Ep.3-42
「なんでも――それは、ご自身の命であっても?」
ファレロの問いに、マラカルド王はぴくりと眉を動かした。ワイングラスを手に取り、それを揺らしながらマラカルド王は呟くように復唱する。
「余の命——か」
「ええ、父上。貴方は、エリオス・カルヴェリウスがそのお命と引き換えに、この国から手を引くと言われた時、果たしてどうなさいますか?」
低く、押さえつけたような声音でファレロは繰り返し問う。その獣のような目を父に向けて。
マラカルド王は少しの間黙って、猛禽のような瞳で自身の息子を真っ直ぐ見つめていたが、不意にニカっと笑ってみせた。
今まで——文字通り、生まれてこの方見たことのないような父の笑い顔だった。その顔に、ファレロは動揺する。
「——無論、差し出すとも」
マラカルド王はあっけらかんとそう言ってのけた。
そんな父の言葉に、ファレロは数瞬呆けたような顔を晒したが、すぐにかぶりを振って正気を取り戻す。
これもまた、ファレロにとっては予想外の答えだった。
ファレロが知る父は——マラカルド3世という王は、自分の手の及ぶありとあらゆる人間とその人生を手駒として扱い、時には捨て駒としてでも、レブランク王国という自分の玩具箱を大きくしようとする人間だった——少なくとも、ファレロの目にはそう映っていた。民も、貴族も、ルカントも、他の王族も、そしてファレロさえも駒として扱って、自身の欲望を叶えようとする——それが、ファレロが見てきたマラカルド王という在り方だったはずだ。
そのような生き方をしてきたマラカルド王だからこそ、自分の生存には誰よりも執着し、誰よりも生きぎたないはずだとファレロは思っていた。
それがこうもあっさりと、自身の命さえも投げ打つと言ったのけた――そのことにファレロは驚きを隠せなかった。
しかし、その一方でファレロにとってはそれは最も望ましい答えでもあった。目を伏せたまま、ファレロはぼそりと口を開く。
「――そう、ですか」
静かにそう呟いたファレロを、マラカルド王はワインを口に運びながら見つめていた。
そんな中、不意にファレロは訥々とした声で問いかける。
「もし……万が一に、御身がエリオス・カルヴェリウスに命を差し出され、御崩御あそばされたとして――その後、この国はいかがなさいましょうか」
「何を言いたい?」
ファレロの言葉に、マラカルド王は眉間にしわを寄せる。ファレロの言葉の真意を測りかねたように表情を歪め、その顔を凝視する。
ファレロはゆらりと立ち上がり、つかつかとマラカルド王の執務机に近づいてくる。
「王が身罷られた後、誰が王位を継ぐのか――それをお聞きしたいのですよ、父上」
赤い光に照らされながら、冷たい表情でファレロは淡々とそう告げた。




