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Ep.3-30

――ナニカに酔ったように、唾を飛ばし、血走った眼で、悲壮な顔で千人近い兵士たちが叫んでいた。彼らの視線、敵意、矛先は全て自分に注がれていて。嗚呼、彼らは逃げることなく私に戦いを挑むのだろう――そして無惨に散るのだろう。

死んだら何もないというのに、死んだら自分の世界(すべて)が終わるというのに。それらしい言葉の羅列に踊らされ、脳髄の痺れた彼らにはそんな理屈は分からないのだろうか。それとも――彼らは本当に「自分の命以上の価値のあるモノ」なんていう代物を知っているというのだろうか――


そんなことをふと思いながら、エリオスは苦々しくて、どこか寂し気な瞳で、武器を片手に吠える兵士たちを見ていた。そして小さく吐き捨てる。


「はあ、うっざ」



§   §   §



猛然と迫りくる兵士たち、加速度的に自身を包囲する環が狭まっていくというのに、エリオスはどこか遠くを見ているような、現実感の無い表情を浮かべていた。そして、彼は小さく息を吐いてから、歌い上げる様に自身に与えられた権能を励起させるための詞を紡ぐ。


「――踏破するは(Realize my)暴食の罪(Gluttony)……私の罪は(Deprive)全てを屠る(your ways)』」


エリオスの周りを囲むように黒い風が吹き荒れる。

だというのに、兵士たちは止まらない。この黒い風に巻き込まれた者たちがどんな末路を辿ったか分かっているはずなのに。到底敵うはずのない槍や剣を振りかざして、突っ込んでくる。

彼らは死ぬ、エリオスに一矢報いることもなく。


「ほんと、うざい」


黒い風の渦が広がっていく。

いくつもの断末魔が、暴風の音と相まって地獄の交響曲のような響きを夜の森にもたらす。前衛の兵士たちは次々に血と肉片だけの骸未満のモノへとなり下がり、その後ろから攻撃をしていた弓兵や魔術師兵たちも次々に吞まれていく。そんな有様を、馬上にいたアリキーノは静かに、歯を食いしばりながら見つめていた。その間にも、兵士たちは次々に突撃していく。

もしかしたら、この黒い風がいずれ止むことを期待しているのかもしれない。あるいは恐慌と陶酔による完全な思考停止状態なのかもしれない――だとするのなら、彼らは何と『怠惰』なことだろう。


「嗚呼――くく、あはは……」


黒い暴風の中、エリオスは嗤う。

そうだ、これぞ自分の「悪役(ヴィラン)」としての在り方の一つの典型ではないか。凡百の人間たちの『怠惰』の罪業――それを、自分というより高位の悪役(ヴィラン)が、人の罪の具現たる『暴食』の権能で食い尽くし、奪いつくしているのだ。

古い夜の記憶を思い出しながら、エリオスは『暴食』の渦の中に佇み続けていた。

その間にも広がる黒い暴風は、次々に兵士たちを飲み込んでいった。そして――


「ああ、少し食べすぎたな――」


暴風が夜の静寂に掻き消えた。

その後に残ったのは、エリオスとアリキーノの二人だけ。千人近くいたはずの兵士たちは、皆肉片に変わっていた。


「――惨いことですな」


「そうさせたのは君だろう、アリキーノ子爵」


「まあ、そうですな」


アリキーノは短くそう返すと、夜空を見上げた。掲げていた兵士たちもろとも、篝火や松明も飲み込まれ、辺りはすっかり暗くなっていた。


「さて、兵士たちは皆死んだ。私に食われて――君はどうする? アリキーノ子爵」


そう言いながらエリオスは指を三本立てる。


「一つ、私に立ち向かって死ぬ。一つ、私に背を向けて逃げて死ぬ。一つ、自分で首を掻き切って死ぬ――この期におよんで勝てるなんて思ってはいないよね?」


「ふふ、そこまで私も楽観的ではありません。私は死ぬでしょう――ですが、死に方は選ばせていただく」


そう言って、アリキーノは抜き身の刀身を自身の首に宛がう。エリオスはそんな彼を見て、口の端を吊り上げて嗤った。

次回、vsアリキーノ編終了です。しかし、エピソード3は終わらないっていう……

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