第110話 メストの疑問
検問を通り抜け、無事に王都に入ったカミルとメスト。
その瞬間、メストは怒りを爆発させる。
「何だ、あの騎士の態度は! 同じ騎士として恥ずかしすぎて、危うく手を出す……」
「やめてください。先程も申し上げましたが、今のあなた様は私と同じ平民です。どんな事情であれ、平民が騎士に手をあげるのは重罪ですよ」
王都の華やかな街並みの中、幌馬車で走りながらカミルはメストのことを軽く諌めると、冷静になったメストが大きく肩を落とす。
「そ、そうだった。すまない、つい我を忘れてしまいそうになった」
「別に構いません。あなた様が手を出す前に馬車を出すことが出来ましたから」
「そ、そうか」
無表情で馬車を走らせているカミルを横目で見て、メストは沸々を湧いてくる怒りを吐き出そうと大きく息を吐く。
そして、気持ちを切り替えようと御者台から見える景色をぼんやりと眺める。
すると、不意に先程のカミルの言葉が蘇る。
「そう言えば、平民が貴族や王族に対して手を出したら、重罪として問答無用で刑を処されてしまうんだったな?」
「えぇ、この国では、剣や魔法が自由自在に操れるお貴族様や王族の皆様方は尊ばれるべき人達ですので」
「そう、だったな」
カミルの話を聞いて、少しだけ目を伏せたメストは小さく溜息をつくと再び景色に目をやる。
ペトロート王国には古くから伝わる言い伝えがあり、それを国民全員が深く信じている。
そのため、剣や魔法が自由に使えない平民が、王族や貴族に対して手を出した場合、いかなる理由があっても重罪として即刻刑に処される。
何せ、この国では、創造神アリアから授かった力を持つ人間達の末裔が王族や貴族と言われており、その者達に手を出すということは神に逆うのと同義であると扱われるからだ。
(それも全てあいつのせいで……!)
脳裏に過る人物に対し、カミルが心の中で沸々と怒りを感じていると、王都の様子を眺めていたメストが小さく溜息をつく。
「だが、貴族と平民は与えられている役割が違うだけであって、同じようなものだと思うけどな」
「と、言いますと?」
メストの言葉を聞いて、カミルが手綱を握ったまま横を見て首を傾げる。
すると、カミルの視線に気づいたメストが小さく笑みを零す。
「だって、貴族と同じように平民の間でも魔道具が普及しているんだろ?」
「まぁ、そうですね」
「だとしたら、平民にだってその気になれば魔法や剣も使えるってことじゃないのか?」
「それはまぁ、そういう解釈も出来ますね」
(そう、機会さえあれば、魔力の低い平民だって多少なりとも魔法を使うことが出来るし、剣だって扱えることが出来る)
「それに、平民だって貴族も同じように国のために尽くしているじゃないか。平民は国のために色んなものを作って、貴族は国のために自分達の領地を運営している。役割は違っても国に尽くしていることは変わらない」
「言われてみればそうなのかもしれませんね」
(そう言えば昔、似たようなことを誰かが言っていた気が……)
「何より、平民が美味しいと思えるものを貴族だって美味しいと思える! 昨日、カミルが俺に振る舞ってくれたシチューを食べて、俺が『美味しい!』と思ったように!」
「っ!?」
楽しそうに話すメストを見て、少しだけ目を見開いたカミルの脳裏に在りし日の記憶が蘇る。
『王族と貴族と平民。皆、与えられえた役目が違うだけでこの国の民であることに変わりはない。だから、『剣や魔法を満足に扱える』という理由で、王族や貴族が平民を虐げてはいけない』
『でも、平民は貴族や王族と違って剣や魔法が使えないでは?』
(幼い頃の私に、その人は優しく微笑んで教えてくれた)
『いいや、その気になれば、平民でも剣や魔法も使えるよ。だって彼らは、私たちと同じように魔道具が使えるのだから』
『ハッ! 確かにそうですわ! 貴族や王族の皆様に比べれば魔力保有量が少ないだけで、魔法が使えないわけではありませんものね!』
『そうそう。それに、本当に国の土台を支えているのは宰相ではない。この国の人口の大半を占める平民だ。だから、平民を虐げてはいけない。例え、どんなに栄華を極めていても、平民に愛想を尽かされれば、国は間違いなく衰退するのだから』
(そうだわ。昔、メスト様と同じようなことを言っていたのは……)
「お父、様」
「カミル、何か言った?」
不思議そうな顔で見つめるメストに気づき、カミルは何かを誤魔化すように軽く咳払いをすると視線を前に戻す。
「いえ、何も言っておりません」
「そうか……」
いつものカミルに安堵したメストは、大通りを行きかう人達の表情を見ながら小声で呟く。
「どうして平民だけが、こんなにも生きづらいのだろうか?」
平民の振りをして気づいた、この国で生きる平民の現実。
今まで気づかなかった現実に、メストが疑問に思っていると、幌馬車が得意先の店の前で止まった。
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