがフレイヤの心に焼き付いていたのだが、夫や子供までもを自分にはなんの関係もないことで殺された、と嘆きながら死んだなんて、ガスパルの母親の気持ちは想像もできなかった。

 フレイヤは何も言うことが思いつかなくて、手を伸ばしてガスパルの髪にそっと触れた。

彼の漆黒の髪に焚火の炎が映って、赤くきらめいている。

「同情はいらない」

「そうなの?」

 フレイヤはそう言いながらガスパルの真横に座り、今度は両腕で彼の体を包んだ。

 同情なんてほしくない、、心の中で繰り返したが、フレイヤの肌の温もりは心に染み入るほど心地よかった。

 暫くその心地よさに身を浸していたが、このままでは理性も自制心もなくなって、何をしてしまうかわからない自分が怖くなった。

「俺のことはもういいだろう?スレイヤーズの家長について聞かせてくれ」

 ガスパルが体をまっすぐ起こすと、自然にフレイヤの腕が離れた。

「うん、サシャっていうんだよ」

 フレイヤは空を見上げて言った。

獣の爪のような三日月が、一つの物語を思い出させた。立ち上がって、焚き火に太い枝をくべた。

「でも、もう夜も遅い。彼については後で話してあげる。今は彼のしてくれた寝物語を聞かせてあげる。、、今夜みたいな月の晩だった。私たち皆、子供だった。子守してたんだ、彼は」


「ね、もっとお話してよ、お父さん」

 マティアスが言った。

「もう、随分したじゃないか、まだ眠くならないのか?」

 痩せて消えてしまいそうな月、満天の星空の下で、サシャは子供たちを寝かしつけようと物語を聞かせていた。

 星にまつわる話をいくつもした。星座の傾きをよんで時刻を当てるゲームもした。サシャ自身がもう眠りたかったのだが、新しい知識に子供たちは逆に興奮して眠りそうになかった。

 彼は足に怪我をしていた。狩りには出られず、その代り子守役をかって出たのだ。

自分の子供だけでなく兄や姉の子供たちも一緒で、大人数の子守は狩り以上に大変なものなのだ、と思い知った。妻や姉たちは明日の祝宴の準備に追われている、助けを求めたくなかった。

 まあ、お話は得意中の得意。子供たちもそれを知っていてせがんでいるのだ。

「何の話がいいんだ?」

「あのね」

 とマティアス。彼はもう聞きたい話を決めていたのだ。

「地龍のお話してよ。フレイヤ、聞いたことないんだって。ハンスと地龍たちのお話」

と言ってフレイヤに微笑みかける。

 もう何度もしている。自分の子供たちはとうに飽きている、と思ったが、他の子たちも聞きたいと言うのでサシャも抵抗はしなかった。

「昔、昔の話だが、人の記憶から消えるような昔ではない、、」

 と語り始めた。

 子供たちは、話を知っている者も知らないものも同様に熱心に耳を傾けていた。マティアスはチラチラとフレイヤを見ながらも、父の話を一言も漏らさないようにと真剣だ。

 彼の話は同じ話でも毎回全く同じではなかった。小道具が違ったり(繰り返しする話を面白くするため、と彼は言った)、別の話の登場人物が突然、出てきたり(これには子供たちもさすがに抗議の声を上げたが、これも耳慣れたお話に意外性を持たせるためのキャクショク)、ともかく、聞き逃したくないことがたくさんあったのだ。


 スレイヤーズの祖と言われる五人の英雄たち。その中の三人、ハンスと彼の妹マクシーそして母親のミリアンが大翼龍に襲われるところから話は始まった。

 龍に追われて逃げる母と妹を助けようと、小さなハンスは必死に戦う。

 マティアスは何度聞いても怖かった。自分が戦っているような気がして心臓がドキドキ音を立てた。


 大翼龍の血を被り不思議な力を手に入れたハンスは、やがて父親と旅にでる。再び遭遇した大翼龍。山道を転げ落ちるように川のそばのほら穴へと逃げる二人、そこには地龍の守りがある、、。

「でもね、でもね」

 とフレイヤが口を挟んだ。

「どうしてハンスにはほら穴があるのがわかったの?地龍の守りがあるなんて?彼らの声なんて聞こえないよね。言葉なんて持ってないもの」

 マティアスも初めはそう思った。でも、、

「それが不思議なところなんだ。最後まで聞けばそれがわかる」

 サシャがなにか言う前に、マティアスの兄が遮った。ふ~ん、とフレイヤは不満そうに口を閉じた。


 必死に逃げる人間に助けの手を差し伸べてくれた地龍たち。彼らと一緒に戦い大翼龍を倒したハンス。しかし父親を失った彼が、一人で墓穴を掘る場面は大ショックだった。

 初めてその話を聞いたとき、マティアスは自分の手が土と血がにまみれているような気がして体の震えが止まらなかった。母に、あまりリアルな表現をするなと諌められた父は、実話だよ、脚色なんてしてない、と呟いて肩をすぼめた。兄たちは、怖いのなら聞かなければいいんだ、と父の肩を持った。

「マティアスくらいのとき、僕もこの話を聞いた。怖くなんかなかった。僕は子供でもドラゴンスレイヤー族の一員だ!」

 もう一人の兄も堅く頷いた。

 弱虫と呼ばれるのが怖くて、何より話の最後が知りたくて、マティアスは恐ろしくとも続きを聞く、と言いはったものだ。


 やがて母や妹と合流し、シュリンクとエダーに出会い、幸せに暮らし始めるハンスたち。

 だがある時、大翼龍の攻撃で地龍たちに危機が迫った。ハンスは自分が彼らを助ける時が来た、と真っ先に立ち上がる。仲間の協力を得て、地龍と共に大翼龍を倒した、、。


 フレイヤがホッとため息をつき、肩に入っていた力が抜けたのをマティアスは感じた。しかし父の話はまだ終わっていない。

 これでおしまいじゃないんだ、フレイヤ。ここからが肝心なんだよ、、フレイヤの兄の目をかすめて、毛布の下でそっと彼女の手にを握った。


 大翼龍の鱗が三日月の淡い光を映していた。もう動かない巨大な輪郭が浮かび上がる。壮絶な戦いだった。人間も地龍たちも酷い傷を負い、無傷のものなどいなかった。

 やっと終わった、という思い以外には満足感も勝利感もなかった。

三人は考えることも出来ないほど疲れ果てていた。

 個々の心の障壁がなくなり、人と地龍の間の境も消えて、違う種族が一つとなったような、そんな時間が訪れた。人の心にささやきが聞こえてきた。

_オ前タチヲズット見テキタ我ラハ、今日ココデ決断ヲ下ス。我ラ地龍族トスレイヤー族ノ間ニ契約ヲ結ブコトヲ提案スル。

 今まで聞いたこともなかった地龍たちの想いが伝わってきた。

言葉など持たない地龍たち。何故、彼らの想いがささやくような声となって聞こえるのかもわからない。

_ドラゴンハ倒サネバナラナイ。翼龍タチハ自制心ヲ失ッタ。禁ガ侵サレ、我ラガ立チ上ガラナケレバナラヌ時ガ来テシマッタ。

 地龍たちの決意を三人のサイキックは理解した。

_地龍と人。二つの異種族。短い命の俺たちの間に生まれたこの同志愛は、その生命の短さ故に、時の流れに試され忘れさられることもあるだろう。それでも手を差し伸べ、手を取ろうと試みることを決して諦めてはならない。それを今、俺たちはこの体に流れる血に刻印する。それは記憶となり、子々孫々まで伝わる。

_月は欠けてもまた満ちる。月なき日々はやがて去り、満月は必ずまた現れる。三日月は満ち欠けを繰り返し、時の流れがただ無為に流れ去るだけのものではない、と知らしめる希望の徴。

_ひそやかな光明、それがクレセント。

今宵のクレセントの下で流された血にかけて、契約を結ぼう。時の果てるその時まで、スレイヤー族と地龍族は同志である、と。

_クレセントの光の下、時ノ果マデ契約ハ続ク。地龍族トスレイヤー族ハ同ジ目的ヲ持ツ同志デアル。


         契約ヲ交ワス。共ニ戦イ、ドラゴンヲ倒ス!



 子供たちはホッーと満足のため息を漏らした。そうして、ようやく眠りについた。                               

                     

                                   続く


 本作品は「ドラゴンの生き血」  

 https://ncode.syosetu.com/n8525iq/

の後日譚であり、全国書店とネット上で発売中の「ドラゴンのささやき」の前身でもある物語です。

「龍の生き血」に登場したドラゴンスレイヤーたちが、後に名門と呼ばれる様になる「ソラリス家」と「クレセント家」として血統を確立して行く過程を描いた愛と憎しみの冒険ファンタジー。

連載形式で月に1-2回、新しいストーリーを追加する予定です。

ドラゴンのささやき」については下記のリンクをご利用下さい。

https://www.bungeisha.co.jp/bookinfo/detail/978-4-286-24840-0.jsp


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