第122話 ノルベルトの独壇場
「フェビル・シュタール。貴様には今回の特別訓練について、きちんと処罰を受けてもらう」
棘のある言い方で特別訓練についての処罰を口にするノルベルト。
そんな彼に、フェビルは陛下を庇った時とは打って変わって酷く落ち着いた声で問い質す。
「『処罰』というと?」
(というかグレアの言う通り、特別訓練に関してか。とはいえ、それなりに根回しはしたのだが)
王都で騎士団の悲惨すぎる現状を目の当たりにしたフェビルは、緩み切った騎士団の現状を打破するため、特別訓練は必要だと思い実施した。
それに伴い、フェビルは国王に、腹心のグレアには関係各所に根回しをした。
もちろん、国王への根回しの際、なぜか不在にしていた宰相ノルベルトへも後日『報告』という形でご丁寧に根回しをした。
(色々あったが、陛下や関係各所からの承認は得られたし、特別訓練も最後まで行うことが出来た。だからてっきり、そのことで嫌味を言うのかと思った)
「だが本当は、俺を処罰したいために承認したみたいだな」
小声で呟いたフェビルが鋭い視線でノルベルトを睨みつけると、軽く鼻を鳴らしたノルベルトが口角を不気味に上げる。
「そもそも、私は『第一騎士団と近衛騎士団が合同で特別訓練を行う』なんてことは聞いていない」
「はっ?」
(こいつ、何を言っているんだ?)
思わず眉を顰めたフェビルに、ノルベルトは嘲笑しながら先程と同じようなことを口にする。
「聞えなかったのか? 私は『特別訓練』なるものを実施とは聞いていないと言ったんだ」
「ですが、特別訓練の実施に伴い、私自らがノルベルト殿のもとを訪れて説明をさせていただきました。それさえもお忘れなのでしょうか?」
(そう。俺はあの時、グレアの助言に従って、王宮内で一番豪華な装飾が施されているだろうこいつの立派な執務室にわざわざ赴いて説明して承認を得たのだ。とは言え、俺が説明している間、こいつは終始つまらなさそうな顔で聞いていたが)
ノルベルトへ説明に行った時のことを思い出し、フェビルは抑えていた怒りが再びこみ上げてくるのを感じていると、ノルベルトが不思議そうな顔で小さく首を捻る。
「はて、そんなことをしていたか?」
「はい。なんでしたら、証拠をお持ちしましょうか?」
そう言うと、フェビルは謁見の間に行く前、グレアが持たせてくれた赤色の小箱を取り出そうとする。
実は、赤い小箱はフェビルがノルベルトに特別訓練の説明に行く際、グレアがフェビルに持たせてくれた記録魔法が施されている魔道具だった。
(こいつに特別訓練について説明しに行く時、『万が一に備えて』って持たせてくれて、それを今日まで大事に持っていてくれたんだよな。本当、頼りになる部下だ)
銀縁眼鏡の部下の顔を思い出したフェビルは、微かに笑みを浮かべながら懐に忍ばせていた魔道具が取り出そうした。
その時、何かを思い出して小さく手を叩いたノルベルトが下卑た笑みを浮かべる。
「あぁ、そうだった! 確か、『今度、辺境の駐屯地にバカンスで行ってくるから許可が欲しい』って言っていたな! いや~、あれが訓練だとは思いもよらなかった!」
「っ!!」
(こいつ、どこまで愚弄すれば気が済むんだ!)
ノルベルトの蔑みを含んだ言葉と、周りから聞こえてきた嘲笑に、懐に伸ばしていた手を止めた顔を歪めたフェビル。
その時、何かに気づいたフェビルは咄嗟に貴族達の顔を一瞥する。
(もしかしてこいつ、本当は大勢の前で俺を嘲笑いたいがために特別訓練を承認したのか!?)
今になってノルベルトの思惑に気づいたフェビルは、悔しさで奥歯を強く噛み締める。
すると、不意に笑みを潜めたノルベルトがフェビルに冷たい目を向ける。
「だが、貴様が辺境伯の駐屯地でバカンスをしたせいで、『王都や王宮の治安が乱れている』という苦情が届いていると聞いてる。これは、由々しき事態だ」
「は?」
(『王都や王宮の治安が乱れた』と苦情が届いている? そんな報告、俺のもとに一切来なかったぞ)
特別訓練を実施するにあたって、フェビルとグレアは王都や王宮の治安に影響が出ない範囲で訓練部隊を編成し、陛下や関係各所に承認を得ていた。
もちろん、ノルベルトや当時ノルベルトの腰巾着だった第一騎士団の団長と副団長にも説明した上で承認を得ていた。
そして、特別訓練が始まった後、フェビルは部下から上がる定期報告に目を通し、王都や王宮の治安に影響が出ていないことを逐一確認していた。
(ノルベルトに横槍を入れられたから、編成を変えざるをえなくなったが……それでも訓練期間中は王都や王宮の治安に影響が無かったはずだ)
そんなことを思いつつ、フェビルは騎士団長としての威厳を保ったままノルベルトの言い分に反論する。
「お言葉ですが、私のところにそのような報告は一切届いておりません。それに、治安に影響が出ないよう訓練部隊の編成をしましたし、宰相閣下もそれで承認されていたではありませんか」
「私の有能な頭にそんなものを承認した記憶が一切ないが……それに、私は騎士団の者から『国民からそのような苦情が出ている』と聞き及んでいる。おやおや、近衛騎士団長たるものが部下の報告を蔑ろにするとは、それでも騎士団を纏める人間なのか?」
「…………」
(耐えろ。こんな安い挑発、うちの怖い腹黒部下達の挑発に比べればたいしたものではない)
ノルベルトの煽りに対し、拳を強く握り締めて耐えたフェビルは深々と頭を下げる。
「申し訳ございません。もしかすると、私が聞き逃していた可能性がございます。なので、よろしければ、どの者からそのようなことを聞いたのか伺ってもいいでしょうか?」
(とはいえ、俺の信頼する部下達が定期報告を疎かにするわけがない。そして、俺は上がってきた報告はその日のうちに全て目を通している。だから、俺が部下達の報告を聞き逃すことも見逃すことなんてありえない)
口では恭しく謝罪をしつつも、心の中で部下からの定期報告を見逃していないと確信するフェビル。
そんな彼に、愉悦の笑みを浮かべたノルベルトが報告者の名前を出す。
「それは、近衛騎士団第一部隊から第三部隊の者からだ。そして、『王都や王宮の治安が乱れている』と勇気ある苦情を言ってきたのは、ここにいる貴族たちだ!」
「はい!?」
報告者達の名前を聞き、フェビルは思わず顔を上げる。
ノルベルトから横槍を入れた時、フェビルは真っ先に近衛騎士団第一部隊から第三部隊を外した。
なぜなら、近衛騎士団長であるフェビルでさえも中々手が出しづらい、ノルベルトが主導権を握っている部隊だからだ。
(言われてみれば、第一部隊から第三部隊からの報告は見ていない。だがそれは、奴らの上司が俺じゃなくてノルベルトだからだ。そして、ここにいる貴族達は1人を除いて全員がノルベルトの腰巾着ども。となると、奴らがこいつらから『王都や王宮の治安が乱れている』という苦情を聞いて、それをノルベルトに報告を上げていたとすれば……)
「こいつにとって、特別訓練は俺を貶めるための口実でしかなかったということか」
品の無い笑い声が謁見の間を支配する中、深く俯いたフェビルは小声で呟くと強く握っていた拳を自分の太ももにあてた。
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2/11 大幅な修正をしました。よろしくお願いいたします。