第66話 転移魔法
「それに、俺にはこれがある」
「っ!?」
得意げな笑みを浮かべたメストが懐から何かを取り出した瞬間、木こりは思わず言葉を失う。
(それって、まさか……!?)
「何これ? 懐中時計? でも、どことなく魔力を感じるんだけど?」
固まっている木こりに気づかないシトリンは、首を傾げながらメストの手の中にある物をまじまじと見る。
そこには、銀色の丸い蓋に淡い緑色のガラスで縁取られた懐中時計があった。
「これは、俺が幼い頃に誕生日プレゼントでダリアから貰った懐中時計型の魔道具だ」
「あぁ、そういえば、小さい頃にメストが『ダリアが誕生日プレゼントをくれた!』って僕に自慢していたね」
納得したような顔で頷くシトリンを見て、頬を緩めたメストが軽く頷く。
「あぁ、初めて婚約者から貰った誕生日プレゼントだから。それに、この魔道具自体とても優秀だから、こうして肌身離さず持ち歩いている」
「ふ~ん、そうなんだね~」
嬉しそうに惚気話をするメストに、シトリンは優しく微笑みかける。
そんな2人感情を悟られないように、2人から少し距離をとった木こりは、メストが後生大事に持っている魔道具から目を逸らして俯いた。
「それで、その魔道具ってどんな魔法が付与されているの?」
「あぁ、これには……」
木こりが少しだけ距離をとったことに気付かないメストは、嬉々とした表情のまま懐中時計の蓋を開ける。
中には、真ん中に複雑で高度な魔法陣が描かれ、それを囲むように縁取る六角形の頂点には、淡い緑色の小さな魔石が嵌め込まれていた。
「『転移魔法』が付与されている」
◇◇◇◇◇
「転移魔法って、あの非属性魔法の?」
驚きつつも首を傾げるシトリンに、メストは大きく頷く。
「あぁ、そうだ。この魔道具には転移魔法が付与されていて、転移先を最大で6ヶ所登録出来るんだ」
「6ヶ所……つまり、懐中時計に嵌め込まれている魔石1個で、転移先を1カ所登録出来るということ?」
「そういうことだ」
(へぇ~、シンプルな見た目の割には有能な魔道具なんだね)
感心したシトリンが再び懐中時計の中を覗き込むと、メストは魔道具の話を続ける。
「それで、転移先を登録する時は、魔石に転移先の場所にある何かを吸わせるんだ」
「意外と簡単に登録出来るんだね。でも、『登録する時は、魔石に何かを吸わせる』って、具体的に何を吸わせるの?」
「本当に何でも良いんだ。例えば……って、その前に転移先を登録している魔石が全て埋まってしまっているから、まずは転移先を登録する魔石の空きを作らないと」
そう言うと、メストは親指を軽く切り、その指を真ん中に描かれている魔法陣に置くと、6つの魔石が淡い緑色に光って転移先に登録している場所の名前が浮かび上がる。
「王国騎士団・王城・第二騎士団本部・メストの実家・ダリアの実家・駐屯地……どれを消すの?」
「もちろん王城だ。元々、俺が第二騎士団時代にインベック公爵様から『メスト君はダリアの大事な婚約者なんだから、ダリアの父である私のいる場所にいつでも来られるようにしなさい!』って半ば強引に登録させられたから」
(とは言え、俺が近衛騎士として王都に来るまで、王城に転移することなんてあまりなかったけどな)
結局あまり使わなかった転移先に、思わず苦笑いを零したメストは、浮かび上がった『王城』の文字を人差し指でなぞって消す。
すると、王城を転移先に登録していた魔石の色が淡い緑色から無色透明に変わった。
「そうやって登録した場所を消すんだね。それに、公爵令嬢の婚約者って思った以上に大変なんだね」
「まぁ、そこまでたいしたことは……って、お前どうして苦笑しているんだ?」
懐中時計からシトリンに目線を移したメストは、少々引き攣った苦笑いをしているシトリンに小首を傾げる。
「それはもちろん、ダリアとインベック公爵から良いように振り回されるメストに同情したからだよ」
「あのなぁ……今でこそあんな感じだが、俺がお茶会で初めて彼女と出会った時は、彼女は今よりももう少し貴族令嬢らしく淑やかな人だったんだぞ」
「知っているよ」
(まぁ、会う回数が増えるにつれて木剣で模擬戦をするほどになったが……って、そういえば)
憐れみの目で見つつも面白がっているシトリンを軽く睨んだメストは、ふと幼い頃に婚約者と模擬戦をしていたことを思い出す。
「そういえば俺、騎士学校で行ってからダリアと模擬戦してないな。久しぶりに模擬戦してみるか」
「止めておいた方が良いんじゃない? 今の彼女、あの頃と違って立派な公爵令嬢なんだから。それに、そんなことをしたら、『王国の盾』である宰相閣下が黙ってないと思うよ」
「それもそうだな」
(でも、あの頃はよく彼女から模擬戦に誘ってきて、俺はそれを喜んで応じていたな)
懐かしい思い出に思わず笑みを浮かべたメストと、それを見てからかうような表情で見るシトリン。
そんな2人の騎士の微笑ましい会話を遠巻きに聞いていた木こりは、こみ上げてくる悔しさを堪えるようと静かに拳を握る。
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