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第一話

ドラゴンの生き血」の後日譚にあたる連載小説。

その1にはR15に当たる記述はない、と思いますが、連載なので今後を考えてのR15表記です。


               第一話 あらすじ


 遊牧民族「青峰の民」を大翼龍の攻撃から救ったドラゴンスレイヤーズ、フレイヤとマティアスは彼らの宿営地にとどまり、新しい仲間とともに大翼龍打倒を念頭に自衛手段を模索していた。そんな彼らの前に三頭の大翼龍が突如、現れる。





「面白い事が起こっている」

「フレイヤ、お前の言う面白い事って、どういう意味なのかといつも思うよ」

 半分興味深げに、半分懐疑的にガスパルは答えた。フレイヤは双眼鏡を持っているだけで覗いてはいない。遠くの空を見ているようだが何がわかるというのだろう?

彼女の赤い髪が夕日に映えて、まるで燃えているかのよう。見惚れたくなくとも思わず目が釘付けになる。

「自分で見なよ」

 フレイヤは双眼鏡をガスパルの手に押しつけた。

「ドラゴン同士で戦っている。三頭。縄張り争いかな」

「違うよ、一頭が二頭に襲われているんだ」

「それは好都合じゃないか。残ったヤツを俺たちで仕留めればいい。近くに来るなら、の話だが」

 肉眼では見えない遠距離、バリスタ(大型弩砲)でも届かない。

 そういうんじゃない、とフレイアは自分でも不確かな様子で呟いた。

「助けてやらなきゃ」

 ドラゴンを助ける?馬鹿げた考えだ。ガスパルの妙な目線に気がついてフレイヤは続けた。

「二対一って不公平だよ」

「馬鹿言え。共倒れになってくれれば御の字じゃないか」

「でも、、でもね。一頭は少し、、違うんだよ」

 ドラゴンは大翼龍、家畜を襲うだけではなく人を襲う大翼龍だ。不公平な違いなど存在しない。しかしフレイアはすでにクロスボウを掴み岩山を下り始めた。

「こっちに来る!バリスタを用意して!私が合図したらデカイ方を狙って!」

 ちょっと待て、と言った時にはフレイヤは岩を跳び越え、すでに次の斜面を登っていた。

 全く!と舌打ちしたもののガスパルは彼女の言葉に従いバリスタを用意した。


 ガスパルはフレイヤに逆らえない。好意を持っているからだけではなく、彼女の他の人間にはない能力を崇める、といっていいほど敬っていた。

 フレイヤは、その力で大翼龍に立ち向かい殺すことに初めて成功した人々の子孫なのだ。尊敬の念を持つのは当然だ。

 通常、大翼龍の血を被った者は死ぬ。死なないまでも気が狂う。しかし、この龍の血の洗礼を生き延び大翼龍に対抗できる力を手に入れたハンス、マクシーと彼らの母ミリアンはサイキックと呼ばれ、仲間から愛され敬われる存在となった。その仲間も大翼龍に殺され、三人は長い放浪の旅の末、同様の力を持ったシュリンクとエダーに出会った。

やがて、この五人を中心に大翼龍と戦う仲間が集ってきた、と伝えられている。

 フレイヤによると、それは伝説化されたもので彼女が家族から聞いた話とは違う、と言う。

英雄伝などは事実とは異なることも多々あるのだろう。


 そんな事を考えてガスパルの心は現実を離れていたが、目はフレイヤだけでなく大翼龍たちを追っていた。合図だ。

 無理だ、こんな遠くから、、。

射程距離外、と躊躇したが、早く打て、と再び合図。

フレイヤにはフレイヤの考えがあるのだ。ガスパルはバリスタで巨大な矢を放った。

 思った通り届かなかった。しかし襲われていた龍は戦うのをやめ、何を思ったか全速力でガスパルの方へ飛んで来る。他の二頭も逃げるどころか矢を放った人間もついでに仕留めてやろう、という意気込みで追ってくる。

 おい、おい、どうするんだ?

ガスパルは戸惑った。それは自分にだけでなくフレイヤに対する問いでもある。しかし直に彼女の意図がわかった。大翼龍たちは彼女の存在に気づいていないのだ。

 心と体のエネルギーが放出されないように包み囲む、心の障壁。生命エネルギーに敏感な大翼龍たちに気取られないためのこの技は、サイキック能力の一部だ。

目もいいはずの大翼龍、彼女の真っ赤な髪に気付かないのは間抜けた話だが、色盲なのかな、などという呑気な考えがガスパルの頭を横切った。

 先頭の大翼龍がフレイヤのいる岩山の直ぐ側を横切り、それを追って他の龍たちが近づいて来る。

彼女は後方の大翼龍に飛び乗った。素早くその首に縄をかけ、クロスボウで翼の付け根に矢を打ち込む。

一連の行動は何百回も繰り返してきたようにスムーズだ。その矢が跳ね返されたのも、彼女は多少は予期していた。

 人間の武器が発達するにつれて大翼龍の防御力も強まっていく。驚異的な大翼龍の鱗。いたちごっこが続く。

 大翼龍は突然の人間の攻撃に驚いた様子だったが、直に身体を傾けフレイヤは振り落とされた。彼女は縄にぶら下がっている状態だ。

 騒動に気づいて攻撃しようとしたもう一頭目がけて、ガスパルは再び矢をを放った。今度はあたった。残念ながら背中の上部で、あまり痛手にはなっていない。それでもその龍は躊躇したようだ。

 攻撃を続けるのか、逃げるのか?

襲われ逃げていた龍が方向転換してその龍にスレスレまで近づき、刺さっていた矢に体当りして押し込んだ。

 大翼龍には知恵がある、と言うがどれほどのものかは不明だ。人間以上の知恵がある、と言う者もいる。

 そうなのかもしれない。ともかくこの龍は結構、頭がいい、ガスパルは結論付けた。矢を叩き込まれた龍は逃げ出した。ガスパルの注意はフレイヤがぶら下がっている龍に向けられた。彼女に害が及ぶと思うとバリスタを使うのがためらわれた。

 どうする?


_俺に飛び乗れ。

龍がフレイヤの直ぐ下まで来て人語で話しかけた。勿論、心と心を繋いで会話する心話で、である。

_なぜ私を助ける?

_お前はなぜ俺を援護した?

そういえばそうだ。はじめに彼を助けようとしたのはフレイヤなのだ。理由はわからない。直感だ。サイキックの直感は正しいのだ。

_いい案だと思ったんだ。

そう言ってフレイヤは縄を離し、龍の背に飛び乗った。

_しっかり掴まれ。上昇する。

_承知。

大翼龍が加速する。

 ああ!何という力だろうか!?

力強い羽ばたき、ほぼ垂直に上昇する。のしかかる重力すらが快感である。まるで龍の力が自分に流れ込んでくるかのようだ。フレイヤの心は躍った。しかし今は戦いの真っ最中、飛行を楽しんでいる暇はない。もう一頭が近づいてくる。

_あいつを近づけるな。私の仲間がバリスタを使う。

_わかった。

ガスパルの狙いは正確だったが大翼龍は矢を噛み砕いた。しかし形勢逆転と見たのか深追いをやめて飛び去った。


 やれやれ、全く無茶ばかりをする。降りてきたフレイヤを迎えようとしたが、大翼龍の近くにはあまり近づきたくない。ガスパルは距離をおいて立った。

「やっぱりガスパルって頼りになる」

 思わずニッと笑った。おだてに弱いわけではない。おだてられると逆にその動機を勘ぐってしまう性格だ。が、フレイヤは別で、彼女に褒められるとつい口元が緩んだ。

「そのドラゴン、俺たちを食うんじゃないか?」

 大翼龍が雷鳴のような音をたてた。笑ったようだった。

 笑うドラゴン?ガスパルは驚いた。

_ニンゲンなど食わん。腹が減って噛みついたことはあるが不味くて吐き出した。大イカのほうがずっと旨い。

「どうしてお前は人語を話すんだ?」

 フレイヤはガスパルにもわかるように声を出して聞いた。サイキックでない彼には大翼龍の心話は聞こえない。

_昔、ニンゲンに教わった。

「人間に教わった?」

_お前のように心話ができるニンゲン。そういえば心の力もお前と似ている。

 心の力が似ている、つまり精神エネルギーが私と似ている?その人間がドラゴンに人語を教えた?誰だ?

フレイヤの頭は疑問で一杯になったが、初めに口をついて出てきた質問はもっと重要に思えた今、目撃したばかりの出来事。

「あの二頭のドラゴンはなんでお前を襲ったんだ?」

 大翼龍は、今度は深いため息のような音を立てた。

_はっきりはわからない。恐ろしい憶測をしてるがそれが本当とは思いたくない。

 そうして大翼龍は黙り込んでしまった。

「どうするんだ?そいつ」

 ガスパルが聞いた。

 うーん、とフレイヤ。宿営地に連れて行くわけにはいかない。皆は大翼龍は全て敵と考えている。龍に敵意はなくても殺し合いになるだろう。だがフレイヤには聞きたいことが山ほどあったのだ。

「ガスパルは帰ってよ。マティアスには、、適当に言い訳、考えてよね。間違ってもドラゴンを匿っているなんて言うんじゃないよ。私はコイツに聞きたいことがあるんだ。怪我の手当も必要だろう」

 大翼龍の身体には他の龍たちにやられたのか無数の傷があった。

「お前が勝手なのは周知の事実だから、誰も何も聞かないだろう。明日の朝、お前が食われてないか見に来る」

 フフッと笑ってフレイヤはガスパルの頬にキスした。炎色の髪が触れるとなんだか熱いような感じさえしたが、彼女が無頓着に大翼龍に近づき跨る様子はガスパルの肝まで冷やした。

人間離れしているのはわかっている。しかしその度合がどれほどのものか、今更ながらに心にのしかかってきた。ドラゴンと戦う女が、何故あれほど可憐で美しいのだろう?


_この先の岩壁に大きなほら穴が沢山ある。その一つで休むといい。

_わかった。

 怪我している大翼龍には悪いが、「飛ぶ」ということにフレイヤは夢中になった。先ほど大翼龍に追いかけられているときでさえワクワクした。心が青空のように澄んでいく。どこまで行ってもきりがない。遠くへ、もっと遠くへ!無限の彼方、宙の果て、、時の果て、、。

_悪いが俺は限界だ。どこに降りる?

 そうだった、、、フレイヤの思考は大翼龍の心話に遮られた。彼を導き着地した。

_私はフレイヤ。お前をなんと呼べばいい?

大翼龍は答えたが人間の出せる音にしようがない。

_ニンゲンの言葉にはならないだろう。ハンスは俺をララバイと呼んでいた。

 やっぱり、とフレイヤは思った。ハンスは彼女の大伯父である。

彼は最初のドラゴンスレイヤーと呼ばれているが、フレイヤの家族は事実はわからない、と言う。

大陸のあちこちで大翼龍が家畜や人々を襲いだした当時、誰が本当に、最初に大翼龍を殺したかはわからないのだ。

 ハンスは単に自分をドラゴンスレイヤーと呼びだした人々の一人である。大翼龍の血を被り、龍と呼応する何かの力を得て、偶発的にではなく意図的に大翼龍を殺すことに成功した五人の英雄たち。

彼らはフレイヤの曾祖父母であったり、祖父母であったり、とにかく親族なのだった。

フレイヤはその血を引いてはいるが、大翼龍の血を被ったことも口にしたこともない。

最大の理由はバリスタなどの飛び道具の発達だった。クロスボウしかなかった曾祖父母の時代とは違うのだ。遠方から大翼龍を落とせるようになり、龍の血の洗礼による死者を減らすことができた。しかし逆に、サイキックになる者が現れにくくなったのも否めないのだった。

_お前にもう一つの俺の名前をくれてやる。

_もう一つの名前?

_俺の真の名前。

_そんなモノもらってどうしろと言うんだ?

_俺をコントロールできる。

フレイヤは驚愕した。

_そんな大切な名を人にポン、とくれてやるのか?お前は?

_お前が助けてくれなければ俺は殺されていた。ハンスは俺が人間に殺されそうになったのを止めてくれた。加えて俺には俺の理由がある。それを言うつもりはない。

_でも、でもさ。お前をコントロールできるなら私はその理由がわかるようになるんじゃないか?

大翼龍は笑った。

_真の名前を知っても、俺たちを無理強いするにはそれなりの覚悟がいる。俺が心の障壁を弱めている今なら入ってこられる。どうする?俺の真の名、欲しくないか?

 フレイヤは躊躇しなかった。彼女の先祖は度重なる危機に、その都度、真正面から向き合って力をつけてきたのだ。

同じ気質を彼女は持っていた。

 ドラゴンの心にだとて入ってやる!入る!

何を期待していたかはわからない。 まるで暗い鍾乳洞に足を踏み入れたかのようだった。

_探してみろ、俺の隠された真の名を。

 隠された、と聞いた途端、あたりの様子が変わった。迷路のようだ。考えが視覚化されたのだ。

 大翼龍の心!?

闇に慣れる目のように、心の目に大翼龍の内なる鍾乳洞が見えてきた。肉でできている。腐ったような臭いすらする。吐き気がしてきた。激しい嫌悪感。襲いかかる恐怖。

 嫌だ!逃げたい!

_恐ろしい、と思うな。落ち着け。恐怖は真実を歪める。

 先入観が心に見えるものを変える、と父はいつも言っていた、、、。落ち着け!落ち着け、、見たいのは真実。

 再びあたりの様子が変化した。

どこまでも、どこまでも続くのは空ではない。なにもない空間。色もない。隠れるところも隠すところもなさそうだ。上も下もなく、自分が浮いている感じが別の意味で恐ろしい。

 恐ろしいと思うな!

急に軽くなった。体が軽い。心が軽い。

 今なら飛べる。自分の力で飛べる!

だから飛んだ。随分、飛んだ。

どれほど飛んだのだろうか、と思った途端、激しい疲労が襲ってきた。

 どこかで休みたい、、。

着地していた。

 何なのだ?この世界は?

その途端、フレイヤにはララバイの心の世界の理がわかったのだった。

 先入観を持つな。恐怖は真実を歪める。心を開いてを事実を見極める。現実と向き合い受け入れるのだ、、。

 心の現実?そんなものあるのか?

 私はサイキック、直感に疑問を持つな。

 早春の陽だまりにいるような感覚が広がってきた。花の香りさえする。祈りのようなささやきが聞こえる。耳ではない身体全体に感じる振動の如く、心に届く音。私を包む誰かの抱擁、、聞こえるのは子守唄、ララバイ。 

 真の名前が見たい、、、

見える、見えた。

_それを取って食うといい。

 名前の味ってどんなものだろう?フレイヤは考えた。

_先入観を持つな。

先入観など持ちようがない。名前が意味する味?まずいとは思わなかった。美味しいといえるのだろうか?全く知らない味。

_その名はお前のものだ。必要なら呼ぶといい。

_私にも真の名があるのか?それをお前にやるべきなのか?

借りは作らない、とか返す、というような父の言葉が再び頭に浮かんだ。

_俺にコントロールして欲しいのか?

まっぴらだ、フレイヤが顔をしかめると大翼龍がまた笑った。


「どうして止めなかったんだ!?」

 リーダーのマティアスはフレイヤのいとこ、彼の第一声はガスパルが予期した通りのものだった。

「俺がなにか言って聞く女じゃない」

 それはマティアスにもわかっているが、それでも納得がいかない。

 突然現れた、という二頭の大翼龍。フレイヤの好奇心を刺激したのは確かだが、、。

「それに、、体で追ってるわけじゃない。言い方が悪かったよ。知っての通り俺は物事を説明するのが苦手だ。つまり、、こういうことだ、、」 

 マティアスはサイキックではない。血が濃くなりすぎて逆にサイキック能力がなくなった、と皆、噂している。しかし、そうとわかっていても、ガスパルは嘘がばれないかと気が気ではない。言葉少なに説明しようとしたのが裏目に出た。ゆっくり注意深く言い直した。

「二頭は戦っていたんだ。近づいてきたからバリスタを使ったら逃げ出した。どれほど遠くに行ったか、瞑想して彼らの心の軌跡をたどる、と言ってた。ここはうるさくて気が散るって」 

「そう言うことか。それならわかる」

 ここには心に障壁を張れない人間が多すぎる。サイキックの中でも特に強い力を持つフレイヤ、よく辛抱しているとマティアスは思う。

自分のためなのではないかと解釈すると、嬉しくもありそれと同時にうざったくもあった。

 故郷を離れ、旅に出たのは随分前のような気がする。

家族は皆、サイキック。一人だけその能力のないマティアスがどんな気持ちでいるかを察して、若すぎるとわかっていても誰も彼が家を出ることを止めなかった。 だからといって全く知らない普通の人間の中に突然、飛び込むのは無理だとフレイヤは一緒に行くことを主張した。

渋々、同意したのだが、実は嬉しかった。仕方なく来るのではない、彼女自身がとても乗り気だったのだ。

そして実際、二人旅は期待以上だった。

生まれて始めて自由になった気がして、何もかもが楽しかった。新しい土地、新しい人々との出会い。全てが新鮮だった。ちょっと年上の大好きないとことの二人旅、互いを頼り新しい経験を夜を徹して語り合った。 

 そうするうちに大翼龍打倒に賛同した遊牧民族「青峰の民」と出会い、行動を共にすることになったのだ。

「マティアス?」

「あ、ごめん」

 自分の思考に没頭していたマティアスは我に返った。

「彼女のことだからドラゴンどもに気取られないように心の距離も保つだろう。でも心配せずにはいられない。おせっかい、と言われようとこの気持ちを止めることができないんだ」

「それはわかるよ」

 ガスパルは同情的にマティアスを見た。

 新しい人々と出会っても、大好きないとこはもっと貴重な存在になっていくばかりだ。普通の人間とも自分は違う、と知ってしまった。自分を常に支えてくれるいとこへの思慕。それは彼女にとっては迷惑なことだ、と知っていた。

 血が濃くなりすぎるのは、サイキックの家族にとっては通常以上に深刻な問題だった。龍のささやきにのめり込み、人間の声に耳を傾けなくなる、と家族は推測している。

 だが、どうしていいのかわからない。好きだ、という気持ちが止められない、、。

「ま、冷静に見守るしかない。お前も俺も」

 マティアスは目を伏せた。フレイヤが気を許している男、ガスパル。彼のほうが分がいい。

筋肉質で逞しく精神的にも大人だ。神経質でほっそりしたマティアスとは対照的。

「お前たちが加わってから二度目の春になったな」

 ガスパルは続けた。

「最初の冬の激しい戦い以来、ドラゴンはこのあたりには近づかなくなった」

 家畜のための草を求めて行く道中ですら、龍たちには出くわさなくなったのだ。だが、他の遊牧民たちは攻撃は激しさをましたと言い、各地の通行税も高くなったと嘆いていた。

 自分たちを避けている、と確信している。大翼龍は個々の人間を識別できるのだ。

なのに突然、二頭の龍がやってきた。フレイヤが調査したくなるのは当然のことなのだろう。

「彼女を頼む」

 言われるまでもない、とガスパルは答えた。口ごもることなくそう言える彼を羨ましく思った。


「手も足もまだあるな。頭もあるようだが中味はどうだ?」

 翌朝やって来たガスパルが言った。

「マティアスはなにか言ってた?」

「別に。でも心配してるよ」

 マティアスを困らせるつもりはない。だが彼女には彼女のやりたいことがあるのだ。

 マティアスにはサイキックと通常の人間、ノンサイキックの橋渡しをして欲しい、というのが家族の願望だったが、フレイヤは彼が感じているプレッシャーを知っていた。しかも彼はノンサイキックでもない、と故郷を離れ他の人々の間で暮らしてみてはっきりわかった。何か別の力を持っている。それは何なのだろう?

 「そいつ、なんか言ったのか?」

 ガスパルは大翼龍を指していった。

うーん、なんと言えばいいのだろう?ドラゴンに言われて名前を食べたなどと言ったら、ついに気がふれた、とか疑われそうだ。

 幸か不幸か、ガスパルはマティアスのように繊細でも思考型でもなく行動型だった。サイキックを恐れるものもいる中で、彼はその力を理解し協力しなければ人間が大翼龍相手に優勢に立つのは不可能、と考えている。サイキックを差別するような仲間は仲間ではない、とまで言い切っている。少数精鋭が持論のガスパル、フレイヤが本当に頼れる同志だ。

だからガスパルの質問に、フレイヤはできる限り正直に答えることにした。


「悪い意味で言っているんじゃないが、お前、気が触れたな」

 話を聞き終わってガスパルは言った。

「悪くないならどういう意味だ?」

 彼はニヤリと笑った。 

「ドラゴンをコントロールする力、試してみたのか?」

 気軽にするべきことではない、とフレイヤはすでに知っている。

「ううん、それなりの覚悟が必要らしい。それにララバイは私たちの言うドラゴンではないんだ。つまり人は食べない。彼は昔からいる翼龍、年を経て大きくなっただけで人を襲うような、、なんていうか、、、激しさがないんだよ」

「人を襲う激しさがない?」

「うん、クロスボウやバリスタに立ち向かってでも人や家畜を食ってやろうという決意がない。なんか怠惰で、、それに彼は人はまずい、と言ってる」

「怠惰な大翼龍にマズイと言われて喜ぶべきなんだろうか?」

 さあ、とフレイヤは微笑んだ。

ガスパルは冗談めかした物言いをよくする。それには彼の心の余裕が見え隠れするようで、フレイヤを安心させる。

「まあ、ともかく彼に紹介する。先入観を持たないでね。サイキックでなくても心話できる人間はいる、と彼は言っている。試してみてよ」

「俺の脳を食うつもり何じゃないか?」

「私がサポートするよ」と言ってフレイヤはガスパルの腕を取った。


「俺は疲れた」

_俺だって疲れた。ニンゲンは自分にある力がわかっていない。

ララバイの心話が容易にガスパルにもわかるようになった。

「滅茶苦茶、疲れた。よろよろ、ボロボロ、へべれけ」

_言葉ばかりを並べ立てるな。心話には必要ない。言わなくてもわかる。

 朝から始めてもう昼近く、疲れるはずだがなんとかコツは掴めた。

ガスパルが普通に話し、ララバイが心話で答える。逆は出来ない。サイキックでなければ龍に心話で話しかけることは不可能、という推測は正しかった。大翼龍は聴覚も鋭く多少の距離をおいても人の声が聞こえるが、心話は物理的距離だけでなく心の距離がものを云うようだ。

 試したくても試せなかった実験ができた。収穫だ、とフレイヤは大喜びだ。

_腹、減った。

「俺を食うな。俺も腹、減ったがドラゴンは食わない。フレイヤが羊肉を焼いている」

 ほら穴の外からいい匂いが漂ってくる。

二人は、、というか一人と一頭は表に出た。

_酒、ないのか?

フレイヤが首を横に振るとララバイは、ハンスはよく酒をくれた、とがっかりしたように言った。

_ニンゲンが造る唯一の秀作だ。

「なぜ、ハンスを知っているんだ」

フレイヤは大翼龍の軽蔑的なニュアンスを無視して聞いた。

_昔、昼寝してたらニンゲンが攻撃してきた。ハンスが止めてくれた。その時は逃げたが後でまた彼と会った。大人になっていたけどすぐわかった。 

 ハンスは父親を殺した大翼龍を憎んでいたはずだ。

_彼にはわかったんだ。俺が人食いドラゴンじゃないって。お前もそうなんじゃないのか?だから援護してくれたんじゃないのか?

「前にも言ったけど、理由はよくわからない。直感だよ」

_ハンスも自分の力を理解しようとしていた。ニンゲンのため、というより家族のためだと言っていた。群れの中で生きるにはそれなりのルールがある。少しでも違うものを群れは排除する。それはニンゲンでも龍でも同じだ。

 その恐れはフレイヤたちサイキックの心の中に今も生きている。

ハンスたちが舐めた辛苦は人間の仲間の裏切りが根源にあった。

 マティアスにララバイのことを教えたい。彼は好奇心が強く研究熱心だ。ドラゴンから学ぶ事は多いのではないか、と思う。

「ドラゴンを宿営地に連れてはいけない」

 それはわかっている。

「それにマティアスは最近とみに、、通常の人間寄り、多数派なんだ。多数の考えが正しいとは限らないのは知っているのに、そこから目を逸らす。爪弾きにされるのを恐れて、サイキック能力を嫌っているようなところさえある。気がついていると思うが」

 それもわかっていた。

 マティアスが故郷を離れる、と言ったとき家族は容認した。

皆、彼に自分の考えで行動して欲しかったのだ。だが、自分の家族が持つ力を憎んで欲しくない。彼の心はそこまで離れて行くのか?

「小さい頃は良かった、って思うよ」

「年寄り臭いこと言うな」

 だが本当のことだった。みんなで仔犬のように一緒に遊んだ。そのうち違いが表面化した。差別したわけではないが「違う」ということは隠しようもなく、気遣うこと自体が差別なのだった。どうすればいいのか誰にもわからなくて、そのうちマティアスは家を出ることを決めた。フレイヤも一緒に旅に出ることにした。年頃になると故郷を離れ外の世界を自分の目で見て確かめる、それは家族、皆が尊重する家風のようなものだった。

 旅に出た当初は楽しかった。互いだけが頼りだった。だが今、彼はフレイヤの存在を、お目付け役のように感じているのかもしれない。

「私がここを離れる時が来たのかな。それを考えるだけで悲しい。」 

「お前が出ていくなら俺も行く。最近、マティアスが入れた連中は信用できない。ドラゴンをやっつけたい、とは思っているのだろうが、サイキックが必要とは思ってない。仲間割れなどするヒマはないよ」

 マティアスは武器づくりに力を注いでいる。そのために探してきた武器作りの名手たち、それはそれで重要なことで反対する理由もなかった。

「あいつはお前が好きなんだよ。自分の価値を証明したいんだ」

 ガスパルはズバリと言った。

 血が濃くなりすぎるのは避けなさい、と母から常々、言われてきた。マティスが新しい環境で誰か気に入ったヒトを見つけてくれれば、と願ってきた。

しかし結果は逆で、彼の自分への愛情が苛立ちに変わっていくのがフレイヤには手に取るようにわかったのだ。

「ヒトを食わないドラゴン、ヒトの皮を被ったドラゴン、そしてふつ~うの不器用なニンゲン。いい道連れじゃないか?」

「私はヒトの皮を被ったドラゴンじゃない」

 流石にフレイヤはムッとしたが、

_三人旅の一人乞食。

「三人よれば文殊の知恵。三本の矢、というのもある」

_俺は十本の矢だって折れる。

「だったら、三匹荒野を行く」

_そして誰もいなくなった。

そう言い合うガスパルとララバイの会話は何か打ち解けたもの同士の悪ふざけのようで、フレイヤは思わず笑った。他の二人も笑った。

 楽しい旅になりそうだった。


 皆を含め、マティアスにはガスパルが考えた「宿営地を離れる理由」を伝えた。

気の合わない仲間が増えたから、とかマティアスの気持ちが迷惑だから旅に出る、とはいくら何でも言えない。

ご都合主義にも聞こえるが、フレイアにとっては弟のようなマティアス、繋がりは保っておきたかった。たまに会って楽しく話をする関係がベストのように思えた。

 宿営地を離れる理由はまず、やって来た二頭の大翼龍の追加調査。

大翼龍の調査は前々からよくやっていた。近辺にやってくる龍たちはいなくなったのに突然、現れた二頭の大翼龍。

マティアスとフレイアの攻撃で逃げ出したが「彼らがまた近くに来る可能性を調べ、なければ、これから家畜たちを連れて旅する地域の調査も必要」は道理にかなった説明だ。

マティアスは、あまり嬉しそうではなかったが納得はしてくれた。もともと研究熱心、できれば自分で行きたいだろうが、リーダーが仲間を離れては統制が乱れる、ということも知っている。

問題があれば報告に帰る、なければ先に進む、と言っておいた。嘘ではなかったが彼がサイキックでのないのがありがたかった。弟を見捨てていくようで、フレイヤは後ろめたかった。


 出発の準備が整い、フレイヤは別れを告げにマティアスの部屋を訪れた。

「公式でない理由を話してくれないか?」

 サイキック能力が弱くても繊細なマティス、感じていたのだ。正直に答えるしかない。

「私はマティアスに自由になって欲しいんだ。せっかく新しい人たちに出会えたのにドラゴンスレイヤーの血筋に縛られることはない、と思う。でも私が近くにいたらそれが出来ないのがわかるんだよ」

「僕は!」マティスは唇を噛んだ。

「どうして僕はサイキックでないんだろう?同じ血を受け継いでいるのに!いっそ、ドラゴンの血を被ったほうがいいんじゃないか?それくらいはできると思う」

 彼が生き延びる可能性は普通の人間より高いのではないか、とフレイヤも思う。しかし、、危険すぎる。

「そんな無茶なこと絶対しないで!約束してよ。もう少しドラゴンやサイキックの力の出どころを突き止めなくちゃ。それをしよう、って言ったよね。その謎を突き止めるって!故郷のみんなも懸命なんだよ!」

「ドラゴンを生け捕りにしたい!」

 それは何度も試みたのだ。だがスレイヤーが何人集まっても生け捕りが実現したことはなかった。

 私は誇り高きドラゴン、ニンゲンなどの手には堕ちない!

昔、そんな叫びを聞いた。その龍は囚われながらも自分の臓腑を引き裂いて死んだ。臓腑の中のドラゴンクリスタル、そこに込められたエネルギーが放たれ、フレイヤの父を巻き添えにした。

 あの時の父親の決意がフレイヤの胸に蘇る。大翼龍の最期の強烈な力を一身に、そして一心に被って文字通り霧散した、父の意地と覚悟、誇り、そして家族への愛情と責任感。今でもはっきり覚えている。

 大翼龍はニンゲンを穢れたもののように忌み嫌っている。

なぜ、どこからそのような憎しみが生まれたのだろうか?

 ウサギのような小動物を食べていた翼龍たち。いつどこで、人間を襲い食うことを始めた?一体全体、どのような差で生き延びる人間と死んでしまう人間に別れるのだろう?ララバイは知っているだろうか?それが知りたい。

 黙りこくったフレイヤの気持ちをマティアスは読み損なった。

「ごめん。お父さんのこと、思い出させた?」

 フレイヤは首を横に振った。

「私は、、色々なことを知りたいだけだよ」

 それは嘘ではないが全てではなかった。

マティアスにララバイを紹介したいのに、彼のドラゴンへの憎悪がララバイを捕虜のように扱い他の仲間も当然そうすると思うと、怖くてできない。

 ララバイと一緒に旅して、互いの理解を深める時間が必要なのだ。相手の協力を得て手に入れる情報と、強要して手に入れる情報とでは質が違う。ララバイを人間に傷つけさせるわけにはいかない。直感だった。

「ちゃんと帰ってきてくれるね?」

「帰ってくるよ」

 うつむきながらも思い切ったようにマティスは聞いた。

「ガスパルが好きなの?」

 うーん、どうなのだろう?

「好きなのと愛してるのは違うよね?頼れる仲間だと思うし好きだけど、、愛してるかって?わからないよ、、」

 恋に落ちるってもっとワクワク、ドキドキするものなんじゃないのかな、と思う。理屈抜きで誰かを好きになってみたい。我を忘れるほど心が弾んだのは、数日前、ララバイと空を飛んだときが初めてだった。

 人間の皮を被ったドラゴン、と言ったガスパルの声が蘇ってきた。

「会うたびにときめく、会わないと居ても立ってもいられない。そんな相手を見つけようよ。今度会うとき、紹介してね」

 うん、と小声で言ったマティアスを抱きしめ、その月光のような髪にキスした。今度こんなふうに彼を抱きしめる日が来るのかどうか、わからないまま、さよならを告げた。


           

                                         続く

本作品は「ドラゴンの生き血」の後日譚であり、全国書店とネット上で発売中の「ドラゴンのささやき」の前身でもある物語です。

「龍の生き血」で登場したドラゴンスレイヤーたちが、後に名門と呼ばれる様になった「ソラリス家」と「クレセント家」として血統を確立して行く過程を描いた愛と憎しみの冒険のファンタジー。連載形式で月に1-2回、新しいストーリーを追加する予定です。

ドラゴンのささやき」については下記のリンクをご利用下さい。

https://www.bungeisha.co.jp/bookinfo/detail/978-4-286-24840-0.jsp

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