第518話 古の魔法陣
――時は少し遡る。
ノルベルトからフリージアを助け、カトレア達がノルベルトの相手だけではなく、ルベルやグレア、更には倒れていたはずのダリアの相手をしていた時のこと。
国王の護衛として闘技場の出入り口から戦況を見守っていたレクシャは、ノルベルトの妻を無力化してきたティアーヌに気づいた。
「ティアーヌ、無事だったか」
「えぇ、あの程度、どうってこともなかったわ」
「そうか」
(まぁ、ティアーヌのことだ。きっと、散々煽った挙句、無力化してきたのだろう)
サザランス公爵夫人とインベック伯爵夫人の中の悪さを思い出したレクシャは、得意げに鼻を鳴らす妻に内心安堵しながらも思わず苦笑する。
そして、笑みを潜めると国王の前で跪いた。
「陛下、そして殿下。私め、息子達の加勢をしたく、少しだけお傍を離れてもよろしいでしょうか?」
「サザランス公爵殿、それは一体どういうことだ?」
(戦況からみて、リュシアン達だけでも十分だと思うが?)
フリージアが助けられた今、リュシアン達の実力を鑑みて、ジルベールはレクシャが行かなくても事足ると考えていた。
だが、顔を上げたレクシャが険しい顔をしながら口を開いた。
「ジルベール殿下。このままでは我が息子達はノルベルトに倒されてしまいます」
「どういうことだ?」
「……古の魔法陣があるからか?」
「古の魔法陣?」
首を傾げるジルベールに、国王が少しだけ険しそうな顔をしながら話始めた。
「約300年前。かつての宰相が帝国に攻め入ろうと一部の貴族達を自分の傀儡にする際に使われた巨大な魔法陣だ」
「そんな代物があったのですか!?」
『古の魔法陣』と呼ばれる魔法陣は、王国が建国される遥か昔、まだ魔法が発達していなかった頃に、当時数が少なかった魔法師達が魔法を使う際に用いられたものである。
そして時が流れて王国が建国された時、『いざいう時に使えるようにしたい』という初代国王の意向で、古の魔法陣は当時宰相家だったインベック家が管理をする形で残された。
王太子教育を受けていたジルベールは、もちろん300年前の悲劇について勉強はしていた。
しかし、その時に使われた魔法陣が存在していたとは思いも寄らなかった。
「まぁ、お前が知らなくても無理はない。なにせ、このことを知っているのはごく一部の者しか知らないからな」
そう言って、国王はレクシャとヴィルマン侯爵、そして闘技場で戦っているルベルとレクシャ、ロスペルとノルベルトに目を向けた。
そして、レクシャに視線を戻した。
「サザランス公爵、おぬしが戦いたいのは何も息子達のためではないだろう?」
「さすが、国王陛下。素晴らしいご慧眼でございます」
「ふむ、おぬしに褒めらえても何も嬉しくないわ」
不機嫌そうに鼻を鳴らす国王に、小さく笑みを零したレクシャは笑みを潜めると小さく頷いた。
「仰る通り、私があの場に行きたいのは息子達の加勢だけではなく、ノルベルトを私の手で止めるためです」
(フリージアや皆の頑張りを横取りするようで大変心苦しいが……元はと言えば、私の爪の甘さが原因。ならば、私の手で落とし前を付けないといけない)
左胸に添えていた手をじっと見つめ、きつく拳を握ったレクシャを見て、僅かに眉を顰めた国王が静かに頷いた。
「構わぬ。今の私にはあなたの妻もいるし、頼もしいヴィルマン侯爵とジルベールがいるから案ずるな」
「ありがとうございます。それと、魔法陣の方は破壊させていただきますので」
「……あぁ、分かっている。元からそういう決まりだったからな」
300年前。帝国との戦いで敗戦した際、帝国は王国に対して宰相家が代わると同時に古の魔法陣の管理権を委譲し、万が一悪用された場合、国王の命令を待たずに古の魔法陣を破壊する権利を渡す約束をした。
そのため、現在はサザランス公爵家が管理し、古の魔法陣の存続は当主であるレクシャに委ねられていた。
深々と頭を下げるレクシャが立ち上がって背中を向けた時、国王がレクシャの名前を呼ぶ。
「レクシャ」
ゆっくり振り返ったレクシャに、国王がたった一言。
「死ぬんじゃないぞ」
その表情は臣下の身を案じる表情ではなく、心を許した親友の身を案じる表情だった。
それを見たレクシャは、小さく笑みを浮かべるとゆっくりと視線を前に戻した。
「分かっております、陛下」
(私も、死ぬつもりはありませんから)
後悔と期待を胸に、レクシャは全ての決着をつけに行った。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!
戦いの場に赴く親友の身を案じる。
とても良いですよね。
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(作者が泣いて喜びますし、モチベが爆上がりします!)