第410話 木こりの最後の夜
――時は、建国祭前日に遡る。
「明日、ついに建国祭なのよね」
最後の晩餐を食べ終えたフリージアは、マグカップを持って窓から星空を眺める。
ノルベルトがこの国に改竄魔法をかけてから、毎年行われている建国祭は王族の皆様と貴族だけが祝うものになり、平民は、建国祭当日は外出を一切禁じられた。
(初めて聞いた時は思わず耳を疑ったけど……7年も経つと流石に慣れるわね)
「本当は、建国祭は貴族平民関係なくみんなが一緒にお祝いするものなのにね」
悲しい顔をしたフリージアは、全てが奪われる前のことを思い出す。
全てが奪われる前、フリージアは毎年行われる建国祭をとても楽しみにしていた。
(前日はお茶会や夜会に、当日は式典や祝賀会や大夜会に宰相家令嬢として参加しないといけないからとても慌ただしいけど、移動中の馬車から見える王都の商業街の賑わいに、胸をときめかせたわね)
毎年忙しいフリージアは、移動中の馬車から見える商業街の景色は毎年の楽しみだった。
活気ある王都の商業街は、建国祭当日ではその活気さが更に増し、建国祭に合わせた屋台が多く立ち並んだり、広場では大道芸人や演劇一座が道行く人たちを楽しませていたりするなど、お祭りのような賑やか雰囲気に様変わりする。
そんな街の雰囲気を、貴族平民関係無く多くの人たちが楽しんでいた。
(幼い頃はお父様を説得して、お兄様達と3人で商業街にお忍びで行ったこともあったわね)
建国祭で浮かれている人達の楽し気な声と、どこからか漂ってくる甘くて刺激的な屋台料理の匂いが、幼い頃のフリージアの好奇心を刺激して胸を躍らせた。
懐かしいことを思い出したフリージアは、不意に去年のことを思い出した。
「確か、去年はいつもより多めに鍛錬したり、ステインと一緒に森を駆け回っていたりしたわね」
(何せ、この日は唯一仕事が休みの日だから、好きなことをして気を紛れていたのよね)
平民に外出禁止令が出されている中、フリージアは誰も来ないことを良いことに、鍛錬をしたり、ステインと遊んだり、本を読んだりしてゆっくり過ごしていた。
そうしないと、全て奪われる前の幸せで穏やかな日を思い出してしまうから。
去年のことを思い出して、少しだけほろ苦い気持ちになったフリージアの脳裏に、建国祭で頑張っている友人たちの顔が過る。
「そう考えると、カトレアやラピスさんに再会出来たことが本当に信じられないわね」
去年、この場所でステインと一緒に建国祭の日を迎えたフリージアなら信じられないだろう。
まさか翌年、絶縁状態になっていた友人達と奇跡的な再会を果たし、ずっと聞きたかった家族の話を友人達の口から聞くことが出来たことを。
そして、全てを取り戻そうと動くレクシャ達のために、自らが囮となりダリアやノルベルトのもとに向かうということを。
マグカップの取っ手を強く握り、小さく唇を噛み締めたフリージアは、何かを思い出してフッと力を抜くと二階に上がる会談に目を向けた。
「そう言えば、ここ最近何かと忙しくて、あの2部屋に行っていないから今日くらいは行かないと」
「そう言えば、ここ最近何かと忙しくて、あの2部屋に行っていないから今日くらいは行かないと」
(明日、どうなるか分からないから)
明日の建国祭を前に、フリージアが『行かないといけない』と思い出した2部屋。
1つは、この家の前の主にして、全てを失って絶望していたフリージアを立ち上がらせ、今のフリージアの礎となったエドガスの部屋。
そしてもう1つは……父レクシャがエドガスに託した物がたくさん置いてある『宰相家令嬢フリージア・サザランス』を思い出させる部屋だった。
この2つの部屋は、つい最近遊びに来たカトレアやラピスはおろか、2年近くこの家に泊っているメストにすら見せていない部屋である。
特に、宰相家令嬢だった自分を思い出させる部屋は、今のメストには意地でも見せたくなかった。
今のメストには『ダリア』という大事な婚約者がいて、フリージアのことを忘れているから。
「さて、お迎えが来る前に行かないとね」
マグカップの中身を一気に飲み干したフリージアは、いつもより丁寧にマグカップを洗い終えると、いつもよりゆっくりとした足取りで二階へと上がった。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!
平民『カミル』として最後の夜が始まります。
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