私の部屋で飼う動物がなぜかみんなガチムチに育つ
柴野いずみ様の『ガチムチ❤️企画』参加作品です
昔から動物が好きだった。
実家では犬と猫を飼っていたし、前のアパートでは熱帯魚とカメを飼っていた。
だから間違いない。
この部屋は、明らかにおかしい。
この部屋こそがおかしいに違いないのだ。
ペット不可だった前のアパートから引っ越して来てまだ半年も経たない。
それだけあれば異変に気づくのはじゅうぶんだった。
この部屋で飼うペットは、なぜかどんな動物でも、ガチムチ体型に育つのである。
しかもちょっとやそっとのガチムチっぷりではない。
この部屋に越して来てすぐにお迎えした雑種ネコの颯汰。
最初はふつうの茶色い子猫だった。
まだ一歳とちょっとなのだが、まるで小さなライオンのようになってしまった。
膝の上に乗って来られるとふとももの筋肉が断裂するかと思う。いつも「うっ」と声を漏らしてしまう。
ちなみに体重は15キロあり、最重量記録は今のところ14キロのメインクーンなので、ギネスに申請すれば載れる。
その次にお迎えしたフェレットの冬彦くんは、最初はちっちゃくて細長いタヌキ柄のかわいい子だった。
今ではまるで大型イタチの『クズリ』、英名ウルヴァリンのようである。
筋肉ムッキムキなだけでなく顔も凶悪になってしまった。
体重は20キロ。この見た目で性格はとてもおっとりしており、ミルクが大の好物だ。
文鳥のぶんちゃん。文鳥がここまでガチムチになるとは誰が思うだろうか?
胸筋がすごい。いつでも偉そうに胸を張っているように見える。
プロレスラーのような顔をしている。心なしかくちばしにまで筋肉がついているように見える。
かごの中で羽ばたくと地震が起きる。鳥かごも最初のが羽ばたきひとつで破壊されたので特注の鋼鉄製のものに換えてある。
3匹お迎えしたゴールデンハムスター達も筋肉の鎧を着ている。ハムスターって液体だと思っていたのだが、コイツらが3匹並んでいるとボーリングの球のように見えてしまう。
何より前のアパートから連れて来たカメの甲平と熱帯魚も、この部屋で暮らしはじめてからガチムチに変貌してしまった。
甲平はミドリガメだったはずなのが今ではどう見てもゾウガメの化け物だ。手足が太くなりすぎて、しまうことが出来ない。腹筋が割れている。
ブルーグーラミーは優雅な姿の中型の熱帯魚だったはずだ。今ではまるで泳ぐ戦車。重たそうな巨体を力強い胸ビレで悠々と泳がせる。
この部屋でカブトムシなんか飼ったらどうなってしまうのだろう。ツノの一突きで飼育ケースを粉々にするかもしれない。あるいは筋肉が己の外骨格を粉砕して露出し、洋画に出てくるようなクリーチャーが出現することになりそう。
とりあえずまぁ、そもそも室内飼いできるわけないのだが、大型犬とかゴリラとかは絶対にこの部屋では飼えない。
何が原因なのだろう。水道水にプロテインでも混じっているのだろうか。
それにしては不思議なことに、私自身だけはヒョロヒョロのままなのだ。
Aカップの胸が巨大化したりもせず、私だけは何も変わらず私のままだ。
ふつうのどこにでもいるOLのままで、モテない黒縁メガネ地味女のままなのだ。
ゴミ出しに行こうと玄関のドアを開けたら冬彦くんがサッと外へ出た。
「もー、ぶっといくせに素速いんだから……」
ふと隣の部屋のほうを見ると、空室だったはずの扉を開けて、男の人が上半身を覗かせて、こっちを見ていた。
この寒いのにピッチピチの白いTシャツを着た、30歳ぐらいの、胸筋逞しい人だった。
爽やかな笑顔を見せると、申し訳なさそうに私に言う。
「あっ、おはようございます。隣に越して来たばかりの速水といいます。今からご挨拶に伺おうと思ってたんですが……、その動物、何ですか?」
明らかに驚きながらも笑顔を崩さないのが好印象だった。
「あっ、これ? クズリって動物です。知ってます?」
さすがにこれがフェレットだとは言えなかった。
人懐っこい冬彦くんが速水さんに挨拶するように、のっしのっしと近寄って行く。
「あー! ウルヴァリンですよね? へー! 初めて見ました! 飼育してもいいものなんですね〜」
クズリを知ってるなんて、この人、相当の動物好きだと思った。それもまた好印象だった。
「このアパート、ペット可ですけど、やっぱり何か飼いたくて? それで越して来られたんですか?」
私が聞くと、彼は冬彦くんのごっつい頭を撫でながら「ええ」と言った。
「チワワと一緒に暮らしたいんで」
「わあ! もう、部屋に?」
「ええ」
彼が部屋の中に向かって「マコ」と呼ぶと、清楚な感じのクリーム色の小さな犬が、はしゃぎながら現れた。見比べるまでもなく、小動物のはずのフェレットの冬彦くんよりも遥かに小さい。
「かわいい〜! おいでおいで」
抱き上げると小さな顔を近づけて来て、ペロペロと顔を舐めてくれる。久々にかわいい生き物を見た気がした。
でも──ふと思った。
この子もこのアパートで育てば、じきにガチムチになるのだろうか。
そう思いながらも、言えばさすがに頭を疑われると危惧して、そんなことは口にも出せなかったが。
「あ、すみません。お名前をお聞きしてもいいですか?」
速水さんにそう言われて、初めて自分が名乗っていなかったことに気がついた。
「鈴木です。鈴木雅子です。よろしくお願いします」
それから速水さんと私は急速に仲良しになって行った。
一人暮らし同士、年も近くて、顔を合わせればいつも結構長い時間、会話を交わした。
速水さんがマコちゃんを散歩させに行く時はいつも私を誘ってくれるようになった。
並んで歩きながら、世間話とか動物の話、お互いの好きなものの話などに花を咲かせた。
私は彼のために料理をいつも必要以上にたくさん作るようになった。
「ビーフシチュー……作りすぎちゃったんですけど、食べます?」
そう言ってどんぶりに入れて持って行ったシチューを速水さんは笑顔で受け取ってくれる。
そんなふうに一ヶ月以上が過ぎた。
マコちゃんは変わらず、ガチムチにはなる気配もなかった。
「私のこの部屋だけなんだろうか……」
水槽の中で小さなクジラのようになっているブルーグーラミーを見つめながら、私は呟いた。
「んでも……ガチムチになる動物とならない動物が確かにいるんだけど……。どういうことなんだろうか?」
私の部屋にはたまにゴキさんが出る。蜘蛛が巣を張ることもある。たまに天井裏をネズミが駆け回る音も聞こえる。見えないけれど、ダニなんかも住んでいるはずだ。私の体内に寄生している何かもいることだろう。
しかしそいつらはガチムチにはなっていない。私が愛を注ぐペットだけがなぜかガチムチになるのだ。
呼び鈴が鳴った。
モニターを確認しに行くと、速水さんが何かの箱を手に映っていた。
「こんばんは。実家からみかん送って来たんですけど、一人でこんなには食べられないんで……。よろしかったらどうぞ」
みかん箱を受け取る私の足元に、ネコの颯汰がすり寄って出て来た。
「うわ! その子……、何かのヤマネコですか? 大きいなあ!」
速水さんがそう言って、ライオンをも恐れないような勇気で颯汰の頭を撫でてくれた。
「クズリの冬彦くんといい、大型哺乳類がお好きなんですね」
颯汰も速水さんのことがいきなり好きになったみたいで、巨体を玄関マットの上に寝そべらせてゴロゴロと喉を鳴らした。
奥の部屋で、文鳥のぶんちゃんが鋼鉄の檻の中で羽ばたき、地震が起こった。
「え……」
速水さんが色々なものに気づいてしまった。
「あ……、あれは?」
速水さんが見たものは、鋼鉄の金網を張ったケージの中で、リンゴを一個丸ごと太い腕で掴み、一心不乱にむしゃぶりついているマッチョ・モンスター……かつてはハムスターと呼ばれたそいつらの姿だった。
最近よくテーブル代わりに使っているミドリガメの甲平君の甲羅を挟んで、私は速水さんに初めてそのことを打ち明け、相談した。
お出しした緑茶を飲みながら、彼は真剣に話を聞いてくれた。
「何か霊的なもののしわざかもしれませんね……」
霊媒師に相談してみたらどうかと彼は言った。
しかし私はその実、何も困ってはいなかったのだ。
原因を究明したいとは思うものの、超絶マッチョな自分のペット達のことは、特別級にかわいいと思っている。
人間と戦ったら間違いなく勝利を納めそうなその姿で、中身は優しくて大人しくてかわいい彼らのことが大好きだった。見た目がごっついからこそ、余計にかわいく思えていたのだ。
ところで私は彼を、一人暮らしの自分の部屋に入れてしまった。
そういうつもりがないと言い訳することは出来なかったし、実際、期待がなかったとは言えない。
「鈴木さん!」
マッチョな胸筋をぴくぴく動かしながら、彼が襲いかかって来た。
「あ……っ! ダメです! ダメえっ……!」
私は抵抗した。
貞淑な女性のたしなみとして、抵抗した。
しかし彼の逞しい腕に押し倒され、その厚い胸板を至近距離で見せられると、抵抗する演技をする力もなくなってしまった。
彼の熱い肉じゅばんのような体に抱かれながら、私には何かがわかったような気がした。
自覚していなかったが、私はもしかしたらガチムチフェチなのではないのだろうか?
速水さんの筋肉が私のエノキダケのような肌の上を滑るたび、私は今までに感じたことがないほどの悦びを味わった。
ああ……好き。
私は硬いお肉が、大好き。
上腕二頭筋で腰を締めつけられるのが、彼の三角筋に歯を立てるのが、内転筋を太ももの裏に感じるのが、たまらなく好き。
もしかして、私のペットがみんなガチムチに育つのは、この部屋に原因があるのではなくて、私にこそ原因があるのではないだろうか。
私自身に、彼らにガチムチに育ってほしいという願望が潜在意識の中に強くあり、超能力のようなものでそれがペット達に伝わり、母親の栄養を受けるように、彼らはすくすくと逞しく、逞しすぎるほどに育ったのではないだろうか。
謎が、解けた。
そんな気がしていた。
目が覚めると朝だった。
彼が眠っているのを背中に感じながら、私は心地よいまどろみを味わった。
ガチムチフェレットの冬彦と、ガチムチネコの颯汰がどすどすと足音を鳴らして、揃って朝ごはんをねだりにやって来た。
ふふっと微笑み、ベッドの上からさらに上に手を伸ばして、高いところにある二匹の頭を撫でてやる。そうしていると、ふいに嫌な予感がした。
私は自分の愛するものをガチムチにしてしまう能力持ちなのだとしたら──
今、後ろで眠っている速水さんは、どんなことになっているのだろう?
元々ガチムチな速水さんが、私の能力でさらにガチムチになってしまったら……どんなことになってしまうのだろう?
おそるおそる振り返ると、速水さんもちょうど目が覚めたところらしく、顔を見合わせる形になった。
私は思わず悲鳴をあげそうになった。
彼は悲しそうな目で私を見つめていた。
その逞しかった体は、とても綺麗な肌をしたヒョロガリになっていた。
「ぼく……どうなっちゃったの?」
こときれそうな弱々しい声でそう言った。
わからない……。やっぱりこれは私の能力などではなくて、この部屋に何かの力が存在するのだろうか?
ペットを飼えばなんでもガチムチになり、男と寝れば誰でもヒョロガリになる部屋だとでもいうのだろうか?
真相はさっぱりわからなかったが、私は起きると急いで速水さんのためにスタミナ丼を作りはじめた。牛乳もつけてあげた。
彼にスタ丼を食べさせながら、頭の中はわからないことだらけだった。