Ep.3-37
「――ああ、本当に腹立たしい」
そう吐き捨てたエリオスの姿に、その場にいた誰もが凍り付く。その声音は、まるで消し去ることのできない熾火のように、じわりじわりと全てを焼き尽くしてしまうのではないかというような錯覚に襲われる。
そんな熾火の燃えるような抑えた声音で、エリオスは静かに続ける。
「だから、焼き尽くそう。君たちも、この街も――この国全てを」
そう言って、エリオスは権能を行使するための詞を謳い始める。
「『刮目せよ、眼の眩むほど‥‥‥賛美せよ、燃ゆる罪業を‥‥‥眼を背けても‥‥‥忘れず刻め―――我が示すは大罪の一‥‥‥踏破するは憤怒の罪――私の罪は全てを屠る』」
エリオスの口から一息に呪詞が紡ぎあげられる。そして最後の一音が夜の闇にほどけたと同時に、エリオスは、静かにその手を前に差し出した。その瞬間、エリオスの掌の上に小さな――それでいて怖気が走るような紫色の炎が現れる。
「へえ、今回はこの色か――ふふ、この権能は未だに分からないことが多い」
どこか自嘲的にエリオスは小さく笑った――しかし、その目は冷たいままだ。
その炎は、少しすると二つに分かれ、やがて四つに分かれた。四つの小さな灯はエリオスの掌の上で揺れながらくるくると回っている。その不気味な動きは、どこか孵化を待つ卵の蠢動のようにも見えた。
エリオスは、唇の端を吊り上げると静かに更なる呪文を続ける。
「――『焔よ、汝に形を与える』」
その瞬間、エリオスの掌で踊っていた四つの炎がたちまち大きな火柱となり、宙へと舞い上がる。舞い上がった四つの火柱は、空中でよじれ、のたうち、形を変えていく。
「竜……4匹も……!」
絶望を滲ませた声で、兵士の誰かがそう呟いた。
彼らの視線の先、そこには紫に燃える炎の竜が四頭、絡まり合うように広場の空を羽ばたいていた。大きさで言えば、先ほど王都に飛来した赤い炎の竜には及ばないが、それでも家一つ分は以上ある。
そんな四匹の竜を満足げに見上げながらエリオスは、軍団長が号令をかけるように叫ぶ。
「――行け!」
その二音に弾かれたように、四匹の竜はそれぞれに王都の四方へと火の粉を散らしながら飛び去っていった。その様を微笑みながら見送ると、エリオスは視線を兵士たちに戻す。
「さて、この後私は王城に用があってね——王都を殲滅するのは彼らに任せて、私は先を急がせてもらうよ」
エリオスはくすくすと笑いながら、兵士たちを見遣る。困惑し、或いは絶望に表情を歪める兵士たち。
そんな両者が相対するのを他所に、エリオスの後ろに控えた少女——シャールは、美しかった王都が赤く燃え始めるのを、唇をかみしめて悲壮な顔で見上げていた。




