表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/8

第二話


ドラゴンの生き血」の後日譚にあたる連載小説。

物語の前半にはR15に当たる記述はない、と思いますが連載なので今後を考えてのR15表記です。


               第二話 あらすじ


「青峰の民」の宿営地に残ったマティアスのリーダーシップが試される日々が始まった。一方、逃走した二頭の大翼龍の行方を追うフレイヤとガスパル、そしてララバイは大翼龍の死骸を発見する。




                       2


 うわぁ~!

ふいをつかれて、ダリ、ミロそしてエルの三人の子供たちは悲鳴を上げた。あわてて開けたばかりの扉を閉じようとしたが、そのヒマもなく扉を押さえられた。

「現行犯で捕まえた!お前ら、覚悟はできているんだろうな?規則破ってなんのつもりだ!?」

 モロウだった。

 だ、だからダメだって言ったのに~、と逃げ出そうとしたエルの後ろ襟をモロウは掴んだ。

「子供のくせに酒蔵に忍び込もうだなんて、一体何を考えているんだ!どうせ呑み助のベンの差し金だろうが、何を貰った!?」

 まだ何も貰ってないよ、、バカッ!喋るな!と言い合う子供らをモロウは遮った。

「フレイヤがいなくなればこういう事する奴が絶対出てくる、と警告されていたんだ。お前らが第一号か!? 情けない!」

 ごめんなさい、と子供らはうつむいたがモロウの怒りは収まらない。

「お前らが規則を破れば、やっぱりマティアスにはリーダーの資格がない、という連中が出てくるのがわからないのか!? 子供にすら甘く見られるリーダーと言われて、ますます統率が取れなくなるじゃないか!」

 そんなつもりじゃなかった、、子供たちは小声で言った。

 その時、小さな音を聞いた。酒蔵の内部からだ。半開きの扉の隙間からランプをかざして覗くと、酒蔵の片隅に大きな影が見えた。唸り声を聞いたように思った。

 うわぁ~!

四人で全速力で階段を駆け上がった。明るい場所に出てようやく息をついた。

「な、何だ?今のは!?」

「よく見えなかった、、」

「僕は見た!ドラゴンだよ!絶対ドラゴンだった!」

「さ、酒蔵にドラゴン!?」

 コソコソ言い合う四人の前に現れたのはマティアス。

「犯罪者は逮捕したのか?」

 は、犯罪者~?ぼ、僕ら犯罪者!? 逮捕~?

 子供たちは震え上がった。

「モロウ、君まで何をそんなに慌てているんだ?」

 息を切らしたモロウをみてマティアスは眉をひそめた。

「ドラゴンが酒蔵に、、」

「一頭や二頭じゃない!」

「ぼ、僕も見た!」

「バカか、お前ら。あんな小さな酒蔵に大翼龍なんて一頭だって入れるものか」

 そういえばそうだ。

「コドモドラゴン?」

 それを聞いてマティアスはハッとした。

「お前らの処罰は後で考える。子供部屋で謹慎だ、部屋から出るな」

「で、でも、ドラゴンが、、」

 しっ、とマティアスは子供たちを睨みつけた。

「馬鹿げたことをもう一言でも言ってみろ、罰を十倍にしてやる。酒蔵のドラゴンの、さの字でも噂になったら罰は百倍だ。朝から晩まで重労働だ!」

 そう言って子供らを外に追い払った。


 子供らの足音が消えてもじっと耳を澄ませていたが、暫くしてモロウに一緒に来るように促した。

「マティアスらしくないね、子供たち、あんなに脅かして」

 足早に酒蔵に向かうマティアスにモロウは囁いた。そうは言っても、モロウ自身も笑いを抑えている。

 酒蔵の前で、マティアスは足を止めた。

「これから見ること、絶対、誰にも言うな」

 その真剣な様子にモロウは疑問を口にすることなく頷いた。

「誓うよ」

「声を出すなよ」

 そう言ってランプの明かりを頼りに、マティアスは酒蔵に足を踏み入れた。壁を引っ掻く。

何度かそれを繰り返した。なにか似たような音が返ってきた。影が動いた。

 あっ、とモロウは息を呑んだ。巨大な影!やはりドラゴン!

しかしマティアスがランプを動かすとその影は小さくなった。ランプの灯りの中の錯覚だったのだ。小さな龍たち。地龍だ。

「こんなところになんで、、」

「今まで地龍を見かけたことはないのか?」

「岩山の方にはいたって、大ババ様たちは言ってたけど、今は、、僕は見たことない。ましてや人間の住処になんて、、普通は人の近くに来ないよ」

 今までいなかったとしたら今いる理由は唯一つ、自分たちの存在だ。

 故郷の家の周りには地龍が沢山いた。それどころか数匹は飼っていた。マティアスたちは地龍に慣れ親しんで育った。旅に出てからは滅多に見ることがなく、地龍ってこんなに稀な生き物だったのか、と驚いたものだ。

 フレイヤが招き入れたのだろうか?だとしたら目的は、、。

マティアスは出発前にフレイヤがくれた箱を思い出した。龍の鱗で覆われた箱。手帳と一緒に渡された。まず手帳を読んでから行動しろ、と言われていた。

フレイヤの思い出が溢れ出してきて泣いてしまうのではないか、と怖くて一ページも読んでいなかった。

自分の迂闊さに歯噛みした。

 マティアスがもう一度、壁を引っ掻いて奇妙な音を出すと地龍たちも同じような音を返した。それを聞きながら後ずさるように酒蔵から出た。

「ついてこい」

 モロウは言われなくてもついて行くつもりだった。

 説明!説明が必要なのだ。訳が分からない。リーダーの考えがわからなくては、補佐など出来ない。モロウは苛々しながら従った。

 マティアスは自分の部屋の前で足を止めた。何か言おうとしたようだがその前にモロウは、

「言わない!絶対、誰にも、言わない!」

 一言、一言、区切って、言った。

「誓え」

「誓う!仔羊たちの健やかな成長にかけて、誓う!」

 マティアスは扉を開けモロウを先に入れてから中にはいった。それから、注意深く外を見回しながら閉めた。窓際の机に近づき、引き出しを開けて中から箱と手帳を取り出した。

 なんて綺麗な箱だろう、とモロウは思った。芸術品だ。鱗で覆われているが大翼龍のものではない。中央には何でできているかはわからなかったが、いぶし銀の円があり、その中に半透明で黄色っぽい三日月が浮き出ている。スレイヤーズが好んで使うマークだ。中を見たかったがマティアスがまず開いたのは手帳だった。

 彼はしばらくそれを読んでいた。モロウも見たが読めない。異国の言葉なのか暗号なのかそれすらわからない。モロウはあれこれ聞きたいのを身悶えしながらも我慢した。

 もっと前に読むべきだったのに、、僕はバカだ、、。

マティアスはフレイヤに見捨てられてしまったような気がしていたのだ。

 これを読めばそんなことないのだと、すぐに分かったのに、、。

マティアスは手帳の内容を読みあさった。

「あの、、何が書いてあるの?箱には何が入っているの?」

 ついにしびれを切らしてモロウは言った。

 あ、、手帳に夢中になって、マティアスは彼の存在をすっかり忘れていた。 

何も言わずに箱の中央の月に手をかざすと、月はキラリと光って蓋は自然に開いた。

ドラゴンクリスタルがまず目についた。その力の大きさはマティアスにも感じられた。巨大なエネルギーが、スレイヤーとしてそれにふさわしい訓練は受けている彼には感じられたのだ。

クリスタルの周りには沢山の龍ひすい。大翼龍の心臓を守る大きな鱗もあった。

「それ、何?」

「大きくて透き通っているのはドラゴンクリスタル、周りの乳白色や黄色っぽいのは地龍のひすいだ。どちらも龍たちが造る貴石だよ」

 マティアスは説明した。

「きれいだけど、、何かの役に立つの?」

「ひすいの方は主に、、守りの力だ。精神エネルギーをひすいの結界内に閉じ込める。大翼龍に気づかれずにすむ。クリスタルには精神エネルギーが蓄えられる。防御にも攻撃にも使える。僕の家族が旅に出るときくれたけど、これは多分、フレイヤのものだ」

 彼と同様、彼女も家族から小さな袋を旅立ちの前に渡されていた。

マティアスのクリスタルは旅の途中で砕けてしまった。

崖から足をすべらせた彼を守るために、力のすべてを放出して霧散してしまった。おかげで彼はかすり傷一つ負わなかったが、家族が懸命に力を込めてくれたクリスタルを失ったことで、彼はかなり落ち込んだ。

 ドラゴンを追って出ていったフレイヤの方が、ずっとこれを必要としているのに自分のために置いていったのだと思うと嬉しいよりも辛かった。

 自分はそれほど頼りなく思われているのだろうか?

マティアスは再び心が沈みそうになるのをなんとか抑えた。

 モロウが見ているのだ。しっかりしなくては。

「フレイヤが地龍たちを招いたのか勝手に来たのかわからないけど、彼女は地龍たちと取引して、ひすいを集めていたんだよ」

 多分、いや絶対、宿営地を守るためのひすいを集めていたのだ。

 モロウに何度も口止めした。

彼は仲間には告げるべきだ、と言うのだ。しかしマティアスが彼の危惧を説明すると、最後にはこの件に関しては少数の選ばれた者に知らせるのに留めるべきだ、ということでは意見が一致した。


 モロウが行ってしまうと、マティアスはクリスタルを持って再び地下の酒蔵に向かった。手帳に書いてあったことを確かめなければならない。確かめる前には誰にも言うつもりはなかった。

 酒蔵に地龍たちはもういなかった。

ランプの明かりを頼りに彼らのいたあたりを調べた。地龍が通れるか通れないかくらいの小さなヒビのような穴があった。

 だが、これは目くらまし。

ヒビの中に手をいれると手帳に書いてあった何かの仕掛けがあった。それを動かしてから壁全体を押した。壁の一部が開いた。やっと人が通れるくらいの大きさだ。

注意深く穴に潜り込んだ。這って進まなければならなかったのは短距離で、すぐに立てるくらいの空間に出た。狭い空間には机と椅子、そして棚があった。

棚には数個の箱が置かれている。それぞれ大翼龍の歯、爪、鱗そして骨が分けて入れられている。

 ここに来たときに倒した大翼龍を解体したものだ。フレイヤが、熱や鉱物なども加えて処理したのだろう。大翼龍と戦うための武器となる。

色々なものが一緒に入った箱もあった。それらは未処理のものだった。


 大翼龍の解体が済むと、フレイヤはあとは自分に任せろ、と言った。リーダーのマティアスが気に留める必要なない、と。

 あ、そうか。

マティアスが今、持っているクリスタルはフレイヤが家族から貰ったものではないのだ、と気がついた。

 僕らが倒したドラゴンのものだ。でも、、そうだったら、、これに込められている力は全てフレイヤのもの。

 忙しい日々の中で、毎日、力を注ぎ込んでいたのだ。それを宿営地を守るために置いていったのだと気がついて、恨み言や泣き言に溺れていた自分が恥ずかしかった。

 フレイヤは、個人的な感情で浮き沈みしていた自分と違い、新しい仲間と安心して暮らせる場所を確保しようと働いていたのだ。

 子供扱いされても仕方ない、、。

しかし、その想いはねじ伏せた。ここに来たのは、感傷に浸るためではない。

 ランプを消して、クリスタルを取り出した。あたりがぼぉっと光りだした。地龍のひすいが壁を覆っている。武器庫を守っているのだ。

 これを僕が引き継ぐんだ。

ひすいを使って宿営地全体を大翼龍から隠す。モロウの言う通り、信頼する仲間たちにはいずれ言わなければならない。しかし金で雇った連中もいるのだ。彼らに気づかれたくない。

フレイヤはリーダーをとして多くの人々と接触しなければならないマティアスには、言わないほうが賢明、と判断したのだろう。

 少しずつ確実に龍ひすいを集めなければならない、と悟った。


 酒蔵の穴をもとに戻し、扉には封印をした。それから皆を集めた。

「地龍が酒蔵近くのほら穴に住んでいる。彼らは大翼龍が近づけば警戒音をたてるから、僕らにとっても悪いことじゃない。彼らも大翼龍を嫌っていて、いざとなれば戦う。

 たまに酒に惹かれて忍び込むかもしれないから、酒樽や瓶の蓋をしっかり閉めるのを忘れるな。彼らの邪魔をするのは賢明なことではない。酒蔵には勝手に近づくんじゃない。

 一日一回、連中が外で餌を食っているときを見計らって必要な分量を取りに行く。彼らと良い関係を保つために、たまに酒を分けてやる。その役目はダリ、ミロそれにエルに任せる。お前らが酒蔵管理人だ。記録はきちんとつけろ。抜き打ち検査だってする。酒が紛失したらお前らの連帯責任だ」

「管理人!?」

「カンリ職!カッコイイ!」

「やっぱり酒蔵にいたんだね!ドラゴン!」

 三人の子供たちが嬉しそうに叫んだ。

「地龍のような小龍はドラゴンなんかじゃない、、。人食い大翼龍をドラゴンと言うんだ」

 でも~、だって~、と言う子供たちを遮った。

「地龍がいるかいないか確認してから入れ。その方法は後で教える。下手に近づくと噛みつかれる。一匹だって無力ではない。三匹集まれば人も倒せる。大伯父のハンスが子供の頃、彼らの協力を得て大翼龍を倒した話を寝物語に聞きながら僕は育った。

それが嘘や誇張ではない、とも知っている。彼らは好戦的ではないが、臆病でもない。いざとなれば戦う。これは警告だ。僕は警告は一度しかしない」

 できるだけ凄みのある声で言った。子供らばかりかオトナたちも姿勢を正すのを見て気持ちよかった。


 夕陽は見ないようにしていたのに、その日はは朝焼けだった。

寝室の窓に差し込んでくる、その明さがフレイヤを思い起こさせる。赤いだけではない明るさ。

 とても淋しい、、。彼女とせめて心話できたら、、。なんで僕は、こんなのなんだろう?

サイキックでもノンサイキックでもない何だかわからないもの、、。

「マティアス、起きてる!?」

 腹が立つほど朗らかな声が聞こえた。

「何だ?朝っぱらから」

 ドアをバン、と勢いよく開けてモロウが入って来た。

「何って、一昨日から言ってるじゃないか!忘れたのか!?」

 そうだ、新しいバリスタの実験があるんだっけ。フレイヤに見てもらいたかった、、と思う気持ちをむりやり押しのけた。

「早く来いよ。リーダーが立ち会わないんじゃ話にならない。士気も下がる」

 フレイヤもガスパルもいない。すでに皆、なんとなく気落ちしている。

「わかっている」 

 と答えたマティアスを部屋において、モロウは階段を駆け下りた。


 マティアスとフレイヤが現れたとき、遊牧民族「青峰の民」と呼ばれるモロウたちのリーダーは死に、セカンドリーダーも大怪我を負っていた。それどころか戦えるような者たちは皆、死んだり戦闘不能の状態だった。

逃げても隠れても、見つけ出され引きずり出され殺される。

かつてない大翼龍の猛攻撃を前に、仲間の半分以上を失った彼らを救ったのが、この二人だった。

子供のようにも見える若者たちが大翼龍を倒す手際の良さに、誰も彼もが驚愕した。

 セカンドは結局、傷がもとで死んだのだが、フレイヤとマティアスがドラゴンスレイヤーズと呼ばれた五人の英雄の子孫と知って、彼らを中心に部族を立て直せ、と言い残した。

 遊牧民族も大翼龍と戦わなければ生きていけない、と気づいたのだ。昔から狼や熊から家畜を守ってきた。それが大翼龍が相手になった。

 人々、特に年長のメンバーたちからは反対の声が上がったが、生き残った人々の中で一番強いガスパルが二人をリーダーに推した。彼も酷い怪我を負っていつ治るかわからない状態だった。

死んだセカンドの希望通り、若い二人をリーダーとして、彼らを支えるのが年上である自分たちの役目だ、と言い切ったガスパルに若い仲間たちも同調し、結局反対意見は押し切られた形になった。


 二人のうちどちらをリーダーに選ぶか議論する間もなく、フレイヤがマティアスを推した。皆は唖然とした。フレイヤのほうが断然、強く、人を引っ張るを牽引力も持っていたからだ。

 自分は猪突猛進型、それに比べてマティアスは思慮深い、という理由に皆は異議を唱えたが、彼女の決意は堅かった。

 暫くして皆も納得した。

謙遜でもなんでもない、フレイヤは猪突猛進型というか、崖から飛び降りながら次の行動を考えるタイプだった。

自分たちはドラゴンスレイヤーズではない遊牧民だ、大翼龍と戦うのは攻撃されるからであって、家畜を育てるのが生業、カミカゼ型のリーダーでは命がいくつあっても足りない、と気づいたのだ。


 モロウはガスパルにリーダーになって欲しかった。

彼を前々から尊敬していた。しかし今では彼が押すマティアスに傾倒するようになった。 

 彼は驚くほど大人びている。思慮深いだけでなく研究熱心で、言う事に筋道が通っていた。その上、誰にでも理解できる言葉で説明することができたのだ。

 見かけは細くてなんとも頼りなかったが、弱くはなかった。それどころか強かった。身体全体をムチのようにしならせる独特の攻撃方法は、美しくさえあった。

 大翼龍の攻撃に逃げ惑うだけの生活から開放されるのではないか?

マティアスの戦いぶりは皆の励みとなった。

自分たちは「たかが遊牧民」大翼龍なんかと「戦えるわけがない」王族豪族に「金を払って守ってもらえばいい」。負け犬根性に囚われていた心に変化が起きた。彼にできるなら自分にだってできるはず。

言い訳を並べ立てるのを止めて自己暗示から解放される者が、若い仲間の間に増えていった。

色々教えてもらっているうちに、彼が年下ということも忘れた。

マティアスは立派なリーダーになる、とモロウは確信した。

 だが、ガスパルが宿営地を去ったのは新たな大翼龍の出現とは関係ない、なにか別の理由があるのではないか、ともモロウは考え続けた。

ガスパルは遊牧民族も積極的に大翼龍と戦わなければ生き延びられない、という意見を昔から持っていた。多くの仲間を失った上にドラゴンスレイヤーの血を引くのフレイヤとマティアスが加わってからは、それは信念に変わっていた。少数精鋭が持論のガスパル。

 しかし、マティアスは多少の意見の違いは見過ごして、輪を広げなければならない、と考えている。

増え続ける人食い大翼龍。彼らに対抗するにはサイキック能力を持つものが少ないすぎるのだ。

大翼龍の生き血に触れる機会があまりなくなり、サイキックがますます少なくなる可能性は高い。彼らがいなくなる前に、大翼龍と互角に戦えるようにできならなければいけない。そのために武器の開発が欠かせない。多くの仲間が必要だ。

サイキックを両手を挙げて歓迎できなくても、容認することができれば仲間に加えていい、と彼は言う。

 だが、とガスパルは言い返す。サイキックは理想が実現するまでのつなぎの処置ではない。血肉を持った人間だ。彼らの能力のでどころを解明し、安全に大翼龍に対抗できる力を手に入れる。そのためには一人ひとりの努力が欠かせない。仲間となる者は厳選しなければならない。

第一、武器が発達したところで、大翼龍の不意打ちを避けることはできない。いやできる、、、。

 どこで仲間となる人間を区切るのかはガスパルとマティアスの間の尽きることのない論争だった。

 モロウも仲間は多くいればいいというものではない、と知っている。

 人の心にある見えない壁。違うものを排除する、それは人間が集団で生きる上で身につけた理屈抜きの感情。それを乗り越えられる人間は少ない。

しかし、誰も彼もがガスパルのように向上心や探究心に満ちた人間ではないのも事実だった。波風を立てたくないのが人の常、特に遊牧民は互いの協力無しでは生きてはいけない。

ガスパルは仲間の中で孤立し始めていて、それを誰よりも彼自身が知っていたのではないか?

 若いリーダーに傾倒するかつての仲間たち。最近、雇われてきた武器職人たちはガスパルだけでなくフレイヤも嫌っている。彼女にとってはマティアスの思慕もうっとおしいのは確か。色々な理由が重なって、二人は共に仲間から距離を置くことにしたのではないか?


「いい出来だ」

 満足気にマティアスは新しいバリスタに触れながら言った。

豪族が囲っていた名工、と呼ばれる武器職人は払った金の価値はある。

「連続して使えるように工夫した。二種類の矢を用意してある。普通のものと、リーダーの指示で矢じりの先にドラゴンの歯を使ったもの。手間はかかるしバランスが悪くなって苦労した。本当に鉄より強いのか?」

 名工はちらりとマティアスを見た。雇い主でもあるリーダーを見下すような態度にモロウはムッとしたが、マティアス自身は平然としていた。彼は感情を隠すことに慣れているのだ。それは、彼が実際の歳より大人びて見える理由の一でもある。

「強い弱いではない。ドラゴンには有効だ、と言っているんだ」

 大翼龍と戦う武器に彼らの歯を使うのは、実はマティアスの考案したことではない。曾祖父、シュリンクが考え出したことだ。

ただそのまま使うのではなかった。特殊な加工方法をスレイヤーたちは編み出した。フレイヤが加工してくれた大翼龍の歯。しかしその事実は隠していた。

 スレイヤーの間に伝わる秘密だ。今は行動をともにしている遊牧民、新しい仲間、とは言っても口の軽いやつがいるかも知れない。金で雇っただけの職人にベラベラ話されては困るのだ。彼らはいずれ貴族、豪族たちのもとに帰る。


 標的は張りぼての大翼龍。大翼龍の鱗で覆ってある。崖の上から吊るしているのは、飛んでいる大翼龍を撃ち落とすことを想定して、だ。

「打て!」

 一本目は普通の矢、当たりはしたが鱗に滑って落ちてしまった。角度が悪いと鱗を貫けないのだ。すぐに第二射。

「あたった!」

 歓声が挙がった。

「今のが歯付きだ」

 第三、第四、と交互の矢を使っての連続投射。

偶然ではなかった。大翼龍の歯を使った矢は鉄だけのものより効果的だった。鉄製の矢は三本中二本が落ち、一本も滑って狙いからそれて刺さった。歯を使った矢は三本共に命中。

「すごい!」

「さすが、マティアス!」

「スレイヤーズ!万歳!」

 皆、興奮していた。マティアスも嬉しそうだ。久しぶりに彼の顔に微笑みが戻った。それを見てモロウも嬉しく思った。


 ガスパルからはくれぐれもマティアスを頼む、と何度も念を押されていた。色々な意味でマティアスをリーダーとして認められない者たちはまだいる。だからこそフレイヤや自分の不在でも、モロウにしっかりマティアスを支えて欲しいのだ。

出ていくにしても慣れ親しんだ仲間たち。勝手にしろ、と置き去りにするようなことはしない。仲間思いのガスパルらしかった。

「心配しないでいい。僕の友人たちもマティアスは、下手に年食ったオトナよりずっとリーダーに適している、と思ってるよ。よそ者だとか、家畜について知らないだのと、文句言ってる連中に限って先の戦いで真っ先に逃げだして隠れていた連中だ。嫉妬しているだけだ」

「嫉妬は強い力だ。甘く見るなよ」

「大丈夫、大丈夫」

 と答えたもののモロウにも不安はあった。ガスパルの期待に応えたい。何より自分はセカンドにふさわしい、と証明したい。

モロウは全力を尽くす、と約束した。


「実験は大成功なのにまだくらいね」

 部屋に帰ろうとするマティアスを引き止めてモロウは言った。

「まあ、ガスパルとフレイヤの二人旅って、ちょっと気になるよね」

 ガスパルのフレイヤに対する気持ちは皆、知っている。二人きりとなれば、ロマンティックな猛攻撃をかけるのは火を見るより明らかだ。

 マティアスは思わずため息をついてしまった。モロウに本心を探られたくはないのだが、意図したものではないので止めようがなかった。

「愛があれば年の差もいとこ関係もない、と思うけど。なんでそんなに弱気なのさ」

 モロウが顔を覗き込んで真っ直ぐ見据えて言うので、マティアスは話をそらせなくなった。

「ただのいとこじゃないんだ」

「なにそれ?」

「僕の父さんがもう自分のいとこと結婚してるんだ。僕の母さんは祖父と半分血のつながった妹の子供だ」

「あ~、それってマズイかも」

「僕がサイキックじゃないのは、そのせいじゃないかって家族は考えている。この上、僕がいとこと結婚したら、、」

 ともかくフレイヤにとっては論外も論外なのだ。できるのはため息をつくことくらいだった。

「それはもう、キッパリ諦めるしかないね!」

 モロウには相思相愛の恋人がいる。辛い恋の悩みなどはないのだ。そんなにキッパリ諦められる恋なら、問題など存在しない。


 マティアスの父母は子供らが目を逸らせたくなるほど仲が良かった。

ある時、あまりも露骨な愛情表現に、ちょっとは人目を気にしたら?と兄が言った。

その時の父親の真剣どころか必死な様子に、子供たちは絶句したものだ。

「なりたくもない家長になってしまった俺の気持ちを少しでも考えたことがあるのか!? 俺より体も心も、、全てにおいて、強いメンバーはたくさんいる。愚痴など漏らしてしまったらどうしようかと思うだけでも身震いする。

そんな俺を理解し支えてくれる!彼女はお前らの母というだけじゃない、俺の妻だ!感謝を態度で現して何が悪い!お前らもちっとは俺を立てることを考えろ!」

 開き直った男の叫び、と言ったらそれまでだが、フレイヤの父の壮絶な死のあと、家長に収まったのはマティアスの父親。理由は単に「血統」のようだ。

どうやって死者の残した巨大な穴を埋められるというのだろうか?大変なプレッシャーに日々耐えているのではないか?

 小さい頃から自分一人がサイキックでない、という悩みに耐えてきたマティアスには、プレッシャーの意味がよくわかった。体で感じていた。精神的な圧力が肉体を苛む。心への圧力が吐き気に変わり、孤独感から身体が震えた。そんなとき、フレイヤを見るだけで心も体も温まった。父さんもそんなふうに母さんのことを見ていたのかな?

 ああ、家に帰りたい、、。父さんや母さんに会いたい。

だが、現実から尻尾をまいて逃たりしたら、家族は彼を軽蔑するだろう。

 出来ない、それだけは出来ない、、。

吐き気がしてきた。


「少しは肩の力を抜きなよ」

「仕方ないだろう?空を飛ぶなんて初めてだ。ましてやドラゴンに乗るなんて」

「気持ちいいじゃないか。私は楽しい」

 フレイヤは平気だ。

「俺は高所恐怖症だとわかった」

 目に見えるほど手が震えている。

「それを言うなら飛行恐怖症だ。ガスパルは岩登り、得意じゃないか。高い崖だって平気で登る」

 そう言われてみれば確かにそうだ。

_下を見ろ。

「見るか!?高所飛行恐怖症だと言っただろうが!」

 しかし、ああ!というフレイヤの息を呑むような声に何かいけないものを感じてガスパルはイヤイヤ下を見た。

 なにかの残骸、、、大翼龍?

「バリスタの矢が落ちてる。あれって、、もしかしたらガスパルが撃ったやつじゃないか?」

 それにしてもおかしい。大翼龍は傷がもとで死んだようではない。第一、矢で一度、撃たれたくらいで死ぬような生き物だったら仕留めるのになんの苦労もない。

 龍の翼は残っていたが体はバラバラだ。なんとなく形が分かる、という程度に散らばっている。

 まさか、、?

「食われたのか!? 何が大翼龍を食うというんだ?」

 ララバイは押し黙ったままだ。深い溜め息。

「降りてみよう」

 着地して詳しく調べた。大翼龍の肉はなかなか腐らない。腐らなければ普通の生き物はそばにもよらない。つまり、、

「共食いか」 

「仲良くお前を攻撃していたのに、喧嘩でもしたのかな?」

_弱いものを攻撃しただけだ。

「つまり矢を打ち込まれて怪我したから襲った?」

「それにしても食っちまうって?よほど腹が減っていたのかな?」

「ドラゴンクリスタルがない。あれも食えるのか?」

 大翼龍の皮を剣でひっくり返しながらフレイヤは言った。

「そんなに大翼龍は飢えているのか?奴らの縄張り争いは見たことがあるけど、死ぬまではやらないよね?」

_縄張り争いなどではない。飢餓状態でもなかった。

「じゃあ、何なのさ」

_憶測を言うつもりはない。

ララバイはまた深いため息をついて黙りこくった。

「ララバイを襲った一頭はを死んだ。もう一頭はどこに行ったのだろう?」

_この辺にはいなようだ。感じられない。

フレイヤも頷いた。一体どこへ行ったのか不安が残る。同族を食うような獰猛な大翼龍。

「これからどうする?」

「前の攻撃で激減した俺たちの家畜は、まださほど増えていない。豪族たちの領土を超えるような移動はまだ必要ない、というのが皆の意見だった。念の為、調査範囲を広げよう、隣の、、「黄土の民」の縄張りまでぎりぎり近づいて調べる。お前はどう思う?」

「いいと思うよ。でも、それから、、」

「それから?」

「私は故郷に帰ろうと思う。ララバイが一緒に来てくれるなら、だけど」

フレイヤはララバイを見た。

人食いドラゴンでなく普通の翼龍でも、歳を重ね巨大になった大翼龍、その彼から学べる事は多いハズ。それに彼は言う以上のことを知っている。そのうち、彼の「憶測」も話してくれるかもしれない。

_一緒に行こう。協力する。

「ガスパルも来てくれる?」

 フレイヤには珍しく遠慮がちに聞いた。

 フレイヤの家族はスレイヤーズ。彼らは全員サイキックだ。さすがのガスパルも一瞬、答につまった。

 心を見透かされそうで気味が悪い。

しかし、好奇心が不安に勝った。

「行く。滞在するかは別として、、行くだけは行く」

 フレイヤが微笑むと、その嬉しそうな顔に心が弾んだ。

 これだけでもいい。行けるところまで行く。

「サイキックが人の心を読むなんていう、間違った考えは捨ててね」

 フレイヤはズバリ、言った。

「読んでるじゃないか?サイキック同士では心話するのだろう?つまり、互いの心を読むのだろう?」

「心話は心と心を繋いでする会話だ。拒絶することだってできる。ノンサイキックとは心を結ぶことすらできないが、大翼龍にはそれができる、ということを最近知った。それに、ガスパルの場合は顔に書いてある。私たちは感情を読む、、感じる。心は本ではない。人の考えがつらつらと、心の書物に書き連ねられているわけじゃない」

 確かにそうだ。自分の考えていることさえよくわからないのに、それを他人がわかるはずがない。だが、大翼龍の力は人間とは違うらしい。

「ララバイ、お前には俺の、、人間の考えが読めるのか?」

_全ての人間とは言わないが、お前の心は開かれた本と同じだ。つらつら読める。目の毒、気の毒。人間のオトコの邪な考え。ちっとは隠せ。

 えぇ~っ、とガスパルは縮みあがったが、フレイヤの押し殺した笑い声に、ただおちょくられているだけだとわかった。

 全く!とガスパルは腹を立たしかった。

 しかし、、

心配気にちらっとフレイヤを見た。

「私は三人の兄に囲まれて育った。彼らは私になんの遠慮もしなかった。オトコのヨコシマな考えについても耳にタコができるほど聞かされた。オトナのオンナたちの話を聞いているうちに、女もたいして違わない、とわかった」

 フレイヤは顎を突き出して軽蔑するように言った。

自分は違う、とでも言いたそうだ。彼女は恋愛にロマンティックな夢を抱いている。ウットリと夢見るような顔つきに、彼女の考えは大翼龍でなくてもわかった。

しかし彼女は、すぐ口調を変えていい添えた。

「サイキックだって訓練しないと身につかない技が数々ある。逆に言えば普通の人にだって学べる事はある。精神エネルギーがあれば、心の障壁くらいは張れるんだ、ガスパルも、、まあ、ある程度は作れるのじゃないかな。私の家族に会うなら身につけておいたほうがいい。長い道中だ。退屈しのぎに、教えてあげる」

_精神エネルギーのない生き物などない。一寸の虫にも五分の魂。強弱、大小の差があるだけだ。あんな小さな地龍だって精神エネルギーはある。普通の人間でも鍛錬すれば精神エネルギーを練り上げ、役に立つ力にすることも可能だ。俺が特訓してやる。

 龍の特訓なんかより、フレイヤに教えてもらうほうがいいなぁ、、。手取り足取り、、

「俺の好みとしてはぁ、、」とガスパル。

_それ以上言うな。お前の根性を叩き直してやる。そのニヤけた顔もついでに形成し直してやる。

「ララバイ、飴と鞭って知ってるか?」

 何がニヤけた顔だ、ガスパルはムッとした。

_お前の飴のように甘ったれた性根をムチを使って叩き直す、という意味だろうが。もっとも俺にはムチは使えない。だが鋭い爪や強い尾でお仕置きしてやる。どちらがいい?選択権をお前にやろう。

「そんな選択権はいらん!それにお前の飴と鞭の解釈は曲解だ!」

 ガスパルとララバイの会話を笑って聞いていたフレイヤだが、頭の片隅には多少冷静なもう一人の自分がいた。

 普通の人間でも鍛錬すれば精神エネルギーを練り上げることも可能?精神エネルギーについてはスレイヤーズにも色々な推測があるが、ララバイから学べることは山ほどありそうだ。

 サイキックの直感はいつも正しいのだ。


                                         続く






本作品は「ドラゴンの生き血」の後日譚であり、全国書店とネット上で発売中の「ドラゴンのささやき」の前身でもある物語です。

「龍の生き血」で登場したドラゴンスレイヤーたちが、後に名門と呼ばれる様になった「ソラリス家」と「クレセント家」として血統を確立して行く過程を描いた愛と憎しみの冒険のファンタジー。連載形式で月に1-2回、新しいストーリーを追加する予定です。

ドラゴンのささやき」については下記のリンクをご利用下さい。


https://www.bungeisha.co.jp/bookinfo/detail/978-4-286-24840-0.jsp


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ