第146話 小間使いテオ
コンコンコン
「どうぞ」
「失礼致します」
カトレアが返事をすると、重厚な木製の扉が開かれ、目元部分をくり抜いただけの真っ白な仮面を付け、フードを深く被った黒ローブを纏った長身で細身の男が入ってきた。
「カトレア様、そろそろ会議の時間でございます」
「そう、分かったわ。すぐに向かう」
「かしこまりました」
深々と頭を下げた男が部屋を後にしようとした時、『玩具を見つけた』とニヤリと嗤ったダリアが、男の背中に向かって手を翳すと赤い魔法陣を展開する。
「っ!?」
(しまった、このままじゃダリアの魔法が彼に当たってしまう!)
意地悪そうに笑って魔法を放とうとするダリアに気づいたカトレアが、顔を真っ青にすると慌てて手を伸ばして赤い魔法陣を展開する。
「ダリア!! 待って……!」
「《ファイヤーアロー》♪」
親友の制止を無視し、ダリアが魔法を放ったその時、サッと後ろを振り返った黒ローブの男が、銀色の瞳でダリアの放った魔法を捉える。
そして、人差し指で青色の魔法陣を展開すると、誰にも聞こえない声で詠唱し、目の前まで迫ったダリアの魔法に自身の放った魔法をぶつける。
「《ウォーターアロー》」
「「っ!?」」
その瞬間、ダリアの放った火矢と黒ローブ男の放った水矢がぶつかり、水蒸気となって相殺された。
(この子、どうして魔法を? それも……)
「はぁ、魔力の練りが雑すぎます。これだと、我が妹の方がよっぽどマシです」
「テオ、今何か言った?」
「いえ、何も。それよりも……」
困惑しているカトレアに、ゆっくりと手を下ろした黒ローブの男テオは、『何でもありません』と小さく首を横に振ると、上質な赤いカーペットについた水滴の跡を一瞥して主人に向かって頭を下げる。
「執務室を汚してしまい、大変申し訳ございません。掃除の方は私が責任をもって誠心誠意いたしますので、どうかご容赦を」
「え、あ……そ、そうね。掃除の方はあなたに任せるわ。テオ」
「かしこまり……」
「ちょっと待ちなさい!」
頭の整理がつかないまま、テオに掃除を命じたカトレアの隣で、激高したダリアがソファーから立ち上がると、テオに向かって指をさす。
「あんた、黒ローブってことは平民なのでしょ!?」
「ちょっと、ダリア。それは後で私が……」
「いいから黙って! いくら親友だからって、宰相家令嬢である私に意見しないで!」
「口答えって……」
(私はただ、あなたを諫めようとしただけで、別に意見なんて……)
ダリアの棘のある言葉に傷ついたカトレアを一瞥し、仮面の中で僅かに眉を顰めたテオは、拳を握るとダリアに視線を戻す。
「そうですが、それが何か?」
「それなら、どうして私の魔法を……それも火属性の中級魔法を防いだの!? 平民の分際で!!」
黒ローブの魔法師は、貴族と同等の魔力を持っている平民の中でも稀な平民。
だから、魔法の勉強をすれば平民の彼らでも貴族と同じ魔法を使え、宮廷魔法師として魔物討伐に参加することが出来る。
しかし、この国では宰相閣下の意向で平民に魔法を教えることを禁じている。
それは、黒ローブの魔法師も例外ではない。
そのため、黒ローブの魔法師達は『魔法師見習い』として、主に灰色ローブを着た研究者達やカトレアのような白ローブを着た宮廷魔法師達から雑務を押し付けられている。
(魔法はおろか、魔力の使い方もろくに教えられていない黒ローブの魔法師が、中級魔法を相殺することは本来出来ない。だけど、テオはダリアの中級魔法を見事相殺させた)
「私以外の他の宮廷魔法師がテオに魔法を教えたことも……いや、宰相閣下の反感を買ってまで平民に魔法を教えようなんてお人好しの宮廷魔法師は、この宮廷魔法師団にはいないわね」
(なにせ、ここで働く宮廷魔法師達は全員貴族で、魔法に関しては人一倍誇りとプライドが高いのだから)
顔を真っ赤にしながら鼻息を荒くするダリアの傍で、ようやく頭の整理がついたカトレアがぶつぶつと呟きながらテオに対して疑いの目を向ける。
すると、テオが不思議そうに小首を傾げる。
「さて、何のことでしょう? 黒ローブの魔法師の私には、あなた様が何をおっしゃっているのかさっぱり分かりません」
「「はぁ!?」」
(あんた、この期に及んでとぼけるつもり!?)
テオの無理な言い分に、再び唖然とするカトレアとは反対に、更に顔を真っ赤にしたダリアが怒鳴りつける。
「とぼけないで! 確かに私は、あんたに対して中級魔法を……」
「それよりもカトレア様」
「ちょっと、最後まで話を聞きなさいよ!」
癇癪を起したお嬢様を無視したテオは、自分の主であるカトレアに向き直る。
「もうじき会議のお時間ですので、お早めにご準備の方を」
「え、えぇ……分かっているわ」
「あんた! 平民の分際で宰相家令嬢である私の話を遮るなんて……」
「それでは、失礼致します」
侍女に抑えられながら駄々を捏ねているダリアを一瞥したテオは、ゆっくりとお辞儀をすると静かに部屋を後にする。
その直後、誰も通っていない廊下でテオは小さく呟く。
「前々から知っていたとはいえ、改めてあんな下品な女が『宰相家令嬢』を名乗っているとは……本当、虫唾が走りますね」
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5/5 加筆修正しました。よろしくお願いします。