Ep.3-51
「ま、中らずとも遠からず――かな。嗚呼でも、私がこの国を滅ぼさないというのはうそも間違いもない真実さ。私のご主人様に誓ってね」
エリオスは、シャールの言葉にウインクしながらそう答えた。「神に誓って」ではないことに、彼らしさを感じる。確かに、悪役を自称する彼にとって、唯一尊重するのは彼女だけだから、ある意味で正しいのかもしれない――逆に彼が「神に誓って」なんて言ったら胡散臭い。
「――そう、ですか」
そこまで言われてしまっては、シャールとしてももはや追及する術もない。きっと彼はこれ以上は何もしゃべらないであろうことは明らかだった。ある種のそんな諦観がシャールの頭を過った途端、不意に眠気で頭がしびれ始める。
足元がおぼつかなくなってきたシャールに、エリオスはくすくすと笑いながらベッドを指さした。
「少し眠ると良い。明け方には、御前会議とやらも終わるだろうさ」
「御前会議――」
それは、辺境の村の平民だったシャールであっても聞いたことがある単語だった。
レブランク王国における実質的な最高意思決定機関であり、王の諮問機関とされる最高位貴族たちの合議体。十三人の建国以来の公爵たちが集い、国政について議論しその方向性を国王に報告し、国王はそれを吟味して国政を執行する――それが、御前会議だった。
尤も、先代マラカルド3世の即位以降、御前会議は有名無実化していた。大陸の覇王と呼ばれた彼は御前会議を軽視し、国政の全てを彼らに諮ることなく取り仕切っていたので、その権限も権威も、政治能力も形骸化していた。
マラカルド王治世下であっても、御前会議は定期的に議長権限で開かれてはいたものの、あくまで形式的なものにとどまっていたという。
そんな御前会議ではあったが、新たに即位したファレロ王はどうやら彼らを重用するつもりのようだった。
あの謁見の後、ファレロ王はエリオスが提示した条件を受諾するか否かを審議すると言って、御前会議を開催したのだ。きっとまだ、議論が続いているのだろう。
「——どう、なるのかな」
ぽつりとシャールは呟いた。
不安と焦燥、それらが口をついて出てしまったのに気づいて、シャールは思わず口を手で塞ぐ。
エリオスはそんな彼女をみて、少し呆れたような表情を浮かべたが、すぐにくつくつと笑い出した。
「灯りは消しておいてあげるから、少し眠りなさい。これは君の所有者としての命令。ほら、睡眠不足って身体にも精神にも良くないらしいしさ」
誰のせいだと言いたい気持ちもあったが、それ以上反論したりする気力はもはや残っておらず、シャールはよろよろとベッドへ向かうと、そのまま柔らかな布団の上に倒れ込んで寝息を立て始めた。
「———なんというか。ふふ、変なの」
エリオスは一瞬呆れた顔を浮かべてから、そう言って笑った。
ベッドにそのまま倒れ込んだシャールに毛布をかけると、エリオスは指を空中で一振り。その瞬間、部屋の明かりが全て消え落ちて、後には窓の外の光だけが残る。
窓から入り込む光は月と星の青白い光だけになっていて、街の火の手は完全に収束したようだった。
エリオスは、静かに眠るシャールをしばらくの間見下ろしていたが、不意に響いたノックの音で扉の方へと向かう。扉を開けると、一人の騎士が立っていた。騎士は死んだような口調で冷たく報告事項だけを伝える。
「――御前会議が終わりました。第一王子――もとい国王陛下は、貴方のご提案を受け入れるとのことです」
「そうかい。じゃ、明日の朝によろしくと伝えておいてちょうだいな」
エリオスはそう言って騎士を見送ると、再びシャールの方を向き直る。その顔は、素敵な夢でもみているのだろう、少しだけ微笑んでいた。
そんな彼女をみながら、エリオスはくつくつと笑った。
「おやすみシャール。とびっきりの良い夢を――その分、明日の悪夢が際立つ」




