Ep.3-41
「ファレロ――お前、何をしている」
マラカルド王は少し驚いたような声音で、執務室に入ってきたファレロにそう問いかける。彼には、エリオス・カルヴェリウスとの謁見の場を設える役目を任せていたはずだ。
眉間にしわを寄せて自分を睨みつける父親に、ファレロは少し表情を緩めて苦笑を零しながら弁解の言葉を口にする。
「ご安心ください。既に指示は出しております――あとは万事、官吏どもに任せておけばよろしい」
笑いながらそう宣うファレロをマラカルド王はじろりと睨みつける。
ファレロの服装は議場にいた時のものとは打って変わって、式典に臨席するかのような正装だった。王族としての地位を示す紫色のマントを靡かせ、腰には白金細工の精緻なベルトと、儀礼用の細身の剣を差している。「第一王子として列席せよ」という自身のもう一つの指示には従っていることを確認し、マラカルド王は小さく息を吐く。
「何用だ」
マラカルド王は執務机の椅子に腰かけながら、短く問いかける。そんな彼の淡白な言葉に、ファレロは苦笑を零しながら執務室の中へと入って来る。そして、どっかりと来客用のソファに座り込んでから口を開く。
「――父上の御意思を確認しに」
「余の、意思?」
「ええ――何故、エリオス・カルヴェリウスに城門を開いたのか。奴と会ってどうするというのか――貴族どもは乱心だ、暴挙だなどと言っておりますが私はそうは思いません。聡明な父上のことです、何かお考えがあってのことかと」
真面目くさったような顔をして問いかけるファレロを、マラカルド王はしばらく黙ってじっと見つめていたが、不意に口元を緩めた。そして、机の上のグラスを口に運び、ワインを少しだけ口に含むと、マラカルド王は口を開く。
「まず第一は交渉のためだ」
「交渉? エリオス・カルヴェリウスは、わが国に牙を剥いたのですぞ。交渉の余地など――」
「公爵としての位、潤沢な資金、魔術の研究のための施設、奴に与えられるものはいくらでもある。それで満足しなければ、どこぞの貴族の領地を一つ二つ潰して切り離し、国主としての地位を与えてやってもいい――そうして我が国に抱き込む」
ワインの酔いからか、どこか上機嫌で饒舌にマラカルド王はそう言ってのける。ファレロはそんな彼の言葉に少し驚いたような表情を浮かべたが、すぐに貼り付けたような微笑を浮かべる。
「なるほど。しかし、その交渉が決裂したらどうします。もとよりアレだけの力を持ちながら、エリオス・カルヴェリウスなる魔術師がどこかの国を襲撃したという話は聞きませぬ。そう言ったモノに興味が無いという輩だった場合、交渉は難しいのでは?」
ファレロの問いに、マラカルド王はどこか楽し気な様子で笑う。
「そうなれば、後は奴がこの国から手を引く条件を引き出すための交渉よ」
「――降伏すると?」
ファレロの言葉を、マラカルド王は笑みをたたえたままに首肯する。
マラカルド王の言葉は、ファレロにとっては少々驚きだった。否、降伏を視野に入れているだろうことは何と無しに分かってはいたが、大陸の覇王とまで呼ばれた父王がそこまであっさりと敗北を認めるというのが意外だったのだ。
そんな彼の表情を読んでか、マラカルド王は付け加えるように言った。
「相手は国ではない――国同士の戦争ならば、降伏は国の終わりを意味するが、奴に降伏することと我が国の終わりは必ずしも同義ではない。そこに賭けるのよ。そのために、差し出せるものはなんでも差し出す」
「なんでも――?」
ファレロは、父王の言葉を小さく復唱する。そして、ふいに顔から表情を消して、王に向き直り問いかける。
「なんでも――それは、ご自身の命であっても?」
プロット段階とちょっと話の流れが変わりつつあって、反動ありそうで怖いな笑笑
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