第138話 分からなくなった
「カミル、何か言ったか?」
「いえ、何も。疲労が溜まって空耳が聞こえたのではないですか?」
「そ、そうか」
(絶対にカミルが何か言った気がしたのだが)
無表情のカミルの言葉に、釈然としないメスト。
そんな彼を見たカミルは、小さく安堵の溜息つくと話を戻す。
「それよりも、あなた様は婚約者様からそんな扱いをされて平気なのですか? あなた様のご多忙な騎士様ですから、ごく普通のお貴族様と比べて会う回数は少ないかもしれません。ですが、半年間、婚約者様と会えないなんて」
(いくらダリアの我儘で会っていないとしても、半年も婚約者に会えていないなんて、2人が余程不仲か片方が他国に留学でもしない限りありえない)
メストが騎士という忙しい仕事に就いているとはいえ、メストとダリアは同じ王都にいるのだから会おうと思えばいつでも会える。
それなのに、2人は会っていない。
それも、半年という長い期間。
それが、自由奔放なダリアのワガママに付き合った計画だとしても、半年間という期間一切会っていないというのは、貴族の常識からすれば異常事態に他ならない。
(もし、この話が社交界に流れたら、2人の仲を疑うような噂があっという間に広まってしまう。そうなった場合、間違いなく2人の家に影響が出る)
だが、カミルは今のペトロート王国で互いの家に影響が出る深刻な事態にはならないと分かっていた。
なにせ、ダリアの父はこの国の宰相なのだから。
(例え、当事者であるあの女が噂の意味を分かっていなくても、あの女の父が分かっていれば、彼が立場を利用して噂そのものをもみ消すわよね)
「私から家族を奪った時のように……」
「カミル?」
胸の内に燃える憎悪の炎をアイマスクの裏に隠しつつ、メストから声をかけられたカミルは小さく咳払いをするとメストに視線を戻す。
「いえ、何でも。それでどうなのですか?」
無表情のカミルから問い質されたメストは、ここ半年間のことを思い返し、思わず苦笑する。
「そうだな。多忙な身であるとはいえ、半年も婚約者に会っていないなんてよっぽどのことが無い限りありえないし、普通なら平気なわけがない」
(そうよ、普通ならそうに決まっている)
「その上、婚約者に半年も会っていないのならば、このことを口実に婚約破棄出来る」
「あっ」
「だが、相手はこの国の宰相の娘。家のことを考えたらそう簡単に言い出せないんだ」
「っ!」
メストの話を聞いて、カミルは今まで忘れていた可能性に気づかされる。
(確かに、半年も婚約者同士の交流がなければ、どちらかが……いや、この場合はダリアから婚約破棄を言い出してもおかしくない。けれど、2人はまだ婚約したまま。一体、あの女はメスト様のことをどう考えているの?)
思わず眉を顰めるカミルに、メストは自分の本音を吐露する。
「それに俺、半年間婚約者とまともに会っていないなぜか平気なんだ」
「えっ?」
(婚約者に半年間会っていなくても平気? 嘘でしょ? 今のあなたであれば、『婚約者と半年も会っていなくても平気だ』なんてありえないはず)
ダリアを溺愛しているメストとは思えない言葉が飛び出し、カミルは思わず言葉を失う。
すると、不意に天井を見たメストが力なく笑う。
「おかしな話だろ? 半年も会っていないのに平気だなんて。自分でも正気を疑う」
「まぁ、そうですね」
「だよな。でも俺、不思議なことに本当に平気なんだ。それに……」
「それに?」
小首を傾げたカミルは、この後に続いた彼の言葉に絶句する。
「ここ最近、俺が婚約者のことが本当に好きだったのか分からなくなってきたんだ」
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2/12 大幅な修正をしました。よろしくお願いいたします。