第136話 墓参りさせてくれないか?
「彼なら、6年前に亡くなりました」
「そう、なのか?」
「はい」
「そう、か……」
(この家へ泊まりに来てから随分と経つけれど、カミル以外の住人を見たことが無い。だから、どこか別のところに住処を変えたのだと思ったのだが……)
淡々と恩人が亡くなったことを口にしたカミルは、貴族令嬢のような綺麗な所作でぬるくなったホットミルクを飲む。
それに対し、メストは静かに口を閉じるとそのまま目を伏せ、マグカップに入った黒い液体の中に映る悲しい顔をした自分を見つめる。
(いつもの無表情でカミルは淡々と話しているが……本当は、今の俺みたいに悲しかったに違いない)
小さく下唇を噛んだメストは、ふと何かを思いついてカミルに視線を戻す。
「なぁ、カミル」
「何でしょう?」
「その……彼が、眠っている墓はあるのか?」
「ありますよ、この森の奥に。とても簡素なものですが」
(それも、私の作ったお墓が誰も立ち入らないような場所に)
「そうか。それなら、彼の墓参りをさせてもらってもいいだろうか?」
「えっ?」
(突然、どうしたのかしら?)
メストからの突然のお願いに、音を立てずにマグカップを置いたカミルが僅かに眉を顰める。
そんなカミルに対し、メストは優しく微笑みかける。
「カミルの話を聞いて、『カミルをここまで育ててくれてありがとうございます』その人にお礼がしたくなった。ダメ、だろうか?」
「っ!?」
メストが墓参りに行きたい理由を聞いて、一瞬目を見開いたカミルは、ゆっくりと顔を俯かせると考えを巡らせる。
(どうしよう。いくらお礼が言いたいからって、彼の眠るお墓にメスト様を連れて行っていいの? 今のメスト様にとって、エドガスは赤の他人でしかないのだから行く必要なんてどこにもないのに。でも……)
普段無表情のカミルが、珍しく小さく唸りながら顎に片手を添えて熟考している。
それを見たメストは、申し訳なさそうな顔をしてカミルに話しかける。
「カミル、無理なら無理で構わない。よく考えたら、眠っている彼にとって、俺はただの赤の他人でしかない。そんな奴が、いきなり墓参りに来たら迷惑しかならない。それなのに俺は……俺の配慮が足りず、君を困らせてしまい本当にすまなかった」
「いえ、そういうことでは……」
深く頭を下げたメストに、少しだけ目を伏せたカミルは、一瞬口を噤むと視線を戻し、この短時間で導き出した答えをメストに伝える。
「一先ず、この件は一旦保留させていただいてもよろしいでしょうか? 私もここ最近はお墓参りに行けず、お墓の状態を把握出来ていませんので」
「分かった。ただ、何度も言うが無理はしなくていいからな」
「はい、分かっています」
(とりあえず、エドガスの墓参りの件はメスト様が帰った後に考えよう。ここ最近、エドガスのお墓に行けていないのは本当のことだし)
カミルの返事を聞いて、やっと笑みを浮かべたメストはホットコーヒーを口にする。
それを見て、小さく安堵したカミルはマグカップの中に残っているホットミルクを飲む。
すると、カミルの淡い緑色の瞳に、カミルが懐に入れている銀色の懐中時計が偶然映った。
(そう言えば彼、ほぼ毎週のように泊りに来ているけど……婚約者とは上手くいっているのかしら? まぁ、今の私には関係ないけど。でもまぁ、あの婚約者、自分に対しての束縛は嫌いなくせに、相手に対してはとにかく束縛したがるのよね)
そんなことを思いつつ、カミルは胸の奥からこみ上げてきたどす黒い感情を必死に抑える。
そして、美味しそうにホットコーヒーを飲んでいるメストに視線を移した。
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2/12 大幅な修正をしました。よろしくお願いいたします。