第189話 下級文官は元帝国貴族
「おい、カトレア! さっさと謝れ!」
「っ!? ルベル団長!?」
(どうして、うちの団長までいるの!?)
いつの間にか後ろにいたルベルに頭を掴まれたカトレアは、マクシェルに向かって頭を下げさせられようとしていた。
「いっ、痛いです! 団長! どうして、私が平民出身の文官に謝らなければいけないのですか!?」
(いくら文官でも、貴族である私が平民に頭を下げるなんてありえない!)
必死で抵抗するカトレアに、ルベルは慌てた表情で叫んだ。
「お前、さっきマクシェル殿が言ったことを忘れたのか!? 目の前にいる方は、国王陛下からの勅命を受けた方なんだぞ!」
(分かっています! でも、私は貴族のプライドにかけて目の前にいる下級文官に頭を下げるなんて無様なことはしたくありません!)
それでも納得いかないカトレアは、後ろにいる上司を睨みつけた。
だが、部下から睨まれても一切動じないルベルは、マクシェルを一瞥すると再び声を上げた。
「そもそも、この方は平民出身ではなく帝国で有名な貴族出身だ!」
「っ!?」
(やけに洗練された礼をすると思ったら……この方、本当は貴族だったの!?)
「今は、ワケあって我が国で下級文官として働いているようだが……その方に無礼を働いたと帝国に知られれば、さすがに言わなくても分かるよな?」
「っ!?」
(魔法においては王国が上でも、魔道具においては帝国の方が圧倒的に上。最近では、魔力が少ない平民でも魔物が倒せる魔道具が完成したとか)
「もし、無礼を働いたと知った帝国が、宣戦布告をして我が国に攻め入ったとしたら……」
「まぁ、ただではすまないな」
ようやく己の失態を理解したカトレアの表情が、瞬く間に顔面蒼白になった。
そんな彼女を見て、マクシェルが困ったように笑った。
「もう随分前の話ですよ。私が……今のお嬢さんと同じ歳の頃、皇帝陛下の命令でこちらに移り住んだのです」
「……皇帝陛下の命令で、我が国に来られたのですか?」
マクシェル自身の口から出た真実に、言葉が出なくなったカトレアの代わりに、引き攣った顔のラピスが恐る恐る聞いた。
「はい。ルベル殿もおっしゃっていましたが……私の家は代々、国政に携わっていたそれなりに名の知れた家なのですよ」
「マクシェル殿。私はフェビルから『それなりに』ではなく『由緒正しい名家の出身だ』と聞いているのですが」
「ハハッ、そうでした」
朗らかに笑うマクシェルに、カトレアとラピスは言葉を失い、ルベルは呆れたように溜息をつき、今までの会話を黙って聞いていたフェビルは難しい顔をしていた。
そんな4人の反応を一瞥したマクシェルは、一瞬遠い目をすると小さく笑みを浮かべた。
「それで、紆余曲折あって私は、皇帝陛下の命令でこのペトロート王国に派遣文官として来たのです」
懐かしむように語るマクシェルに、ようやく全ての飲み込んだカトレアはルベルが掴んでいた手を離すと、目の前にいる彼に向かって静かに頭を下げた。
「マクシェル様。この度は、私の愚かで浅はかな考えであなた様と傷つけてしまい、大変申し訳ございませんでした」
(本当は、皇帝陛下に信頼されるほどの方だったなんて……ブローチの色が銅だからって、目の前にいる相手が、必ずしも見下していい存在だって思ってはいけないわ)
深々と頭を下げたカトレアは、己の傲慢さと視野の狭さに下唇を噛んでいると、耳元で聞き覚えのある女性の声が聞えた。
『良いじゃない。だって、銅色のブローチってことは平民と同じ扱いにしても構わないってことなんだから』
「っ!?」
「カトレア?」
(今、確かにダリアの……あの子の声が聞えて……!!)
顔を上げたカトレアが、すぐさま辺りを見回すが、黒髪に赤い瞳をした女性の姿はどこにもなかった。
「カトレア、どうした? 急に辺りを見回して」
「……いっ、いえ。何でもありません」
(この場にはあの子はいない。だとしたら、ただの私の気のせい?)
小さく溜息をついたカトレアは、朝焼けに照らされた王都の綺麗な街並みを僅かに睨みつけた。
「ルベル団長にフェビル団長。そろそろ……」
「あぁ、そうだな」
ラピスの言葉にルベルとフェビルは互いに目を合わせると、申し訳なさそうな顔をしたマクシェルがルベルに声をかけた。
「あの、ルベル殿。少しだけ、お時間をいただけますか?」
「えっ!? ええっと……」
困ったような顔をしたルベルがラピスの方を見ると、他の騎士に確認を取ったラピスがルベルに向かって小さく頷いた。
「はい。少しだけでしたら」
「ありがとうございます。では……」
ルベルから許可を得たマクシェルは、鎧に覆われたフェビルの肩にそっと触れた。
「少しだけ、フェビル殿を借りますね」
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2/12 大幅な修正をしました。よろしくお願いいたします。