第216話 涙の後悔
「っ!?」
「カトレア?」
心配そうに声をかけたラピスを無視し、小さく肩を震わせたカトレアは、強張らせた顔をゆっくり上げた。
『ここがどこだか分かっているの? 剣も魔法も使えない平民がどうしてここにいるの?』
「違う、違うの……」
本棚に向かって唇を震わせながら小さく首を横に振るカトレア。
そんな彼女の目には、魔物討伐の時に出会った木こりの平民が映っていた。
『メスト様、どうして平民がいるのですか? それも、レイピアなんて平民風情には到底扱えない物を携えて』
「その人は……その子は、平民ではないわ!」
(記憶が全て戻った今なら分かる! その人こそ……)
「マーザス殿」
「ごめん。今はただ、彼女の記憶の整理がつくのを待つしか出来ない」
「……分かりました」
泣きそうな顔で本棚に話しかけているに、マーザスはただ眉を顰め、ラピスは顔を歪ませて静かに拳を握った。
そんな2人の会話が耳に入って来ないカトレアは、冷たい目で自分を見ている木こりに、許しを乞うように大きく首を横に振った。
「違う、違うのよ! フリージア!」
(私は、誰よりも気高いあなたに、そんな蔑んだ言葉を使いたくは無かった!)
涙で顔を濡らしたカトレアは、親友の名を呼びながら本棚に向かって手を伸ばした。
その時、カトレアの耳にあの日親友に向かって罵倒した言葉が幻聴として聞こえた。
『あんたみたいな平民がいたら邪魔なのよ!』
「あっ、あぁぁっ……」
(そうだわ。あの日、私は目の前にいる平民が親友だと気づかず、平民だからとあの子を罵倒したんだった)
伸ばした手を止めたカトレアは、そのまま顔面蒼白になった顔を両手で覆った。
すると、幼い頃に親友から言われた言葉を思い出した。
『平民だって、私達と同じ魔力を持っているし、同じペトロート王国の国民なんだよ!』
(そうよ。幼い頃、私は親友からそう教えてもらったじゃない。それなのに、忘れていたとはいえ、なんて愚かなこと……)
あの日に言ってしまった言葉に後悔が尽きないカトレア。
そんな彼女にとどめを刺すように、記憶にいる親友に向かって得意の火魔法を撃つ自分の姿が蘇った。
『ファイヤーボール!』
「あああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!」
あの日の愚行を全て思い出したカトレアは、今までの行いに対する後悔と懺悔を押し出すように、天井に向かって甲高い声で咆哮した。
(どうして、どうして私はあの平民が本当の親友だと気づかなかったの!? 最初から気づいていれば、罵倒なんてしなかった! 気づいていれば、あんな淫乱令嬢の声に負けて魔法を撃つことだってしなかった!)
涙でぐちゃぐちゃになった顔で一頻り声を上げたカトレアは、マリオネットの糸が切れたようにゆっくりと後ろに倒れた。
「カトレア!」
慌てて抱き留めたラピスは、すぐさま涙に濡れたカトレアの顔を見た。
しかし、カトレアの目にはラピスではなく冷たい目をした平民が映ったままだった。
『そうですね、平民である私がここにいてはいけないですね』
「っ!?……待って」
「カトレア?」
酷く青ざめた表情をしたカトレアは、首を横に振りながらラピス……ではなく、天井に向かって再び手を伸ばした。
「行かないで! 行かないでよ、フリージア!!」
(やっと……やっと、あなたと再会出来たのに!)
暗い森の中に入ろうとする親友を引き止めようと、必死で手を伸ばすカトレア。
だが、一瞬だけ振り返った平民は、静かに別れの言葉を告げると、あっという間に森の中へと入った。
『それでは、失礼致します』
「待ってーーーーーー!!!!!!」
耳をつんざくような声を張り上げたカトレアは、体力が尽きたように伸ばしていた手を静かに降ろすと涙を流しながら目を閉じた。
(ごめんなさい。本当に……)
「ごめんなさい、フリージア」
黙って様子を見ていたマーザスと終始困惑しているラピスをよそに、カトレアは本当の親友の名前と謝罪の言葉を口にするとそのまま意識を手放した。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!
全ての記憶が戻ったカトレア! 一体彼女は、これからどうするのか!?
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