第277話 心境の変化
「お待たせ致しました」
幌馬車を店先に回したカミルが、御者台から降りて声をかけると、それに気づいたメストが優しい笑みを零す。
「お疲れ。後は俺が全部運んでおくから、カミルは店主殿とお喋りに興じていてくれ」
「いえ、私も一緒に運ぶ……」
「大丈夫だ。急いで馬車を回したんだろ? 涼しい顔をしていても、珍しく額に僅かに汗を掻いているのは分かっているから少しは休め」
「っ!」
(全く、こういうところは相変わらず気づいてくれるわね)
小さく胸が高鳴ったカミルは、深く溜息をつくとメストを見やった。
「でしたら、よろしくお願いします」
「おう、任せておけ」
満面の笑みを浮かべたメストが、買った物が入った大量の木箱を慣れた手つきで次々と荷台に入れる。
その様子を見てカミルが内心安堵していると、店主がカミルの隣に来た。
「いや~、最初は本当に驚いたが、まさか貴族嫌いで有名だったあんたが騎士様を弟子にとって仲良くなるなんて!」
「ちょっ、ちょっと……メストさんと一緒に来るたびに、それを言うのをやめていただけますか?」
(私も彼とまた仲良くなるなんて思いも寄らなかったわ! それと、相変わらず背中を叩く力が強すぎる! さすが、現役冒険者ね!)
カミルの細長い背中をバシバシと叩く店主に、カミルが少しだけ眉を顰めていると、不意に叩いた手が止まった。
「店主様。それ以上はいくら同じ男でも、さすがに痛いと思いますよ」
そう言って、なぜか厳しい顔をしているメストが店主の大きな手を掴んだ。
(メスト様、もしかして私を助けてくださった?)
思わず目を見開くカミルを見て、メストは更に眉を顰める。
すると、2人を見た店主が意味深な笑みを浮かべると、メストに拘束されていた手をあっさり解放させた。
「おう、悪い悪ぃ! ついつい、冒険者の時に癖が出ちまってよ! ガハハハッ!」
拘束されていた手を大袈裟に振りながら全く悪びれていない店主に、メストとカミルが揃って溜息をつく。
すると、店先に待っているステインが不機嫌そうな嘶き声を上げた。
「どうやら、ステインが『いつまで待たせるんだ!』って怒っているようだ」
「えぇ、そうですね」
一瞬笑みを浮かべたカミルに、小さく笑みを零したメストは店先に置いていた木箱を持つと積荷作業を再開した。
手早く木箱を荷台に入れつつも、時折心配そうにカミルを見るメストに、苦笑した店主はカミルの肩にそっと大きな手を乗せる。
「でもまさか、騎士嫌いのあんたが騎士を弟子にとって2年も一緒にいるなんて……最初の頃は、『1日で辞めるんじゃねぇか?』って街の奴らと噂していたもんだぜ」
「そうだったのですね……」
(私も、最初は1ヵ月で辞めると思っていた。けど、あの方を一緒にいる時間が出来て、その時間が2年も続いた)
再会したあの日から現在、カミルにとってメストは、今でも最も遠ざけないといけない人物。
それは、『カミル』というレイピアを持った平民に、騎士である彼を関わらせては、彼自身を傷つけてしまうと分かっているから。
そう頭で理解していても、彼の優しさや誠実さを触れて……いや、思い出してしまった今のカミルの心は、彼を遠ざけることを拒絶している。
言葉に出来ない複雑な気持ちにカミルが思わず口を閉じると、それを見た店主が優しく微笑んだ。
「あんた、あの兄ちゃんのことを信頼しているんだな?」
「そうでしょうか?」
「あぁ、そうじゃなきゃ、自分が買った物を他の誰かに持たせるなんてことはしないだろ?」
「……確かに、そうですね」
(それに、今の私は彼との限られた時間の中であの頃と同じ居心地の良さも感じている)
店主の純粋な言葉を聞いたカミルの心に、温かく嬉しい気持ちが広がる。
そんな気持ちを無表情の裏に隠したカミルが、店主からメストに視線を移した時、額についた汗を拭ったメストが清々しい笑みを浮かべてカミルに声をかける。
「カミル、積み込み作業終わったぞ! あと、ステインのご機嫌取りもしておいた!」
「はい、ありがとうございます」
メストが御者台に乗ったタイミングで、カミルが体ごと店店主の方に向ける。
「それでは、店主様。また来ます」
「おう! また頼むぞ! 付き添いの兄ちゃんも、また頼むな!」
「はい!」
店主に見送られたカミルは、いつものように御者台に乗ると幌馬車で王都の美しさ街を走った。
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