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名無しの関係  作者: 青空
10/18

些細な

 六月の第二月曜日。

 テストも落ち着き、七月の文化祭に向け、七限目、ロングホームルームの時間が文化祭の準備に当てられ始めた。黒板の前には文化委員とやらの男女二人が採決を取りながら司会をしている。


「じゃあ、喫茶店にすることに――」


 黒板にはお化け屋敷だとかクレープやらありがちな案から、メイド喫茶のような色物も箇条書きで書かれている。

 色物は提案するまでは楽しいが、実行するとなればそれなりに抵抗を抱く人が居るようで、安牌ともいえる喫茶店に票が集まった。

 途中、悠介と話しながら木藤は何を選んだのかと後ろから見たところ、クレープに手をあげていた。好みなのかもしれない。


「次にどんな感じにするか――」


 ファンシーだとか、おしゃれだとか、大まかな雰囲気の方向性の案を出し合う。となりで悠介が「スタバ!」と言っていた。言いたいことは分かるがそれは雰囲気と少し違う気がする。

 雰囲気と言われても学生の身で知っているバリエーションは少ない。再現性なども考慮された結果、ラブリーとやらに落ち着いた。正直よく分からない。可愛いものを集めるのだろうか。

 ただ、採決の時に木藤がそれに手を挙げていたのは少し面白かった。あと、一応項目として挙げられているスタバは誰かさんと面白がってあげた人の数票だけだった。


「次に店で出す商品を――」


 そう言われて、色々な料理が名を挙げられる。しかし、教室でやる都合上、料理が出来る場所はない。そのため、完全な飲食は中庭に集められてそこに調理器具を置いているのだ。

 だから自然と出すものは出来合いの物に集約される。

 しかし、人がクラス単位で集まればそれなりに案は出るものらしい。ネットに上げる写真として、映えを狙った電球ソーダを出そうという話になった。

 容器は毎度おなじみの密林業者に頼む形となった。月額会員に入っている人が注文するなど、あれよあれよとテンポよく進んでいる。


「文化祭ってこんなあっさり決まるっけ?」


 一年、二年の時はここまであっさりと決まらなかった気がする。勿論、やる種目が違うとかその辺りはあるだろうが。


「さあ? まあでも、今年のクラスは当たりだと思うぜ。なんせ文化委員が真面目だしな」


 そう言われて黒板の方を見る。書記をやってくれている子の席に集まり、あーだこーだと言っている。その姿自体は不思議でないものの、話している内容自体は的確で、間取りの話だとかもいつの間にか進めている。段取りが上手いことが垣間見えた。

 しかし、それとは別で気になることが……。

 大人しそうな所作の男子、丁寧に編まれた三つ編みを垂らす女子。

 どちらも気が強そうには見えない。


「あの二人あんなに仲が良かったっけ?」


 なんというべきか、時々起きる体の接触に躊躇がない。二人ともフランクなタイプでもないのがなおさら不思議で。


「まぁ、そういうことだろ」

「へー」


 あの二人とは二年の時もクラスが同じだった。三年は勉強に力を入れる学校の都合上、修学旅行があって、そのときも二人が司会をやっていた。


「やっぱ男女二人で作業してると仲良くなるものなのか?」


 悠介も今の彼女とは体育祭の時に色々かこつけてやっていた。確かに距離を詰めるには自然だと思う。


「ま、そうだなぁ。そりゃ話し慣れている人の方が好感持つだろ。人は見た目ってのは第一印象の話。そこでふるい落とされるほどじゃなきゃ、そっからは内面だな」

「経験者は語るってか」

「そーだな。特に、ああやって作業する分にゃ、目につくのは振る舞いの方だし」


 確かに。

 見た目で大事なのは変な偏見を与えないこと。長くやっていくには価値観だとか、相性だとか内面の方がよっぽど大事なのだろう。


「そーいや」


 話しかけられ、悠介の方を向く。すると、にやにやした顔が映って。


「木藤さんとは上手くいってるのか?」


 そう言われた。だから――


「は?」


 思わず、出した自分でも驚くような冷えた声が出た。


「……れ、蓮?」

「あー……ごめん」


 何に嫌悪感を抱いたのか、自分でもすぐに分からなかった。

 力んでしまった肩を落とし、頭を冷やす。理由は多分、そんな見方をされることを嫌ったのだと思う。

 自分でも、具体的に説明できなかった。


「んんっ。なんでそんな話?」


 咳払いで仕切り直し、尋ね返す。

 図書室で話しているところを見られた覚えはない。


「そんな広がっちゃねぇけど噂になってんだよ。お前と木藤が食堂に居たこと」

「……あぁ」


 食堂は片面の壁がガラス張りなので、外から出も誰かいるのは見える。

 言われてから自分の不用心さに気付いた。別に隠していたわけじゃないから仕方ない。

 それは分かっている。ただ、なんとなく残念だった。


「どのくらい広がってる?」

「そこまでだな。だって、時間帯も人が居ない頃だし。遠目だから確証はないし」

「なら……いいか」


 確かにあの時はテスト真っ最中だった。あの時間帯に残っている人が少ないのも頷ける。

 人の噂も七十五日。そのうち終わるものと思うことにしておいた。



 放課後。

 通常営業に戻った図書室のカウンターでぼーっと肘をついていた。

 お馴染みの木藤は黒髪を揺らしてテスト後だというのに、もうペンを走らせている。

 受験生としてみればこれ以上ない正解なので、何も言えない。むしろ気にするだけこちらが罪悪感で苦しくなってくる。


 だがカウンターに座っている以上、スマホか本でも見ない限り正面の長机の木藤を視界から外し続けるのは難しい。

 結局、この罪悪感から逃れるために単語帳をめくり始めた。

 やる気はないが、勉強をするとなったときの単語帳は存外便利だ。

 おかげで、英単語だけはやたらと点を稼げるようになった。今回のテストも英語が飛びぬけて良かったのはそのせいである。……リスニングは置いておくとして。

 そして不思議なことに、単語帳をめくっていると意識が勉強に向いてくる。


 これでようやく勉強に対する抵抗がなくなる。

 この間、スマホに一度も目を向けていないというのも大きな要因だ。

 そう考えれば、ネットに情報が溢れている今、勉強すること自体のハードルは上がっていそうだなと、言い訳交じりに思う。


「何するかな……」


 昨日、一昨日の土日は大して何もしていなかった。部活のために学校と家を往復しただけ。悠介に誘われて近場の喫茶店で少し勉強したぐらいか。

 木藤とならば無言の勉強会が始まりそうだが、普通の友達と行けば、喫茶店など勉強の場ではなく、雑談の場になる。勿論、それが楽しいから勉強が捗らないのだろう。


 特にすることは思いつかず、終わってから放置したままだったテストのやり直しに取り掛かる。テスト問題は乱雑にファイルにしまっているためすべて持っている。雑な管理のおかげ、というのは皮肉な話だ。


 中学の頃から持ち物の管理が雑なのは変わっていない。

 だが、中学の頃は外面を良くしようとしていた。周囲から見られる持ち物も綺麗に管理していた。

 いくら取り繕っていたとはいえ、真逆になるのはどうしたものか。

 凡ミスを確認しながら内心で頭を抱える。


 一区切りついたのか卓上の教材を片付け、鞄を漁り出した木藤をちらりと見る。

 取り出したのは薄い箱のようなファイル。見たところポケットがいくつかあるらしく、一つにまとめた紙類がポケットの一つにしまわれた。

 ――便利そうだ。

 そう思ったのもつかの間、ファイルを仕舞おうと鞄にしまおうとした木藤が、ファイルを持ち手に引っ掛けてしまった。


 横転、椅子から転げ落ちる鞄。ばらばらと散る教材。硬直し、教材の山を見つめる木藤。

 根元から外面がよくとも失敗は失敗らしい。河童の川流れ、ちゃんと一人の人間で安心した。

 前までなら見過ごしていただろう。だけど、なんとなく立ち上がる。


 見てしまった負い目もある。長机の元に行き、教材の山を一つずつ掘り起こす。教科ごとにまとめて長机に並べていく。俺よりも鞄が小さいはずなのに入っている教材が多い。思わぬ刺客に胸を痛めつつも教材を拾い終えた。

 終わってから木藤が微動だにしていないことに気付いて、振り返る。

 木藤は変わらず、呆然としたままだった。


「……大丈夫か?」

「……っ。ええ、ありがとう」


 我に返り、ぶんぶんと顔を縦に振る木藤の姿は見たことがなかった。いつも優雅に揺らしている黒髪も、そんな振る舞いのせいで激しく暴れている。

 やはり、具合が悪いのか。


「大丈夫、なんだよな?」

「大丈夫。……少し、ぼーっとしていただけ」

「ふぅん。今日バイトは?」

「……六時から」


 時計を見る。五時半。いくら近いとはいえ、そろそろ動かないとまずいだろう。


「体調を崩しているとかじゃないならいいさ」

「そこまで馬鹿じゃないわ。休み明けで体調を崩すなんてもってのほか」

「ならよし」

「貴方は母親か何か?」

「そりゃいつも――あぁ……なるほど」


 なぜ立ち上がったのか、言いかけて気付いた。

 単純な話。自分は木藤を無視できない知り合い以上の何かとして扱っているのだ。

 遊びにいったことも、クラスでまともに話したこともない癖に。

 

 業務的な付き合いのクライアントだとしても、毎度のように顔を合わせて居れば気に掛けるのも無理はない。──そう、自分に言い聞かせる。


「一人で納得しないで貰える?」

「説明してもいいけど……バイト、もう行った方がいいんじゃないか?」


 時計の針はもう五時半を過ぎている。


「……そうね」


 静かに納得した木藤が頷いた。

 今しがた並べた教材を丁寧に鞄に仕舞い、肩にかけて立ち上がる。


「ありがとう」


 去り際に軽い会釈と声の通った言葉。クスリと笑って口を開く。


「どういたしまして」


 こんな些細な礼の応酬でさえ初めてする。そのことに内心苦笑した。


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