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名無しの関係  作者: 青空
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流氷

「よっ」


 練習も終わり、片づけを終えて更衣室で着替えていると、不意に後ろから肩を叩かれた。


「なんだよ」


 後ろの悠介へ振り向かずに声を返す。愛想のないほうだと自覚している身として、バスケ中でこういうことをする人物は限られているからだ。 


「相変わらず愛想ねぇのな。で、今日は寄って帰るのか?」

「テスト前だし、そうするつもり」

「おっしゃ、じゃあ俺も行くわ。先帰んなよー?」

「はいよ」


 寄って帰る。それは俺が最低週一のペースで通っている喫茶店のことだ。別に個人経営の洒落た店でもなく、ただのチェーン店。ただ、学生が利用するタイプではないので周りは大人が多い。学生ならばそこよりも安いファストフード店に行っている。


 着替えも済み、制汗剤を軽くかけてから悠介を更衣室の外で待つ。ドアを出るときに再度置いていくなよと声をかけられたが、そのつもりはない。単に汗臭い更衣室で待つのが嫌だっただけだ。


「それでさ――よ。意味わかんなくね?」

「ははっ! どうなったらそうなるんだよ!」


 他の部活を終えた生徒も徒党を組んで帰っていく。不思議なくらい一人で帰っている人は見かけない。勿論、最寄り駅まで一緒だからとか時間に差はあるかもしれないが大抵は二人以上で帰っている。その中には男女でやけに体をくっつかせて歩いている人もいてつい、目で追ってしまった。


 傍から見れば仲睦まじい彼らも大概は別れる。理由は冷めたとか、受験勉強で構う暇がないとか色々だ。その多くはじゃあなぜ付き合ったのだろうと思う程度の理由。そういうものだという理解はあっても納得は出来ない。早ければ半年も経たずに別れるような関係を果たして恋人などという大層な名前が必要なのかとさえ疑ってしまう。


「お待たせ」

「遅い」

「これでも急いだんだよ」


 振り返らずに雑な声をかけ、歩き始めるとすぐに悠介は隣にまで小走りで並んでくる。

 罵倒と捉えられてもおかしくはない言葉を投げかけても問題のない関係。それが俺と悠介にあると思っている。その関係の名前は分からないが、少なくとも友達よりは上だ。


 ある程度仲が良い人を友人だとして、その中で自分のことを話していいと思えるほど気を許しているのが親友だとして、恋人は果たしてどれだけ相手に自分を委ねられるのか。ふと疑問に思った。

 こんなことを考えるのは最近恋について再び考える機会が来たせいだろう。

 ただ、せっかく目の前に恋人持ちがいるのだから聞いていくのもアリだと口に出す。


「聞きたいんだけど」

「なんだ?」

「今の恋人にどれだけ自分を見せられるんだ?」

「なんだよ急に」

「気になったから」

「そういうの多いよなお前」


 怪訝な顔を浮かべつつも悠介は唸り声を上げながら考え込む。行先は学校からすぐ。悠介が答えを出す前に店についてしまった。

 ドアについているカウベルを鳴らしながら店内に入ると、カウンターから一人の女性店員が現れて作り笑顔で出迎える。


「いらっしゃいませ。二名様でよろしいですか?」

「はい」

「空いている席へどうぞ」


 店員さんの言われるがまま、よく座る窓際の二名席に腰かけた。

 悠介はまだ考えている。ここまで真剣に考えられると申し訳なくなってくるが、だからこそこういう投げにくい質問をしたくなる相手だ。


「お冷とおしぼりです。ご注文はお決まりですか?」


 先程の店員がお冷とおしぼりを置きながらハンディを開いて注文を取る姿勢を作っていた。

 本来ならば、ここで注文が決まってからボタンを押すように、と伝えるのが恐らくこの店のマニュアルのはず。毎回それより前に注文をするせいで、顔を覚えられてからは毎度この流れになっていた。


「アイス一つ。こいつも同じで」

「アイス二つですね、かしこまりました。加糖か無糖どちらにしますか?」

「両方とも無糖で」

「はい、フレッシュはお付けしますか?」

「両方ともください」

「かしこまりました。アイス二つでお間違えありませんか?」

「はい」

「では、少々お待ちください」


 店員が頭を軽く下げてカウンターへと引いていく。何度も見た顔なので、無駄な親近感があった。

 今日は人が居ないので、楽だろうなと他人なのに謎の思いを馳せる。


「なぁ」


 とりあえずお冷で乾いた喉を潤していると、俯けていた顔をようやく上げた悠介が口を開いた。


「思いついた?」

「ああ、なんとなく」  

「聞かせて」


 頷きを返すと、悠介が手を拭いて、お冷で乾いていた唇と喉を潤して躊躇いがちに話し始めた。


「見せれるところまでなら見せてる。と思う」

「……」


 曖昧な答え。まだ続きがあるのだろうと無言で続きを促した。


「やっぱ、引かれたくはないから。ちょっとやばいかなってところ以外は大概話してるな」

「その話してないことって俺も知らないこと?」

「いいや、知ってるぞ……性癖とか」

「あぁ。Mのこと」

「おい……言うなって」


 そこで人の気配が近づいてきたのを感じ、そろって気配の方を向くと、気まずそうな表情を浮かべた店員がトレイを持って立っていた。


「……お待たせしました。アイス二つです」


 いそいそと俺たちの前にステンレスのグラスを並べ、失礼しましたと素早く言い終え、颯爽とカウンターへ戻っていった。慌てて置かれたグラスの中の氷が荒々しくぶつかり合う。からんという音が二人の間で良く響いた。

 流石に申し訳なかった。


「ごめん」

「知らない人だし、まだましだ」


 そう言いながらも不満げな目元は変わっていない。ここの支払いは自分が持とうと決めながら目の前のコーヒーをすする。

 悠介がMだということを知っている人は学内にはそうそういないだろう。俺が知っているのもある種の等価交換として知った情報だ。

 別に特段恥ずべき話にも見えないが、公に言い張れるものでないのも分かる。彼女に嫌われたくないのであればなおさら。

 それは構わない。聞きたいことの本題はここからだから。


「じゃあ、それって恋人としてどうなんだ?」


 ここまで攻めた質問は悠介ぐらいにしか投げられない。普通に聞けば不仲を疑われていると思うし、気にしなくても気持ちの良い質問じゃない。


「あー。そういうことか」


 俺の聞きたいことを察した悠介が苦笑しながら頬を掻く。そして、少し宙を見上げたのちに口を開いた。


「蓮の良いところで、悪いところだよな。そういうの」

「どういう意味? 悪いは分かるけど、良くはないだろ」


 こんなひねくれた考えが良いとは到底思えない。俺だって、頭じゃ分かっている。恋人だからと言って話せないこともあるし、過程によっては恋人をきっかけとして知っていくことだってあり得る。だからこそ悪いところというのは頷けるし、良いところについては意味が分からなかった。


「当たり前に疑問を持てて、その疑問を持ち続けてるところだよ」

「やっぱり褒めてるようには聞こえないけど」

「そりゃそうだ、良いかつ悪い、だからな」


 ドヤ顔で言った悠介は満足げな顔のままコーヒーを飲んだ。

 ……こっちは何も納得してないんだが。


「……で、こっちの質問は?」

「あーっと、そうだった」


 ドヤ顔が崩れ、慌ててグラスがコースターの上に戻される。

 そして、慌てたせいで崩れた表情が引き締まり、細められた目が俺の目を覗いた。喫茶店のぼんやりとした明かりと照り返す茶髪、整った容姿の奴がするその表情は様になっているなと関係のない思考が頭をうろつく。


「……あくまで俺にとっての話にはなるぞ?」

「勿論」

「恋人ってのはさ、もっと時間を共有したい人との関係だと思うんだ」


 悠介が俺の分も含めたおしぼりを使い、器用な手つきでてるてる坊主らしきものを二つ作る。そして、二つの人形を近づけて置いた。


「うん」


 額面通りの言葉の意味は考えない。最後まで聞いたうえで判断する。そんな意図を込めた相槌で続きを促した。


「恋なんて大層な名前がついているけどさ、凄い関係でもなくて、世間が勝手に思ってるだけで──実際は生活の枠から離れた時間も一緒に過ごしたい人を表してるのかなって」

「それ、友達と何が違うんだ?」


 友人か、親友かはさておき、悠介の言っていることだけでは一緒に過ごしたいという枠においては同じように見える。


「……多分、一緒に居たいの中に肉欲が混ざることかな」


 そう言いながら、作った人形の距離をゼロにする。お互いがお互いに体重を預け合い、上手くバランスを保っていた。人の字がこういう態勢から成り立ったという話を俺は信じていない。

 人間は思ったよりも一人でも生きていける。


「に……か」


 思いのほか生々しくて苦笑が漏れた。でも、間違いじゃない。


「つまり、肉欲におぼれた人ってことか?」

「そういう関係の恋人もいるかもだけど、それはきっとセフレってのが正しいんじゃーねーの?」

「……」

「あ、誤解すんなよ? 別に行為がしたいって程じゃなくて、触れたいなぁぐらいの感情ってわけ」


 面白い観点だと素直に思った。


 そもそも恋人の定義が広すぎるのかもしれない――という話だ。

 恋人かそうじゃないかの境界線は友人、親友よりはお互いの容認を得るという具体的な線がある。だが、結婚のような書類上で交わされる関係よりは曖昧だ。そして、究極的には口約束だからこそ簡単に別れられる。その結びつきが強いのに不安定な関係が恋人なのだ――と。


「確かに俺も肉欲はあるさ、でもそれは主目的じゃない。一緒に過ごしたいって感情の分岐先なんだよ。……それが俺にとっての恋人関係ってやつ」


 最後に一つ付け足して悠介がグラスの中の氷はからからと鳴らしてコーヒーを口に含んだ。

 持ち上げられてから再びテーブルに下ろされたグラスの中の氷は、しばらく中身の液体の流れに沿って揺蕩い、時にぶつかり合いながらぐるぐると中を旋回していた。


 友達や親友と恋人の違い。多分それは生活から外れた時間で一緒にいる関係であることは同じ、けれど、友達や親友よりも単純でない恋人にはたくさんの要素がぶつかり、重なる中で一緒に居たいという複雑さを抱えた関係なのだろう。


 やがては、流れも停滞し動きを止めた氷のように何かしらの結論が現れる──そう思いたい。

 


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