第273話 師匠!!
ラピスがフェビルと握手を交わしていた頃、執務室の扉の前にいたカトレアは、小さく息を吐くと緊張の面持ちで扉を開けた。
すると、主より先に部屋に入っていた人物が振り返る。
「おかえりなさいませ、カトレア様」
「っ!」
部屋に入ってきたカトレアを見て、深々と頭を下げるテオ。
主に仕える小間使いとして毎日している所作に、カトレアは胸が締め付けられる。
(帝国に行く前だったら、さして気にしなかった光景。でも、今は……記憶が戻った今なら)
『おはようございます。カトレア様』
『えぇ、おはようテオ。今日もよろしく』
脳裏に蘇る彼との何気ないやり取り。
その何気ない会話が、今のカトレアに強い罪悪感を掻き立たせる。
「カトレア様?」
テオが小首を傾げると、強く拳を握ったカトレアの目が潤む。
『君の師匠がどこにいるか分かっているよね?』
(分かっていますよ、マーザス様。だからもういいですよね?)
マーザスの言葉に背中を押されたカトレアは、少しだけ逸る気持ちを抑えて後ろ手に扉を閉める。
そして……
「カトレア様、一体どうされ……っ!?」
ドサッ!
扉を閉めたその瞬間、カトレアは困った様子のテオに向かって思い切り抱き着いてきた。
「カ、カトレア様!? 急にどうしたのですか!?」
主に抱き着かれて、感情を表に出さないテオが狼狽える。
そんな彼の声を聞いて、カトレアは抑えてきた気持ちが涙として溢れ出る。
(婚約者以外の男性に抱き着くなんて、はしたいなことこの上ないだから、彼が狼狽えるのは仕方ない。でも帝国から戻った私が、真っ先に会いたかったのはルベル団長ではなくこの方だった)
「カトレア、本当にどうし……」
「ロスペル師匠!!」
「っ!?」
その瞬間、自分からカトレアを引き離そうと、目の前にある華奢な両肩に両手を乗せたテオの動きが止まった。
「なっ、何を言って……」
「やっと、やっと会えました! 師匠!!」
「っ!」
(本当に、本当に思い出したというのか)
「……師匠とは、一体誰のことですか?」
カトレアを引き離すことを諦めたテオは、力なく手を下ろすと突き放すように冷たい声で問い質す。
その声に、懐かしさを覚えたカトレアは黒いローブを握りながら小さく笑みを零す。
(あぁ、懐かしい。師匠の冷たく突き放す言い方。この言い方に泣き虫な私は何度も心が折れそうになった。でも、私は知っている。その冷たさの中に不器用な優しさがあることを。だから私は、『稀代の天才魔法師』と呼ばれる師匠の弟子であり続けられた)
握っているローブに力を入れたカトレアは、ゆっくりと顔を上げると満面の笑みで口を開く。
「あなたは私の師匠……ペトロート王国副団長であり『稀代の天才魔法師』であるロスペル・サザランス様ですよね?」
「…………」
黙ったまま微動だにしないテオに、カトレアは記憶を思い出した時に抱いた思いを爆発させる。
「ずっと……ずっとずっと、会いたかったです! 帝国で記憶を取り戻し、王国へ帰る道中、師匠のお父様に事情を教えていただきました。そして、記憶が無かったとはいえ、あなた様を小間使いとして扱ってしまったこと本当に申し訳ございませんでした! 師匠を小間使いにするなんて、弟子としてこの上なく不敬なのは承知……」
「もういいです」
小さく首を振ったテオは、カトレアを優しく突き放すと深く被っていた黒いフードを外す。
すると、そこから一纏めにした淡い緑色の長髪が出てきた。
「本当、相変わらず泣き虫ですね。うちの弟子は」
そう言って白い仮面を外した黒いローブの男は、銀色の瞳を緩やかに細めると、中性的な顔立ちで仕方なさそうに笑った。
(あぁ、やっと……やっと会うことが出来た)
「師匠!!!!」
「おっと! 全く、いくら君の師匠とはいえ、婚約者のいる女性から二度も抱きつかれたら、流石に君の婚約者に決闘でも挑まれますよ」
「しっ、師匠が黙っていれば、もっ、問題ありません!」
「そういうことではないのですが……」
小さく肩を竦めたロスペルは、涙で顔をぐちゃぐちゃにしているカトレアの頭を優しく叩くとゆっくり引き離してソファーに座らせた。
そして、弟子が泣き止むまで介抱をした。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!
ついに出てきましたカトレアの師匠ロスペル!!
お名前で既にお気づきかと思いますが、彼はレクシャとティアーヌの間に生まれたサザランス家の次男です!(ちなみに、長男はリュシアン!)
『稀代の天才魔法師』と呼ばれ、マーザスとは親友である彼がこれからどうなるか楽しんでいただけると幸いです!
そして、ブクマ・いいね・評価の方をよろしくお願いいたします!
(作者が泣いて喜びますし、モチベが爆上がりします!)