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第二話 黒幕は誰だ その4

伝染病で隔離されている祢田無令子だが、次々と疑問が湧き起こる。

杉田以下スケロク商事は真相に挑む。

さらに……。

 翌朝午前六時。

「ニュースの時間です。今日の午前五時、警視庁の発表に依りますと、昨日午後七時頃、品川区本郷通り付近を警戒に当たっていた警察官数名が女性の悲鳴を聞きつけ、現場に急行した所、刃物を振り回している男を発見、格闘の末逮捕に至ったと言うことです。なお逮捕の際、容疑者は喉の付近に怪我を負った模様で、警察病院に収容されたとのことです。犯人の名前など詳しい情報は今後の捜査発表によります。……次は次世代型超小型常温核融合炉開発のニュースです。御泥木電源開発社と篠田重電科学工業との開発がなされる中……」


 報道関係の映像を見ながら一人の刑事が捜査課長に言う。

「副本部長からマスコミ向けの発表では沢木田事件とは無関係のように発表されましたね」

 警視庁捜査課沢木田興子殺事件本部では捜査課長は納得するような顔だ。

「ここで沢木田との関連を語れば報道は益々過熱する。さらに大騒ぎになり御泥木財閥としても何らかの事情をマスコミに対しなければならなくなるだろう。容疑者はどうだ、ゲロしそうか」

「専ら筆談ですが口を割らないです」

「生ぬるいな」

 捜査課長は机を、どん、と叩いた。

 たたき上げの捜査課長としては不満だったが、膠着状態が続く沢木田事件解決に向けての杉田の提案は呑まざるを得ないことだった。

 捜査課長はイライラした。

「単純な怨恨などの殺人事件ではない。二つの事件は御泥木財閥と絡んでいるのだ」


 東京都杉並区高円寺午前十時半。眼下には人々が行き交っているのが見える雑居ビル三階。

 生活感が全く感じられない居室に数名の男女が一人の男を見つめていた。見つめられている男は不機嫌そうな顔をしていたが、やおら懐から磁気カードが取り出し、相対している女に手渡した。

「先週から研究室に防犯カメラが設置されて、さらにやりにくくなった。今回盗み出せたのは外骨格の設計図と封印材料の一部だ」

 女は微笑みかけた。

「それだけでも上出来よ。これを本部に渡して解析してもらうわ」

「今回何とか盗み出せたが次から上手くいくとは思えない」

 スパイに対して中年の男が言う。

「研究開発はまだまだ続く。理論的には完璧だが、理論だけで出来る代物では無い。それに御泥木電源開発社は秋田県に研究開発用地を確保したという情報が入った」

 ぶ然とした表情で若い男が言う。

「競争入札ではないのですか」

 中年男性、鈴田はいう。

「世の中建前通りには行かん。信じる方が馬鹿を見る。結局出来レースだ。最初から御泥木電源開発社に決定されていたのだ。現地からの報告によれば我々が用意した以上の賄賂が御泥木電源開発社から流れたということだ」

 ぼそぼそと話し合っている最中、中央に設置してある四十インチの画面から短い音が流れた。

 複数の男女が集って画面を見つめている。

 モンゴル系の男が画面に現れ、流ちょうな日本語が流れた。

「支部長に聞く。女の悲鳴を聞いて警官が集まったというが、計画がばれたのか」

 鈴田は画面を見つめた。

「警視庁はマスコミ向けに作為的に嘘の情報を流したのです。恐らく我々の行動はまだ知られていないと思います。タダ思うのは我々の暗殺計画が何処で漏れたのかと言うことです」

「結集力が固い君たちのことだ。漏れたとは思えん。何か別の力が働いたに違いない。ナイフ使いのプロといえども、君たちの組織に対して口を割るのは時間の問題だ。君たちはここを引き上げ新しいアジトに向え。そして次の計画を、絶対に間違いが無い計画を起こすのだ。それが私の願いだ。革命軍諸君、君たちの健闘を祈る」

 一斉に手を上げる。

「分かりました、サーチェン総統ッ」

 信じがたいが革命を起こそうとする集団がこの日本にいる。しかし魔の手は真綿で首を絞めるように、国家転覆計画は徐々に進行しているのであった。


 杉田は年季の入っている古ぼけた椅子に仰け反るように座っている。杉田が動く度椅子はギシギシと悲鳴を上げる。

 和道が声をかける。

「何を考えているのかな、社長」

「いや、考えれば考えるほど実に面白い」

「面白いとは何だね」

「小曽礼マイルが祢田無令子と面会した事さ」

「何が言いたいのかさっぱり分からんが……」

 杉田は内線電話を取り上げると寺家の部屋に連絡を取った。

「……出ないな。何処に行ったんだろう」

 受話器を置いた管弦が口を挟む。

「廊下で踊ってたよ」

「踊ってた?」

「そう。空中を両手を振り回すように踊ってた」

 そこへ寺家が憤慨したように事務室に入ってきた。

「踊ってるって失礼ね、イメージトレーニングよイメトレ。開頭手術のイメトレよ。術式前の医者にとってイメトレはとても大事なの。それを何よ、踊ってるなんて」

「そうなの? あたしには踊っているように見えたけど」

 寺家は鼻を鳴らした。

「フン、所詮、あなたには分からないでしょうけどね」

「何よ、その言い方ッ」

 直情型の管弦が憤慨し席を蹴った。

「二人ともよせ。ところで地家先生に聞きたいんだが、もし伝染病患者が担ぎ込まれたら病院としてはどうする?」

 地家は腕を組みながら話し出す。

「指定感染病なら速やかに大日本帝国感染症病理学会に報告を入れて然るべき処置方法を待つね」

 寺家は赤いフレームの眼鏡をズリあげ続けた。

「隔離が必要と判断された場合、完全防護服に身を包んだ特別救急隊員が迎えに行って隔離施設に封じ込めね、隔離室が確保出来る病院なら留め置き、幽閉ね」

 杉田の椅子がさらにギシギシと鳴る。

「小曽礼マイルが祢田無令子に一時的にも面会が許されたのは何を物語っていたのか。小曽礼マイルは完全防護服とやらを着込んでいたのかな」

 寺家は両手を挙げる。

「それは、小曽礼さんに聞かないと分からないわね。第一、伝染病が疑われたらいくら親しい人でも面会の許可は出ないわ」

「口を挟むのは申し訳ないが……」

「黒川さん何か気になることがあるか」

 黒川の言葉に杉田は反応した。

「成り行きからすると、口封じのため祢田無令子を病院の幽閉に成功したが、伝染病という考え方は無かったのではないか。単純に捕まえホッとしていたから総帥の言葉に素直に従い小曽礼の面会を許した、と。後になって気がついた連中が、伝染病とでっち上げ、以後の面会を禁止した」

 杉田は顎を撫でた。

「そうか、祢田無は何か重要な証拠を掴んだ。だがそれに気がついたスパイは何らかの方法で祢田無を誘拐し厚木に幽閉した。そう考えると辻褄が合うな」

 管弦は口を開けた。

「なんだか分かんないけど黒川探偵、すごいね」

 地家も同調した。

「そうすると伝染病も胡散臭いわね」

 寺家の言葉に杉田は急に宝来警察に電話入れ、加藤副署長に取り次いでくれるよう要請した。

 開口一番加藤は話し出した。

「杉田君か……あんたんとこは問題を色々と起こしてくれるな。つい先日も警視庁安全保安課から報告書が入ったぞ」

「どんな報告書だ?」

 杉田の問いかけに加藤は答えた。

「あんたんとこの社員、管弦瑠那には充分警戒しろってな、将来問題を起こす可能性がある、と。おっと、こいつは内部資料だから口が裂けても言えんがね」

 杉田は笑った。

「また、我々を見張るのか? それより頼みがある。御泥木厚木総合病院に入院している祢田無令子の様子を見てきてくれないだろうか」

 加藤は言下に否定した。

「厚木? 管轄外だ。確かに大城権左衛門ではお世話になったがな、訳も分からんような話で警察を手足のように使えると思っているのかね。警察は忙しいのだよ。それに民事不介入という言葉を知らないわけはないだろう。無理だ無理」

「伝染病で隔離されていると言われているのだが、どうも怪しい。沢木田事件と関連があるかも知れないが」

「事件との関連性だと? 伝染業で隔離、なら感染症病理学会に相談すべきだぞ、杉田君。確かに御泥木財閥グループは叩けば埃が出ると噂されているが、事件と絡めて厚木に調査員を派遣するというのは無理な相談だ。派遣させたいなら厚木警察に相談しろ」

「私も厚木には伝がない。加藤副署長から紹介出来ないだろうか」

「何いっとる、無理なモノは無理。無理だ無理。無理無理」

 いうだけいうと電話が切れた。

「切られちまったな」

 杉田の言葉に黒川が言う。

「それはそうでしょう、筋が通りませんからね」

 黒川の言葉に杉田は振り向いた。

「ちょっと焦ったな。黒川君、何か方法はあるかな」

 黒川は冷静に答えた。

「いくら焦っていると言っても、電話で安直に事を済まそうとするのがいけないでしょう。直接会って真摯にお話しする。それと調査してくれたら、ほら副署長にも宝来警察署にもこんな利益がありますよ、と仄めかすのです。大城権左衛門事件が良い例でしょう。勝ちを譲ったのですから」

「確かにもっともだな」

 そう言うと杉田は煙草の箱に手を伸ばした。しかし盲目の探偵はぴしゃりと言った。

「ここは禁煙です」

 杉田は唖然とした。

「いや、まだ手を伸ばしただけだが……何故分かる?」

「目が見えなくても今までの経緯から社長の次の行動は分かりますよ。困ったことがあると直ぐに煙草に手を伸ばし逃避する癖があります」

 黒川の黒めがねが光った。

「ここは禁煙と分かっているので次は駐車場裏で煙草を吹かしますね」

 杉田は両手を挙げた。

「参った参った降参だ、それだけ冷静に行動を読まれるとな。……では、黒川探偵に聞こう。祢田無令子に接触する方法はあるかな?」

 杉田の言葉に黒川は困った顔をした。気配を感じて伏せていたグローリーが黒川の顔を見上げる。

「逆に無理難題を押しつけられましたね」

 和道が助け船を出す。

「おいおい、黒川さんを虐めてどうする、社長」

「そうよ、黒川さんが可哀想。それを考えるのは社長でしょ」

 管弦も同調したが、盲目の探偵は意外な答えを提案した。

「ここは的場さんの力を借りましょう」

「どういう事だ」

 和道の問いかけに黒川は自信を持った答え方をした。

「今までの知見から、あの人の盗みのテクニックは素晴らしい。相手がいかさまをするなら、こちらも搦め手から突破しましょう。それに和道さんの力も必要です」


 御泥木厚木総合病院は開院時間と共に大勢の患者が押し寄せている。

 紹介状がないと受付出来ない体制になっているが、近隣には御泥木厚木総合病院以外大きな病院がないこともあり、内科、小児科などは随時受け付けている。

 今日も受付待合室は大賑わいだ。

「はい、次の方」

 ざわめく中受付に呼ばれた初老と思しき男がよろよろと近寄った。

 薄汚いナップザックを背負い、黒いキャップと黒眼鏡、厚手のマフラーと共に異様に大きいマスクをつけた正体不明の男だ。

 受付の女は汚らしいと思ったが冷静に尋ねた。

「どうされました?」

 男が答える。

「昨夜より咳と下痢が止まらず、難儀しておる。熱も出てきたようじゃ。頭痛も痛い。なんとかみてくれんか」

 受付嬢は事務的に話す。

「頭痛も痛いっておかしくありません? 分かりました。初診ですね? マイカードもしくは保険証をこちらの皿に置いてください」

「急いできたので忘れた」

 あっさりという男に受付嬢は呆れた顔をした。

「本日の治療は全額自己負担になりますよ。よろしいのですか」

「仕方ない。それに一刻の猶予もならん。漏れそうじゃ」

 正体不明の男に受付は溜息をついた。

「ここに住所氏名年齢電話番号、本日の症状をご記入ください」

 受付は受付票をバインダーに挟みボールペンと共に男に渡した。

 突然男が言う。

「隔離室は何処ですかい」

「はあ?」

 受付は何を言っているんだという顔をした。

「隔離室は地下一階ですけど、あなた、さっきから何を言っているのか分かってます?」

「……熱に冒されておるのじゃ、流行っている病気かのう。伝染病じゃ無いだろうか……」

 受付はイライラした。

「伝染病? あなた、何をおっしゃっているのか分かります? 伝染病かどうかは先生の判断です。ここに記入してくださいっ」

「いやいや隔離室ではない。そうそう、トイレじゃトイレ。トイレは何処じゃらほい」

 受付のイライラは頂点に達した。

「トイレはこの通路突き当たり左にありますっ。何でも良いですっ。ここにご記入くださいっ」

 半ば命令口調の受付に男は言う。

「ああいかん……も……漏れそうじゃ……」

 受付は頭を抱えた。

「記入は後にしてもらって結構ですっ。早く用を済ましてきてくださいっ」

 男は一目散に通路に向かった。

 受付嬢は男を目で追ったが、気を取り直した。

「お待たせしました、次の方……」

 バインダーを持った男は一目散にトイレの個室に入り、バインダーを置いた。直ぐさま出ると脇の非常口に向かった。

 通路に人影が映った。男はじっと立ち止まり気配を消す。

「病室に戻りましょうね」と言いながら点滴を受けた患者を看護士が誘導している。しかし気配を消している男には全く気がついていない。その他に数名の看護士が行き交うが、一切注意を払うことは無い。

 やり過ごした男は辺りを見回し、ぶ厚い鉄の扉をそっと開け足早に階段を下りた。

 突き当たりの扉をゆっくりと開けると首を突き出し、誰もいないことを確認した。

 いかにも怪しい雰囲気の男は襟口を掴み口元に引っ張った。

「親方、聞こえますか。侵入成功でさあ」

「ああ、よく聞こえる。だが時間が無いぞ」

「了解でさあ」

 的場は見つからないように気配を消し、ゆっくりと通路を進んでいった。

 見つかったらと思うと緊張感が高まる。しかし無機質な空間に人気が無い。右に左にドアもない部屋がいくつかあり、計測機器や薬品棚、ストレッチャーなどが目に入るだけだ。

 途中ナースセンターがあったが、数人の看護士は計器類や書類を見ているだけで、的場の存在に気がついていない。気配を押し殺している的場はその場を立ち去り、先に進んだ。

 その先突き当たりにお目当ての隔離室を見つけた。

 無言で的場は隔離室のドアノブに手をかけまわしてみる。しかし、鍵がかかっていて開くことはなかった。『だよなあ』

 ドアノブの鍵を開けることは的場にとって簡単な作業だが……。

 見上げると天井に点検口がある。パイプ椅子が二脚左通路に置いてある。同時に会議でも始まるのか木製の事務机が壁に寄せられている。

 ゆっくりと進む的場に隔離室の斜め向かい側に変電室がある。巨大病院の電気は直引き込みだ。

 変電室にそっと近づくとドアノブを掴んだ。案の定、変電室には鍵はかかっていない。

 するりと忍び込んだ的場は辺りを注意深く見回した。時折重低音のモーター類が響くだけで室内は静かで人の気配が無い。

 キュービクルを囲うように鉄柵があり、各所に『正常』を表す緑色のランプが灯り低周波の音が脈動している。

 的場は確認すると「主幹」と書かれている遮断器に手をかけ、躊躇うこと無く一気に引き下ろした。

 次の瞬間、病院全体が真っ暗になった。

 ごった返していた受付の端末が突然真っ黒になり、照明が消え、おお……と言う声がざわめいた。

 手術室が真っ暗になり、開腹手術中の医師の手が止まった。

「照明、照明! 早く用意しろっ患者が危ないっ」

 数分もしないうちに屋上に設置してある非常発電機が回り始めた。しかしそれは手術室等命に関わる部署の必要最低限の電力供給だけだ。

 真っ暗なナースセンターから男女が出てきたが、蓄電されている非常口灯だけが緑色に光っているだけだ。ある者は机にぶつかり、ある者はやたらに壁のスイッチを入り切りする。

 予期せぬ事態に院内全体がパニックになった。

「どいてどいて」と叫びながら保安室から数人の男女が、懐中電灯を振り回し変電室目掛けて走り込んできた。

 暗い中、急いでいた先頭に立っていた一人の男が何かにぶつかり、転げ、強かに頭を廊下に打ち付けた。

「なんで通路の真ん中に机がっ」

 憤懣やるかたなく強引に撥ね除け、変電室に飛び込んだ。

「電灯主幹が落ちてるぞっ」

「動力はどうだ?」

「動力系統は正常だ」

 後から来た電気主任技術者が懐中電灯を振り回した。

「漏電かっ? 各漏電ブレーカーを落とせ」

 全員で数十に及ブレーカーを次々と落とした。

「落としたかっ? よし主幹を投入するっ。投入ッ」

 異常なく電灯主幹が入った。 

「各ブレーカーを一つづつあげろ。漏電箇所の確認だ」

 次々と照明が輝きだした。停止していた各種装置が息を吹き返す。しかしすったもんだのあげく、何も異常は見つからなかった。

 ホッとした表情で電気主任技術者が言う。

「とりあえず回復したな。電流過負荷か? 院長先生に報告と明日から詳細な調査が必要だ」

 一同は明るい通路に出た。

「なんでこんな真ん中に机と椅子があるんだ、畜生め」

 額を派手にぶつけ内出血している男が憤懣やるかたないように椅子を蹴り飛ばした。

「あら、大変。内出血してる。院長先生に見てもらった方が宜しくありません?」と女性職員が心配そうに言う。


 病院全体が正常に戻り、人間が去った頃、天井でごそごそと音がする。

 的場は暗闇の中、机と椅子を組み上げ点検口をこじ開け天井内部に入ったのだ。頭に取り付けたランプが当りを照らす。

「親方、聞こえますか。ダクトが邪魔でしたんけどようやく隔離室上に来ましたぜえ」

「よくやった。次の作業に取りかかってくれ」

「了解でさあ」

 防塵マスクに取り替えている的場はナップザックから千枚通しを手にすると穴を開けた。

 覗いてみるとちょうど良い案配に隔離室全体が見えた。左下には酸素マスクに覆われ寝かしつけられている女性がいる。手を休めること無く開けた穴を広げ、和道が制作した超広角レンズつき映像発信装置を埋め込み、スイッチを入れた。

 スイッチが緑色に輝く。

 和道と杉田が覗いているディスプレーに室内が浮かび上がる。画面をのぞき込んだ杉田は的場に命令する。

「的場君、グッジョブ。駐車場に願成寺が待機している。ばれないように慎重に戻れ」

「合点でさあ」


「点検口が空いている……?」

 深夜、地下一階通路で警戒に当たっていた警備員がぽっかりと開いた点検口を不思議そうに見つめていた……。

 

 午前七時半。録画を早送りして見ている和道は杉田に報告する。

「どう見ても隔離室に入る先生方は白衣のままだね。それに出入りしているのは先生は二人だけだ」

 杉田は管弦が淹れてくれたお茶を啜った。

「と言うことは伝染病はウソだな」

「誰がどう見てもそうだと思えるよ、社長。御泥木厚木総合病院のホムペで確認したが、出入りしているのは福田院長と川田副院長だ」

 そう言いながら和道もお茶を口にした。「熱っ」

「御免、和道さん猫舌だったね」

 管弦はちらっと舌を出した。

 成り行きを聞いていた黒川が口を挟んだ。

「やはり、伝染病にしておいた方が何かと都合が良い。ろくな治療もせずそのまま衰弱死すれば死人に口なし。病理学会には事後報告……こうなると御泥木厚木総合病院も何か得体の知れない組織に浸食されているようです」

 杉田は顎に手を当て考えた。

「さすが盲目の探偵。私もそう考える。さてさて、どうやって病院から救出しようか」

 突如、杉田の内ポケットから携帯電話が鳴り響いた。相手は岡田だった。

「総裁閣下からのご伝言です。弊社秘書課小曽礼マイルの件で本日午前十二時、邸宅にてご足労頂きたい」

 いつも一方的な物言いだ。しかし杉田にも考えがあった。

「食事に誘われたかね、社長。テーブルマナーもしっかりしておかないと」

 暢気に言う和道だったが、杉田の頭脳は回転した。

「渡りに船、だな」

 

 杉田と和道は中華料理のフルコースを堪能した後、豪華絢爛な応接室で曾太郎と対峙していた。いつもは尊大な感じの曾太郎だが、今日は違っていた。

「小曽礼から報告を聞いた。礼を言う。君たちは命の恩人だ。再び襲われるかも知れぬ。当分この屋敷に経理係として働いてもらうことにした」

「身を隠しておいた方が良いですからね。ところで総帥閣下、我が社では祢田無氏に関わる事実を掴みました」

「祢田無だと?」

 曾太郎は驚いた顔をした。

「そうです、伝染病に冒されている祢田無氏です」

 杉田の言葉に曾太郎はふかふかの椅子にどっかりと座り直した。

「可哀想だが伝染病ではどうにもならん」

 あきらめ顔の曾太郎に杉田はたたみかけた。

「総帥閣下に伺いますが伝染病という話はどこから聞いたのですか」

 曾太郎は怪訝そうな顔をした。

「御泥木厚木総合病院院長からだ」

「その院長の言葉を信じているというわけですね」

「そうだ」

 杉田は確信して言った。

「しかしその伝染病がウソだとしたら?」

 曾太郎は椅子から飛び上がらんばかりに驚いた。

「何だと」

「祢田無氏は沢木田氏や小曽礼氏とはまた違ったスタイルでスパイをおっていたと思われます。そして何か重大な事実を掴んだ。それを察知したスパイは何らかの方法で祢田無氏を襲った」

「しかし……そんな回りくどいことをするより一刀両断の元に闇に葬ると思うが早いと思うが」

 有無を言わせない杉田の口ぶりだ。

「スパイを追っている三人が同じように殺害されたとすれば、警視庁捜査本部でも何かの陰謀があると推理し三人の接点を探り出そうとするのが自然です。それにマスコミが黙ってはいないでしょう。この邸宅も報道関係で取り囲まれます」

「そうか」

 驚く曾太郎に杉田は言う。

「祢田無氏の現状はどう思われますか」

「奇妙な伝染病、と聞いているので面会も出来ない状態だ。いくらわしが会いたいと言っても院長は頑として拒むのだ」

 杉田は話を変えた。

「総裁閣下のご命令には反論することが出来ないと小曽礼氏から伺いました」

 杉田の真意を測りかねて曾太郎は曖昧に答えた。

「ウム……」

 曾太郎の心理を切り裂くように杉田はたたみかけた。

「御泥木厚木総合病院に隔離され病魔に冒されている祢田無令子は気にならないのですか」

 杉田の気迫に曾太郎は呻いた。

「私の大切な部下の一人ではあるが……面会も出来ぬと言うことであれば、それに従うしかあるまい」

 杉田は身を乗り出した。

「疑念は分かります。しかし私たちは祢田無氏を救い出します。方法は私たちにお任せください。総帥閣下には一言、御泥木厚木総合病院に連絡をして頂けるだけで救出作戦は半ば成功するのです」

「……どういう意味だね」

「後でお話しします。総帥閣下、ご決断を。救出作戦にご協力を」

 曾太郎は椅子の肘掛けを握りしめ杉田を見つめた。

「ウム……」



 御泥木厚木総合病院の院長室で福田と川田が言葉を交わしていた。

「総帥閣下からのご命令が?」

 川田副委員長の言葉に福田院長が答える。

「そうだ、総帥閣下は当病院に地家優子を派遣させるとのご命令だ」

 院長は鼻筋に皺を寄せた。

「久々に聞いた名前だな。世界初の人造心臓換装手術に失敗して裁判沙汰になっている、あのドクター寺家かね?」

「そうです。係争中の外科医です」

 院長は鼻で笑った。

「天才外科医と言われるドクター地家か。医師免許剥奪されてもおかしくないが、未だにモグリとして活動しているのか。しかしたぐいまれなる外科医といえども、外科医に内科的処置が出ると思うか。それに祢田無令子はせいぜい持ってもあと三、四日だ。いくら天才でも手遅れだ」

 ところが、内科部長が持っている携帯が鳴り……。

「なんだって、ドクター寺家が救急外来に? 今、そっちにいく」

 患者でごった返している受付を横目に見た福田は救急外来入り口に急いだ。そして、玄関入り口の寺家を捕らえた。同時に寺家の後ろに腕組みしている長身の若い男を認めた。

 寺家の後ろでサングラスをかけ腕組みし無言の圧力をかけている祖父江の姿は、さながら義経を守る弁慶のようだ。両手にはトゲが飛び出た皮の黒い手袋をはめ、両腕からチラチラ見える龍の彫り物がさらに威圧感を与えている。

「院長先生、祢田無令子さんに面会に来ました」

「地家先生、お久しぶりですな。……で、その後ろの人は?」

 院長達は寺家を知っているがその後方に身構えている若い男には全く見覚えが無い。いぶかしがる院長に寺家はいう。

「彼はボデイガード。色々とあってね雇ったの」

 福田はいう。

「ボデイガードまで雇わなければならないというとは落ちぶれたものですな、ドクター地家。それより総帥閣下のご命令では地家先生が祢田無氏の面倒を見させるとおっしゃっているようだが、心配無用だ。祢田無氏は全知全能をかけ私が見る」

 寺家は意外な言葉を発した。

「祢田無令子さんは私が連れていきます」

 福田は吃驚した。

「何だと? いくら総帥閣下のご命令でもそんな暴挙が許されるわけはない」

「では院長先生、総帥閣下のご命令に背くと言うわけですか」

 強力に言う寺家に福田は一瞬たじろいだ。

「いやそうではない。そうではないが……ドクター寺家では手に余る患者だ。何しろ伝染病の疑いがある。内科的処置は我々に任せてもらいたい。それに地家先生は医師免許を剥奪されるかもしれない立場だ。医師免許も持たない一般人に何が出来るというのかね」

「裁かれていないのでまだ医師免許は有効ですよ」

「うむむ……とにかく総帥閣下には我々が連絡を取る」

 祖父江が一喝した。

「つべこべ言わねえで祢田無氏に会わせろ」

「伝染病患者だ、会わせるわけにはいかん……」

 祖父江の気迫に押され福田は急に弱気になった。

「内科的所見だけですと見誤る可能性もあります。ここは外科的に見せてもらいたいわね。これは総帥閣下からのご要望でもありますよ。それを院長先生は無視するのですか」

 寺家は強気に言った。

 福田から冷や汗が流れた。

「まあ待て……防護服を用意する……」

「院長、それで良いのですか」

 川田の囁きに福田はいう。

「言い争っていても仕方ない。総帥閣下のご命令とあらば従うが総帥閣下には後ほど抗議する。これは医師としての立場だ」

 地家はいう。

「防護服は必要ないわ。時間が無いのでこのまま面会します」

 二人は仰天した。

「何を馬鹿なことを言っている。気でも違ったか」

 祖父江が威圧する。

「必要ねえッていてんだろうがっ。地下の隔離室にいることは分かってんだ」

「無茶なこと言うな」

 祖父江がにやりとした。

「伝染病なんてこたぁ嘘だとばれてるんだぜ、先生方よ」

 福田は立ちくらみしたようにふらついた。

「け……け……警護室に至急連絡だ。不審者が院内に……」

 警護室から数人が飛び出してきたが、祖父江の無言の迫力にたじろいだ。雇われ警護員には幾度となく修羅場をこなしてきた祖父江の前には所詮抵抗出来るものではない。

「総帥閣下のご命令に背く奴はこの俺が許さねえ」

 隔離室の祢田無令子は人工呼吸器をあてがわれ、虫の息だった。荒い呼吸に一目見て寺家は危ない、と直感した。

 傍らでは滑稽な姿で防護服に身を包んだ二人の医師と警護員が恐る恐るがのぞき込んでいる。

「どうする院長」

 福田は呻いた。

「寺家ドクターだけなら閉じ込めることも出来るんだが……あの男はどうにもならん。暴れ出したら手に負えない」

 警備員も通路の端から成り行きを見守っているだけだ。

「そうだ、暴漢が院内を暴れていると言うことで、警察に連絡だ」

「しかし院長、連絡したらこっちの身も危ないのでは? 伝染病と偽って監禁していたのですから、もしばれたら大日本帝国病理学会からの報告義務違反で訴追されることもありますし我々の立場は……」

「うむむ……」

 福田は歯噛みした。

 寺家は鞄から注射器を取り出し、発疹をものともせず祢田無の右腕をまくり上げ、注射器を血管に差し込んだ。

「ケンジ、ストレッチャーの用意お願い」

「了解だ、ボス。……じゃない、ドクター。……おい、あんたらそこでみているのは分かってんだ。突っ立ってみてねえでストレッチャー持ってこい」

 祖父江の有無を言わせない迫力に福田がストレッチャーを用意させた。

「ストレッチャーに移乗するのでケンジ手伝って」

「おう」

 祖父江は酸素吸入器を外された祢田無令子を軽々と抱きかかえ、寝台車に移乗した。

 寝かされた祢田無は骨の抜かれた人形のようにくたくたな状態だ。吸入器を外されさらに呼吸が荒くなった。

「ドクター、伝染病をまき散らすつもりか。院長としては許さんぞ」

 福田は喚き散らしたが寺家は寝台車を押しながら無視した。

「どいて。このクランケは私が処置します」 

「い……いくら総帥閣下のご命令でも、こ……こんな暴挙が許されて良いと思うのか。か……患者をそこに置いて出ていけっ」

 叫ぶ院長に祖父江がドスを利かせた声を病院中に聞こえるように響かせた。

「総帥閣下のご命令だ。お前らそこをどけッ」

 その迫力に押されぶるった看護士や警護員は道を空けた。寺家が通り過ぎると、後に続いている祖父江が振り向きざま言った。

「邪魔したらタダじゃおかねえぞッ」

 警備員は全員青ざめた顔をしている。

「君たちはこの暴挙を止めようといないかね」

 川田の言葉に警備員は突っ立ったままだ。それほど祖父江の姿は迫力があったのだ。

 通路を三人は悠々と通り過ぎる。通路の看護師達は祖父江の迫力と共に後ずさりし道を空けた。エレベータのドアを開け階上に上がっていく。

「忌々しい……地家は何処へ連れて行く気だ」

 院長の言葉に川田が言う。

「院長先生、いくら優秀な外科医の地家先生でも、あの状態ではいくら足掻いても手遅れです。総帥閣下の御意志で連れ去ったわけですから、我々には責任のない話ですよ。それにこれだけ抵抗を試みたのですからね。申し開きは充分ですよ」

「お、来たね」

 駐車場で待ち構えていた大型トラックの運転席に着座していた願成寺は三人を認めると、後部扉を開けトレイを下げた。

「さあ乗って頂戴。この人が祢田無さん? あらあ……酷い姿ねえ」

 まさに虫の息、と言った状態で身動きひとつしない祢田無と寺家を迎えた。

 扉を閉め確認した成願寺は睨みを効かせていた祖父江と共にトラックに乗り込んだ。

「あまり揺らさないように静かにやってくれ」

「勿論よ」

 喜々とした願成寺の声だった。


 横浜市金沢区泥亀町、野島公園近く。

 トラックは木造平屋の見窄らしい病院にたどり着いた。

 寺家はストレッチャーを下ろし、病院内部に運び込んだ。

「本間院長先生、お久しぶりです」

 白衣をまとっていた八十近い白髪の男が迎え入れた。

「話には聞いていたが、これは酷い……。すぐに入院室へ運んでくれ」

 患者を一目見た白髪のドクターが看護士に指示する。

「ここに到着する間にある程度処置はしました」

 寺家の言葉に本間は冷ややかに言った。

「これしきで処置をしたというのか、寺家君。相変わらず詰めが甘いぞ。そんな事だから心臓換装手術に失敗するのだ」

 普段は冷静な外科医寺家だが、痛いところを突かれ、顔を顰めた。

「本間先生は参りますね」

 寺家は祖父江達を見て頭を下げた。

「今日はありがとう。私はここで待機するので、戻ってください」

「そうか地家先生、無理すんなよ」

「無茶しないでね」

 祖父江と願成寺は交互に言うとその場を離れた。地家は無言で車を見送った。

 そのやり取りの間に本間は素早く水泡の一部を切り取り顕微鏡を覗いた。

『やはり伝染病ではない。水疱は強烈なアレルギー反応だ。しかし原因が分からん。三次元透過装置を使って全体を』

  本間は三次元透過写真を見て驚いた。

『こ……これは』

 大きさは三センチぐらいだろうか。何とも形容しがたい、例えるなら巨大なダニのような格好をした寄生虫が心臓に張り付いている。

『原因はコイツか』

 本間は待機していた地家を呼び出し、映像を見せた。

 映像を見た寺家はその異様な姿に総毛立った。

「本間先生、これは?」

「コイツが血液を吸いながら毒素をまき散らしている。戦いに敗れ死滅した抵抗組織の残骸、つまり異物に対する抗体組織に反応した拒絶反応があの赤い水疱の正体だ」

 祢田無令子の全身から無数のセンサーが伸びている。そのうちのいくつかが警告音を鳴らしている。

「心拍数、血中濃度、血圧、および酸素濃度低下……患者の衰弱が激しくなっている。私の見立てでは今夜がヤマだ」

「なんとしても私が助けます」

「相手は心臓に食らいついているかも知れない。ここには手術する設備もない。無い無い尽くしで助けられるのかね、地家君」

 寺家はきっぱりと言った。

「患者を目の前にして助けない医者はおりません。ですが本間先生、手を貸してください」

「協力は惜しまないとも。だがどうする?」

「簡易的に無菌室を作ります。手術道具なら私の鞄の中にあります。本間先生ありったけの消毒薬、と輸血の手配を……」

 本間は腕時計を見た。

「時間が無いぞ」

 寺家はきっぱりと言った。

「全て私がやります」

「そうか……」

 かくして本間と寺家だけの格闘が始まった……。



第二話 黒幕は誰だ その4 完 ※次に続く


未だ続きます。

次はいよいよ結末です。

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