第487話 呪縛を解き放つ
「メスト……」
心配そうに見つめるシトリンに、メストは申し訳なさそうな顔で微笑んだ。
「すまん、シトリン。だが、俺はカミルを助けたいんだ」
(この国の真実を知ってカミルが救えるなら、俺は喜んでこの国の真実を知ろう。例え、それで騎士という立場を捨てることになっても)
『ずっと、お慕いしておりました』
最後に会ったカミルの寂しそうな笑顔がメストの脳裏を過ぎり、握っていた拳に力を入れる。
それを見たシトリンは、小さくため息をつくと、メストを引き留めるように肩を掴んでいた手を離し、ロスペルの方に目を向けた。
「あの、メストにこの国の真実を教えるのならば、僕にも教えもらっても良いですか?」
「シトリン!」
シトリンの言葉に、声を荒らげたメストがシトリンの両肩を掴む。
そんな彼の顔を見たシトリンは、いつもの柔和な笑みを浮かべる。
「メスト。僕もカミル君にはそれなりに恩義があるんだ」
「恩義?」
「あぁ、『悪徳騎士から平民を守ってくれた恩義』をね」
(それと『婚約者から見放された親友を支えてくれた恩義』も)
「なにより、親友を1人行かせるなんて僕には出来ないよ」
物心ついた時からジャグロット家の跡取りとして貴族としての立ち回りを両親から叩き込まれていたシトリンは、常に柔和な笑みを浮かべながら周囲の人間を観察することで人と距離をとり、内に秘めた冷たい本性を隠していた。
そんな彼にとって、メストは自分とは正反対の人間で、出会った最初の頃は誠実で正直な彼のことを心底毛嫌いしていた。
自分がひた隠しているものを、彼は包み隠していなくて、それにより彼は周りから認めてもらえているから。
自分は隠さないと両親からも認めてもらえないのに。
しかし、一緒にいる時間が長くなるにつれて、メストの人の良さに絆されたシトリンは、いつしか『親友』と呼べる間柄になるほど彼に心を許して親しくなっていた。
そして今、副隊長としてメストの隣にいるシトリンは、カミルと出会ってから急速に変わっていくメストをずっと見てきた。
親友の変化に最初は『騎士としてそれは危ない』と思い、彼に忠言をして変化を止めようとした。
けれど、カミルが平民を守るために剣をとって悪徳騎士と対峙する姿を見かける機会が増えたことで、シトリンの中でもカミルに対して恩義を感じていた。
それが、騎士として恥ずべきことだと分かっていても。
そして、ダリアから距離を置かれてから、メストを騎士としていさせてくれたことにも、シトリンはカミルに恩義を感じていた。
なぜなら親友の騎士として凛々しくいる姿が大好きだったシトリンにとって、『カミルがいなければ今頃、メストは騎士を辞めていた』と思っていたから。
だからこそ、シトリンはこの機会にカミルに対して恩を返そうと思った。
今まで平民を助けてくれたことに。そして、メストを騎士としていさせてくれたことに。
そんなことを知る由もないメストは、両肩を掴みながらシトリンに思い直すように説得する。
「だが、お前にはジャグロット家が……何より、マヤ嬢がいるじゃないか!」
(お前は俺と違って大切な者がいる! だから、お前まで危険を犯す必要は無い!)
必死な形相のメストに、シトリンは柔和な笑みを崩さない。
「その時は、親戚から誰かを養子に据えて、マヤを連れて隣国に亡命するよ」
「そんな無責任な……!」
「えっ? メストだって、最初からそのつもりだったんでしょ?」
「ぐっ!」
渋い顔をするメストに、楽しそうに笑うシトリン。
仲睦まじい光景を目の当たりにしたロスペルは、懐かしそうに微笑むと小声で呟く。
「本当、2人は相変わらず仲が良いですね」
「「えっ?」」
(この人、もしかして俺たちのことを知っているのか?)
目の前にいるロスペルが、実は親しくしていたなんて今の2人が知るはずがない。
そんなことを分かっていたロスペルは、小さく首を横に降ると後ろにいる父親に目を向ける。
「父上、2人に解呪魔法をかけて良いですね?」
「あぁ、2人の覚悟は変わらないようだしな」
「そうですね」
思わず苦笑したロスペルは、2人に視線を戻すと杖を向け、目を閉じて魔力を練った。
(そう言えば、僕が初めて覚えた非属性魔法は解呪魔法だった。無効化魔法が解けるんじゃないかって思って覚えたんだよね。まぁ、それも無駄だったって後で分かったんだけど)
5歳の頃、あらゆる魔法の勉強をしていたロスペルは『父や兄の無効化魔法を解いて、自分や母と同じように自由に魔法を使って欲しい』と思い、習得困難とされる解呪魔法をすべく必死に研鑽を詰んだ。
そしたつ、10歳という若さで習得してしまった。
しかしその直後、どんな魔法や呪いも解ける解呪魔法が、『実は魔力を練って詠唱する魔法に限り、魔力自体に魔法が刻まれているため魔力を練る必要がほとんどない無効化魔法を解呪魔法で解くことは不可能である』ことを知ってしまった。
(それでも、習得したお陰でこうして役に立っているから、あの時、必死になって習得して良かったのかも)
懐かしい苦い思い出が蘇り、笑みを零したロスペルがそっと目を開けると、目の前にいるメストとシトリンに問い質す。
「では、今から2人に魔法をかけます。これは激痛が伴いますが、構いませんか?」
「はい!!」
「大丈夫です」
(やっぱり、2人は強い。さすがですね)
兄が親友として屋敷に招き、兄と一緒に剣の鍛錬をしていた2人を懐かしそうに笑ったロスペルは、笑みを潜めると2人に魔法をかける。
「では行きます。《ディスペル》」
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