第489話 ロスペルの変化と決意
それは、フリージアが魔力判定を受けてしばらく経った頃。
自分だけ無効化魔法が発現しなかった事実を再び突きつけられたロスペルが、屋敷の庭で1人、本を読みながら魔法の鍛錬をしていた時のこと。
リュシアンと一緒に剣の鍛錬をしていたフリージアがロスペルに駆け寄ってきたのだ。
無邪気な笑顔で駆け寄ってくるフリージアをロスペルが睨みつける。
だが、フリージアの視線は、ロスペル自身ではなく、ロスペルが放っていた魔法に向けられていた。
『ロスペル兄様、それって魔法ですよね!? それも水属性と風属性の初級魔法! すごいです!』
ロスペルが隠れて魔法の鍛錬していたお陰で、今までロスペルが魔法を使っているところを見たことが無かったフリージア。
そんな彼女は、兄の出した美しいつむじ風と水滴達に目を輝かせる。
それを見たロスペルは、思わず目を見開くと不貞腐れたように目を逸らす。
『ま、まぁ……今のフリージアと同じ5歳の頃から魔法の勉強を始めているからこれくらいは』
(僕としては、無効化魔法が使える凄いんだけど)
今までロスペルが魔法を披露するたびに、家族や使用人達が喜んでくれたし、褒めてもくれた。
けれど、無効化魔法が使いたかったロスペルには何の慰めにもならなかった。
しかし、フリージアの淡い緑色の瞳を輝かせながら自分の魔法を見て手放しで褒める姿が、ロスペルの凍った心を少しだけ溶かす。
すると、フリージアを後を追っていたリュシアンが、不貞腐れているロスペルとキラキラと目を輝かせているフリージアをそれぞれ見やると、ニヤリと笑ってフリージアの傍に座って肩を掴んだ。
『ロスペル、凄いだろ?』
『はい! とってもすごいです!』
『こ、こんなの、勉強すれば誰でも……!』
焦って否定の言葉を口にした瞬間、キラキラと目を輝かせていた妹の顔が瞬く間に曇る。
その時、ロスペルは幼い頃から望んでいた魔法が、実はとても不自由なものだとようやく理解した。
(そうだ、父さんやリュシアン兄さん、フリージアは魔力に魔法が刻まれているせいで、生まれた瞬間からたった1つの魔法しか使えない。それだけでなく、貴族が使う魔力を注げば使える魔道具が使えず、平民が使う魔石を嵌め込んだ魔道具を使っているんだった)
曇った顔で口を閉ざすフリージアに、胸を痛めたロスペルは、彼女の前にしゃがみ込む。
そして、魔法で出したつむじ風と水滴で美しい風と水の薔薇を作った。
『フリージア』
『何ですか?』
ゆっくりと顔を上げたフリージアに、ロスペルは問い質す。
『僕ってそんなにすごい?』
(無効化魔法が使えない僕は、本当にすごい?)
すると、水と風の薔薇を見て、パッと笑顔になったフリージアが大きく頷く。
『はい! お父様やお母様、エドガスやリュシアン兄様と同じくらい、いろんな魔法が使えるロスペル兄様はすごいです!』
『……そうか』
(僕、父上や兄さんと同じくらいすごいんだ)
満面の笑みの妹から褒められ、笑みを零すロスペル。
それを見たリュシアンは、立ち上がるとロスペルと肩を組んだ。
『そうだぞ、ロスペルはすごいんだ! なにせ、俺の弟なんだからな!』
『ちょっと、兄さん!』
『ロスペルお兄様すごい! リュシアン兄様よりすごい!』
『……フリージア、それはさすがに傷つくぞ』
『プッ、アハハハハハッ!』
『おい、ロスペル! 笑い過ぎだぞ!』
(なんだか、今までこだわっていたことがバカみたいに思えてきた)
不貞腐れる兄と、ニコニコ笑っている妹を見て、ロスペルは魔法を極めようと決意した。
無効化魔法が使える父や兄のように。
そして、妹に尊敬される兄になれるように。
◇◇◇◇◇
「そう言えば、そんなこともあったな」
幼い頃の時を思い出したリュシアンが懐かしいそうに頬を緩めると、ロスペルもまた頬を緩めながら杖を撫でた。
「あの時、僕は無効化魔法が使えるフリージアが羨ましくて仕方なかった」
「そう言えばお前、あの頃は近づいてくるフリージアを邪険に扱っていたな」
「言わないでよ。あれは僕も反省しているから」
(けれど、当時の僕は無効化魔法が使えるフリージアのことが憎くて仕方なかった)
「でもあの日、僕は兄さんとフリージアが言葉で立ち直れた。そして、魔法を極めようと決意したんだ」
(そのために、僕は何度も帝国に行って師匠にあらゆる魔法を教わったのだから)
「解呪魔法を習得したのも、『父上や兄さん、フリージアの呪いを解いてやる!』って思ったからたくさん努力して習得したんだ」
「おいおい、そんなので解ける魔法じゃねぇぞ」
「うん、知っている。でも、僕は本気で解けるんじゃないかと思って習得したんだ」
「ロスペル……」
杖に刻まれている解呪魔法の魔法陣を撫でたロスペルが視線を前に戻した時、旧都の街並みが見えてきた。
「兄さん」
「あぁ、手網は任せろ。だから、守りは頼んで良いか?」
「うん、任せて」
そう言うと、ロスペルは杖を使って馬車の下につけられている結界魔法の魔道具に魔力を注ぎ、効果範囲と強度を広げ、馬車を護衛していたカトレア達を結界の中に入れる。
「師匠、ありがとうございます!」
「いえ、それよりもこれから旧都に入ります。何が起きるか分かりませんので、警戒を怠らないでください!」
「「「はい!!」」」
「「「あぁ」」」
そして、馬車が旧都に入った瞬間、集まった平民が馬車に向かって無詠唱の初級魔法を放ってきた。
「チッ、これも奴の胸糞悪い魔法の影響か!」
「そうだね。全て初級魔法だから結界が破られることは無いと思うけど」
(とはいえ、魔法を使い慣れていない平民が無闇矢鱈に魔力を使ったら、生命の危機に陥る。だら、少しの間だけ眠ってもらおう)
馬が暴れないよう手綱を引くリュシアンの隣で、目を閉じたロスペルが魔力を練り上げると杖を上に掲げて詠唱する。
「《スリープ》!」
静かに魔法を唱えた瞬間、馬車に敵意や悪意を向けていた旧都に住む人々が一瞬にして眠りについた。
「ヒュー! さすが、稀代の天才魔法師!」
「言わないでよ、それ。でも、これでしばらく大人しくなってくれるはずよ」
茶化すリュシアンに小さく溜息をついたロスペルは、結界の中にいる人達の無事を確認すると視線を前に戻す。
「兄さん、僕は父上や兄さんやフリージアのようにあらゆる魔法を無効化することなんて出来ない。けれど……」
銀色の杖を握り締めたロスペルは、手網を握る兄に視線を向ける。
「僕は僕の魔法で守りたいものを守るよ。だから……」
優しく微笑んだ今のロスペルに、あの頃のような憎しみは無い。
あるのはただ、家族に対する尊敬と信頼だけ。
「僕の盾になってくれるよね? 兄さん」
「当たり前だろ! 俺はお前の兄なんだから!」
快活に笑ってさも当然のように答える頼もしい兄に、安堵したロスペルは眼前に見えてきたコロッセオを睨む。
「なら、僕は兄さんの矛になるよ」
(それが、無効化魔法の使い手を輩出するサザランス公爵家に生まれた僕が選んだ道だから)
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!
『稀代の天才魔法師』と呼ばれているロスペルにも、無効化魔法に憧れ、家族に嫉妬していた時期があったんですね。
そんな彼には、これから大一番の見せ所がありますのでお楽しみに!
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(作者が泣いて喜びますし、モチベが爆上がりします!)