Ep.3-54
「悪いが諸君らには死んでもらうこととなった」
ファレロ王が震える唇から紡いだ言葉——それは、シャールにとっても、広場の臣民たちにとっても、信じられないようなものだった。
ただ一人、エリオスだけが唇の端を釣り上げて笑っていた。
§ § §
「この王都にいる王侯貴族たち全員の命か、あるいはこの王都に生き残っている民の命——どちらかを私に差し出せば、この国からすぐにでも手を引こう。もちろん、残った方にも手は出さない」
数時間前、玉座の間でファレロ王の耳元で囁かれたのは、そんな無茶苦茶な条件だった。
冗談じゃない、ふざけるな——そう叫びたかったが、エリオス・カルヴェリウスという脅威を前にそんなことをする勇気——或いは蛮勇さ——はファレロ王にはなかった。
むしろこれは好機だとすら思えた。エリオス・カルヴェリウスは底が知れない——それは、その実力もそうだし、その残酷さもそうだ。
そんな彼が出してきた条件——どちらを選んだとしても、レブランク王国は守れる。それも、わずかな犠牲だけで。
これは彼にとっての最大限の譲歩だと思った。故にファレロ王は彼の出した条件を飲んだのだ。
残る問題は、どちらを犠牲にするのか——
しかし、そんなものは些細なことだ。迷う必要なんてない。ファレロ王はそう思っていた。
——そも、民は王のため、国のためにあるもの。国があればこそ、民は日々を営むことができる。延いてはその「国」を動かす王や貴族がいてこそ民はこのレブランクという国で生きていることができるのだ。
ならば、そんな王や貴族を守るために、彼らは進んでその命を捧げるべきだろう。
玉座の間でのエリオスとの邂逅から数刻後に開かれた御前会議。ファレロ王はその場に集った貴族たちにエリオスの提示した条件について諮り、そして自分の考えをぶちまけた。幸いというか、必然というべきか貴族たちはファレロ王の言葉に同意した。尤も、マラカルド三世に対して長年不満を抱きながらも、保身のために声の一つすら上げなかった宮廷貴族たちなのだから、当然と言えば当然の反応だろう。
「では、明朝。生き残った民たちを王城前の広場に集めよう。その場で、エリオス・カルヴェリウスに好きなように屠らせる。これがこの御前会議の総意と考えて相違ないな――」
ファレロ王がそう問いかけると、貴族たちは皆わずかに表情を引きつらせながらも、薄ら笑いを浮かべて首肯した。
皆、自分の命が助かったことにただ安堵の息を漏らしていた。
§ § §
「どういうこと……」
「死ねって……なんでだよ!」
「嫌よ! 嫌ァァ! せっかく生き延びられたのに……」
王の言葉に、眼下の民たちは混乱に陥る。泣き出す者、叫び声をあげる者、怒号をあげる者――広場はまさしく阿鼻叫喚というような有様だった。
ファレロ王は、そんな自分の民から目を背けるようにエリオスの方を向く。
「さあ、くれてやるぞカルヴェリウス殿――好きに屠ればよろしい!」
ぎらぎらとした眼を向けられたエリオスは、すっと右手を差し出して見せる。そして目を閉じて、静かな声で詞を紡ぐ。
「障壁展開――太極転写陣、開帳」
その瞬間、円形の広場を、そしてその中にいる民と兵たちを薄紅色の光の壁が取り囲み、彼らの足元に精緻な魔法陣が描き出された。
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