Ep.3-35
レブランク王国の東端の山脈の向こう――ベルカ公国から飛来するモノ。赤く朱く燃える炎の翼を羽ばたかせ、風を切り轟音を帯びて一直線にレブランク王国の王都・マルボルジェへと飛んでいく。
ソレは「鳥」などではない――長く太い尾、ねじれた角、大きく開いた口からあふれ出る炎。その姿は、この世界における魔獣の最高位――竜の姿を象っていた。
夜の空を舞う炎の竜は、羽ばたくたびに火の粉――そう呼ぶにはあまりにも大きな焔の塊を落としていく。地に落ちた炎は、羽ばたきの風に乗ってすさまじい勢いで燃え広がっていく。森も、荒野も、草原も、そして村や町も――炎の竜が上空を通過したところは全て、獄炎と死の匂いが蔓延する。その様は、レブランクという国に炎と死をもたらす、神の怒りのようにも見えた。
刻一刻と王都に迫る炎の竜。
王都では、兵士、騎士、魔術師――現在王都にあるすべての戦力が王の緊急勅命の下、厳戒態勢に入って竜がやってくるのを待ち構えていた。
不意に、王都をぐるりと取り囲む城壁の方から、夜の静寂を切り裂くようにけたたましいまでの早鐘が鳴り響く。王都への敵襲を告げる鐘——王都の民が、もう何十年もの間聞くことの無かった響き。
その音に、兵士たちだけでなく家々に籠った民衆たちの間にも、王宮に集った王族・貴族たちの間にさえも痛いほどの緊張感が走った。
次の瞬間、王都の城壁をゆらりと飛び越えて、炎の竜が王都の上空を駆ける。
家五つ分はあろうかという巨大な体躯。その威容に兵士たちは圧倒される。
竜は一際大きく羽ばたくと、ふわりと高く舞い上がり、ひとっ飛びに王都の広場へと降り立った。
その身体は、文字通り轟々と燃え盛る炎で形作られていた。そんなモノが降り立った広場の石畳はたちまちに熱され赤く焼けている。
竜が降り立ったのとほぼ同時に、兵士たちが、広場に殺到して、竜に向けて槍や剣、弓や杖を向ける。
緊張と沈黙が数瞬、その場を支配する。
「あはは、手荒い歓迎だ」
その沈黙を破ったのは竜の方だった——否、正確にいうのなら竜の中にいる何者か。
からからと、愉快そうに笑う声は巨大な体躯を誇る竜のものとは思えない。高く、幼い——少年のような声だったから。
「貴様は何者かァ! ここがレブランク国王のお膝元、王都マルボルジェであることを知っての狼藉か!」
竜に剣を向けた騎士の一人が声高に叫んだ。
しかし、その声はどこか震えていた。得体の知れない竜のカタチをとったナニカ——その圧倒的な存在感は、長く戦などしてこなかった、王都駐屯騎士が相対するには、あまりにも大きすぎるものだったからだ。
そんな騎士を嘲るように、竜は口を開けて、ふぅとその騎士の足元に向かって火を吹いてみせた。
「ひ、ひぃぃ!」
火を吹きかけられた騎士は、怯えたように剣を落として、他の騎士達の背後へと飛び退いた。
そんな様を見つめる炎の竜の顔はどこか笑っているように見えた。
次の瞬間、パチンと指を鳴らす音が響いた。それと同時に炎の竜は一声けたたましい鳴き声を上げたかと思うと、たちまち霧散した。
そしてその後には二つの人影が立っていた。一つは、なにやら鏡のようなモノを持った金髪の少女。もう一人の後ろに控えて、足を震わせながら兵士たちを見ている。
そして、もう一人——嫣然とした薄ら笑いを浮かべた、黒装束の少年が立っている。
少年は、恭しくお辞儀をしてから口を開いた。
「こんばんは。私、この国を滅ぼしに来た悪役でして――さて、誰か私の相手をしてくれる英雄はいないかな?」
ストック切れて自転車操業すぎて……投稿時間ちょっと遅れました。申し訳ありません。




