Ep.3-49
「私はさ、君たちから何かを貰いたくてここに来たわけじゃない――この国を滅ぼしたいからここに来たんだ。分かる?」
にやにやと笑いながら、エリオスはその一音一音でファレロ王を甚振るようにねっとりとそう言い放った。その言葉にファレロ王も、その場に列席したすべての人間が凍り付く。
ファレロ王は、口をぱくぱくとさせながら後ずさり、唇を震わせながらエリオスを見つめる。動揺を隠せないでいるファレロ王に、エリオスは静かに笑いかけた。
「考えてもみたまえよ。君たちの国は、私を捕らえて隷属させようとした。これは酷い侮辱だし、暴虐だ――それを高々老人一人の命で贖おうなんて、ずいぶんと私を安く見ているんじゃないのかい?」
「な――!?」
エリオスの言葉に、ファレロ王は絶句する。一国の王――それも大陸の覇王と呼ばれたマラカルド3世を「老人」と吐き捨てたこと、何より「王の命」を安いと言い放った彼の神経がファレロ王には理解できなかった。そんなファレロ王にエリオスは言葉を続ける。
「いいかい、一人の人間の命なんていうのは結局のところ命一つ分の価値しかないんだ。無論、そこにそれ以上の価値を見出す者もいるかもしれないが、私はそこまで奇矯な趣味を持ち合わせてはいない。悪いが私はそこに転がった肉と骨の塊が、この国に生きとし生ける人間たちの命と等価だなんて評価は下せないんだよ」
「そ、そんな……しかし……!」
ファレロ王が何か言おうと口をパクパクさせるのを制するように、エリオスはその口元に右手の指を立ててすっと宛がう。
「――既に賽は投げられてしまっているんだ。それにね、別に君たちからもらわなくたって、君たちを皆殺しにした後ですべて奪ってしまえば事足りる――結局君たちは詰んでいるんだ。だから、諦めて、君たちも雑兵たちと同じように死んでおくれよ――」
辺りを見渡しながら、エリオスが冷たくそう言い放った音が、玉座の間に響いた瞬間、その各所から悲痛なうめき声が上がる。よろめきながら、ファレロ王はその場にしりもちをついて、エリオスに震える手を伸ばす。その表情は、絶望に引きつっていた。
そんな時、ふいにエリオスがふわりとほほ笑み口を開いた。
「――と、言うつもりだったんだけどね。うん、私にもまだ人の心が残ってたみたいだなあ」
エリオスはぽつりとつぶやくようにそう言った。その言葉にシャールは思わず自分の耳がおかしくなってしまったのではないかと疑った。目を白黒させながら、凝視してくるシャールの視線を敢えて無視しながら、エリオスは信じられないほど爽やかな顔で微笑む。
「――うん。君の御父上の想い、覚悟。思いのほか私の心に響いてしまったよ――この、覚悟にあふれた死に顔なんて――嗚呼、感涙モノだ。だからね、この国を私の手で滅ぼすのはやめにしようと思う。一つ、条件付きではあるけどね」
「ほ、本当か――!」
「もちろん。君たちが私の提示する条件を飲んでさえくれれば、私はすぐにでも自分の館に帰ろうじゃないか――どうする?」
「――ッ!」
にっこりとほほ笑みながらエリオスが差し出した手。ファレロ王は震えながら、躊躇いながらもその手を取った。それを見届けるとエリオスは満足そうに笑いながら、ファレロ王の肩を叩いた。
「交渉は成立だ。じゃあ、条件の詳細を伝えようか――」
そう言って、エリオスはファレロ王の耳元に唇を寄せて、何事か小さくつぶやいた。彼の言葉が一音一音耳に流れ込むにつれて、ファレロ王の顔が強張った。しかし、最後には下卑た笑みが浮かんでいた。
「――よろしい。その条件、この後御前会議にて諮り正式に受諾しよう」
「理解が早くて助かるよ。嗚呼、若くて優秀な王サマってのは悪役にとってもありがたいものだ」
エリオスはにこにこと笑いながらそう言った。その顔は、年相応の少年のようだが――そういう笑みを浮かべているときが、彼は一番邪悪なのだということを、この場でシャールだけが知っていた。




