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Ep.3-31

アリキーノが自身の首筋に剣を宛がった瞬間、今にもその肌に刃が食い込もうかという時に、エリオスの指が動いた。その指先はまっすぐにアリキーノの剣を掴んだ腕を指していた。そして小さく、誰にも聞こえないような声でつぶやく。


「――残念でした、おバカさん」


その瞬間、エリオスの足元から黒く細い風が、アリキーノの腕を目掛けて噴き出す。それは『暴食』の御業、その残滓のようなモノ。残滓といえど、直撃すれば腕は消し飛ぶであろう代物。しかし――


「そう来ると、思いました」


「え――?」


アリキーノは黒風が自身の腕に直撃する寸前で剣を棄て身をかわす。とっさの出来事に、エリオスは思わず呆けたような声を出す。その隙をアリキーノは見逃さなかった。アリキーノは即座に、腰にぶら下げた短刀を抜き去り、それを構えたままエリオスに迫る。


「――ッ! ぐぅ……」


エリオスはとっさに迫るアリキーノを迎撃しようとするも、その瞬間ぐらりとその体勢を崩してその場でよろめく。

月の柔らかな光を受けたアリキーノの白刃がエリオスの喉元に迫る。

しかし、エリオスはすんでのところでそれを躱し、ナイフの刃はエリオスの頬をわずかに切り裂いた。


「――痛ッ!」


「くぅ――ッ!」


避けたエリオスを追い、アリキーノは大振りにナイフを振る。そんな凶刃を、エリオスは必死に飛び退きながら避ける。そんな攻防が数秒続いたころ、斬りつけられたエリオスの頬の傷口から血が零れ、地面に落ちた。その瞬間を見逃すことなく、エリオスは素早く叫ぶ。


「『踏破するは(Realize my)憂鬱の罪(Melancholy)私の罪は(Deprive)全てを屠る(your ways)』――ッ!」


その瞬間、血が落ちた地面――月の光で浮かび上がったエリオスの影から、黒い槍が飛び出してくる。黒い槍は、顕現した次の瞬間アリキーノの脚を素早く刺し貫く。鎧はおろか、骨すら貫くような一撃がアリキーノの脚に直撃し、アリキーノはうめき声を上げながらその場に倒れた。

対するエリオスは傷を抑えながら、忌々し気に倒れ伏したアリキーノを見下ろす。


「なんで――」


「『なんで自分の手の内が分かったのか』――とでもお聞きになりたいのですかな?」


エリオスの独り言を引き継ぐように、倒れ伏したアリキーノがにやりと笑いながらエリオスを見上げた。その言葉に、声に、エリオスはびくりと身体を一瞬震わせた。

そんな彼の姿に、アリキーノはくつくつと喉の奥で乾いた笑いを響かせる。


「ええ、だって……貴方は、私と……同じようなことをすると、思ったものですから……」


足から大量の血を流すアリキーノの声は次第に弱弱しくなっていく。それでも、相手を嘲弄するような彼の声や語り口は変わらない。


「――自害だなんて……そんな生易しいコト、貴方が許すはず……ないですからね……ピンときました……自害という、目の前にぶら下げられた『希望』を……あと少しで手が届く、ところで……取り上げる……くく……私もよく、拷問の際には……やりましたから……くく、はは……はははは……」


満足げに、そして嗜虐的に笑うアリキーノをエリオスは苦渋を飲まされたような顔で睨んでいた。やがて笑い声はかすれ、そして消えていく。

目を閉じて、不規則な呼吸を唇から漏らすアリキーノを見下ろしながら、エリオスは独り言ちる。


「――そうかよ。でも覚悟しておきなよアリキーノ子爵。この傷の借り――きっと後悔させてやるから」


そう言って、エリオスは遥か西の彼方を睨みつけて、皮肉っぽい笑みを浮かべた。

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