Ep.3-40
ファレロの言葉に、マラカルド王は目を閉じたまま深く静かにため息を吐いた。
「――城門の守りは。あとどれほど保つ?」
薄っすらと目を開いて、マラカルド王はファレロにそう問うた。ファレロは顔を青ざめさせたまま、幾度か口をぱくぱくとさせてから、ようやく言葉を絞り出す。
「保ってあと……数分かと」
「そうか」
マラカルド王はファレロの言葉を聞いて、短く答えるとゆらりと立ち上がる。そして、御前会議場の貴族や官吏、騎士たちの視線を一身に浴びながら重々しくつぶやく。
「――城門を開け。敵を迎え入れよ」
「な、何をおっしゃいますか!」
「御乱心召されたか!」
「賊に門を開くなど、正気の沙汰ではございません!」
眼下の貴族たちは王の言葉に口々に反論を投じる。マラカルド王は、そんな彼らを見下ろしながら、淡々とした表情を浮かべていた。
「城門を開け。敵を、玉座の間へと招き、余との謁見の場を設える。貴公らも列席せよ――これは、勅命である」
その言葉には、有無を言わせないほどの重みと威厳があった。その言葉に、貴族たちは閉口し、騎士たちは弾かれたように城門へと向かう。
その様を見届けると、マラカルド王はファレロの方へと向きなおる。
「お前も第一王子として列席を。場を整える役目はお前に任せる――」
そう言い残すと、マラカルド王はゆらりと御前会議場から出ていった。あとに残された、官吏や貴族たちは困惑したまま、絶対的な権力者である王の言葉に――理解も納得もできないままに――渋々ながらに従うしかなかった。そんな彼らを見ながら、ファレロは唇を震わせて歯噛みしていたが、不意に何かを思いついたように唇の端を吊り上げる。
「なあ、貴君ら――私にひとつ思いついたことがあるのだが」
その言葉に、議場に残った貴族たちが振り返る。釈然としない、不満げな彼らの顔を見てファレロはにんまりと笑った。
§ § §
明かりの消えた執務室で、マラカルド王は来客用のソファに深く身体を沈みこませて目を閉じていた。蝋燭の火の一本もないのに、部屋は赤い光に満ちている。王都に満ちた人々の営みを灰へと変える炎の赤い光。
王はふと思い立ったように、目の前のテーブルに置かれたワインボトルを手に取る。先ほどまで、ファレロが飲んでいたボトル――マラカルド王はそれを手にとり、戸棚からグラスを取り出すと執務用の机の上に置いた。磨き抜かれたマホガニー材の机は、紅く灼けた夜空を映している。
マラカルド王は、グラスになみなみとワインを注ぐとそれをぐいと一息に飲み干す。ほんのりとした甘みと、シルクのような舌ざわり、鼻に抜ける果実の芳醇な香り――その全てが緊張感で張り詰めた彼の精神を甘く痺れさせる。
ワインとは、こんなにも美味いものだったのか――嗜む程度にしか飲んでこなかったが、今この時ようやくそれを実感できた気がして、わずかにマラカルド王の表情は綻んだ。
続けて、もう一杯。そう思ってワインボトルを傾けた瞬間、執務室のドアを叩く乾いた音が響いた。
「――入れ」
マラカルド王は、ワインを注ぎながらそう返した。かすれた音とともに扉が開く。
「――失礼いたします。父上」
そこには、仮面を張り付けたように無表情なファレロが立っていた。
ワイン飲めないから、味の表現とか良く分からないので、おかしかったら――だれか、教えてください。




