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名無しの関係  作者: 青空
13/18

背中を這う

 七月。第一月曜日。

 文化祭は再来週の土日、残りは二週間弱。立て看板は無事に完成し、中野と角町に確認を取って貰った。彼らから見ても問題ない出来らしく、ひとまず置いておく。


「連絡は以上。じゃあ号令」

「きりーつ、れーい」


 日直に当たっている悠介が間延びした適当な号令をかける。

 そんな締めでも終礼は終わり、今日の授業から解放された各々が一斉に動き出す。

 がやがやと賑わう教室の中、俺は目的の人物を探して肩を叩いた。


「なぁ、大空って誰か分かるか?」

「あそこ。顔と名前くらい一致させとけよな」


 悠介に尋ねる。すると、呆れた顔をしながらも答えてくれた。

 初めて認識した大空は金に明るく染められた髪を巻いた女子。目は随分と尖っていて圧力的だ。スカートの裾が太もも辺りで随分と裾が高い。いわゆるギャルというやつ。それはともかく、客観的に見ても容姿が良いのは一目でわかった。

 スクールカーストの上位らしい彼女は何人にも囲まれている。


「話したことなかったからさ」

「ふーん、で、大空がどうしたんだ?」

「ちょっと確認」


 友達と談笑していた彼女はスマホに目を落とすと、軽く手を挙げて断ると教室の外へと向かう。多分塾だろう。その仕草が周囲に対する無言の圧力なのか、単なる素直なものなのかは俺のあずかり知らない所だ。


「少し、いい?」


 教室を去ろうとする大空へ歩み寄った木藤が声をかける。

 普段周りと接触を計らない木藤の行動に周囲がにわかに騒めいた。

 

 ──あいつ、何するつもりなんだ。


「あ? 木藤さんじゃん、ウチに何か用?」

「文化祭の準備、少し手伝って欲しいの」


 随分と直球な頼みだった。今まで来ていなかった奴がそんな頼みで来るとは思えない。もう少し手段を選べるだろうに。

 面倒な気配を感じた。怪しまれないよう飾りつけの確認の振りをしながら、彼女達から数歩離れた場所に寄る。


「ごめん、塾があるからさー」

「この時間帯から開校している塾は少ないはずよ。大抵の学生は部活があるもの」


 当然の話。受験生の学年はこの時間帯から授業がある塾もあるが、それも大体の部活が引退する夏休み後だ。

 ただ、正論を叩きつけたところで状況は良くならないんだぞ、木藤……。

 そんな念を送った所でもう状況は変わらない。


「それまでは予習と復習しなきゃだからさ。それにぃ――」


 大空の目が鋭く細められる。不快に感じているのは間違いない。

 だけど、彼女の言葉はまだ続いていて。


「ウチら、立て看板終わらせたじゃん」


 違和感が膨れ上がる。

 言い回しが少し変だった。まるで、自分たち三人の働きで終わらせたと言わんばかりの口ぶり。木藤もそのことに気付いたらしく、顎に手を添えて考え込む。


「大空さん、一度も立て看板の方に顔を出していなかったわよね?」

「何言ってるの木藤さん? ウチも手伝ったよ? ねぇ?」


 きっと木藤も疑問符をたくさん浮かべているに違いない。ありもしない事実を当たり前のように振る舞っているのだから。しかも、先程話していた友達に同意を求め、求められた人は一様に頷いている。

 現実がもみ消されている。こんなところで社会の闇を見たくはなかった。

 それはそれとして、事実を包み隠さず指摘する木藤も木藤だ。頭が痛い。


「……そう、だったわね。時間を取らせてごめんなさい」

「いいよいいよっ、ウチらの仲じゃん! じゃっ、またね!」

「ええ。……また明日」


 困惑顔の木藤ににこりと微笑みかけると大空は颯爽と教室を出ていった。

 彼女も辛うじて返事を返したが、表情は硬い。


「……なんで声をかけたんだ?」


 気になることは多かった。だが、それ以上に木藤が大空に──他人に声をかけたことの方が珍しくて。気になった。


「……どうしてでしょうね」

「自分から動いたんだろ」

「強いて言えば……好奇心かしら」

「そっすか」


 他人に興味を持ったというのなら、多分良いことだろう。

 ともかく、大空を手伝わせるのは無理なのだろう。周りを頷かせるほどの影響力を持った奴なのだ。他を巻き込むよりはマシ、と思いたい。


「とりあえず、今日から教室の方を手伝うんだろ? 何するか角町たちに聞きに行こう」

「ええ」


 それから悠介や他のクラスメイト達と飾りつけをひたすら作った。

 以前から頼んでいた電球ソーダの容器も届いたらしい。他の出し物は出来合い品なので直前に買い出しに行けばすむだろう。

 俺自身はなんとなく振られた仕事をこなしていただけだが、意外にも完成は近いようだ。


 作業をこなした後は部活。

 夏休み前の練習試合に向けて一軍にリソースを当てた練習中だ。

 俺含む二軍はコートを跨いで、決められたメニューをこなすだけ。白石先生の怒号が飛んでこないのでかなり楽だ。


「海崎先輩!」


 ボールを入れられたり当てられ続けるリングを眺めていると、不意に横から声をかけられる。二軍内のゲームで良く俺のマークについていた後輩だ。既視感を感じる真面目さ。飾り気のない黒髪を真ん中で分けた青年。名前は確か──


「秋君か、どうかした?」


 声の通りを意識して、仮面を被る。これだけは慣れてしまっていて、つくづく笑えない。

 多分、微笑んでいるはず。だが、目の前の後輩──秋麗也(れいや)は不安げな表情だった。


「あのっ、フォワードってスタメンに入りやすいですか?」

「急な質問だけど、何かあった?」

「……一軍に上がりたいんです」

「俺らが引退したら上がれると思うけど」


 一軍は基本的に九人、キャプテン以外はリザーブも含んでいる。

 三年は俺と悠介、他三人の五人しかいない。二年は確か九人なので、俺らが引退すればエスカレーター式で上がれるはずだ。


「先輩たちが引退する前じゃないと意味がないんです」

「どうして?」

「黒木先輩と海崎先輩、二人のいるチームに入りたいんです」

「俺は一軍じゃないよ? 悠介は分かるけど」


 意図の見えない話だ。もう一人の当事者はコートを仕切る網の向こう側でレイアップを決めていた。


「俺、黒木先輩と同じ学校なんです」

「うん」


 悠介の後輩だったらしい。

 初耳だ。いや、興味がなかったのだろう。知らなくても話が出来る情報は勝手にシャットダウンしがちだったから。


「二人の引退試合、俺も見たんです。先輩がスリーを何度も入れるところを」

「うん」


 苛立ちが募る。返事が雑になっているのを自覚する。

 悠介にしても秋君にしても、なんで今更その話を掘り返すんだ?


「その時、黒木先輩が言ってたんです。俺と良いフォワードが居たら、アイツのチームもっと強くなるのになって」

「悠介ってそんな自信あるやつだっけ?」


 一緒に組んだらもっと強くなれるって考えてたってことか。悠介は慎重を行かせるゴール下のセンター。だからリング付近でも暴れるフォワードが居るのは……リバウンドを取るって意図?


「中学の時に百八十ぐらいの人なんて、そうそういませんし」

「まぁ、確かに」

「でも、先輩方だと、フォワードは居ないじゃないですか」

「居ないなぁ、ガード二人だし」


 ボール運び、パス回しに注力するガードが二人いるので、うまく悠介につなげて点を取るのがうちのチームの強みだ。


「だから、どうかなぁと」


 今は他に考えることが多い。正直、煩わしいと思ってしまった。

 けれど、被っている仮面が勝手に口を開かせる。


「良いと思うよ。リバウンド取れる人が多いほど遠慮なくシュート撃てるし」


 それに目の間の秋君も身長は170後半。条件は満たせている。


「そうですか!? じゃあ、もっと意識してやってみます! ありがとうございました!」

「いやいや、大したことは言ってないって。一軍、頑張りなよ」

「先輩も上がるんですよね? 最近調子いいですし。さっきのシュートもすっげぇ綺麗でした!」


 ちりりと、頭痛のようなものが走る。見知った重み。無遠慮で純粋な期待の重み。


「うん上がれたらね、だから一緒に上がろう」

「はい!」


 満面の笑みで頷いた秋君が機嫌よく練習に戻っていく。

 まるで元気を吸い取られたみたいだ。

 ──蚊。は、弱すぎか。ヒル?

 凄まじく失礼な思考。そうでもしなければ、仮面がはがれそうだった。

 波打つ心中。その心のままにシュートを撃つ。綺麗にネットをくぐるボールを見届け、舌打ちを鳴らした。



 第二週月曜日。

 文化祭はいよいよ今週末に迫っていた。

 準備は順調。人手が足りないのは常に否めないものの、妥協を重ねて終わらせた。

 あとは運び出しだとか、前日、前々日辺りで用意するものだけ。

 それなりに貢献もした。せっかくなのだから無事に成功してほしいところだ。


 今日明日くらいはやることがないらしいので、久しぶりに部活が出来る。

 部活が好きか嫌いかと聞かれたら、答えはどちらでもない。体を動かすこと自体は嫌いじゃない。昔ほど純粋に楽しめなくなっただけだ。

 だけど、黙々と集中できるシュート練とかは割と好きだった。


「よっ」


 放課後に思いを募らせ、駅前の通学路を歩いていると、後ろから肩を叩かれる。

 振り向いた先には、陰の混じった表情を浮かべる悠介が居た。


「おはよう……なにかあった?」


 悠介がこんな暗い顔をするのは珍しい。なんとなく尋ねると、彼は驚いた顔をして、


「クラスチャット、見てないのか?」


 そう言った。メッセージアプリ内のクラスチャット。基本的に全体連絡ぐらいで、今は文化祭関連のことが賑わっていたはず。いちいち気に留めるものでもないので、スルーしていた。


「見てない」

「……見てくれ」

「ん」


 スマホを取り出し、通知からチャットへと移動する。

 普段活発でない割に、やたらと通知が溜まっていたのが不吉だった。


『先生には連絡したけど、どうしよう』


 一番下に表示された角町のメッセージ。よく分からないままログをさかのぼる。


『誰がやったんだ?』

『ひっど……』


 犯人を捜すようなもの、憐れむようなもの。不安ばかり煽るメッセージに目を惹かれながらさかのぼり続ける。そうしてたどり着いた今日一番のメッセージ。

 文章ではなく、一枚の画像。

 デフォルメされた動物たちが黒のペンキで汚されている。

 バケツの中身をぶちまけたような、大雑把で、あまりにも残酷な汚し方。

 とても誰かが間違えたようには見えなかった。つまり、意図的なもの。


『文化委員の人が確認したときに……』


 その下には中野のメッセージ。もう今週末に控えているため、立て看板は朝一、校門付近に飾る予定だったらしい。


「なんだ、これ」


 こんな、子供の悪戯にしては度が過ぎた──作った人の尊厳を踏みにじるような真似、誰が意図的にやるというのだろう。

 でも、こういうやつが居ることは昔からよく知っている。

 こういう奴でも諭せば分かってくれると思っていた時期も。


「犯人うんぬんよりも色々とやばくねぇか? もうペンキ使える期限過ぎたぞ」


 声には怒気を混ぜた悠介が冷静に言う。

 彼は今の俺より善人だ。犯人に対し怒りを募らせているようで。それでもなお、どうすべきかを冷静に考えられる。人間として一枚上手だ。


「とりあえず、学校に着いてみれば……分かるとは思う。」


 口にはしつつも分かりなどしないだろうと諦めていた。


 俺が知っているのは金曜日に倉庫に仕舞い、それ以降は文化委員が管理しているはずだということ。パッと思いつく容疑者は文化委員の中野と角町。だが、二人が仮にそんなことをしたとして、真っ先に疑われるのは彼らだ。あまりにも動きが感情的すぎるし、愚直すぎる。怪しすぎてあり得ない。


 考えるならそれを盾にした誰か。

 一番面倒な時期を狙った辺り、犯人は何か恨みでもあったのだろうか。

 それに、中途半端に考えられる時間があるのも鬱陶しい。これが文化祭前日であったなら、むしろ諦められた。


「とりあえず、こんなことになったなら文化委員に頼めば……まだペンキくらいは使わせてくれる。と思いたい。」

「悲観的だなぁ」


 雰囲気を紛らわすためか、悠介が間延びした声で言う。

 怒気がまだ混じっているのだから、笑ってしまいそうになる。

 正義感から来る怒り。それは今の俺にはない物で。

 ……良くも悪くも真面目だった中学から、変わってしまっている。


 ──結局、中学の俺になど戻れていない。


『誰だよこれやったやつ』

『もう時間ないのにどうする?」

『他のクラスの奴じゃね?』

『犯人に直してもらおうぜ」

『さんせーい』


 続く言葉が思い浮かばず、クラスのチャットを眺める。良くも悪くもクラスメイトの文言は誰か分からない犯人への憎悪が垂れ流されている。

 大義名分を得た人は簡単に調子に乗る。そして、立場が下の人間を思うがままにいたぶる。それが直接的であろうと間接的であろうと関係はない。


 止め方は分からない。根拠のないいわれであればまだしも、決定的な痕が残されている。

 自分たちが正義で犯人が悪。

 間違ってはいない。間違ってはいないのだ。だからこそ、どうにもならない。

 高校三年生。精神がある程度熟すには十分で、同時に受験という圧によって不安定な時期。ぐらついていた何かが傾いてしまえばもう止まらない。


 垂れ流される罵倒。


 ──見てられない。


 そんなことを思える良心があったことに内心驚きつつ、スマホの画面を閉じようとして。


『最後に立て看板を触ったのって、木藤さんだったよね?』


 さらなる爆弾が落とされたのを目にしてしまった。


「っ!」

「おい!?」


 悠介を置き去りに走り出す。申し訳なかったが、居ても立っても居られなかった。

 更新されていくチャット画面に目を落とす。爆弾を投下したのは良く知らない名前、「優花」と書かれている。苗字ならまだしも名前は分からない。

 下手に誰か分からないせいで簡単に憎めてしまう。つくづく人間は面倒だ。これじゃ、人のことを笑えないじゃないか。


 校門はすぐそこだった。

 飛び込むように駆け抜け、歩いている人にぶつかるのも気にせず校舎へ滑り込む。

 後ろから非難するような声も聞こえた気がするが、頭に残らなかった。

 

 三年生の教室は一階にあるお陰で階段を上ることはない。3―Aと書かれた教室を見つけ、荒れてしまった息を整えながら横開きの扉を滑らせた。

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