第135話 カミルの過去(後編)
普段は無表情で淡々としているカミルが、声を荒げて立ち上がるところを見て、驚いたメストは思わずたじろぐ。
「ど、どうしたカミル?」
「はっ!」
(いけない、私としたことがつい感情的に!)
目を見開いて仰け反っているメストを見て、一気に頭が冷えたカミルは誤魔化すように咳払いをすると静かに座り直す。
「すみません、取り乱しました」
「い、いや、良いんだ。むしろ、カミルの気に障った言ってしまい、すまな……」
「違います」
「えっ?」
深々と頭を下げたメストが顔を上げると、そこには気まずそうに視線を逸らせる無表情のカミルがいた。
「その、私がみっともなく声を荒げたのは、気に障ったのではなく、平民如きの事情にわざわざ騎士様の手を煩わせるわけにはいかないと思ったからです」
(嘘。本当はあなたを私の事情に巻き込ませたくなかっただけ)
目の前の彼を守るために嘘をつくカミル。
そんなカミルから嘘をつかれているなどと夢にも思わないメストは、カミルの言葉に少しだけ落ち込んだ。
「そうだったのか。俺はただ、カミルだから手を貸そうと思って言っただけなんだ」
「そう、でしたか……」
メストの落ち込んだ顔を見て、少しだけ胸が痛んだカミルは僅かに目を伏せると小さく息を吐いてメストに視線を戻す。
「ですが、幼い頃の話なのでその大貴族の名前を覚えていません。そもそも、その大貴族がこの国の貴族だったのかも分からないのです」
「つまり、カミルの話だけでその貴族が誰か調べることは出来ないってことか?」
「そういうことです」
「そう、か……」
再び落ち込んだメストが静かに口を閉ざして俯く。
そんな彼を見たカミルは、ほんの少しだけ下唇を噛む。
(ごめんなさい。私の嘘の話を真摯に受け止めて、私のために動こうとしてくれて)
「……でも、あの女の力を借りることをだけは絶対にさせたくないから」
「カミル?」
「はっ!」
(いけない、小声でつい本音が出てしまったわ)
慌ててメストを見たカミルだったが、心配そうな顔でこちらを見ているだけで、小声で囁いたカミルの本音は聞こえてなかったようだ。
(良かった、聞こえていないみたい)
内心安堵したカミルは、メストに向かって小さく頭を下げる。
「すみません、つい別のことを考えていました」
「そうか。それなら良いんだ」
(何か言っていた気がするが……いつものカミルに戻って良かった)
カミルの無表情を見て、安堵したメストはぬるくなったホットコーヒーを真剣な表情でカミルを見つめる。
「なぁ、カミル」
「はい、何でしょう?」
「もし良ければ、このまま君の話を良いか? もちろん、嫌だったらこれ以上は聞かない」
平民でも親切に相手を気遣うメストに、一瞬笑みを零したカミルはすぐさま無表情に戻すと小さく頷く。
「お気遣いありがとうございます。あなたが良ければ、このまま話を続けますね」
「ありがとう。だが、無理だけは絶対にするなよ」
「はい」
メストの優しさに、久しぶりに胸が温かくなったカミルは、真実を交えた嘘の話をメストに話す。
「大貴族が没落した後、私は孤児院で引き取ってくれた方……大貴族に仕えていた元執事と共にこの場所に来て住み始めました」
(やはり、カミルを引き取ったのは大貴族の執事だったのか)
「ということは、この場所は元々その元執事が所有していた場所なのか?」
「いえ、この場所は元々没落した大貴族が隠れ別荘として所有していた場所らしいです」
「そうだったのか!?」
(前々から一人暮らしするには広すぎる家だと思っていたが……まさか、大貴族の隠れ別荘だったとは)
「えぇ、そして没落する直前、大貴族からこの場所を与えられたそうです」
「なるほど……」
すっかり見慣れた室内を見回したメストは、納得したようにウンウン頷くとカミルに視線を戻す。
「それにしても、こんな立派な場所が与えられるなんて……その元執事、よっぽど主人に信頼されていたんだな」
「そう、ですね……」
そう言うと、カミルは過去を思い出すように顔を俯かせた。
『旦那様、ロスペル様から先日の魔物討伐について報告が上がっております』
『奥様、本日のお茶会のことなのですが……』
『リュシアン様。こちらが、先月の収入でございます』
『お嬢様、今日はダンスのレッスン日でございますよ』
『インホルト。私の代わりに、王都にいらっしゃるロスペル様へ手紙を届けなさい』
「本当、主人と家に尽くす忠実な執事だったわ」
「カミル?」
不思議そうに首を傾げながら名前を呼ぶメストに、我に返ったカミルは再び小さく咳払いすると視線を戻す。
「ともかく、そういう経緯があり、私はこの場所で元執事を2人で暮らすようになりました」
「そうだったんだな。ちなみに、その元執事は今どこに?」
すると、カミルの表情が僅かに歪んだ。
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2/12 大幅な修正をしました。よろしくお願いいたします。