閑話 フェビル宛の手紙(後編)
今から10年前、まだ第二騎士団の一部隊の隊長でしなかった俺は、家の都合で夜会の場に久しぶりに顔を出した。
そこで俺は、恩人に出会った。
『フェビル・シュタール君、だよね?』
『っ!?……はっ、はい!!』
この方って、もしかしなくても!?
夜会の雰囲気にうんざりしていた俺は、その方に声をかけられた時、緊張のあまり騎士のとる最敬礼を取った。
『良いんだよ、僕は君の直属の上司じゃないんだから、わざわざ僕に対して一番美しい敬礼をしなくても』
『でっ、ですが……』
『確か、騎士の最敬礼って、主君に対して忠義を示すためだったよね?』
『そっ、そうですね』
『なら、国の政を司る宰相である僕には、騎士としてではなく貴族としての礼で大丈夫だから』
『はっ、はぁ……』
騎士の礼の意味までご存知だったとは、さすがこの国を支えるお方だ。
その更に5年前に行われた国王の代替わりと同時に宰相になったその方は、戸惑う俺に朗らかに微笑むと、敬礼している方の手を優しく取ってゆっくりと下した。
『それよりも、今度、第二騎士団長が近衛騎士団長になるのは聞いているよね?』
『はい』
『良かった。それなら話が早いね』
『?』
『話が早い』とは一体……?
小首を傾げる俺に、その方は掴んでいた手をそっと離すとそのまま俺の肩を掴んだ。
『だったら、君が次の第二騎士団の団長になってみない?』
『えっ!?』
俺が、次の騎士団長!?
『宰相閣下、それは身に余る光栄なのですが、今の俺……私には団を率いる力はありません』
そんな大役、今の俺に出来るわけがない。
表情を曇らせて俯いた俺に対し、その方は快活に笑うとバシバシと激しく肩を叩いてきた。
『ハハッ、何を謙遜しているんだい! 私はね、兼ねてから君の人を見る目と型破りな采配……そして、君のことを心の底から慕う部下達の有能さに注目していたんだよ』
『そっ、そうなのですか!?』
あの『王国の盾』の名を賜る宰相閣下が、第二騎士団の数多ある部隊の一部隊の隊長でしかない俺のことを注目していたのか!?
目を見張りながら顔を上げた俺に、その方は煌びやかシャンデリアの光に銀色の髪を輝かせながら、淡い緑色の瞳を緩やかに細めたまますぐ隣にいたヴィルマン侯爵に視線を向けた。
『あぁ、ディロイス……いや、ヴィルマン侯爵からよく話を聞いていたからね』
『宰相閣下、今わざと名前間違えました?』
『はて、何のことやら?』
『はぁ、あのですねぇ……』
国王のみならず全国民からの信頼が厚いその方は、正しくペトロート王国にとってなくてはならない存在なのだが、その立ち振る舞いはとても温和なもので、初対面にも関わらず何故だが親近感が沸いた。
それにしても、あの『氷の侯爵』と恐れられているヴィルマン侯爵様に怒られていても、ずっと温和な笑みを絶やさないなんて……そもそも、大勢の貴族達がいる場で、1人の大物貴族に宰相が怒られている光景は、他の貴族達からあまり良く思われないのではないだろうか?
そう思いすぐさま周りを見ると、2人のやり取りに気づいた周りにいた貴族達は、揃って小さく溜息をつくと子ども同士の喧嘩を見守るような優しい目で見守っていた。
えっ、他の貴族達がこのやり取りを微笑ましく見ているだと!?
2人に浴びせられる貴族達からの視線に再び戸惑っていると、ヴィルマン侯爵から一頻り怒られたその方は、意識と視線をヴィルマン侯爵から俺に戻した。
『それで、どうかな? 第二騎士団団長を引き受けてくれたら、隊を率いるよりもっと魔物を討伐することが出来るよ?』
『あの、その言い方ですと悪い誘いにしか聞こえませんから』
『それに、君の第二騎士団団長就任を僕とディロイスで後押しするからさ』
『ちゃっかり私を巻き込まないで下さい!! あと、名前!!』
再び繰り広げられた有能宰相と騎士団に影響を持つ貴族の会話を聞いていると、いつの間にか悩んでいたことが馬鹿らしくなった。
この2人に後押しされるなら、俺は団長の座を拝命してもいいかもしれない。
『何だったら、第二騎士団だけではなく君の家であるシュタール辺境伯家に僕の直談判に行こうか?』
『『それだけは勘弁してください』』
『うん、それなら拝命してくれるよね?』
それから数日後、俺は玉座の間で大勢の貴族達と重鎮達に見守られる中、第二騎士団の団長を拝命した。
そうだ。あの時、一部隊の隊長でしかなかった俺に声をかけてくれたあの方のためにも、俺は……
近衛騎士団長専用の執務室の窓に映る澄み渡る青空と美しい王都の街並みに、俺は小さく拳を握った。
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次回から第二章突入!!