第404話 復讐を止める
「シトリン、今回の建国祭は間違いなくダリアも参加する。だから、くれぐれも殺気を放ったり、危害を加えるようなことしたりするのは……」
「ごめん」
ゆっくりと椅子から立ち上がったメストの言葉を遮ったシトリンが、いつもの柔和の笑みではなく、般若のような怖い顔でメストを見つめる。
「君の言いたいことは分かる。これでも幼馴染だからね」
「だったら……!」
「けど僕は、僕の大事なマヤを傷つけたことを許すことは出来ない。だから、建国祭で彼女を見たら、僕は愛する婚約者の騎士として彼女に制裁を下す」
「っ!」
(分かっていたとはいえ、やはりお前は止まってくれないのだな)
メストは止めたかった。騎士として共に切磋琢磨する親友の暴挙を。
それを彼の婚約者が望んでいないし、悲しませるだけであること知っていたから。
けれど、心のどこかで分かっていた。婚約者を心から愛している親友が自分の言葉で止まってくれず、ただ1人の騎士としてダリアに制裁を下すことを。
「とは言っても、2か月前の出来事を彼女が覚えているとは思えないけどね」
「シトリン……」
(何せ、彼女は地位が低い者は虐げても許される存在と心の底から思っているから)
一瞬笑みを零したシトリンは、周囲を凍らすような冷気を放ちながら真顔に戻ると、悔しがるメストに向き直る。
「それでも僕は、マヤのためにやるよ」
(そのために僕は、隠匿魔法や認識阻害魔法が付与された魔道具や、証拠が一切残らない暗器を帝国から秘密裏に手に入れたのだから)
あの一件以来、シトリンはダリアに制裁を下す日に備えて、帝国から仕入れた魔道具や暗器を使いこなせるように特訓をしていた。
それだけでなく、暗殺術に長けた人物を帝国から呼び寄せ、スパルタ集中特訓で暗殺術を身につけていた。
そんなシトリンの温かいオレンジ色の瞳の奥には、見るもの全てを絶対零度に凍てつかせる青く冷たい復讐の炎が燃えあがっていた。
それを見たメストが、悔しそうに顔を歪ませる。
すると、シトリンが優しく微笑みかけた。
「安心して。ダリア嬢に会うまで、僕は騎士として王族護衛の任務は全うするからさ」
「シトリン、俺は……!!」
(俺は、これからも騎士としてお前と一緒にいたいんだ!!)
共に王国を守る騎士として、何より幼い頃から親しかった友として、復讐に手を染めようとする親友を止めようとメストは必死で手を伸ばす。
だが、その強い想いは、憎しみで真っ黒に染まったシトリンの心には届かなかった。
「ごめん、メスト。君の期待に応えられないよ」
「っ!!」
いつもの柔和な笑みを浮かべたシトリンはメストから背を向ける。
「それじゃあ僕は、先に集合場所に行って、軽く体を動かしてくるね」
「……分かった。俺は、最終確認が終わったらすぐに向かう」
(ごめんね、メスト。でも、僕は僕のために戦いたいんだ)
騎士として高め合った親友のいつになく悔しそうな顔を見て、胸を痛めたシトリンは悲しい笑みを浮かべると事務室を後にする。
「クソッ!!」
シトリンの背中を見送ったメストは、机に強く拳を叩きつける。
「俺は、俺は、どうすれば良かったんだ?」
(分かっていたこととはいえ、俺はあいつを復讐の鬼にしたくなかった!)
すると、不意にレイピアを持った木こりの背中が脳裏を過る。
「カミ、ル?」
顔を上げたメストは、明るくなる空を窓越しに見上げる。
(そうだ、カミルならきっと、シトリンのように自分の信念に従って動くはず。ならば……!)
深く息を吐いたメストは、両手で頬を叩くと気合を入れる。
「俺は、騎士として王族護衛をこなしつつ、親友としてシトリンを止める」
(例え、ダリアが悪いとしても、俺はこれからも騎士としてあいつと共にこの国を守っていきたい!)
親友を悲しい復讐鬼にさせない決意をしたメストは、再び気合をいれて最終確認をすると愛剣を持って事務室を後にする。
建国祭の裏で何が行われているかも知らずに。
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