第275話 思い出した悪夢
※カミル視点です
『いいか、フリージア。今から会う人達は、お前のことを全く知らない人たちだ。お前
の友人も。お前の婚約者も。だから、決して自分のことを明かしてはならないぞ』
待って、お父様!
『フリージア、元気にするのよ』
お母様! お母様!
『フリージア、また生きて会おう』
リュシアン兄様!
『フリージア、必ず生き延びてくださいね』
ロスペル兄様!
エドガスが引いてきた幌馬車の荷台に強引に乗せられ、エドガスの手で幌馬車の入口が閉じられた。
『待って、待ってよ!』
『いけませんお嬢様! 幌馬車から出てしまってはなりません!』
声を荒げるエドガスの忠告を無視し、私は麻布から顔を出す。
そこには、生まれ育った屋敷とその屋敷の門の前にいる私以外の家族がいた。
『お父様! お母様!……』
『ロスペル、やってくれ』
『はい、父上』
『っ!』
嫌よ! どうして離れ離れにならないといけないの!? 私が、私たち家族が一体何をしたっていうの!?
涙を流しながら必死に名前を呼ぶ私を無視し、眉を顰めたお父様が、ロスペル兄様に何かを合図した。
すると、ロスペル兄様の銀色の杖が白い光に包まれる。
『行くよ』
ロスペル兄様が何かを唱えた瞬間、窓越しに見えていた家族は瞬く間に光の向こう側へと吸い込まれ……
「お父様!!」
飛び起きた先に見えたのは、すっかり見慣れた殺風景な部屋だった。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
荒くなった息を整えるように何回か深呼吸する。
そして、息を整えると片手で顔を覆った。
「久しぶりに見たわ」
エドガスが亡くなった後、しばらく見なくなった悪夢に思わず眉を顰める。
あの日、朝から王城に行っていたお父様が帰ってきた途端、いきなり荷造りを言い渡され、家族や使用人達と総出で荷造りを終えると、みんなと一緒に屋敷を出た。そして……
「『必ず生きろ』か」
カーテンから差し込んだ陽の光に気づき、ゆっくりと顔を上げた私はそっと窓に目を向ける。
家族と離れ離れになってからもう5年が経ったのね。
この場所に来てから家族や使用人達と会っていないから分からないけど、みんな元気だと良いなぁ……
この地での生活に慣れたせいで、すっかり忘れていた寂しさと悔しさ。
その忘れていた感情に下唇を噛んだ時、突然ドアをノックされた。
コンコンコン
「カミル、起きているか?」
「っ!」
そう言えば、昨日からメスト様が泊りに来ていたわね。
ドア越しに心配するメスト様の声に、淡い緑色の瞳を大きく見開いた私は、再び大きく深呼吸をするとドアに向かって返事をする。
「はい、起きています」
急いでベッドから起き起き抜け、手早くベッドメーキングを済ませると、ベッドサイドに準備していた衣服に袖を通す。
「そうか、珍しく起きて来なかったから起こしに来た」
「申し訳ございません」
「いい、仕事の疲れが出たのだろう。そういうことなら、今日の鍛錬は中止にするか?」
「いえ、やりましょう。そのために、あなた様も来たのですから」
最後にベレー帽やアイマスクをつけると、姿見でおかしいところが無いか確認する。
よし、今日も大丈夫。
鏡の向こうにいる自分に向かって小さく頷き、その足で部屋を出ると心配そうに眉を顰めるメスト様がいた。
「おはようございます。遅くなってしまい、申し訳ございませんでした」
「おっ、おはよう……いや、遅くなることは別に良いんだ。ただ、カミルが無理をしているなら、鍛錬を止めた方が良いのかなと思って……」
「問題ありません」
きっぱりと言い切り、メスト様の横を通って階段を下りると、不意に今朝見た夢を思い出してメストの方を見る。
もしかして、あの夢を見たのはメスト様と過ごす時間が増えたからなのかもしれないわね。
メスト様がこの家に泊りに来始めてから2年。
その間、メスト様は私から回避技を教えてもらう傍ら、私の仕事を手伝っていただいたり、私と一緒にご飯を作っていただいたりしていた。
それでも、今の彼が私にとって他人であることには変わりない。だって、今の彼は私のことを忘れているのだから。
「カミル? どうした?」
「いえ、何でもありません」
さて、今日も鍛錬に仕事だ。気を引き締めないと。
胸を締め付ける気持ちをアイマスクの下で押し殺し。今日も私はメストと共に鍛錬に励む。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!
久しぶりのカミル登場です!
また、今話から新シリーズが始まります!
個人的に結構胸アツな展開を用意していますので、楽しんでいただけると幸いです!
そして、ブクマ・いいね・評価の方をよろしくお願いいたします!
(作者が泣いて喜びますし、モチベが爆上がりします!)