走れモニカ
モニカは激怒した。必ず、かの邪知暴虐のギルマスを除かなければならぬと決意した。モニカには人の心がわからぬ。モニカは、魔鏡のコロシアム絶対こなすマシーンである。妖術師を吹かれ、優秀なギルメンと遊んで暮して来た。けれども邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。
きょう未明モニカは地元を出発し、野を越え山越え、十里はなれた此この魔獣のライブラリにやって来た。モニカには定時退社も、有給消化も無い。女房も無い。紅茶好きな妹と二人暮しだ。この妹は、村の或る律気な一牧人を、近々、花婿として迎える事になっていた。結婚式も間近なのである。モニカは、それゆえ、花嫁の課金ナイトメアやら祝宴のチュンカを買いに、はるばるライブラリにやって来たのだ。先ず、その品々を買い集め、それから倍書を炊いてライブラリをぶらぶら歩いた。(ライブラリだけに)
モニカには竹馬のギルマスがあった。シグネンティウスである。だいぶ前にQoHにいたモニカは、シグネンティウスとよく七輪を囲みながら延々と戦略の話をしていた。その友を、これから訪ねてみるつもりなのだ。久しく会わなかったのだから、訪ねて行くのが楽しみである。歩いているうちにモニカは、まちの様子を怪しく思った。ひっそりしている。もう既にコロシアムがぼちぼち始まる時間で、まちの暗いのは当りまえだが、けれども、なんだか、夜のせいばかりでは無く、ライブラリ全体が、やけに寂しい。戦闘マシーンなモニカも、だんだん不安になって来た。罪人の写本を読んでいるクソコアラをつかまえて、何かあったのか、二年まえに此の市に来たときは、夜でも皆が特化を回して、まちは爆死の叫びで賑やかであった筈だが、と質問した。クソコアラは、ユーカリを食べるだけで答えなかった。
しばらく歩いてノノスに会い、こんどはもっと、語勢を強くして質問した。ノノスは答えなかった。モニカはノノスのHPの低さを咎めながら質問を重ねた。ノノスは、あたりをはばかる低声で、わずか答えた。 「ギルマスは、オメガを出します。」 「なぜ出すのだ。」 「ドロシーが実装されない、というのですが、キャラクターズはそんな、ほいほい実装されるものではありませぬ。」 「たくさんのオメガを出しのか。」 「はい、はじめはおりさんの討伐で。それから、コロシアム中にも。それから、レイド中も。それから、またおりさん討伐で。それから、ひとりで遊んでるモノガタリでも。それから、またもやおりさんの討伐で。」 「ひとりで出す分には別にいいと思うが、おどろいた。めがねさんは乱心か。」 「いいえ、乱心ではございませぬ。ポケラボを、信ずる事が出来ぬ、というのです。このごろは、ギルメンの心をも、お疑いになり、少しウマ娘に浮気をしている者には、チュンカ1枚ずつ差し出すことを命じて居ります。御命令を拒めば十字架にかけられて、コロ中バフを盛って貰えません。きょうの私は、真っ青でした。うまぴょい、うまぴょい。」
聞いて、モニカは激怒した。「呆れたギルマスだ。生かして置けぬ。」
モニカは、単純な男であった。チュンカを、握りしめたままで、のそのそ王城にはいって行った。たちまち彼は、巡邏のえすさんに捕縛された。ロマさんにウイゴもかまされた。調べられて、モニカの懐中からは殻の槍(復讐(参)/勇猛果敢(参))が出て来たので、騒ぎが大きくなってしまった。モニカは、王の前に引き出された。 「この殻の槍(復讐(参))で何をするつもりであったか。言え!」暴君めがねは静かに、けれども微妙に人の良さが隠せない声色で問いつめた。その王の顔は蒼白で、その指の皺は、マジック・ザ・ギャザリングのカードパックを剥き過ぎたかのように深かった。 「ギルドをオメハラから救うのだ。」とモニカは悪びれずに答えた。 「闇鴉(凶禍)も持たぬ、おまえがか?」めがねは、憫笑した。「仕方の無いやつじゃ。おまえには、わしの孤独がわからぬ。」 「言うな!」とモニカは、いきり立って反駁した。「ギルメンの心を疑うのは、最も恥ずべき悪徳だ。めがねさんは、ギルメンの忠誠をさえ疑って居られる。」 「疑うのが、正当の心構えなのだと、わしに教えてくれたのは、ポケラボだ。新ジョブのリリース告知は、あてにならない。人間は、もともとヨクボウのかたまりさ。信じては、ならぬ。」暴君は落着いて呟き、ほっと溜息をついた。「わしだって、平和を望んでいるのだが。人はなぜ争うのか――」 「お前がいるからもに。」こんどはモニカが嘲笑した。「罪の無い人にオメガを出して、何が平和だ。」 「だまれ、実質物理前衛! 俺はただオメガを出すのが好きなだけだ!」性悪クソめがねは、さっと顔を挙げて報いた。「口では、どんな清らかな事でも言える。わしには、人の腹綿の奥底が見え透すいてならぬ。モニカさんの資産を差し押さえて、その貯金で特化を回してやるから、泣いて詫びたって聞かぬぞ。」 「ああ、めがねさんは利巧だ。自惚ているがよい。私は、ちゃんと死ぬる覚悟で居るもに。そも、天井以外を信用など決してしない。ただ、――」と言いかけて、モニカは足もとに視線を落し瞬時ためらい、「ただ、私に情をかけたいつもりなら、処刑までに三日間の日限を与えて下さい。たった一人の妹に、亭主を持たせてやりたいのです。三日のうちに、私は北の大地で結婚式を挙げさせ、必ず、ここへ帰って来ます。」 「ばかな。」とめがねは、しわがれた声で低く笑った。「とんでもない卑劣を言うわい。逃がしたシンデレラが帰って来るというのか。」 「そうです。帰って来るのです。」モニカは必死で言い張った。「私は約束を守るもに。私を、三日間だけ許して下さい。妹が、私の帰りを待っているのだ。そんなに私を信じられないならば、よろしい、このライブラリにシグネンティウスという前衛がいます。私の無二の戦友だ。あれを、人質としてここに置いて行こう。私が逃げてしまって、三日目の日暮まで、ここに帰って来なかったら、あの友人のアカウントを爆破して下さい。たのむ、そうして下さい。」
それを聞いてめがねは、残虐な気持ちで、そっとほくそえんだ。生意気なことを言うわい。どうせ帰って来ないにきまっている。この卑劣に騙された振りして、放してやるのも面白い。そうして身代りのシグネンティウスを、三日目にアカウント爆破してやるのも気味がいい。人は、これだから信じられぬと、めがねは悲しい顔して、その身代りのシグネンティウスのアカウントで魔具特化を引いてやるのだ。世の中の、正直者とかいう奴輩にうんと見せつけてやりたいものさ。 「願いを、聞いた。その身代りを呼ぶがよい。三日目には日没までに帰って来い。おくれたら、その身代りのアカウント、きっと爆破するぞ。ちょっとおくれて来るがいい。グラコロ中なら極刑ものだが、永遠にゆるしてやろうぞ。」 「なに、何をおっしゃる。」 「はは。イノチが大事だったら、寝落ちして来い。おまえの心は、わかっているぞ。」
モニカは悔しく、地団駄踏んだ。もにもにYO! も言いたくなくなった。
竹馬の友、シグネンティウスは、深夜、魔獣のギルドシップに召された。暴君めがねの面前で、佳き友と佳き友は、1日ぶりで相会うた。モニカは、友に一切の事情を語った。シグネンティウスは無言でうなずき、「モニちゃんのためになるなら……」とひしと抱きしめた。友と友の間は、それでよかった。シグネンティウスは、縄打たれた。モニカは、すぐに出発した。早春、満天の星である。