第80話 間違いだと分かっていても
「俺があなたの鍛錬の時間が楽しかったんだ。だから、あなたが嫌じゃなければ、これからも毎朝、あなたとの鍛錬を続けてさせて欲しい」
「っ!?」
薄暗かった森に眩しい日の光が差し込む。
その光を背にし、真剣な表情で頭を下げるメストを見て、目を見開いた静かに俯くとそっと拳を握る。
(私にとっても彼との時間は楽しかった。だって、こんな時間が来るなんてとっくの昔に諦めていたから)
木こりは諦めていた。『彼が私の目の前に現れることなんて一生ないものだ』と。
あの日、王都の広場で会うまで本気で思っていた。
だけど、何の因果か木こりは彼と出会い、諦めていたものが現実になってしまった。
(正直、この時間がいつまでも続けばいいとさえも思っていた。でも、それは今の私には過ぎた願い)
目の前にいる今の彼には居場所があって、綺麗でお似合いの婚約者だっている。
そんな彼を平民如きが縛りつけてはいけない。
(それに……)
『約束して欲しい。再会するその日まで自分たちの正体を明かしてはならない。例え辛くても、それが私たちや私たちにとって大切な人達を……果てはこの国全体を奴から守ることに繋がるから』
不意に思い出した大切な約束にカミルはそっと目を閉じる。
(分かっています、お父様。この国のことを想うなら……彼のことを考えるのならば、無表情で冷たく断るのが最善の選択)
今までもそうしてきた。
だから、今回も同じようにすればいい。
王都ですれ違うだけの騎士と平民に戻ればいい。
そう自分に言い聞かせる。でなければ、木こりは木こりじゃいられなくなる。
木こりはこれ以上、今まで忘れていた温かくも切ない気持ちを思い出したくない。
だって、思い出してしまえば、自分のせいで彼やこの国を危険に曝してしまうと分かっていたから。
木こりにとってそれは、最も避けたいことであり本意ではないことである。
(分かっている、分かっている。でも……)
『俺があなたの鍛錬の時間が楽しかったんだ。だから、あなたが嫌じゃなければ、これからも毎朝、あなたとの鍛錬を続けてさせて欲しい』
(鍛錬の時に見せる真剣な表情で、彼は平民である私に頭を下げた。そんな、どこまでも真面目で誠実な彼を真摯的な態度を目の当たりにしたら、私は……)
「カ、カミル?」
恐る恐る顔を上げたメストは、顔を俯かせたまま黙っているカミルに一抹の不安を覚える。
(やっぱりダメだったのか? いくら俺が誠実な姿勢で接していたとしても、俺とカミルの立場は騎士と平民。平民の彼からすれば、この1ヶ月間、騎士である俺に無理矢理付き合わされたということになる)
鍛錬の時の木こりは、常に無表情だったけど真剣に取り組むメストに正面から向き合っていてくれた。
だが、本心では嫌々ながら鍛錬に付き合っていたとしたら……?
こみ上げてくる不安な気持ちに、ギュッと拳を握り締めたメストは覚悟を決めて口を開く。
「カミル。そこまで深く考えるなら、この話を無しにしても良いんだぞ?」
(そうだ。王都に戻ってもカミルに会える。それに彼も言っていたではないか。『気が向いた時に来てもいい』って。それなら、休みの日にでも彼のいる村に行って鍛錬をすれば……)
「いえ」
「えっ?」
ゆっくりと目を開けて顔を上げたカミルが、驚いた顔をするメストと目を合わせる。
「私もあなた様との時間はとても有意義な時間でしたから、あなた様が良ければ特訓を続けましょう」
「本当に、良いのか?」
目を輝かせながら前のめりになるメストを見て、カミルはほんの少しだけ後悔をする。
(あぁ、私はなんて愚かな選択をしてしまったのかしら。これ以上、彼との関係を縮めることは良くないことだと分かっているのに)
それでも木こりは、ようやく得られたこのかけがえのない時間を失いたくなかった。
例え、目の前にいる彼が木こりの知っている彼じゃなかったとしても。
「えぇ、もちろん」
「っ!?」
(こいつ、こんな顔が出来たんだな)
温かな日の光に照らされたカミルの微笑み顔。
普段、無表情な木こりが初めて見てくれた顔に、メストは息をするのを忘れるくらい目を奪われた。
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次回、閑話を挟みます。
2/11 大幅な修正をしました。よろしくお願いいたします。