第38話 平民と騎士と特別訓練
「まぁ、そういうことだから頼むぞ」
「分かりました」
メスト達近衛騎士団が特別訓練に向けて準備を進めていた頃、村長から特別訓練のこと聞いた木こりは僅かに溜息をつく。
(恐らく、村に騎士団が来た時に備えて今から準備するんだろうけど)
「まぁでも、騎士様達の横暴さに付き合わされている村人達の気持ちは痛いほど分かるわ。私だって、騎士達の愚行を見るたびに溜息が出てしまうから」
いつもより多めな注文数と荷台に荷積まれた物の多さ、そして、いつもなら見送ってくれる村長と村人達が蜘蛛の子を散らしたかのように慌てて家路につく様子を見届け、不憫に思った木こりは再び溜息をついた。
そして、御者台に戻った木こりは、乗った手綱を掴んでいた手に一瞬だけ力を込めると、無表情のまま馬車を走らせた。
この出来事が、木こりの凍った心を溶かすきっかけになるとも知らずに。
リアスタ村に騎士団の来訪が告げられた1週間後、朝日が降り注ぐ騎士団本部の中庭で、綺麗に隊列を組んだ大勢の騎士達が、直立不動のままフェビルが来るのを待っていた。
「はぁ、面倒くせぇなぁ」
「仕方ないだろ。今代の団長が決めたことなんだから」
「そうだけど……どうして俺たちがこんな目に」
辺境から来た騎士達は澄ました顔で待っていたが、王都勤めの騎士達は酷く面倒くさそうな顔で愚痴を漏らしながら待っていた。
すると、騎士達の前に真剣な表情のフェビルとグレアが現れた。
「静粛に! 団長からの激励の言葉だ! 皆、心して聞くように!」
グレアの威厳溢れる声に、騎士達全員が綺麗な敬礼をとる。
すると、少しだけ口角を上げたフェビルがゆっくりと騎士達を見回して口を開いた。
「今日から辺境の駐屯地で魔物討伐を中心とした特別訓練を行う! 事前に各隊の隊長と副隊長から通達があったと思うが、今回の訓練は今までの訓練とは違う。お前ら、死ぬ気で訓練に励め! 以上だ!」
「「「「はっ!!!!」」」」
騎士達の返事を聞いたフェビルは出発の合図をした。
騎士団が駐屯地で特別訓練を始めてから数日後、馬車を引いて森から出てきた木こりは、村人達が村の入口に集まっているのに気づく。
(何かしら? もしかして揉め事?)
余所者を嫌う村人達は、村から来た人達と必ずと言っていいほど揉め事を起こしていた。
(どうせ、いつものように村に来た人を罵っているでしょうけど……あらっ?)
村の入口付近にいる人達が身に纏っているものに目が留まり、木こりは村から少し離れた場所で馬車を止める。
「ステイン、ここで待っていて」
愛馬を一撫でして馬車に結界を張った木こりは、御者台から降りてすぐに普段は使われていない村の入口に向かって駆けだした。
「こんにちは。一体どうしたのですか?」
「あぁ、お前か」
裏口を使って村に入ってすぐ、木こりは入口近くにいた男性に声をかける。
すると、木こりに気づいた男性が、あからさまに嫌そうな顔をしながら入口の方に目を向けた。
「来たんだよ、騎士様達が」
「『騎士様達が』って、まさか……!」
『奴らは俺たち平民を甚振るために、わざと1日分の物資しか用意せず、残りの日を駐屯地近くにあるこの村から物資提供をしてもらうのさ』
(本当に、騎士様達が村人から略奪をしに訪れたというの!?)
一瞬目を見開いた木こりは、帯刀していたレイピアの鞘に手をかけると、すぐさま人混みの中に突入した。
「すみません、通してください」
(この村のことを教えてくれた彼が、もしこの状況を目の当たりにしたら、きっと黙っていないはず。だから、私は……)
木こりに生きる術を教えてくれた人の顔を思い出し、小さく下唇を噛み締めた木こりは、村人達からの非難の声を無視して進み続けると突然視界が開けた。
「すみません、通して下さい……って、あなたは」
「きっ、君は!?」
(どうして、どうしてあなた方がここに?)
人混みから出た木こりが村長から話を聞こうとした瞬間、見覚えのある3人の騎士達が視界に入り、思わず息をのむ。
そしてそれは、木こりの姿を目にした3人の騎士達も同じだった。
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