第92話 カミルの住処
「それにしても、あなたは本当に何でも知っているのだな」
「何をですか?」
コクリと首を傾げるカミルに、メストは優しく微笑みかける。
「騎士の相棒である扱う馬についてだ。平民でも知っている人はそんなにいないと思う」
騎士の扱う馬は、常に危険と隣り合わせの場所で騎士の足として駆け回ることが多く、騎士にとって命を預ける大事な存在である。
そのため、騎士の相棒となる馬は、極限状態の中でも冷静に判断出来る賢さと何事にも物怖じしない度胸……そして何より、主人に対する絶対的な忠誠心が必須となる。
(それらを知っている平民は、ほぼいないのだが)
「いえ、平民ですからこの程度のことしか知りません」
「『この程度』か」
(貴族出身の騎士である俺には、カミルの『この程度』と平民の『この程度』が明らかに違うとしか思えない)
無表情で淡々と答えたカミルに、メストは思わず苦笑する。
そうして、2人の間に沈黙が降り、魔物の気配が一切しない森をしばらく歩いていると、月明かりが照らす開けた場所に出た。
◇◇◇◇◇
「着きました」
「ここが、カミルの住んでいる場所か」
(随分と広々とした場所に住んでいるのだな)
足を止めたメストの視線の先には、貴族の別荘にあるログハウスのような丸太で出来た大きな家と、同じく丸太で出来た2つの小さな小屋が建っていた。
「そうです。右手に見える大きな家が本日泊っていただく我が家で、左手に見える2つの小さな家が、馬小屋と切り出した木材を保管する倉庫です」
「へぇ~、自宅の方は随分と立派な家だ」
(それも、平民1人が住んでいるとは思えない大きい家だ)
カミルの簡単な説明を聞いたメストは、開けた場所の真ん中に立つと辺りを見回す。
「それにしても、森の奥にこんな開けた場所があったなんて知らなかった。第二騎士団時代に何度かこの森に入ったことがあるが……」
「当然です。ここには……いえ、何でもありません」
「ん?」
(カミル、今何を言おうとした?)
僅かに眉を顰めたメストから疑いの眼差しを向けられ、それに気づいたカミルは誤魔化すように小さく咳払いをする。
「それよりも、あなた様に荷物を返したらここで待っていて下さい。私はステインを馬小屋に帰らせますので」
「あ、あぁ……分かった」
少しだけ戸惑っているメストを一瞥したカミルは、持っていた手綱を離すと鞍に括りつけていた紐を外し、メストの手荷物を両手で抱える。
すると、『ようやく解放された!』と勘違いしたステインが鞍をつけたまま駆け足で馬小屋へ戻った。
「あっ、ステイン! まだ鞍が……って、戻ってしまいましたね」
「ハハッ、ステイン君は、賢くて大人しいそうに見えて、実はとてもお転婆さんなんだな」
「まぁ、そうですね」
(鞍は夕飯を持っていくときに外してあげよう。いくら賢くても、自分で鞍を外すことはさすがに出来ないから)
馬小屋に帰ったステインの後ろ姿を見届け、小さく笑みを浮かべたメスト。
それとは反対に、呆れたように小さく溜息をついたカミルは、持っていたメストに手荷物を渡す。
「それよりもこちら、お預かりしていた荷物です」
「ありがとう。助かったよ」
紳士的な笑顔でお礼を言うメストに、僅かに胸を高鳴らせたカミルは小さく息を吐くと家の方に手を向ける。
「では、あなた様を我が家へご案内します」
「あぁ、今日からお世話になります」
律儀に頭を下げるメストを一瞥し、少しだけ笑みを零したカミルは、すぐさま無表情を戻すとメストを我が家までエスコートした。
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2/11 大幅な修正をしました。よろしくお願いいたします。