第89話 騎士団の命運
「それに、事情を知っている第三者がわざわざダリア嬢に『メストが休日に平民の家に行っている』なんて言えるはずがない」
(そもそも、婚約者でもない俺たちが易々と宰相家令嬢に話せる機会なんてほぼ無いし)
「そうですね。これはあくまで隊長とダリア嬢の問題ですから、赤の他人が介入ところで却って事態を混乱させるだけです」
「そうだね。でも、万が一ダリア嬢にこのことがバレた場合、怒り狂ったダリア嬢が宰相閣下にお願いして、『メストを騎士団から退団させる』なんてことになりそうだよね」
「そう、ですね……」
(彼は僕たち近衛騎士団にとって、無くてはならない人なのだから。それでも……)
沈痛な顔をするラピスの隣で、笑みを潜めたシトリンが小さく溜息をつく。
「それでも、メストの退団だけで済めばまだ良い方なのかもしれないね」
「あの、隊長が騎士団を退団するだけでも十分痛手なのですが」
「まぁ、僕たちからすればそうなんだけどさ」
両手を後ろに回したシトリンは、万が一ダリアへバレた時に起こりそうな最悪の事態を口にする。
「ダリア嬢が宰相閣下にこのことを言ったせいで、メストの実家であるヴィルマン侯爵家にも影響するかもしれない」
「と、言いますと?」
「メストが休日にカミル君の家に行っていることを宰相閣下の耳に届いた場合、ダリア嬢のことを裏切ったってことでメストの過失によりダリア嬢と即婚約破棄。最悪の場合、婚約破棄の責任を取る形で侯爵家ごと取り潰されるかもしれない」
「そこまでやりますか!?」
(平民の家に行っただけなのに、婚約破棄された上に侯爵家が取り潰しなる!?)
貴族同士の婚約は、いわば家同士の契約。
ゆえに、婚約破棄というものは互いの家の利益を考えればそう簡単には出来ない。
更に言うなら、婚約破棄を理由に家ごと取り潰しになんて、相手の家が余程の重罪を犯していない限り不可能である。
メストの隠し事がダリアにバレた時の被害の甚大さに、言葉を失うラピスは『ありえない』と言わんばかりの目でシトリンを見つめる。
そんな彼に、深刻そうな顔をしたシトリンが深く頷く。
「ダリア嬢のことを溺愛している宰相閣下ならやりかねない。なにせ、ダリア嬢の機嫌を損ねただけでメストをわざわざ王城に呼び出す人なのだから」
(加えて、宰相閣下は大の平民嫌い。そんな彼の耳に『愛する娘をほったらかしにして、平民と仲良くしている』なんてことが届いたら……あぁ、考えるだけで頭が痛い)
「そう。ですが……だとしたら、ペトロート王国の騎士団全体にも影響が!?」
「まぁ、無傷では済まされないだろうね」
「っ!?」
シトリンの言葉に、ラピスの表情が一気に強張る。
ペトロート王国騎士団は、武に秀でている貴族達の支援によって成り立っている。
その筆頭が、メストの実家であるヴィルマン侯爵家である。
そんな家が、しょうもない理由で宰相閣下の怒りを買ったばかりに、家ごとお取り潰しになったとしたら騎士団にも影響が出ることは間違いないのである。
表情が固まって動かない部下を一瞥したシトリンは、再び溜息をつくとメストが帰って行った方に目を向ける。
「メスト、本気でカミル君との鍛錬大事にしたいなら、上手くダリア嬢を騙してね」
(じゃないと、ペトロート王国から騎士団が無くなっちゃうから)
第四部隊の副隊長を任されている彼の願いは、親友と騎士団の未来を願う切実なものだった。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!
メストとカミルの鍛錬は、この国の騎士団存続に繋がっていたのですね!
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(作者が泣いて喜びますし、モチベが爆上がりします!)
2/11 大幅な修正をしました。よろしくお願いいたします。